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新型インフルエンザ対策、日本の現状と課題は何か

世界中が脅威に怯える新型インフルエンザ。パンデミック(感染爆発)に到ると国内で3200万人が感染すると国が想定する日本では、対策はどうなっているのか。2005年にWHOのガイドラインに基づく国の行動計画が策定されて以降、都道府県レベルの行動計画づくりは進んだが、パンデミック対策はできているのだろうか。

東北大学微生物学教授で、厚生労働省の新型インフルエンザ専門家会議のメンバーでもある押谷仁氏に、日本の新型インフルエンザ対策の現状と課題をお聞きした。

押谷仁氏
押谷仁氏

フェーズ4以降のガイドライン改定の動き

日本の新型インフルエンザ対策は2005年に作られた国の行動計画に基づいて進められてきた。厚生労働省は2006年に「フェーズ3」までのガイドラインを策定。2007年3月に新型インフルエンザ専門家会議で「新型インフルエンザ対策ガイドライン(フェーズ4以降)」を策定したが、その後、約1年間、同専門家会議は開かれなかった。

この間に、感染が確認された場合の「官邸危機管理センター」と関係各省庁の情報連絡体制などが閣議決定され、各自治体レベルで、行動計画に基づく訓練も行われているが、医療機関からも実際に感染が広がったときにどこまで対応が可能か、不安の声が上がっている。最近では6月に日本経団連が対策強化を求める提言を行っており、経済界も国の危機管理体制に不安を抱いていることが明らかになった。

08年7月30日の第8回専門家会議ではようやく新型インフルエンザ対策の基本戦略の策定、新型インフルエンザ発生初期における早期対応戦略ガイドライン改定の方向性などが提案された。

今回のガイドライン改定のポイントとしては、これまでのガイドラインが発生初期の封じ込め策に重点を置いていたのに対し、フェーズ4宣言以降からフェーズ6のパンデミック期及び終息期までの地域における(1)感染拡大防止、(2)社会機能維持等―の戦略を示す必要があるとしている。

具体的な検討課題として、専門家会議の公衆衛生対策ワーキンググループは、
(1)タイトルの変更
例として「国内発生時における行政対応ガイドライン」など。
(2)戦略の全容の明確化
薬剤による感染拡大防止策、薬剤以外による感染拡大防止策(公衆衛生対策として、学校の臨時休業、外出の自粛など)を時系列に記載し、現在不明瞭となっているフェーズ6以降(パンデミック期)の対策戦略を明確化する。
(3)全体の戦略と、一戦略オプションである「地域封じ込め作戦」の記載の分離
例として「地域封じ込め作戦」はオプションとし、付録等として位置付ける。
(4)薬剤による感染拡大防止策の細部の検討
予防投薬の対象、実施期間、開始時期等について検討し、詳細を決定する。特に、家庭内、施設内での投与について、発熱外来、ファックス処方など医療部門ワーキンググループとの関係も含め検討する必要がある。
―を挙げた。

Phases of pandemic alert in WHO global influenza preparedness plan

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これまでのガイドラインは、パンデミックに耐えられない。

押谷教授は公衆衛生対策ワーキンググループの委員として、これらの検討課題を提案してきた理由について、次のように言う。

「国のこれまでの対策の最大の問題点は、新型インフルエンザ対策は、ウイルスが発生すれば今の医学では感染を止められないという大前提に立っていなかったことです」

たとえばごく初期に、ヒト−ヒト感染の第一例目が発見できたという場合であれば、感染拡大を止められるかもしれない。だが、ヒト−ヒト感染がどこかで起こり、それが日本に波及するという事態になった場合には、感染は確実に広がると考えなければならない。

通常のインフルエンザであっても、日本では世界の約8割のタミフル(抗ウイルス薬)を使用しているが、それでもインフルエンザの流行を止められずにいる。

新型インフルエンザの場合は、ほとんどすべての人が全く免疫を持っていないため、普通のインフルエンザよりも速い勢いで感染し、大流行すると考えられる。抗インフルエンザ薬の備蓄は約2800万人分あるが、これは新型インフルエンザにどの程度効果があるかどうかは未知数。鳥インフルエンザウイルス(H5N1型)を基に作っているプレパンデミックワクチンも効果は未知数。新しいワクチンができるまでには半年から1年かかるため、その間に感染が広がる。

「国の行動計画では、発症者数は3200万人、人口の25%を想定しているが、50%、6500万人ぐらいまでは発症すると想定しておかなければならないだろう。たとえ3200万人としても、社会が混乱するのは避けられない。したがって、パンデミックを想定して、戦略的な対策を取る必要がある、ということをこれまで繰り返し言ってきました」(以下も押谷教授)

