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神経難病患者に狙い定めた転倒防止対策用DVDを手がける

病気のためだから仕方がないと諦めず、転ばせぬ知恵を

入院患者の転倒事故が後を絶たない。特に、神経難病患者を抱える施設では、院内事故の総数に占める転倒の割合が群を抜く。一つひとつの事故には、固有の原因や理由がある。したがって、その原因に対する対策を講じていれば重大な事態は引き起こされない。しかし、手厚い看護を受け、入院中は転倒することなく退院しながら、骨折などのために再入院を余儀なくされる患者も少なくない。その背景には、院内と家庭との環境の違いが関わっているのではないか―。そう考えた一人の神経内科医が企画した転倒防止のための啓発DVDが好評だ。盛り込まれた内容は神経難病以外の患者にも応用できる。監督、脚本、ナレーターを務めた独立行政法人国立病院機構東名古屋病院の饗場郁子医長に企画の狙いや反響などを聞いた。


饗場郁子氏

神経難病患者向けでは初めて

「必要に迫られて、神経難病の患者さんやその介護者が自宅で安全に過ごすための教材として使えるDVDを探したのですが、これは、というものには出合えずじまい。なければ、自分たちで作るしかないなと思って―」。企画・監修した饗場医長が語る啓発DVDの製作動機はいたって単純だ。

実際、同種のDVDは、筋トレを主体とする高齢者向けのものがあるだけで、パーキンソン病やPSP(進行性核上性麻痺)、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、脊髄小脳変性症、多系統萎縮症といった神経難病患者に照準を合わせた実践的なものは皆無の状態であるという。

これらの神経難病で自宅療養している患者とその家族に、自宅での転倒の特徴や転倒を未然に防ぐポイントなどを疾患別に解説できれば、無用の入退院を繰り返させることはない。何より、自宅で安心して過ごしてもらうのに役立つはずだ。こうして、饗場医長をはじめとする同院神経難病転倒研究グループのDVD製作が動き出した。

下敷きとなったのは、饗場医長らが2005年度に作成していた神経疾患患者と介護者のための転倒防止マニュアル『自宅で転ばないために』である。厚労省の研究班「政策医療ネットワークを基盤にした神経疾患の総合的研究」班(主任研究者=湯浅龍彦氏)で、饗場医長が責任者を務めていた転倒・転落研究グループの研究成果としてまとめたものだ。

1976年の専門病棟開設以来、神経難病に力を入れ、同地域の他施設に比べて圧倒的な症例数を誇る同院には豊富な診療実績がある。DVDに盛り込むべき内容には事欠かない。


DVD『転ばない生活講座』

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現実を踏まえ、立てられた対策の数々

2007年に発売されたDVD『転ばない生活講座』(写真参照)は
  • (1)転倒って?!
  • (2)転ばないためにどうすればいいの?
  • (3)転ばない、転んでも大事に至らないグッズを使って
  • (4)転ばないためのリハビリ
の4部で構成される。

(1)は饗場医長が豊富な治療経験を踏まえてさまざまな事例を分かりやすく解説する。(2)は看護師が自宅で転ばないようにするポイントを説明。(3)は転倒予防のための安価なグッズを使ったちょっとしたアイデアを看護師が紹介する。(4)は自宅でできるリハビリや転んでしまった場合の起こし方などを理学療法士が指導する。

盛り込まれた内容はいずれも、在宅介護に焦点を当てた実践的なものだ。転倒に関する患者アンケートも活用した。その中には「患者が転んだとき、どのように起こしてよいのかが分からない」という端的な問いかけもあった。また、体格の大きな夫を小さな妻が介護するような場合、妻が腰を痛めたり、いわゆる共倒れになったりする切実なケースも少なくない。

DVDは、このように、在宅で起こり得るさまざまな場面を想定し、介護者の負担を軽減する視点でまとめられているのが特徴だ。フラットな床面、張り巡らした手すり、完備したナースコール体制など、転倒しない工夫がハード面で確立している院内と異なり、在宅では環境面でのハンデが少なくない。

DVDには、こうした点に着目したヒントも詰め込まれている。その一つがホームセンターなどで手軽に入手できるグッズの活用法だ。また、下に落ちた物を拾おうとして転倒するケースが多いことから「物が落ちないようにすれば転倒しない」という逆転の発想を導く知恵も紹介している。


