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「腹腔鏡下手術支援システム」を開発中

千葉大フロンティアメディカル工学研究センター

写真=三宅洋一教授

千葉大フロンティアメディカル工学研究センター(略称=CFME)は、腹腔鏡下手術の安全性を高めることを目的に、腹腔鏡の映像をあたかも開腹手術のように腹部に映し出す「腹腔鏡下手術支援システム」を開発中だ。通常、腹腔鏡下手術は、ベッドサイドのモニターを見ながら行うが、この方法だと視線がモニターと患者の間を行き来するため、術野を直感的に把握しにくい。これが医療事故の誘発要因にもなっていると考え、システムの開発に取り組んだ。基本的な技術の検証は済んでおり、あとは腹部に映し出す画像をいかに鮮明にするかという課題だけが残されている。これが開発されれば「腹腔鏡下手術は画期的に変わる」とCFMEセンター三宅洋一教授は話す。

医工連携で最新科学技術を駆使

CFMEは、21世紀を見据えた医療のさらなる発展のために、予防、診断、治療、機能回復、脳機能解析など多岐にわたる分野で、総合大学としての千葉大学の英知を結集し、共同研究、学際的な研究を推進するための組織として設立された。CFMEの意図するところは、医学と工学の連携である。

診断、治療、機能回復など医療は、常に最先端の科学技術を応用することによって発展してきた。レントゲンによるX線の発見以来、MRI、内視鏡、核医学、遺伝子治療などの先端医療は科学技術の発展・進歩によってもたらされてきたといっても過言ではない。そのためには、教育・研究機関である大学においても、特に医学部と工学部の連携、すなわち医工連携が重要になるという位置付けだ。

CFMEの設立は平成15年4月1日。専任部門として「生体情報計測解析研究」「医用画像診断システム研究」「手術、生体機能支援機器研究」「生体ナノ機能材料研究」「脳機能計測解析研究」の5部門を設け、センター専任教員を中心に、医学研究院、附属病院、工学部から多くの兼務教員、企業からの特任教授、特別研究員が連携して共同研究や臨床実験を通じた特許取得、新しい医用産業の創設―などに取り組んでいる。実際にCFMEが取り組んでいる共同研究は、千葉大全体の約1割が関係しているという。その中で、医療安全対策もCFMEの重要なテーマであり、「腹腔鏡下手術支援システム」もプロジェクト研究のひとつに位置づけられている。

画像を腹部に立体的に表現

腹腔鏡下手術中には、数種類の鉗子を何度も挿入する必要があるが、手術部位以外の臓器に誤って接触させてしまうことによる医療事故を防ぐことが懸案になっている。さらに腹腔鏡下手術に熟練するためには数多くのトレーニングが必要になるが、シミュレーターやミニブタなどを使った訓練にも限界がある。

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腹部上の光線が正しい方向と部位を示す
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そこで三宅教授らは、腹腔鏡の映像を腹部に立体的に映し出すことにより、腹腔鏡手術を安全かつ確実にできる方法はないかと考えた。色彩画像処理の第一人者である三宅教授ならではのVR(バーチャルリアリティ)の発想である。

現行方式では、モニターに映し出された臓器の画像を見ながら行うために、撮影方向や奥行きを直感的に把握しにくい面がある。手術を行う手元と画像が離れているためだが、そのためには相当のテクニックも必要だ。また、挿入した鉗子が腹腔鏡の撮影範囲に届くまでの間に、瞬間的に空白の時間帯が発生する。このわずかな時間帯に医療事故が起る可能性も否定できない。

三宅教授らが開発に取り組んでいるシステムのユニットは、腹腔鏡、腹腔鏡の映像を上部から腹部に立体的に投影する立体視プロジェクター、立体的な映像を見るためのステレオめがねで構成されている。

実際に腹腔鏡下手術支援システムの試作機の開発を担当している大学院生の牛木氏に操作してもらった。腹部に見立てた模型の上部には腹腔鏡が撮影している内臓模型の映像が映し出され、ステレオめがねをかけると内臓模型が立体的に映し出される。術者が、触覚デバイスを操作すると、4方向に2本づつ計8本の光線が腹腔鏡から伸びて、鉗子が正しく操作されているかどうかがひと目で分かる

写真=腹腔鏡下手術のトレーニング風景
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視覚だけでなく、触覚にも訴えるのがこのシステムの特徴だ。触覚デバイスを操作すると、骨の部分の堅い感じや内臓部分の柔らかさも感じ取ることができる。また、骨や血管を透けて見えるような設定も可能だ。

腹腔鏡の画像を腹部に投影する時に最新の技術が応用されている。腹部は丸みを帯びているため、中央から端のほうに行くほど、画像が歪んでしまう。そのため1秒間に30回以上の速度で歪みを補正する処理を施すことで、丸みを帯びた部位にも平面の映像を投影できるようにした。また、目の位置情報を取り組むことで術者の移動にあわせて投影画像を変化させることにも成功した。

現在の課題は、「内部の構造を3次元的に知覚できるようにすること、腹部上部に映し出される画像をより鮮明に投影することである」と三宅教授はいう。また、現在、医工学研究のヨーロッパにおける拠点であるデンマークオルボー大学へ共同研究推進のため中口俊哉助手を来年5月までの予定で派遣しており、その成果をこのシステム改善に役立てたいとのことである。

完成すれば、腹腔鏡下手術は画期的に変わるはずだ。「腹腔鏡下手術は、比較的新しい技術だけにトレーニングを積んだ比較的若い医師でないとできないことが多いが、この方法だと開腹手術と同じような視点でできるために経験のない人でもやりやすくなる。また、腹腔鏡下手術だけでなく、様々な手術に応用できる可能性がある」と三宅教授はいう。

鎖骨下中心静脈穿刺トレーニングシステム

三宅教授のもとで開発中の腹腔鏡下手術支援システムには、先例となるトレーニングシステムがいくつかある。そのひとつが、大学院生の小石君が中心となり開発している「鎖骨下中心静脈穿刺トレーニングシステム」である。穿刺とは、身体の一部に中空の細い針を刺し、内容物の採取、薬物投与を行うものだが、血管、神経、内臓、骨格などの身体内部の構造を立体的にイメージするのは非常に困難であり、習得までには多くの時間がかかる。そのため、人体模型などを使ったトレーニングが行われているが、バリエーションがなくトレーニングには限界がある。VRによるシステムはこの問題を解決するもので、組織の透過表示や操作の記録、再生が可能となるために非常に有効なトレーニングとなっている。三宅教授らの工夫はそれだけにとどまらない。それは触診時の触覚を正確に再現していることである。

写真=VR穿刺トレーニングシステム
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トレーニングでは、コンピュータのディスプレイに表示された人体の3次元画像を見ながら、触覚デバイスを操作する。触覚デバイスを通じて、針が皮膚に刺さり、筋肉を貫く感覚が手元に伝わるために本番同様のトレーニングが可能になっている。

医療分野と工学分野が連携してこそ可能になったCFMEの取り組み。ここから新しい先端医療機器が生まれ、技術者が輩出されることが期待できる。そのことは医療安全の確保につながる。三宅教授は、「医療機器分野では日本は海外に比べて遅れており、輸入超過になっている。純国産の先端医療機器を世に出していきたい」と語る。


(取材:藤田道男)