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エビデンスに基づいた医療事故の防止策が可能になる!?

〜医薬品の類似性検索システム〜


 医薬品に関連する事故やヒヤリ・ハット事例の中には、「薬剤名が似ていた」「薬剤の色や形が似ていた」という理由によるものが増えている。最近は処方せんを発行する場合に、処方オーダーリングシステムを活用する医療機関が増えているが、うっかり医薬品の文字を読み違えるという事故も起こっているようだ。東京医科歯科大学歯学部附属病院の土屋文人薬剤部長は、これらの事故を防ぐため、医薬品の名称や外観を検索できるシステムを開発した。そのシステムの概要と事故防止への活用方法について聞いた。
 また併せて、日本製薬団体連合会・安全性委員会委員長の吉澤潤治氏に、このシステムへの対応について聞いた。

Q.最近は、医薬品に関する医療事故やヒヤリ・ハット報告が増えているようですね。

 医薬品の中には、名称や外観の似ているものがたくさんあります。例えば、胃炎・消化性潰瘍治療薬の「アルサルミン」と抗ガン剤の「アルケラン」や、高血圧・狭心症治療薬の「ノルバスク」と抗ガン剤の「ノルバデックス」は名称は似ていますが、薬効は全く異なります。もし誤って患者に投与してしまったら、重大な医療事故につながります。
 しかし、似ているかどうかの判断は人によって違います。ある人にとっては似ていると思えても、他人はそうは思わないケースもあるのです。そこで、名称や外観の類似性を客観的に評価する手法が必要だと考え、「医薬品基本データベース」を開発しました。

Q.それはどのようなものですか?

 このデータベースには、名称の類似性を客観的に判断するシステムと、外観の類似性を判断するものがあります。前者には約7,000種類の名称が、後者には約400種類の注射剤を中心とした画像情報が登録されています。

 名称の類似性を判断するシステムでは、さまざまな関数を使って、ある医薬品を特定するには何文字入力すれば良いのかを調べたり、構成している文字の一致度合い等がわかるようになっています。例えば、ある薬品名を入力すると、1文字違いや、冒頭・末尾の文字が一致する名称等が検索できます。つまり、これまで感覚的に似ていると判断していたものを、数値で客観的に評価したのがこのシステムの特徴なのです。これは2001年度に東京慈恵会医科大学の川村昇先生と共同で試作したシステムを、厚生科学研究費を使って改良し、より実践的なものになるようにしました。

 外観のデータベースでは、キャップや文字の色等を入力すると、それと類似するデザインが表示されるようになっています。



医薬品のキャップや文字の色等を入力すると、類似した外観の医薬品が検索できる。

類似した薬剤名の検索結果画面

【具体的な画面の展開イメージ】



1:画像基本データベースでアンプル用をクリックします。



2:アンプル用の検索条件入力画面になります。



3:検索したい内容にチェックを入れます。(黒く色がついているところ)




4:該当するものが一覧表示されます。




5:選択したものをクリックすると、拡大画面を見ることが出来ます。

Q.これらは医療事故の防止にどのように活用出来るのでしょうか?

 製薬会社が医薬品を新規発売する時に、既存の名称や外観との類似性を承認申請前に検討する事ができます。そうすれば、類似性に起因するクレームを減らしたり、医療事故を防ぐ事が可能になります。製薬会社が発売後に医薬品のデザインを変えようとすれば、数億円のコストがかかるとも言われています。そのようなコストの削減にもつながるのではないでしょうか。

 既存の医薬品で1文字違いのものは、いち早く名称を変更するべきです。最近は、新薬の特許が切れた後に他の製薬会社が同じ薬品を発売する「後発品」が増えており、類似性の頻度も高まっていますから、早急な対策が必要です。

 また、このシステムを使って、人が似ていると判断した時にはどのような数値が高く、構成している文字がどうなっているのか等の実験を行い、類似性の判断をより高めるための研究が可能になります。人間工学や心理学の観点からも検討を加え、医療事故を防ぐための警告を発する事ができるでしょう。

 さらに、これらのデータを基にして類似性に関する自動判定が可能になれば、患者さんが自分の服用している医薬品名を入力し、事前に似ている医薬品名や外観を知る事ができ、自己防衛が図れるのではないでしょうか。

Q.それらを実現化するにはどうすれば良いのですか?

 開発したデータベースは公開します。11月には、厚生労働省医療安全対策検討会議の部会で発表しました。後はこれを誰が、どのように運用するかが問題です。私としては、製薬業界や第三者機関等が主体となって運用してもらいたいと考えています。

 ただし、最新の情報を登録する等のメンテナンスは、製薬業界が責任を持って行って欲しいと思っています。これは医薬品情報の提供の一環でもあるからです。もちろん、私達はこれからもアイデアを出します。互いが協力し合いながら、医療事故の防止が図れれば良いと思っています。また、そうしなければ、いつまでたっても医療業界は良くなりません。

Q.医薬品に関する事故を防ぐための大きな一歩になりそうですね。

 「薬剤の安全性」と言う場合、薬そのものの安全性だけを考える人がいます。しかし、そうではないのです。人が薬剤を扱えば、安全ではなくなります。そのための対策を講じなければ、本当の意味で「安全」とは呼べないのです。私は薬剤師となってから、ずっと薬剤の使われ方の安全性をテーマに研究してきました。

 一般のメーカーはユーザーテストを行い、素人でも間違えないような使い方を研究して、世間に製品を送り出しています。なのに、医療業界ではこれまで使う人の事を全く考えてきませんでした。人が関わっていない事になっているのです。ご承知のように、人は間違いを犯します。医療業界も遅ればせながら、それを念頭に置いた研究をしなければなりません。

 また、業界だけでなく、人間工学や心理学等の異分野と協力し合いながら、研究を進めていく事も必要です。外観の類似性を研究する場合においても、ナースステーションの明るさはどうだったのか、床の色との関係性等、他の要素と絡め合いながら研究できれば良いのです。そうすれば、ナースステーションの蛍光灯は何ルクス以上必要なのか等、事故防止のための設備基準が整備されるかもしれません。これまでの医療事故対策はエビデンス(根拠)のないまま、それぞれの工夫によってなされてきました。でも、これからはデータベースを活用して、根拠のある事故対策が可能になると思っています。


【Fumito Tsuchiya】


「医薬品基本データベース」を開発した、東京医科歯科大学歯学部附属病院の土屋文人薬剤部長。1977年、東京大学薬学部卒業後、東京大学医学部附属病院薬剤部、帝京大学医学部附属市原病院薬剤部長等を経て、現職。厚生労働省医療安全対策検討会議ヒューマンエラー部会委員、医薬品・医療用具等対策部会委員にもなっている。


(日本製薬団体連合会・安全性委員会委員長の吉澤潤治氏(萬有製薬株式会社、臨床医薬情報部長)のコメント)
 
 土屋先生は非常に良いものを作ってくれました。これをどのように活用できるのか、日本製薬団体連合会において来年早々から検討を始めたいと考えています。
 ただし、具体的に活用するには整えるべき条件がいくつかあるでしょう。例えば、製造承認待ちの薬剤名は承認されるまでの間は公開されないので、厚生労働省側との話し合いが必要です。データベースの管理・運営をどこが、どのような手続きで行うかも課題です。そして、どのような場合に類似性があると判断するのか、類似性の評価方法を確立しなければなりません。それには製薬業界をはじめ、関係者が一致団結する必要があると思っています。