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個人の医療情報により急患を救うワールドメディカルカード

急患が来たとき、救急隊、医師や看護師は患者の情報を得るためには、まずバイタル(脈拍・呼吸・血圧・ 体温)のチェック後、患者の持ち物、免許証などを探すことになる。臓器提供意思表示カードが出てくるかもしれない。しかし医療に最も必要な情報は、名前や連絡先の判明に加えて、患者本人の医療情報であろう。既往歴、薬の副作用、アレルギーの有無などが医師に伝われば治療にすぐにとりかかることができる。このような情報カードを提供しているのがワールドメディカルカード(World Medical Card、以下WMカード)である。この組織を運営するマイケル・ノーベル氏にWMカードの有用性について伺った。

マイケル・ノーベル氏
マイケル・ノーベル氏

WMカードとは

マイケル・ノーベル氏は、ノーベル賞の創設者であるアルフレッド・ノーベルの曾甥にあたり、ノーベル・ファミリー財団元理事長、現在ノーベルチャリタブル・トラスト財団の会長である。医薬分野、情報システム、紛争解決の分野で大きな影響力を発揮している。
 「私の若い友人が交通事故で病院に搬送され、数日で亡くなりました。医師たちは一刻を争って手術、治療にあたってくださったのですが、友人はステロイド薬にアレルギーがあり、その情報を医師は知る由もありませんでした。しかしステロイドを治療に使われてしまったことが大きな死亡原因だと思っています。確かに既往歴、アレルギーは本人が告知しない限り救急隊も医師も知る手段がありません。国によっては自動車免許証に血液型や臓器提供の意思などが書かれていることもありますが、細かい情報までは記されていないのが現状です。
 そんな背景もあり、救急で患者が運ばれてきたときに、医師が手術や治療に最速でとりかかれるようにというコンセプトで作成したのがWMカードです」

WMカードに記載されている内容は、以下の通りだ。

個人の情報(氏名)
病名(慢性疾患)
服用薬
アレルギー反応
その他の情報(血液型、既往症、手術歴、健康保険の情報などを自由に記録)
メディカルアクセス(医師がインターネットから患者のメディカルwebを閲覧できる)
ログインIDとパスワード
緊急時連絡先

これらの情報が二つ折りになった免許証大のカードに書かれている。

ワールドメディカルカード
ワールドメディカルカード

毎年医療情報ミスで3200万人が命を落としている

救急搬送された場合、自分のことを正確に伝えることは医療関係者であっても難しいだろう。さらに国内でなく私たち日本人が旅行先で病気や事故により病院で治療を受ける際、症状についてきちんと説明できるだろうか。英語でもアレルギーや薬の名前を説明することは準備しておかなければ難しいものだ。しかも英語圏に行くとは限らない。

「WMカードに印刷される病名と服用薬には、英文だけでなくWHO(世界保健機関)によって定義された国際的な医療コード(病名:ICD-10、服用薬:ATC)が併記されます。国際コードなので、世界中の医療関係者は、この情報を読むことができます。
 6のメディカルアクセスがこのカードの大きな特徴です。webでは患者情報を10カ国語で閲覧することができます。英語圏以外での対応も可能なのです。
 日本人は毎年700人以上が海外旅行中に病気、事故などにより死亡しています。(外務省調べ)。また、WHO(世界保健機構)の統計によると、2002年から2003年の全世界の死亡原因のトップが正確な医療情報が伝わらないための医療情報ミスでおよそ3200万人だと報告されています。このため海外旅行中に亡くなった700人の方の中には医療情報ミスが原因だった可能性も否定できません。このWMカードを身につけていたら、亡くならずに済んだり、治療がスムーズに進んだかもしれません」

web・携帯電話と連携した情報ツール

確かに有益なカードであるが、せっかく身につけていても担当医師がこのカードの存在を知らずに、情報を見ることに至らないケースもあるのではないだろうか。 「救急時において、医療関係者は最初に呼吸と心拍数を確保した後、身分証明や他の情報(WMカードなど)を探します。すぐに医療関係者がこのカードを手にとってもらえるように、私はWMカードの広報・普及に力を入れています。WMカードの本部はスイスのジュネーブにあり、現在日本、アメリカ、カナダ、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、スイス、ドイツ、イギリス、スペイン、フランス、オランダ、イスラエル、ウクライナ、トルコにネットワークを築き、現在も世界に拡大しています。
 ドイツではボーダフォンと契約し、携帯電話新規加入者にはWMカードに入会できるようになっています。デンマークではヨーロッパエスケ旅行保険社が法人顧客サービスの一環としてWMカードを会社負担での提供を始めました。また、トルコでは、携帯電話大手のタークセル社、ギャランティ銀行、メディカルパーク医療センターが、合同でWMカードを1000万人に普及させるべく2009年、大キャンペーンがスタートします。将来的には車の免許証との連動も目指しています」

