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訴訟を未然に防ぐ死亡時画像病理診断(Ai)の活用について

完璧な治療を施しても人は死に至る。治療に落ち度がなくても死因が不明であることは珍しいことではない。しかし遺族の感情としてはそれでは納得できず、死因が明示されなければ訴訟につながりやすい。死因を客観的に遺族に伝えることができれば、医療訴訟の減少につながるだろう。しかし死因を明らかにする病理解剖は、遺族の承諾、費用、病理医数の不足といった問題があり、すべての遺族の求めに応じることは難しい。

一方、死亡時画像病理診断(Ai(エーアイ): Autopsy imaging)は死因究明に非常に有効な手段である。Ai導入のメリットは何か。解剖とどのように関わっていくものか。医療訴訟対策として成り立つのか。千葉大学医学部附属病院放射線科・山本正二先生に話を伺った。

山本正二氏
山本正二氏

腎生検直後に死亡した患者

「千葉大学医学部附属病院では、死亡した患者遺族の了解が得られた症例に対して、院内で死亡した患者全員の死亡時画像病理診断(Ai)を行っています。頭部から膝までのほぼ全身のCT検査を行い、読影しています。Aiの研究自体は2005年から始まり、2007年に千葉大学医学部附属病院にAiセンターを創設しました。今年2008年には附属病院の正式な組織として稼働しています。医療訴訟対策としてこれほど簡単で、しかも死体を傷つけることもなく、遺族の了解も得られ、最小限のコストで済む死亡時医学検査はないでしょう」山本正二先生は、3年前からAiの必要性を感じ、普及に努めている。

愛知県の病院での一例を挙げる。結節性多発動脈炎の入院患者に腎臓の検査(生体組織採取)を行った。3日後の明け方、看護師が巡回したときに死亡している患者を発見した。腎検査自体には疑うべき問題は何もなかった。そこで頭部および体幹部のCTを実施したところ、死因はくも膜下出血と推定された(写真1参照)。画像診断後、遺族に解剖を申し入れたところ快諾してもらえた。その後、解剖検査により、頭部に凝血塊があり、死因がくも膜下出血であることが証明された。左腎の画像診断では少量の血腫(写真2参照)が認められたが、頭部の出血と比較して明らかに出血量が少ないため、死因は腎臓ではなく頭部であるという、画像での所見を裏付けることができた。

写真1
写真1

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写真2
写真2

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(いずれも安城更生病院より)

Aiが選択肢にないと仮定すると、こうした形の急死は、日本法医学会の異状死ガイドラインでは届け出すべき事例に相当するかもしれない。もし、異状死として警察に届け出、事件と判断されたら、司法解剖を行うことになるのだが、司法解剖は、裁判のための証拠作りが目的である。裁判の証拠としての解剖なので、遺族は死因を知りたいのにも関わらず、解剖結果を知らされるのは公判が始まってからになる。しかも医師は犯罪者扱いされることさえ珍しくない。司法解剖を行ったところで患者・医師が納得できる結果が得られるとは限らない。

Aiを行っていなかったらこの死因をどのように遺族に説明できたであろうか。Aiでの所見がなければ解剖に承諾しなかったかもしれないし、それゆえに医療訴訟に発展したかもしれない。そうならないまでも、家族がなぜ亡くなったのか分からないまま、医師に対する不信感を募らせていたかもしれない。画像診断を行ったことにより、遺族の信頼と納得を得た例と言える。

Aiのメリット 死因を明確にできる

「Aiは主に体幹部と頭部を含むCTなどの画像検査と読影を行うことを指します。CTの実施時間はほんの10分です。これで腎生検の患者さんの例のように大きく効果を発揮する症例もあります。ただしAiの死因解明率は30%で、完全なものではありません。まずCTで全身のスクリーニングをかけ、その後必要に応じてMRIや病理解剖を行うことになるでしょう。CTでは脳梗塞は分かりにくいので、脳梗塞が死因と考えられるようであればMRIを併用することになります。また心臓疾患、冠動脈疾患、脳幹梗塞、肺動脈血栓塞栓などが死因である場合にはCT検査ではなく病理解剖が必要です」

病理解剖は、病理医の数にも限界があり、ミクロ診断には数週間かかる。一方Aiはわずか10分のCT検査で30%の確率で死因を推測・確定できる。これはかなり費用対効果が高いことになる。

「Ai病理解剖と違って死体を傷つけることがないため、遺族の了解も得られやすいです。死因を遺族に説明できる材料ができるということです。病理解剖の前にAiを行えば、情報源になり解剖に役立てることができます。病理解剖では解剖した部位しか分かりませんが、CTでは全身を精査することができます。死亡診断書や死体検案書を書く際に、Aiの所見がかなり参考になると思います。何よりも死因解明につながり、医療訴訟を防ぐことに大きく貢献します」

東京大大学院の伊藤貴子特別研究員(法医学)の日本法医学会での発表によると、解剖経験遺族の54%が「死因について納得できる説明があれば訴訟をしなかった」と答えるなど、死因開示の遅れが不信を招き、医療訴訟が増える原因となっていたという(2008年4月27日「朝日新聞」朝刊)。死因の究明は訴訟を減らす可能性を示唆している。

