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人間の認知行動特性から医療過誤と医薬品包装デザインを考える

医療過誤の70%以上がヒューマンエラーといわれる人為的ミスによるものだ(公益財団法人 日本医療機能評価機構 2010年)。中でも医薬品の名称やデザインが似ているためにおこる事故は少なくない。近年、医薬品の物の安全から使用の安全に対する取り組みの重要性が認識されている。人間はどのような状況で間違った薬品を選び、患者に渡してしまうのか。なぜ間違えるのか。防ぐことはできるのか。

平成24年3月16日に行われた「平成23年度医薬品包装セミナー ―医薬品の適正な情報伝達とユーザビリティの向上―」において「人間の認知行動特性から医療過誤と医薬品包装デザインを考える」を産業技術総合研究所 ヒューマンライフテクノロジー研究部門 主任研究員(現在は中京大学心理学部教授) 河原純一郎氏が発表した。

ヒューマンエラーは個人と集団が原因の2種類がある

エラーとは、「人間がしなくてはならないことをしない、またはすべきではないことをした結果、その状況にふさわしくない状態にいたること」を意味します。人間がダブルチェックや見直しをしたり、または機器などによってエラーが発見されて事なきに済めばいいのですが、それらをすり抜けて事故となってしまうことも時にはあります。かつてある病院ではチェック体制が機能せず、薬の処方では作用がまったく逆のものを患者に出してしまい、大事故が起こったこともありました。

人間はどのようなときにエラーをおかしてしまうのでしょうか。

人間のエラー(ヒューマンエラー)は大きくふたつ、個人が原因のものと集団が原因のものにわけられます。

個人のエラーの原因は以下のように分析できます。

  • そもそもできないことだった(身体・動作特性、生理特性、認知的特性を超えること)
  • 意図しない行為をしてしまった(失念、錯誤)

このふたつが医療事故の約60%、ヒヤリハットの約90%を占めます(公益財団法人 日本医療機能評価機構 2010年「全国の薬局で発生または発見したヒヤリまたはハッとした事例」)。それに加え、個人のエラーには

  • 知識・技量の不足(能力不足)、
  • 違反(初心者の違反、熟年者の違反)、

などがあります。

集団のエラーの原因には、

  • 意志不疎通(コミュニケーションエラー、人間関係)
  • 組織としての不適切行為(組織としての見識、安全文化)

があります。

まさに医療現場でのヒューマンエラーのうち大半が、人間がそもそもできないことや、ど忘れやうっかりミスなど人の知的な機能である認知機能※が関与しているといえます。そしてこの認知機能は、トップダウンとボトムアップというふたつの脳内の情報処理様式の絶妙なバランスによって成り立っています。ヒューマンエラーの可能性はこのバランスが崩れることで増大します。

※認知機能 人の知的機能の総称。五感(視る、聴く、触る、嗅ぐ、味わう)を通じて外部から入ってきた情報から物事や自分の置かれている状況を認識する、言葉を自由に操る、計算する、何かを記憶したり学習する、問題解決のために深く考えるなど。

トップダウンとボトムアップとは

人間が行動するときは、状況をみて、やるべきことを瞬時に判断し、実際に動き、そして結果がでるという流れになります。

たとえば「指示された薬剤を取り出す」という単純な行動であっても

  1. 1. 指示された薬剤名を見る、聞く(知覚)
  2. 2. その薬剤名を数分記憶する(作業記憶)
  3. 3. その薬剤の保管場所を思い出す(長期記憶から引っ張り出す)
  4. 4. その薬剤に手を伸ばして取り出す(運動制御)
  5. 5. 記憶した薬剤名と一致しているか判断する(注意、判断)

と、このようにいくつもの認知、判断のステップを踏みます。

このときに2、3、5にあたる作業記憶、長期記憶、注意判断をするなど意識して意図的に行うことをトップダウンといいます。

逆に、知覚や運動特性1、4などあまり考えなくてもできることがボトムアップです。人間はひとつの行動を起こすだけでもトップダウンとボトムアップのふたつの脳の経路をうまく組み合わせて情報や行動を処理します。

トップダウンは、能動的であり、容量(脳のメモリー)や個人の知識の量に左右されます。そのためストレスを受けているときや疲れているときにはエラーを起こしやすいものです。また人間は判断するとき思い込みで間違えることもあります。めんどうなことはしたくないという気持ちが無意識に行動にバイアスをかけ、エラーを誘発しやすくなります。トップダウンにはこのような特徴があります。

