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『陽子線治療施設の安全管理』

 放射線はがんの三大療法のひとつとして利用されてきたが、近年、より効果的な放射線として陽子線が注目されている。国内で稼動している施設はまだ少ないため、施設や医療被曝など陽子線の安全性については十分に周知されていない。陽子線治療施設を持つ静岡県立静岡がんセンターの陽子線治療科・村山重行部長に話を聞いた。


村田重行部長
写真=村山重行部長

副作用が少なく効果が高い治療法

 医療用の放射線には、通常利用されているX線やガンマ線などの光子線のほかに「粒子線」がある。粒子線治療は、文字通り水素や炭素の原子核の粒子放射線ビームを病巣に照射する方法だ。粒子線治療は利用する粒子の種類によって陽子線や重イオン線(重粒子線ともいう)などに分けられるが、陽子線治療の場合、水素の原子核あるいは水素陽イオンである陽子を高エネルギーまで加速させ、透過力の大きい電離放射線にして利用する。

 2007年4月現在、国内では5か所の陽子線施設と2か所の重イオン線施設が稼動中だ。近く開設予定が3か所あり、ほかにも計画されている。


▽現在稼動中の施設


陽子線 重イオン線

国立がんセンター東病院

兵庫県立粒子線医療センター

静岡がんセンター

筑波大学陽子線医学研究センター

若狭湾エネルギー研究センター

放射線医学総合研究所

兵庫県立粒子線医療センター


▽稼動が予定されている施設


陽子線 重イオン線

南東北がん陽子線治療センター(平成20年10月)

福井県陽子線がん治療センター(平成22年3月)

群馬大学(平成21年4月)


 静岡がんセンター陽子線治療科の村山重行部長は、陽子線治療のメリットについてこう話す。

 「陽子線の臨床研究は1954年に米国で初めて脳下垂体疾患の治療に応用されて以来、多くのがんでその有効性が認められています。『がんをより狙い撃ちしやすい放射線治療』と言えるでしょう」

 通常の治療で使用するX線の場合、体の表面近くで放射線量が最も多く、体内に入るに従って徐々に減少する。つまり体の中にあるがんに対して効果を示すためには、体の表面近くにも、相対的に多くの放射線を浴びせることになる。

 これに対して陽子線は、表面近くではエネルギーを出さず、ある深さで一気にエネルギーを放出する特性がある。そのため、がん病巣にもっとも放射線の量が大きくなる位置を合わせれば、他の部位へ極力ダメージを与えずに、病巣に多くの放射線量を当てることができる。

 陽子線治療のもうひとつのメリットは低侵襲であるということ。副作用が少ないばかりでなく、体に傷をつけなくて済み、機能や形態を温存できる。合併症があって手術ができない高齢者や小児でも治療が可能だ。静岡がんセンターでは治療を適用する際は以下のような条件を定めている。

 ▽固形がんで治療対象の病巣が原発巣。根治を目標にできる(転移巣は孤立性の場合に限って照射することがある)

 ▽最大径10cm未満

 ▽遠隔転移がない

 なお、健康保険は適用されないが、平成18年1月1日に厚生労働省から先進医療の承認を受けた。がんの部位によって異なる自費負担は、240万円(静岡県民の場合は220万円)から280万円(同・260万円)だという。



東海地震にも耐えられる堅牢な施設

静岡がんセンターイメージ

 静岡がんセンターは平成14年3月に完成。陽子線治療の建設は、平成7年の「がんセンター建設に向けた基本構想」の段階で、すでに盛り込まれていた。

 「センターの理念の一つが『がんを上手に治す』ということ。迅速に、苦痛を少なく、身体機能を損なわずにがんを治す方法として、陽子線治療の導入が挙げられました」と村山部長。



 陽子線治療施設は病院本棟とは渡り廊下でつながった別棟になっている。建設費は60億円で、そのうち30億円は国庫からの補助だ。コンクリート造の堅牢な地上4階建てで、放射線管理区域の壁厚は2メートル。年間200〜400人規模の陽子線治療を実施できる普及型装置(主加速器はシンクロトロン)があり、2つの回転ガントリー照射室(照射機器が回転することで、任意方向から効率よく陽子線を照射することが可能)と1つの固定水平照射室で、年間を通して長期休止のない運用を行っている。

陽子線治療施設イメージ 回転ガントリー操作イメージ
シンクロトロン全景イメージ 照射室内イメージ
 


ランプの点打状況
 「最高レベルの耐震設計を導入しているため、震度3程度の地震ではほとんど揺れを感じません。東海地震にも耐えられる安全性に配慮した構造になっています。万一大きな地震や緊急事態が起きた場合、安全装置や種々のインターロック機構が働いて装置はストップします。さらに制御室には運転員3名が常駐し、運転状況を監視しています」