費用

有用性が分かり、Aiを行うことには肯定的でも、次に誰もが思うのはコストの問題である。CT、MRI機器の新たな導入、人件費などの費用面から導入を迷う病院もあるだろう。

「千葉大学医学部附属病院では、CT、MRI機器は従来のものを使用しています。Ai用に新たに導入はしていません。もちろん生きている患者の検査が優先であり、機器の空き時間を利用してAiを行っているため、特に問題は起こっていません。放射線技師、読影する放射線医の労働は今のところボランティアです。これは大きな問題です。費用を誰が拠出するかは今後の課題でしょう。今後、Aiセンターでは他病院からも受け入れることになりますが、現在、料金・人員を含めて体制を整えているところです。1体当たりおよそ実費分5万円が目安となるでしょう」

放射線技師はサービス残業、放射線医師は当直明けの帰宅すべき時間などを利用して読影している。一日も早く体制を整える必要がある。また外部からの搬送はどこが費用を負担するかも明確な基準がない。遺族負担で葬儀屋が行うことが多いが、料金体制はまちまちである。

病理解剖もAi同様に費用は病院負担で行っている。Aiを含めて国からの補助金によって一部でも賄えることが望ましい。日本医師会では死亡時画像病理診断(Ai)活用に関する検討委員会を設置し、この件に関しても議論を重ねている。

臨床医とAiの関わりについて

Aiはまだ臨床医に広く認知されているわけではない。臨床医はAiとどのように関わっていけばよいのか。

「死亡診断書を書くときにAiの所見を参考にして下さい。そのために必要に応じてAiを行うことを念頭に置いていただきたいのです。Aiを用いた死亡診断書を書くにあたり、死後変化や救急蘇生処置の影響などAi画像の特徴をある程度把握することが必要でしょう。Aiの画像には死後の生物的・科学的変化が現れることがあります。

例えば、胃壁に穴が見つかった場合、生きている人間であれば内視鏡検査に起因する傷と推測できますが、死後変化で起きることもあります。また、肝内ガスは、内視鏡などによる食道壁の損傷や送気などによる消化管穿孔などの医療ミスによるものではありません。救急蘇生の強制換気や心臓マッサージによって肝臓内などに貯留したガスを観察しているものです。

Aiの普及と同時にこのような情報を臨床医に知ってもらえるよう、症例をまとめたテキストを編集しましたので参考にしていただきたいです(出版物参照)。放射線医は読影をする機会が増えることになります。死体を読影することは難しく、経験を十分に踏んだ医師はまだわずかです。読影が原因で何か問題が起こったとしても、読影した医師に責任が及ぶことのない体制作りもAi普及にからむ課題でしょう。

Aiを行っていないクリニックや病院は、Aiを行うとどのような意義があるのかをまず理解していただき、身近に依頼できる病院があるかどうかを把握してほしいと思います。もしなければAiが導入されるような働きを一緒にしていただきたいと思います。Aiに興味を持ち、普及に力をお貸しください。大学病院と連携していければと思っています」

一般市民にとってのメリット

「がんが全身に転移して亡くなった患者の遺族がAiを希望しました。最期はどのような状態であったかを知り、亡くなったことを納得し、患者との思い出の映像と大事に保存してくれています」

この日の取材途中も外国で死亡した日本人のAiを希望する遺族からの電話がかかってきた。なぜ亡くなったか、遺族は納得する手段として病理解剖ではなくまずAiを選んだ。

「また、これから導入される裁判員制度において、一般市民の人が裁判の証拠として死体の写真を目にすることになるかもしれません。そのときにあまり鮮明な出血や内臓の写真であれば、見慣れていないため刺激が強く、正確な判断に影響を及ぼすことになりかねません。CTであればモノクロであり、生理的に冷静に見るに耐えられる画像です。かつ事実を正確に伝えることができます」

病院経営者、医師、遺族、患者にとって大きなメリットを及ぼすAi。しかし、財源、警察との連携、技師や医師の教育、法的な整備など議論を重ね、早急に進めなくてはならない課題は尽きない。奈良県では2008年10月より、解剖前にCT検査を実施することを原則とした承諾解剖制度を開始した。今後、政府は政策として具体的にAi導入を検討すべきであろう。なお2009年春には日本医学放射線学会総会でシンポジウムが開かれる予定である。Aiの正確な知識が浸透するよう普及活動に一層の理解と協力が必要だ。

出版物
2008年11月発行
『千葉の健康−1 地域医療安全に貢献するAiセンターの設立』(千葉日報社 山本正二著)
2009年春頃発行予定
『オートプシーイメージングガイド(仮)』(文光堂 山本正二著)
2008年10月発行
『日獨医報』(バイエル薬品株式会社 第53巻第3・4号 2008 107(417)−154(464)「特別企画 Autopsy imaging」)内
「オートプシー・イメージング(Ai)センターの設立と現状」(116(426)−129(439)) 山本正二著)

2008年12月11日(取材:阿部 純子)