(1)「転倒って?!」より

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(2)「転ばないためにどうすればいいの?」より

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院内講習会を明快にビジュアル化

後先となるが、DVDには、前述の転倒防止マニュアルのほか、同院が2000年から集めている入院患者の転倒に関するデータも生かされている。集められたデータは「転倒はやむを得ないことでなく、それぞれに明快な理由があることを教えてくれた」(饗場医長)という。

原因が分かれば打つ手が決まる。院内で起きている現実的な事故一つずつに対策が立てられ、原因が丹念に取り除かれた結果、入院患者の転倒は減少した。実効があったのだ。

少数の看護師が多数の患者を見る院内とは違い、在宅では患者はほぼマンツーマンで介護を受ける。にもかかわらず、転倒による事故は入院患者よりも、在宅のほうが高い頻度で起き、ケガの程度も重い。せっかく院内の転倒事故を減らしても、在宅で転んでいては元も子もない。こうして、在宅転倒を防ぐ手立てを考える機運が一気に高まった。

同院はその取り組みの成果を06年から、DVDのタイトルと同じ『転ばない生活講座』と題する院内講習会の形で公開。在宅療養中の患者を対象に、現在も半年に1度の割合で催している。つまり、DVDはこの講座を動画で、より具体化したものともいえるわけだ。


(3)「転ばない、転んでも大事に至らないグッズを使って・・・」より

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(4)「転ばないためのリハビリ」より

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転倒の回数や程度に目を見張る効果

饗場医長が現在リーダーを務める「神経疾患の診断・治療・予防に関する包括的臨床研究」班(主任研究者=久野貞子氏)の転倒対策グループの調べによると、前述の講座(06年度)を受ける前と受けた後の転倒患者率は41%から27%に低下したという。

また、07年に実施した1カ月間の介入試験の結果では、転倒による外傷を負った患者の割合は、講座非参加群38.1%、参加群10.0%(有意差あり)。転倒回数は、講座非参加群10.0、参加群6.4。外傷回数は、講座非参加群0.9、参加群0.3(有意差あり)。初回外傷までの期間は、参加群で有意に長かったという。ただし、一連のデータはパーキンソン病患者限定であるため、先行き、対象疾患の種類を増やしていく計画だ。

こうしたデータの一端からも、リアルな講習会形式とバーチャルなDVDのいずれもが、転倒防止に一定の成果を挙げていることが認められるだろう。

07年6月の発売からちょうど1年。DVDは当初用意した数の約半分が売れた。もとより、営利目的ではないので、売り上げを作ることが狙いではないが「患者さんやご家族だけでなく医師、看護師、保健師など医療関係者の方にも参考になったと言ってくださる方が多いので、必要とする多くの方の目に触れる機会を増やしたい」と、饗場医師は胸のうちを明かす。

同DVDにはこれまで「患者ばかりでなく、介護者のためにも有益」「在宅のみならず院内でも役立つ」「リスクマネジメントの一環として参考になる」といった反響が寄せられているという。授業の教材に採用しているリハビリの専門学校もあるそうだ。

同院では07年秋から、神経難病の病棟の職員トイレの壁面に転倒防止に関する簡単な「Q&A」を週替わりで掲示する試みを始めた。無意識のうちに転倒防止に対する関心を高めてもらう院内啓発活動の一環。「脳トレならぬ、転トレ」である。

その先には、転倒に対する対応ノウハウや技術の標準化や共有化という目標がある。在宅患者の転倒防止を大きな狙いとした院内におけるさまざまな取り組みはやがてDVD第2弾として実を結ぶだろう。

プロフィール

饗場郁子(あいば いくこ)氏略歴
1987年3月名古屋大学医学部卒業。
春日井市民病院、名大附属病院などを経て、94年独立行政法人国立病院機構東名古屋病院に赴任。
神経内科医長を務める。
厚労省「神経疾患の診断・治療・予防に関する包括的臨床研究」班の転倒対策グループの責任者でもある。
愛知県生まれ。

連絡先:〒465-8620 名古屋市名東区梅森坂5-101
TEL: 052-801-1151
FAX :052-801-1160
http://www.hosp.go.jp/~tomei/

※紹介したDVDは1枚3,000円(税込)。同院ホームページから申し込むことができます
(左側メニュー「お知らせ」からお入りください)。

※転倒防止マニュアル『自宅で転ばないために』はこちら


2008年6月17日(取材・企画:伊藤公一)