 陽子線治療施設自体はがんセンターの病棟とともに完成したが、その後安全を確認しながら機器の整備と試験を重ね、1年半後の平成15年10月に一般治療を開始した。患者治療開始後から現在まで安全装置が作動した事例はなく、「加速器のたち上がりが通常より遅く、治療の開始が遅れた」というケースが数件あったのみだ。安全管理のため、照射室手前のガラス扉から先は、治療を受ける患者といえども簡単に入ることはできない。扉の前でインターホンを押して認証カードを持った医師や技師に迎えに来てもらい、一緒に入室するシステムになっている。照射室内での機器の運転の状況は部屋の前にランプで表示されているが、万一照射中に扉を開けてしまっても機器がストップする構造になっているという。


 なお前述したように、陽子線治療は正常細胞への無用な被曝は極力避けることができる。村山部長はこう話す。

 「これまでの経験から、陽子線による副作用は非常に軽く、回復も早い傾向にあります。患者さんへの説明ですが、照射部位によって起こりうる副作用は異なるため、個人個人に合わせた説明書を用意した上で十分にインフォームドコンセント(患者への説明文書)を行っています」医師や放射線技師など医療関係者の被曝もほぼ心配なく、村山部長が常時携帯している線量モニタが基準値を超えたことは、今まで一度もないという。



診療科や職種を超えて、多くの目で安全性を確認

 静岡がんセンターでは、通常の放射線治療を行う放射線治療科とは別に「陽子線治療科」を設置。専任医師2名、診療放射線技師5名、医学物理士2名、看護師などが職種を超えてチームを組み、専門的な治療に当たっている。

 「どの範囲にどれだけ照射するかは放射線治療医が決めますが、実際の治療は診療放射線技師の技術が必要です。また陽子線治療の場合はとくに、装置の精度の確認や保守管理を行うことが不可欠で、これを担当するのが医学物理士です。安全に治療を行うためには、職種を超えた協力」が大切でしょう。

 また、陽子線治療適用の判断は、陽子線治療科だけでは行わず、以下のような手順を踏んでいる。

  • ▽ 他院の紹介状を持っていたとしても、がんの部位を担当する主診療科も受診してもらう
  • ▽ 検査を受けてもらい、がんの状態を正確に把握する
  • ▽ 手術や化学療法などほかの治療法についても専門医の意見を聞いてもらう

 「適用を間違うと、患者さんは実施可能な標準治療を受ける機会を逃してしまうことになる。各専門医の意見を検討し、陽子線に限らず患者に最も適した方法を選ぶようにしています」と、村山部長は話している。



子どもの患者には特別な安全管理が必要

 近年がん治療はただ病巣をとればいいというのではなく、QOLに配慮した治療を行うようになってきており、とくに子どもの場合は体の機能や形態をできるだけ損なわないようにすること、治療による成長障害を最小限にすることなどが求められる。そのため、安全度が高く侵襲が少ない陽子線治療は、子どもには適した治療と言える。

 しかし現在、子どもの患者を受け入れている施設は意外に少なく、陽子線治療の実施施設5か所のうち、3か所のみにとどまっている(静岡がんセンター、国立がんセンター東病院、筑波大学)。その理由について、村山部長はこう話す。

 「大学病院やがんセンターのような総合的がん診療機関に付属していて、なおかつ小児科のある施設が子どもの患者を受け入れています。子どものがんの場合は病気の特性から、陽子線治療だけではなく抗がん剤などほかの治療を組み合わせる場合も少なくありません。そのため、継続的に診療していくことが非常に重要だからです」

 また、子どもが陽子線治療を受ける際には、特別な安全管理が必要だ。子どもの場合、 年齢にもよるが全身麻酔をしたうえで照射を行う場合が多い。麻酔の目的は「できるだけ動かないようにするため」だという。

 「照射室は明るく開放感のある雰囲気になっていますが、特殊な環境の中ですからやはり子どもは不安を感じます。そのため、位置決めから治療終了までの15分間ほどをじっとしていてもらうのはなかなかむずかしい。照射機器は微調整が利くものの、大きく動かれると病巣に正確な照射をすることができません。暴れて照射台から転落する危険もあります」

 静岡がんセンターの場合、陽子線治療中ずっと小児科の医師が付き添い、全身麻酔の管理をする。2007年2月末現在、治療を受けた430名のうち12名が15歳以下の小児患者だったが、転落や麻酔など陽子線治療にかかわる事故はゼロだという。

 「子どもに限らず不測の事態が起きたときには、やはり総合的がん診療施設が付属しているという安心感は大きいと考えています」と村山部長は話している。

陽子線治療の 実績

陽子線治療実績
陽子線治療実績

(取材・企画:熊谷わこ)