ボトムアップは、自動的に行ってしまう行動です。容量(脳のメモリー)に因らず、無意識に受動的に行います。例えば、薬剤が目薬の形をしていれば深く考えることもなく目薬だと認識し、肌に塗るようなことはしないでしょう。逆に目薬のような形態なのに他の薬であれば、誤って目薬に見えて目に差してしまうリスクが高くなります。これが4運動制御の特性です。

はさみのマークと点線が書かれていれば切って開けたくなります。人間が無意識に扱ってしまう認知行動システムを利用した形であればヒューマンエラーがおきにくいものです。

また、薬剤名は3文字が記憶と一致すると自分の探していた薬と知覚する傾向があります。特に単語の両端が強調されます。アルマール錠とアマリール錠、アレロック錠とアレリックス錠、タキソール注射液とタキソテール注などが実際に取り違えられたことがある薬剤です。これもボトムアップの知覚の特性によって起きたエラーです。このようなエラーを避けるには、デザインや名称を変更するのが本来は好ましいでしょう。薬局では似た名前の薬剤を離して置くような工夫が必要です。

図1.トップダウンとボトムアップの関係
図1.トップダウンとボトムアップの関係

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fig

図2

トップダウンとボトムアップの両方で処理するのが5の「注意」です。注意とは、脳に入ってきた情報の一部分を選択するときのフィルタの役割をします。また情報と情報を統合する接着剤でもあります。例えば、複数の薬剤の中に1つだけ色や形の異なる薬剤があれば、注意を引くことができます(図2)。目立たせることにより注意を向けさせることができるのです。しかし、注意を引かないその他多数の薬剤からの情報は得ることができません。特に文字に注意を向けることはあまりないので、もし薬剤に「禁注射」と書かれていたとしても見落としてしまうことがあります。

 「注意」は赤の目立つ薬剤を選ぶフィルタとなります。このように知覚システムはおおまかに区別して選ぶことは得意です。わかったような気になり、安易に選ぶことができます。ただ知覚(色・形)による注意だけでなく、薬剤を選ぶときは薬剤名、含量、規格、剤形、数量などもっと細かく注意しなくてはなりません。ここでそれら詳細に注意が向けられないと、選択を誤ってしまうことがあります。これを結合錯誤といいます。脳の容量には限界があるため、注意に頼るのは医療過誤の元となります。そもそも注意の容量は人間の特性として限界があるため、努力して解決するものではありません。

エラー防止、被害拡大の防止策のための認知・行動特性評価

エラー防止のためにはもちろん医療従事者ひとりひとりの危険予知能力の向上、健康管理、環境の整備が必要です。それに加えてそもそも利用者が間違いにくい医薬品であることがのぞましいでしょう。フールプルーフといってエラーが発生するという前提で、利用者が間違えた操作をしても危険な状態にならない設計になっている薬剤があります。例えば飲み薬のふたに注射針が刺さらない構造であれば、間違って注射することはできません。

人間の認知機能(知覚、記憶、注意、判断、運動制御)はトップダウンとボトムアップの両方の要因がからんでいて、これらの機能が誤って働いたときにエラーが生じます。医療現場でのヒューマンエラーの7〜8割に認知機能が関わっているので、エラーの防止には認知行動特性を利用してボトムアップ処理を利用した対策を取るとよいでしょう。すなわち、考えずに直感的・自動的に行動しても危険に陥らないようにするのです。そして上述のフールプルーフのようなしくみを利用します。トップダウンは柔軟に対応する能力であるがゆえに、注意書きを加えても効果は期待しにくいのです。思い込みで、すなわち状況に合ったつもりで行動しているときは注意書きなど読まないものです。

エラー防止・被害拡大の防止策として、まずデータを集めヒヤリハットを分析します。ヒヤリハットの原因となる危険因子(ハザード)を特定し、認知行動特性とエラーの関わりを考えます(評価)。そして予防対策を立てて実施します(図3)。その予防対策にボトムアップ処理を利用するとより一層効果的だと考えられます。前述のとおりトップダウン処理では対策が難しいので、ボトムアップでヒューマンエラーを防ぐしくみを作ることが医療過誤を防ぐ1つの近道となるでしょう。

図3.予防対策のための認知・行動特性評価

図3.予防対策のための認知・行動特性評価

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河原純一郎氏

河原純一郎氏


2012年04月06日(取材:阿部 純子)