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専門職が業務に集中できる環境に一役 独自のスペシャル医療クラーク制度

「医師」と「意志」、「正常」と「性状」。どれも正しい言葉なのに、適切に使わないと意味が通らなくなる。同音異義語の多い日本語ならではの悩ましい問題だ。書類作成が手書きからキーボード入力に変わってから、この種の誤記が増えてきたといわれる。近年は直前に入力した単語を優先的に選ぶ「学習機能」が何食わぬ顔で誤記の出現を促す。誤記が生まれる背景のひとつには、医師や看護師にかかる業務負担の重さがある。職務の性質上、さまざまな事情で、ゆっくりと書類に向かう時間が削がれるからだ。書類によっては医療安全に関わる重大な事態を招きかねない、このような誤りを減らすにはどうすればよいのか。独立行政法人国立病院機構京都医療センターの北岡有喜医療情報部長の導いた解決策は、医療文書作成に関わる独自の「スペシャル医療クラーク」(SMC)制度を取り入れ、医師や看護師が本来の業務に集中できる環境を整えることであった。

北岡有喜部長
北岡有喜部長

司法書士や行政書士の医療版

一般的な医療クラーク(MC)は2008年の診療報酬改定に際して設けられた「医師事務作業補助体制加算」を契機に、各医療機関で積極的に配置されるようになってきた。その理念は医師や看護師などの医療専門職にのしかかっていた書類作成業務などを減らし、偏りがちな労働の再配分を試みることにあった。

しかし、その導入効果となると話は別。「理念は間違っていないが、医師が期待するほどの専門知識を習得している人が少ないため、必ずしも事務作業軽減には結びついていない面がある」と北岡部長は指摘する。

こうしたことから、京都医療センターでは厚労省が定めたMCの業務よりも、より実践的で専門的なスキルを備えた人材の確保と配置を重視。併せて、独自のカリキュラムに基づく人材育成にも力を入れ、2009年4月からSMCの配置を始めた。

医師の事務作業を手助けするだけでなく、医師や看護師と患者をつなぐ役割をも担う特別な職務との思いを込めて、同院はSMCを商標登録している。「ビジネス本位の、似て非なる民間資格などとの違いを明確に訴えるため」(北岡部長)だ。同院がSMCに寄せる期待はそれほど大きい。

北岡部長は既存のMCとは一線を画する同院のSMCの役割を「司法書士や行政書士の医療版」と言い切る。医療文書作成に携わる専門家であるSMCは、専門知識を駆使して煩雑な事務手続きをこなし、適切な書類作成を手際よく行う法律の専門家に並び称されるというわけだ。

医療の世界の司法書士や行政書士

医療の世界の司法書士や行政書士

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多岐にわたるSMCの業務

SMCの業務は各種オーダー、診断書などの各種書類作成、他科(他病院)紹介、外来診察でのカルテ代行入力、診察予約、病名登録、データ収集・集計、各種サマリー、入院予約、カンファレンスの準備・記録、DPC入力など、多岐にわたる。

各診療科に共通するこうした業務のほか、診療科ごとの特有業務(クリティカルパス入力、インフォームドコンセントの記録、手術記録など)もある。

「初診の際、医師は往々にして耳に響いた言葉だけを主訴と捉えがち。しかし、記録のプロであるSMCは、医師が見過ごした部分から客観的かつ冷静に主訴との因果関係を捉えられる場合が多い」――。北岡部長の唱えるSMC導入の利点である。

一般的に、仕事が立て込んでくると心の余裕がなくなる。たまった書類を仕上げるために睡眠時間を削ってやり繰りしている医師は少なくない。寝不足のまま手術に臨めば集中力が低下し、無用のヒヤリ・ハットを招く。時間に追われる生活はミスの温床だ。

それだけに「自分でなくてもできる仕事を手伝ってもらえるという安心感で、医師一人ひとりが余裕をもって診察できるようになるという点でSMCの導入効果は大きい」と北岡部長は強調する。

医師一人ひとりに余裕をもたらす

医師一人ひとりに余裕をもたらす

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2人目のSMCを配置する科も

同院は09年4月の導入以来、これまでに34人をSMCに認定。現在、家庭の事情などで職場を離れた4人を除く30人が27診療科・2室・1センターに配置されている。歯科口腔外科や麻酔科、精神科など、SMCを必要としない科がある一方で、産婦人科、整形外科、脳神経センターなどのように2人体制で臨んでいる科もある。今後も患者数の増大に応じてSMCの複数配置を進めていく考えだ。

すでに触れたように、SMCの有用性は診療記録や診断書など各種文書の作成に伴う医師の事務作業を大幅に低減できる点にある。その効果として、医師に精神的なゆとりが生まれる。