地域封じ込めはできないことを前提にした対策を

戦略的な対策とはどのようなものであるべきか。

アメリカの場合、新型インフルエンザは国家の安全を脅かす脅威の一つと明確に位置付け、莫大な予算を使い、スーパーコンピュータを用いて疫学モデルのシミュレーションを繰り返したのだという。

「いかにして感染を最小限に食い止めるか、ワクチン製造までの間、感染を少なくするにはどうしたらいいか、というのがアメリカの対策です。フェーズ6(パンデミック)の初期に、感染した人に抗ウイルス薬を投与する、感染した人の家族にも予防投薬し、家にとどまらせる、学校閉鎖をするなど、ごく早期にさまざまな対策を組み合わせることによりウイルスの拡散・被害を抑えることが可能になるという結論を出しています」

これに対して、日本ではフェーズ4~5の対策が主で、パンデミック対策は具体的に検討されていない。

「自治体では行動計画に基づいて訓練が行われていますが、ある県で3人の患者が出たというような場合を想定したもので、患者の搬送・隔離、検疫強化などの水際作戦、地域での早期封じ込めに力を入れています。しかし、アイソレーターを装備した救急車も少なく、陰圧室も各県で非常に限られた医療機関に十数床しかないのが実情です。実際には厳格な隔離が可能なのは最初の3日か4日のことで、一週間で数百人、次の一週間で数千人の患者が出ると想定すると、隔離は不可能になる。病院には収容しきれないということです」

それでも患者は地域の医療機関に殺到し、その時点では医師や医療スタッフも相当数が感染していることが予測される。新型インフルエンザは、世界各地、日本各地で、同時期に患者が発生する可能性があり、地震の時のように他の国や、国内の他の地域、あるいは自衛隊などの救助隊もボランティアも来ないため、市町村レベルで対応せざるを得ない。

このような事態に備え、アグレッシブな対策を日本全国でとることが必要だと、押谷教授は言う。

「ワクチンが製造されるまでの時間を考えると、抗インフルエンザ薬とプレパンデミックワクチンをどの時点でだれがどう使うかが重要になる。アメリカの疫学調査を参考にして、被害軽減策を考えると、患者の自宅隔離や接触者の自宅待機、学校の早期閉鎖などを早期に行なえば、日本でも被害を最小限に抑えることができると考えます。しかしこれらの対策を実施するためには意思決定は国か自治体か、だれが行うのかなど、決めておかなければならないことが数多くあります」


諸外国のパンデミック対策

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日本の“新型インフルエンザ“対策

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日本で早期封じ込めが成功するための条件

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検疫の強化で感染者の流入が防げるか?

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最後に、いま、医療従事者にできることは何かを聞いた。

「医師の中には、自分は感染症の専門家ではないから、あるいは、拠点病院ではないから患者が来ても診られないということを言う人が相当数います。これは、包丁を持った強盗が来たから助けてほしいと110番したときに、お巡りさんが、危険だから助けに行けません、と言っているのと同じではないかと私は思います。お巡りさんが防弾チョッキや警棒を持っているように、医師は知識もマスクも、場合によってはタミフルのような薬もある。そういう守られた存在である医師が医療行為を否定したら、もはや社会は成り立たなくなります」

多くの医師と話して感じることは、新型インフルエンザへの間違った認識を持っていることだという。

一つはSARSと同じようにとらえている医師が多いこと、とくに医療従事者が医療機関で感染すると考えていることだ。

「疫学上で見ても、新型インフルエンザとSARSは全く違います。SARSは世界中で8000人しか感染せず、その感染者の多くは医療機関内で感染しました。しかし、新型インフルエンザは世界中で20億から30億が感染すると言われるもの。医師の感染もそのほとんどが一般のコミュニティ、すなわち家族、地域、通勤中や街中からの感染になるでしょう。つまり、医療行為をしなくても感染リスクはあるわけです。

医療体制の整備も予算措置もないところで患者は診られないと言う医師の意見ももっともだと思いますが、一度パンデミックに陥れば、国民が病院に殺到することは避けられません。覚悟だけでなく、具体的な準備をどこまでやっておくかを、みんなで話し合う必要があります。地域の医師会の動きも非常に重要だと思います」


新型インフルエンザ発生時に予測される事態

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プロフィール

押谷仁(おしたに・ひとし)氏略歴
2006年から東北大学大学院医学系研究科微生物学分野教授。
1987年東北大学医学部卒業。1991〜1994年、ザンビアでウイルス学を指導。1999年より6年間、フィリピンのマニラにある世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局の感染症地域アドバイザーを務め、SARSや鳥インフルエンザへの国際的な対応の指揮をとる。現在もWHOグローバルパンデミックプラン改定作業のワーキンググループのメンバーを務める。


2008年10月7日(企画・取材:山崎ひろみ)