紙のカードだけでなく、WMカードは携帯電話とwebでも情報をリンクしている。WMカードの内容を個人の携帯電話にダウンロードし、必要な場合にはwebにつながなくても医療関係者が情報を見ることができる。日本では9カ国語に対応。近々ロシア語および中国語にも対応可能(ただしアレルギー反応の追加欄およびその他情報欄はドコモ・ソフトバンク共に2カ国語)である。アクセスにIDやパスワードは必要なく、電源を入れ、選択するだけで医師は直接情報を見ることができる。特別なリーダーも不要だ。
webではいわば個人の健康情報ページだ。IDとパスワードを入力してログインする。

「先日もこのカードが友人の命を救いました。ノルウェー人のエゴン・クリステンセン氏(72歳)が、スペインを旅行中に冷や汗をかき吐き気をもよおした後、意識を失い、病院に担ぎ込まれたんです。急性心筋梗塞(AMI)でした。AMIは発作からなるべく早く、少なくとも1時間以内にAEDなどで電気ショックを与える必要があります。彼はスペイン語が話せないという以前に意識が朦朧としている状態でしたが、看護師がWMカードを見つけてくれました。もともと狭心症の既往があることやアスピリンと自分は相性がいいことを現地の医師に理解してもらい、適切な処置が施されたんです。旅行先で入院はしたものの、そこそこ元気に回復して帰国することができました」

医師を救うWMカード

患者の命を救うことは結果的に医師を救うことにもなる。
 「アメリカのフィラデルフィアのピナクル総合病院などでは、医師および看護師が先にこのカードを持ちました。
 このカードは、どちらかというと医師のために医師たちを中心として開発された経緯があります。患者の情報をすばやく知ることにより適切な治療を行い、医療事故を防ぐことができます。医療事故を防げれば訴訟のリスクも一段と低くなります。このカードは訴訟から医師を守ることにもつながるのです。そのためにフィラデルフィアのピナクル総合病院の医師と看護師はWMカードの普及を推進しているので、率先して所持しています。
 EUの医師会の中心メンバーもWMカードの普及活動に参加しています。先日も、EUの医師OBと話しました。医院や歯科医院などで誤診や事故が後を絶たず、ほとんどのケースは患者の医療情報不足が原因だそうです。ましてお年寄りは、症状や既往歴を尋ねても自分の体の状態を把握しておらず、そのため鎮痛剤や麻酔などによる事故につながってしまうのだそうです。臓器カードは、臓器を提供したい意志のある方だけ持っていればよいと思いますが、WMカードは、誰にとっても必要なカードです。
 最もお伝えしたいことは、これは、医療関係者のためのカード、ということです。患者の命を救い、いろいろな意味で医療関係者の利得になるのですから、積極的に普及を進めることに協力いただきたいです。情報不足による医療事故を未然に防ぎ、迅速な処置と、患者との対話をスムーズにするためのカードだからです」

日本において、救急車の出動回数は、年々5%程度増加し、平成17年からやや横ばいになったものの毎年500万件を越えている(下図参照)。こうした救急需要の急増によって救急救命の対応力が低下し、本当に必要なときに機能不全となり、受入れ拒否等不幸な事故も起こってしまっている。海外旅行中であっても、日本国内においても、病院に到着後、速やかに医療行為を受けられるためにこのカードの情報は非常に有効だろう。

救急出場件数及び搬送人員の推移
救急出場件数及び搬送人員の推移

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(総務省消防庁「平成20年版救急・救助の現況」より作成)
参考
World Medical Card For Japanese
「ワールド メディカル カード」ホームページ

2009年07月09日(企画・取材:阿部 純子)