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『院内感染リスクを軽減する輻射式壁冷暖房を開発』

医療・介護施設の居室空間には、抵抗力が低下している病人や高齢者が混在して生活する。そのためウィルス感染症などの集団感染が起こりやすく、室内の感染リスクを軽減するための対策が求められている。かなや設計(東京都墨田区)代表の金谷直政氏(一級建築士・1級福祉住環境コーディネーター)は、感染を生じにくい輻射式の壁冷暖房を開発。導入コスト、ランニングコストでもメリットが大きく、利用者にとってより快適と感じられる冷暖房設備の設置を実現させた。開発の経緯や感染予防効果について金谷氏に話を聞いた。

エアコンによる冷暖房は院内感染のリスクが高い

現在、病院や老人ホームなどの冷暖房には、エアコンが使われている場合が多い。一台で冷房と暖房の両方に使用できるうえに、さまざまな種類の製品があるので部屋に合わせたタイプを選択できる。後づけや交換も容易だ。しかし「病人や高齢者が生活するには良い環境ではありません」と金谷氏は言う。

「エアコンによる冷暖房は、温めた(あるいは冷やした)空気を強制的に動かす『対流式』です。そのため室温にむらが生じ、暖かい場所と冷たい場所ができてしまうのです。そのうえ空気が乾燥するので、のどが痛くなったり、肌が荒れやすくなる。さらに大きな問題は、ウィルスなどによる院内感染の危険が高くなるということです」

院内感染の感染経路は「空気感染」「飛沫感染」「接触感染」の3つに大きく分けられる。中でも「空気感染」は、空調の影響を受けやすい。「空気感染」は直径5μm以下の粒子に菌やウィルスが付着して空気中を浮遊することで感染を引き起こすため、空気をかき回す対流式の暖房は、小さな飛沫核を空気中に拡散させて感染しやすい環境を作ってしまうのだ。セントラル式のエアコンによりレジオネラ肺炎の集団感染を引き起こした事例は良く知られているが、室内の空気が室内機の中を循環することにより、フィルターに蓄積したほこりやカビとともにウィルスがまき散らされることもある。

さらに、エアコンによる暖房は空気を乾燥させるため、のどの粘膜が乾燥し、空気中のさまざまな細菌やウィルスが体内に入りやすくなる。また、空気が乾燥することでインフルエンザウィルスの生存時間が延び、院内感染のリスクも一層高くなるという。

長所の多い輻射式冷暖房。壁型にしてデメリットを解消

そこで金谷氏は、ホットカーペットや床暖房、オイルヒーターなどに採用されている「輻射式」の暖房を利用できないかと考えた。

「輻射式冷暖房とは、空気を媒体とせずに温度の高い物質から低い物質に熱が移動するという性質を利用したものです。冬、空気は冷たくても陽当たりの良いベランダは暖かい。これは温度の高い太陽の熱が、温度の低い人間の体へと移動する輻射の作用です。熱源からの輻射によって、暖められた周囲のものからも熱が人間に移動してくるので、周りから包みこまれるようなぬくもりを感じることができる。日向ぼっこをしているような優しい暖かさなんですね。また、輻射式の冷暖房は対流式のように空気を乾燥させたりかき回したりしないため、院内感染も起こりにくくなります」

メリットの多い輻射式冷暖房に対する医療・介護施設からの需要は年々高まっており、すでにいくつかのメーカーが商品を製造販売している。しかしいずれの商品も(1)導入コストが高額(2)耐久性、耐火性が低い(3)輻射式の床暖房を冷房用に使おうとすると結露が生じるので、別の冷房機器が必要―などの問題点があり、実際に施設に採用されることはほとんどなかった。

そこで金谷氏はこうした問題点を解消するため、壁面と一体化した輻射式冷暖房を開発した。これはプレキャストコンクリート版に架橋ポリエチレン管(特殊なポリエチレンでできた管)を配管し、管内に冷水・温水を送水することで、壁全体を冷やしたり温めたりするシステム。床暖房を壁に設置するようなものだが、壁に後付けするのではなく、壁自体を冷暖房にしてしまうというものだ。冷暖房を組み込んだコンクリート壁を作ることで、「壁のコスト(材料費など)+エアコンのコスト」と同等になるようにした。エアコンの導入費用だけでは輻射式冷暖房を導入できないが、壁の分も足してくれれば導入できるというわけだ。壁は工場で作るので、工事期間も短縮できる。また壁自体はコンクリート製なので、耐久性や耐火性もまったく問題はないという。

なお(3)の結露の問題だが、結露が生じるメカニズムについて金谷氏はこう説明する。

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「床に冷房装置を設置するとなると段差を大きくできないので、蓄熱体を薄くしなければなりません。蓄熱体の量が少なくなると、配管に近い床面はよく冷えても、配管からすこし離れた床面は冷えにくくなります。その結果、床面の温度にむらが生じて冷えたところが結露し、床が濡れてしまうのです」

