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ANAグループ安全教育センター A S E C
ANA Safety Education Center

〜過去に経験した事故から学び、一人ひとりが安全のために何ができるかを考える〜

ANAグループ社員の安全研修の場として、2007年1月にオープンしたASEC(ANA Safety Education Center)。安全教育センターには、航空業界の同業他社をはじめ、JR、地下鉄など「安全」に携わる企業の見学が相次いでいる。過去の事故による犠牲と被害から、安全の持つ多くの意味を問いかけていく、施設の内容と課題をレポートする。

ASEC教育センター外観1
ASEC教育センター外観1
ASEC教育センター外観2
ASEC教育センター外観2

ANAグループ教育センター(以下、ASEC)は、「過去に経験した事故を教訓として、学ぶ施設を建設すべきだ」という、空港で働く若手社員からの提案がきっかけとなり設置された。

1960、70年代に発生した全日空 三大事故「羽田沖墜落事故」、「松山沖墜落事故」、「雫石衝突事故」は、社会的に大きな影響を及ぼしたが、以降、全日空では乗客死亡事故は発生していない。深い傷跡を残した3大事故から数十年の月日が経ち、当時の事故体験者のほとんどが退職している。そんな中、過去の教訓を風化させることなく、事故を語り継ぐ施設が必要なのではないかという、事故を知らない若手社員からの提案があり、山元峯生氏(全日本空輸株式会社 代表取締役社長)の強い意思によって実現された。

施設のコンセプトは「事故の悲惨さを体感する」、「エラーの現実を体験する」、「安全の維持を体得する」というもの。事故の現実と向き合い、安全堅持の重要性を学習することを目的として、事故発生のメカニズムやヒューマンファクターを教育し、グループ社員一人ひとりが安全に向けて何ができるのかを考えていく。

社員安全研修への導入

施設では、3つのステップを踏んでいく。

はじめの「導入ゾーン」(Introductory Zone)では、ANAグループ企業、社員一人ひとりの歩みを踏まえ、一丸となって安全について取り組むとして、安全の思想を共有・再認識する場を提供する。

実際の研修では、創業から今日に至るまでの企業ヒストリーの展示を閲覧し、ガイダンスシアターでは、航空輸送産業と事故や航空保安に関わる事件、安全技術など、安全に関わる導入映像を視聴する。

導入ゾーンに入ってすぐ目に飛び込んで来るのは、事故で墜落し、激しく破損した現物機体の一部。また、その奥に広がる事故機体実物展示ブースには、事故の衝撃により空中で分解し、無惨にひきちぎられた機体や、極度に折り曲がった座席シートなどが並んでいる。凄惨な現場を思い起こさせる事故の現物が語りかける力は大きい。

展示内容1
展示内容1
展示内容2
展示内容2
展示内容3
展示内容3

過去の事故の経験から学ぶ

2つ目のメインステップは、「事故の経験から学ぶ」(Lessons from the Past)。

「羽田沖」、「松山沖」、「雫石」で発生した三大事故を中心に、ANAおよび世界各地で発生したさまざまな航空機事故例が展示されている。三大事故のブースでは、事故の経緯や推定原因、事故後の対応、改善策などが当時の写真や映像を交えてより詳しく伝えられる。ガラスケース内には、事故機のコックピットの中に残された計器やスイッチなどが展示され、遺物が事故の悲惨さを物語っている。

この3つの事故の展示ブースは、事故の原因を究明することで大きな教訓を得ようという意図ではあえてつくられていない。「羽田沖」、「松山沖」事故は原因不明とされ原因が特定できなかったため、教訓への究明が困難であったという事実もあるが、研修では、事故の現実、悲惨さ、遺族の無念さなどが、映像などにより胸に刻まれる。「雫石」事故に関しては、自衛隊戦闘機との空中衝突により、乗客155名、職員7名の搭乗者全員が死亡するという原因が明確な事故であったが、ここでも事故の教訓を追求するのではなく、事故当時の関係者の献身的な働きや、遺族の思いなどが中心に訴えられている。

ほか、ブースでは世界各国での主な航空機事故例なども閲覧できる。現在のCRM(Crew Resource Management)の発祥とされる1972年のロッキードトライスターの墜落事故なども事故のいきさつ、原因などが詳しく説明され展示されている。

