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医療安全風土尺度で医療安全の新しい知見を探る


九州大学大学院・医療システム学 松原紳一氏

安全風土―。組織のメンバーによって共有される職場の安全状態に関する認識といえる。近年、医療事故は他産業における事故と同様、不適切な規則や物品、人手不足など様々な要因が原因になっていると考えられている。安全風土もまた、エラー発生に影響する要因と考えられる。

九州大学大学院・医学研究院医療システム学 の 松原紳一氏( 担当教官 = 信友浩一教授 )は、医療機関の安全風土を測定する尺度を開発、同尺度を用いて医療安全に関する検討を行った。医療安全風土尺度による取り組みは大きく分けて2つ。1つは「患者の安全に関する職員の態度と組織要因の関係」、2つ目が「安全風土とインシデント・アクシデント報告との関係」である。



1.患者の安全に関する職員の態度と組織要因の関係

「日本における Patient safety climate ( 患者安全の組織風土、医療安全風土 )に関する研究報告は少ない」と松原氏。Patient safety climateとは、患者の安全に関する医療機関の組織風土のことである。医療機関の安全風土は、最近欧米では盛んに研究され、学術論文も増えているという。松原氏は、現在九州大学大学院の医学研究院で医療システム学の博士課程に在籍しているが、修士課程で医療管理学を修めた過程で医療安全問題に関心を持ち、博士課程で取り組むことにしたもの。

まず、松原氏は、患者の安全に関する職場の状態を尋ねる質問項目を作成、因子分析などを行い、(図1)のように「職員の態度」と「組織要因」からなる質問紙( 医療安全風土尺度 )を開発した。


■ 医療安全風土尺度 (図1)
職員の態度 組織要因
・コミュニケーション
( 権威勾配のない自由な )
・医師/他職種の態度
医師( 他職種 )から見た他職種(医師)の態度
・改善
( より安全な職場を目指して )
・上司の態度
( リーダーとして )
・報告と規則の遵守
( ミスを隠さない、規則を守る )
・安全管理委員会の活動
( 情報の収集と提供 )
・患者や家族の参画
( 医療チームの一員として )
・規則と物品の有用性
( 医療事故防止に役立つ )

職員の態度に関しては、(1)コミュニケーション、(2)改善、(3)報告と規則の遵守、(4)患者と家族の参画―を設定した。
(図2)

組織要因としては、同様に(1)医師・他職種の態度、(2)上司の態度、(3)安全管理委員会の活動、(4)規則と物品の有用性―を設定した。

従って、医療安全風土尺度は、職員の態度で4因子、17項目。組織要因については4因子16項目を用いたことになる。
(図3)


■ 医療安全風土尺度―職員の態度(4因子、17項目) (図2)
コミュニケーション(5項目)
〇患者に提供する医療について、上下関係や職種に関係なく、お互い納得いくまで話しあえる。
〇上下関係や職種に関係なく、気軽に質問することができる。
〇患者の安全のためなら、上下関係や職種に関係なく、意見を言いあえる。
〇ミスについて、上下関係や職種に関係なく、率直に話しあえる。
〇医療事故につながるような間違いをしている職員がいたら、その職員の地位や職種に関係なく、その間違いを指摘している。

改善(5項目)
〇医療事故防止のための取り組みに、現場の職員の意見が反映されている。
〇業務上の規則や手順を、より良くしていこうとする姿勢がある。
〇医療事故防止のための取り組みに、過去に起きた事故の教訓が生かされている。
〇患者の安全に関わる職場の問題点はすみやかに改善される。
〇医療事故防止に役立つアイディアを積極的に取り入れている。

報告と規則の遵守(4項目)※逆転項目( 点数はすべて逆転して付けられる )
〇他の人に知られることがない限り、ミスをしたことを黙っていてもいいだろう、という雰囲気がある。
〇患者に実害のないミスであれば、報告しなくともいいだろう、という雰囲気がある。
〇問題さえ起こさなければ規則と少し違うことをしても、許される。
〇患者に実害のないミスなら患者やその家族に説明しなくてもいいだろう、という雰囲気がある。

患者と家族の参画(3項目)
〇医療事故防止のための取り組みに、患者やその家族の意見が反映されている。
〇患者と職員が、患者の受ける医療について、お互い納得のいくまで話しあえる。
〇医療のプロセスに、患者やその家族が参加できるように、支援している。