通り一遍の手助けではなく、配属先診療科に特化した高度な専門知識を持っているSMCは時に各種検査などのルーティン説明も代行する。それは、SMCが情報スペシャリストとしての存在感をいかんなく発揮していることの証しでもある。

同院の独自カリキュラムによる実践的な訓練を受けたSMCの働きは医師の業務量を確実に減らす。そうしてできた余裕を医師は入院患者訪室に充てたり、病状説明に振り向けたりすることができる。これらは結果的に患者の満足度を高めることにもつながるはずだ。

成果に直結しやすいSMCの導入

では、SMCの導入は実際にどのような成果をもたらしたのか。

1)医師の外来診察時間と外来患者数および初診患者率 2)診療科の退院患者数と退院後14日以内の退院サマリー作成数 3)外来診療記録に自由記載された主訴の文字数と、そこに含まれる誤字脱字数――などについて、同院がSMC配置1年間と配置後1年間の状況を比較した結果をみてみよう。調査期間はいずれも2008年4月〜2012年3月の間である。

例えば、産婦人科A医師の月別1日あたりの平均外来診察時間は前年同月比で最大2時間32分短縮した(図1)。整形外科B医師も同様に、最大1時間52分の短縮を達成している(図3)。平均外来患者数と初診患者率はいずれの科も「短縮効果に影響するような変化は認められない」という(図2、4)。

図1 月別1日あたりの平均外来診察時間(産婦人科A医師)

図1 月別1日あたりの平均外来診察時間(産婦人科A医師)

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図2 月別平均の外来患者数と初診患者率(産婦人科A医師)

図2 月別平均の外来患者数と初診患者率(産婦人科A医師)

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図3 月別1日あたりの平均外来診察時間(整形外科B医師)

図3 月別1日あたりの平均外来診察時間(整形外科B医師)

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図4 月別平均の外来患者数と初診患者率(整形外科B医師)

図4 月別平均の外来患者数と初診患者率(整形外科B医師)

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このことから、北岡部長は「医師などの専門的業務作業の軽減を狙いとしたSMCの導入は外来診察にかかる時間の短縮に直結している」と結論づける。

対象診療科の退院患者数と退院後14日以内の退院サマリー作成率はどう変わったか。

循環器科を例に取ると、月別平均退院患者数は配置前後で平均34.9人増加(図5)。退院サマリー作成率は24.9%向上した(図6)。形成外科でも、それぞれ平均5.2人の増加(図7)と10.6%の向上(図8)を達成している。

図5 月別平均の退院患者数(循環器科)

図5 月別平均の退院患者数(循環器科)

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図6 退院サマリー作成率(循環器科)

図6 退院サマリー作成率(循環器科)

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図7 月別平均の退院患者数(形成外科)

図7 月別平均の退院患者数(形成外科)

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図8 退院サマリー作成率(形成外科)

図8 退院サマリー作成率(形成外科)

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退院サマリーは行われた医療行為の正当性の裏付けとなる基礎資料だが、その重要性とは裏腹に着手すべき優先順位では後回しにされがちな仕事である。調査結果は、いずれの科でも作成率が向上したことを示している。外来診察にかかる時間短縮と同様「記載すべき退院サマリー数が増えたにもかかわらず記載率が高まったのはSMCの導入が直接的に働いたもの」と北岡部長は評価する。

情報量増やし、ミス減らす代行入力

外来診療記録3774(39万1148文字)を対象に、その精度をSMCの代行入力の有無で比べた調査では、量と質両面の向上にSMCが大きく寄与していることが明らかになった。

例えば、産婦人科A医師の初診外来に対する1診療記録あたりの平均文字数はSMCが代行することで約6.3倍に増加したにもかかわらず、そこに含まれる誤字脱字数の割合はなんと約40分の1に激減した(図9)。これはA医師の処理能力の問題というより、他の仕事のしわ寄せで十分に対応できない労務環境が妨げとなっていたと考えるべきであろう。このような結果こそ、SMCの分かりやすい導入効果を示すものといえよう。

同じように、整形外科B医師の1診療記録あたりの平均文字数は約2.1倍増加する一方で、誤字脱字の割合は約5分の1に減少している(図10)。どちらのケースも、代行入力によって診断のよりどころとなる情報量を増やし「医師」と「意志」、「正常」と「性状」など入力時の変換ミスを減らすという一挙両得の成果が導かれているといえる。

図9 1診療記録あたりの平均文字数(産婦人科A医師の初診外来)

図9 1診療記録あたりの平均文字数(産婦人科A医師の初診外来)

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図10 1診療記録あたりの平均文字数(整形外科B医師の初診外来)

図10 1診療記録あたりの平均文字数(整形外科B医師の初診外来)