施設内画像1
施設内画像1
施設内画像2
施設内画像2
施設内画像3
施設内画像3

人間は誰しもエラーを起こすもの

最終ステップは「‘安全’こそ社会への責務」(Safety―our core responsibility to the society)として、ヒューマンエラーに着目し、体験的な要素を加えて、誰もがエラーを起こす可能性を持っているということを学んでいく。

体験研修では、「人間は誰でもエラーを起こすもの」ということを、PC操作を利用した簡単なテストなどで身を持って体験させる。また、新入社員、中堅層、新任役員など階層によって、安全管理の方法をパネル提案していく。最後に、研修のまとめとして、リアルな日常業務の各シーンから、誰でも起こし得る小さなエラーの連鎖が、やがては大事故へとつながりかねない危険性を持っているということを、具体的事例や映像を持って伝える。部門の取り組みと部門間の連携、行動・コミュニケーションの重要性を伝え、一人ひとりの責任ある誠実な行動が安全を確立し守っていくものであるとして研修のまとめとされる。

施設内画像4
施設内画像4
施設内画像5
施設内画像5

「安全を守る仕組みづくりと教育・啓発の二つの課題」

全日本空輸株式会社 グループ総合安全推進室
グループ安全推進部 長田中龍郎氏

「ASECは社員の教育施設として設けられましたが、一言に安全に対する教育・啓発としても、実際にそれを実践するのはとても難しいことです。リスクマネジメントなども、言葉は先行していますが各部署で実行されてはいても、それがシステムとしては確立されていません。大事なのは、いかに現場を知っているかということ。芽さえ出ていないミスやリスクを摘み取るのは難しいことですが、現場の事例から今後の行動に繋げて未然に防いでいくことはできる。現場で起きていることを正確に把握して、順に手を打っていくことが大切です。システムを確立するためには、まずヒヤリハットの現場の報告からですが、報告件数を上げるための、職場環境、雰囲気を改善することも、教育・啓発に関わる私たちの役目だと思っています」

田中龍郎氏
田中龍郎氏

「誰にでも起こりうるエラーを防ぐために」

弁護士(東京弁護士会) 菅原貴与志氏

「現実にはきわめて発生率の低い事故に対して、それが発生したことを想定しながら、対応策を講じるというのは、大変に困難な作業です。特に発生原因が故意によるものではなく、不注意でしか起こり得ないといったアクシデントの場合には、安全に対する道徳や倫理観の教育・啓発だけでは予防できません。ここにリスクマネジメントの本来的な難しさがあります。事故を絶滅させる直接的な特効薬など存在しません。ヒューマンエラーを防止するためには、間接的ではありますが、地道に安全を管理できる環境と仕組みを構築していくしかないのです。組織的にも個々人のメンタル面においても、誰にでも起こりうるエラーの発生しにくいシステム(管理体制)を整備し、安全に作業ができる環境づくりに意を払うことこそが重要だと思います。職場におけるストレス、過酷な労働環境、不適切な人員配置や恒常的な人手不足など、業界の垣根をこえてあらゆる現場に内在するリスク要因は、いずれも後回しにできないものであり、これらを取り除くことは喫緊の課題です。それらの意識が組織として低下すれば、事故が起こりやすくなるのも当然のことというべきでしょう」

菅原貴与志氏
菅原貴与志氏

医療業界は

航空業界や医療業界における安全に対する取り組みは、人間の生死に関わる重大なもの。それ故、常に高いリスクマネジメント意識を持つ必要がある。医療業界は航空・原発・製造等の業界に比べると、リスクマネジメント意識を持ち始めたばかり、未だ夜明けである。安全を追求していくにあたり「こうすればいい」というような答えはないが、まずは意識を持ち、他業界から学べるところはしっかりと学ばなければならない。

◆ANAグループ安全教育センター(ASEC:ANA Safety Education Center)

航空安全に関心のある方の見学も研修に支障のない範囲で受け入れている。見学希望の方は、下記ホームページをご覧下さい。

http://www.ana.co.jp/ana-info/ana/lounge/education/index.html
所在地:東京都大田区下丸子4-23-3
東急多摩川線:下丸子駅下車 徒歩7分 鵜の木駅下車 徒歩7 分

(取材・企画:石田和歌子、写真提供:全日空)