■ 医療安全尺度―組織要因(4因子16項目) (図3)
医師・他職種の態度(4項目)
〇職場の医師・職員は、職員・医師がよりよい医療事故防止策を提案したら、真剣に検討してくれる。
〇職場の医師・職員は、職員・医師が反対意見を言っても感情的にならず、真剣に聞いてくれる。
〇職場の医師・職員は、職員・医師に医療事故を防止するため、積極的に助言している。
〇職場の医師・職員は、職員・医師が安全な行動をしているかどうか、常に注意を向けている。

上司の態度(4項目)
〇私の上司は、部下がよりよい医療事故防止策を提案したら、真剣に検討してくれる。
〇私の上司は、部下が安全な行動をしているかどうか、常に注意を向けている。
〇私の上司は、部下が反対意見を言っても、感情的にならず、真剣に聞いてくれる。
〇私の上司は、部下に医療事故を防止するため、積極的に指導している。

安全管理委員会の活動(4項目)
〇安全管理委員会は、患者の安全が確保されているかどうか、積極的に職場を巡視している。
〇安全管理委員会は、職員に医療事故を防止するための情報を積極的に提供している。
〇安全管理委員会は、医療事故防止対策に職員の意見を積極的に反映させている。
〇安全管理委員会は、医療事故につながる出来事を適切に分析している。

規則と物品の有用性(4項目)
〇医療事故防止に必要な物品は充足している。
〇院内の規則は、医療事故防止に役立っている。
〇作業手順に関するマニュアルは医療事故防止に役立っている。
〇物品の配置は、医療事故が起らないように考慮されている。

松原氏は、これらの医療安全尺度を用いたアンケート調査を行い、病院の医療安全風土がどのような状況にあるかを調査した。対象は福岡県内の100床以上の病院に要請し、快諾してもらった9病院の看護師、医師、薬剤師、療法士(理学・作業・言語聴覚)、技師(放射線・検査・工学)で回答数2,069人、有効回答数1,956人(有効回答率94.5%)だった。回答は「1.そう思わない」、「2.どちらかといえばそう思わない」、「3.どちらともいえない」、「4.どちらかといえばそう思う」、「5.そう思う」―の5段階集計とした。ただし、逆転項目に関しては逆の並び方で点数化した。

次に職員の態度と組織要因の関連を統計手法のひとつである重回帰分析で行った。重回帰分析とは、回帰分析の独立変数が複数になったもので、適切な変数を複数選択することで計算しやすく、誤差の少ない予測式を作ることができる。

それによると、職員の安全態度を促進する要因として、「コミュニケーション」は全ての職種で「上司の態度」が有意な正の関連を示し、薬剤師を除く全ての職種で「医師・他職種の態度」が正の関連を認めた。「改善」に関しては、全ての職種で「安全管理委員会の活動」「規則と物品の有用性」、医師を除く全職種で「上司の態度」との正の関連があった。「患者と家族の参画」は、薬剤師を除く全職種で「医師・他職種の態度」、また医師を除く全職種で「規則と物品」の正の関連があった。しかし、「報告と規則の遵守」に関しては有意な変数は認められなかった。


● 「上司の態度」がコミュニケーションと職場改善意欲に影響

これらの結果から、松原氏らは「職場の安全態度を促進する組織要因として、上司の態度が職員間のコミュニケーションと職場改善意欲に影響を与えている」ことが示唆されたとしている。また、安全管理委員会はその活動を通じて職員の職場改善意欲に影響を与え、規則と物品、そして医師は患者とその家族の医療プロセスの参画に影響を与えているとした。
なお、医師と薬剤師については、安全態度を促進する組織要因が他の職種と異なっている傾向が見られた。これについて松原氏は「安全文化の違いが影響して反映しているのではないか」としている。



(図4)
職員の安全態度への影響


2.医療現場の安全風土とインシデント・アクシデント報告との関係

● 9病院・45棟の看護職員対象にアンケート

他産業では、安全風土尺度点数と事故の発生率に関連があることが示されている。しかし、医療事故の発生と安全風土との関係については十分に検討されていない。そこで松原氏らは医療安全風土尺度を使って、インシデント・アクシデント報告との相関を調べた。福岡県内の9病院・45病棟の看護職員を対象にアンケート調査を行い、有効回答率60%以上、インシデント・アクシデントの報告件数が7ヶ月間にわたって集計できた28病棟について分析した。