床ではなく壁型にすることで結露の問題はだいぶ解消したが、実は壁型にした場合でも結露が生じる。とくにベッドや床頭台など家具が壁と密着する部分は、結露しやすい。そこで壁に凹凸をつけて強制的に壁と家具の距離を保つようにした。この工夫のおかげで、冷房時に結露が生じることはないという。

また壁(ひとりのベッド空間)ごとにスイッチをつけてあるので、その人に合った温度環境を作ることができる。

「熱のある人とない人、暑がりの人と寒がりの人、人それぞれの快適な室温は異なります。人に合わせて我慢をすることがないので冷房病対策になりますし、よけいなストレスもためないですみます」

なお、輻射式壁冷暖房の最大の問題点は、あらかじめ壁に組み込むために後付けができないということだ。病院や介護施設は建て替えない限り、導入はむずかしい。そこで金谷氏は、2005年末に後付けできる輻射式壁冷暖房を新たに開発した。2枚の金属パネルの間に冷温水を流す銅製のパイプを挟み込んだ構造で、金属パネルの材料にアルミやスチールを使用することにより、軽量化に成功した。今後は実際に設置してみてさらに改良を加えていく予定だという。

エアコンに比べ25%の省エネ効果

さらに輻射式冷暖房はエアコンに比べて省エネ効果が高い、という利点がある。その理由は輻射式ならば、暖房時は室温よりわずかに温度が高いだけでも快適感が得られるということ。たとえば輻射式の冷房で設定温度を2℃高い28℃にしても、エアコンの26℃設定と同じ涼しさを得られる。また、エアコンによる冷暖房の場合、同じ室内でも上下で温度差があるため、実際に生活する空間を常に適温にするためには、暖房時には高め、冷房時には低めに温度を設定しなければならない。それに対して輻射式冷暖房は上下の温度差が少ないため、その分のエネルギーも節約することが可能だ。

「輻射式は熱源からの送水温度が冷房時20℃(エアコンは7℃)、暖房時29℃(エアコンは50℃)と、室温環境に近い温度での運転が可能です。さまざまな効果を合わせてエアコンと比較すると約25%の省エネになり、エネルギーの消費とランニングコストが抑えられます。環境への負荷低減を図ることもできます」と、金谷氏は話している。

導入施設で調査を実施

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輻射式壁冷暖房の開発では机上面でのシステム検討の後に、大成建設の協力を得て実際と同じ大きさの壁の模型を製作した。それを使用して施設で使われる環境を想定した試験を行い、送水温度と壁表面温度や冷暖房処理熱量の関係、冷房運転時の結露発生状況などを調べ、最適な運転方法を解析。そのうえで、2001年に竣工した介護老人保健施設「樹の丘(川崎市)」の81床中40床に初めて輻射式壁冷暖房を設置した。

「実験におけるデータには自信がありましたが、実際の使い勝手やウィルス対策の効果などについては未知数でした。そのため導入後、利用者を対象に調査を行いました」

調査期間は、2003年2〜3月(暖房時)の4週間と2003年8〜9月(冷房時)の4週間の計8週間。利用者32人を対象にダブルブラインドクロスオーバー調査(二重盲検法)を実施した。利用者を16人ずつ2つのグループに分け、聞き取りによって回答を集めた。結果は以下のようになっている。

  1. 暖房時
    □快適感の出現回数
    暖房時「輻射式壁冷暖房」導入の部屋の快適感が「エアコン運転」の部屋より1.23倍高かった。なお「カイ二乗検定(注釈*)」による統計解析では、快適感については「統計学的に有意ではないが輻射式壁冷暖房の方が快適だと感ずる人が多かった」が、不快感については「輻射式壁冷暖房はエアコンに比し、統計学的に有意に不快と感じさせることが少なかった」。
    □風邪をひいている人の快適感の出現回数
    とくに風邪をひいていた人の場合は、「輻射式壁冷暖房」導入の部屋の快適感が「エアコン運転」の部屋より1.32倍高くなった。「カイ二乗検定」による統計解析では、快適感については「統計学的に有意ではないが輻射式壁冷暖房の方が快適だと感ずる人が多かった」が、不快感については「輻射式壁冷暖房はエアコンに比し、統計学的に有意に不快と感じさせることが少なかった」。
    □風邪への影響
    「輻射式壁冷暖房」導入の部屋のほうが「エアコン運転」の部屋に比べ、約半分の期間(0.54倍)で風邪が治っていた。
  2. 冷房時
    □「輻射式壁冷暖房」導入の部屋の快適感
    「エアコン運転」の場合と全く同様であった。
注釈* カイ二乗検定:クロス集計の結果、2組のグループに統計上優位な差があるかどうか判断するもの)