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集中力低下によるミスも減少

SMCを受け入れている各診療科の医師は異口同音に「精神的なゆとりを持てるようになったこと」を導入効果に挙げる。外科系の診療科の医師はこれまで、術後のフォローや翌日の準備などの合間を縫って、書類に向かうことを余儀なくされていた。特に、外来と病棟を持つ医師の場合、書類作成作業は診療を終えた夜に処理せざるをえない。

疲れた体で作成する書類のクオリティは低くなりがちだ。クオリティの低下は書類の内容にとどまらない。外来や手術の現場に及ぶこともある。集中力低下によるヒヤリ・ハットは決まってそんな時に忍び寄る。SMCによる書類作成には、そうしたことから起こるミスを未然に防ぐことも期待されている。

複数の比較データで明らかなように、SMCの導入は書類のクオリティを高めることに寄与している。一方、高度で専門的な知識を生かして医師や看護師の作業を補うことでヒヤリ・ハットなど無用のリスクを遠ざけるなど、医療安全面でも一定の効果をもたらした。「医師の集中力低下によるミスを減らすのに大いに役立っている」(北岡部長)わけだ。

追随する医療施設も登場

3年前にたった2人で始まったSMCは前述のように現在30人が各診療科で活躍するまでに組織を広げている。SMCの有用性を物語る進展ぶりだ。同院は当面、現行の人員体制を50人にまで増やし、外来診察時間の短縮や退院サマリー記載率の向上などにつなげていく考えだ。

しかし、有用性が認められながら「指導者、対象者双方が不足しているため、現場に配置できる能力のある人材の育成が進みにくいのが実情」(同)。意欲的な応募者は多いものの「面接で残るのは10%以下。最後まで残る率はさらに低い」(同)。SMCに求める水準が「大学院の博士課程に匹敵する」といわれるほど高い同院の厳しい姿勢が抑制を利かせているようだ。人命に関わることもある業務に対する同院の見識であろう。

こうした中、同院が先鞭をつけたSMC導入とその効果に注目している医療施設は少なくない。例えば、東京慈恵会医科大学附属病院(慈恵医大)は2012年度から診断書類、DPC、手術関連情報、がん登録などを事務員が代行するしくみを開始。4月からは「慈恵・認定医療事務養成コース」を新設し、12年度の新入事務職員に受講させる体制を整えた。マニュアルも自前でつくるほどの熱の入れようだ。慈恵医大の手法は事務職員のスキルアップにもつながる点で注目されるだろう。

医療専門職の作業軽減に軸足を置いた京都医療センターや慈恵医大の取り組みは、良質のチーム医療を目指すという視点からも意義深い。

英会話講師、IT関連企業など前職は多彩

英会話講師、IT関連企業など前職は多彩

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3カ月の育成コースを用意

同院はSMCの充実を図るため、基礎研修1カ月、臨床研修2カ月の計3カ月で修了する育成コースを設けている。

カリキュラムのうち、基礎研修では電子カルテ操作や関連法規、保険医療などについて北岡部長率いる医療情報部が指導。その後の臨床研修では、各診療科の医師や看護師などが外来現場や入院病棟などでOJTを授ける。

1カ月目の臨床研修を終えた時点で配置先の診療科長、研修生双方の考えを確認し、2カ月目も継続するか、他科に移るかを判断する。こうして、すべてのコースを修了し、認定試験に合格すれば、同院で雇用されるしくみだ。配属後は前述のように、診療科を問わない「共通業務」と診療科ごとの「特有業務」とにあたる。

SMCは原則的に非常勤であるため、8時30分から17時15分の間の6時間程度勤務する。報酬は時給1650〜2390円。金額に幅があるのは採用時の能力が考慮されるからだ。

このほかに、上限5万5000円の通勤手当と超過勤務手当て、年間6〜7万円程度の賞与が支払われる。

プロフィール

北岡有喜(きたおか・ゆうき)氏略歴

1959年9月、大阪府生まれ。85年医師免許取得。94年京都大学大学院医学研究科修了。医学博士。舞鶴市民病院、大津市民病院などを経て、95年から独立行政法人国立病院機構京都医療センターに赴任。2002年産科医長、03年医療情報部長に就任。情報システムの統括責任者として同院のシステム開発に携わる。04年NPO法人日本サスティナブル・コミュニティ・センター顧問。06年独立行政法人国立病院機構本部情報化統括責任者補佐官を併任。12年近畿総合通信局局長表彰受賞。


連絡先:独立行政法人国立病院機構京都医療センター
京都市伏見区深草向畑町1-1
TEL:075-641-9161
URL:http://www.hosp.go.jp/~kyotolan/

北岡有喜部長
北岡有喜部長

2012年10月24日(企画・取材:伊藤公一)