各病棟のインシデント・アクシデント報告件数は、次の3つに分類・集計された。

(1)ミスや適切でない医療行為が起こったが患者に被害がなかった事例(2)適切でない医療行為の結果、患者に観察の強化や検査の必要性が生じた事例(3)適切でない医療行為の結果、治療や処置の必要性が生じた、あるいは後遺症が残ったり、事故が死因になった事例。

集計結果から、入院患者1,000人に対して病棟職員1人が提出するインシデント・アクシデント報告の件数を算出して、この報告件数と医療安全風土尺度との相関を求めた。



● インシデント・ヒヤリハット報告件数は「上司の態度」と相関

有効回答者は523人、有効回答率83.6%、1病棟あたり平均看護職員数22人、月平均の延べ入院患者数1,130人だった。

前述の分類による月平均報告件数は、(1)6.1件、(2)1.0件、(3)0.3件―だった。また1つの病棟で1000人の入院患者があった場合に1人の看護職員から報告されるインシデント・アクシデント件数(修正報告件数)は、(1)0.25、(2)0.04、(3)0.01―だった。そこで松原氏らは、これらの修正報告件数と、看護職員の平均年齢、職業従事平均年数、医療安全風土尺度の病棟平均値との相関関係を調べた。

その結果、インシデント・ヒヤリハット報告は「上司の態度」と有意の正の相関が認められた。また、観察強化や検査が必要となったアクシデントは「医師・他職種の態度」と正の相関があった。


■ インシデント・アクシデント報告集計結果 (図5)
  インシデントヒヤリハット 観察の強化検査 治療・処置・死亡
月平均報告件数 6.1 1.0 0.3
修正報告件数※ 0.25 0.04 0.01
有効回答523人、平均病棟職員22人
有効回答率83.6%、月平均延べ入院患者数1130人
※ 病棟職員1人当たり延べ入院患者1,000人当たり報告件数

■ 安全風土と修正報告件数との相関 (図6)
  インシデントヒヤリハット 観察の強化検査 治療・処置・死亡
年齢 0.06 -0.07 0.03
職業従事平均年数 0.14 0.02 -0.12
病院勤務年数 0.15 0.13 -0.17
コミュニケーション 0.36 0.36 0.01
改善 0.05 0.28 -0.16
報告と規則の遵守 -0.10 0.21 -0.28
患者や家族の参画 -0.02 0.29 0.12
医師・他職種の態度 0.11 0.40 -0.05

上司の態度

0.54

0.17 -0.05
安全管理委員会活動 -0.11 0.10 -0.01
規則と物品の有用性 0.06 0.31 -0.23

● リーダーシップを発揮する上司の存在が報告姿勢に反映

以上の結果から、医療安全に関して、リーダーシップを発揮する上司のいる職場では、看護職員が積極的にインシデント・ヒヤリハットを積極的に報告していると考えられた。これは、部下の意見や提案に真剣に耳を傾け、医療事故防止のために積極的に指導している上司がいる職場では、ちょっとしたインシデント事例でも、必ず報告するような雰囲気が醸成されているためとみられる。また、医師の態度と「観察の強化」や「検査」が必要となったアクシデントの報告件数との相関が示唆された。

本研究について、松原氏は「インシデント・アクシデントの組織的発生要因と報告促進要因の再検討、調査規模の拡大が必要」と述べている。

また、松原氏は、「医療安全風土尺度は、医療安全に関する組織診断と研究のツールとしての利用が期待できる」と述べている。今後も同尺度による調査を続ける考えだ。


松原紳一氏略歴  

1993年、国立佐賀医科大学医学部卒業、医師免許取得。同年5月から佐賀医科大学付属病院内科呼吸器科入局・勤務。佐賀、熊本、福岡の病院で勤務したのち、2002年九州大学大学院医学研究院 医療経営・管理学入学、04年卒業、修士号取得。同年4月九州大学大学院医学研究院 医療システム学博士課程入学。


松原紳一氏

(取材:藤田道男)