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患者と医師の相互理解を深める患者塾


 患者と医師が互いにホンネで近づき合い、一緒に病気に立ち向かえないか。そう考えた「おのむら医院」(福岡県遠賀郡芦屋町)の小野村健太郎医師は、5年前から患者塾を主宰している。一般市民や患者からの病気に関する質問に、福岡県内の開業医らがわかりやすく説明するこの塾の取り組みは、患者だけでなく、医師にも好評だという。なぜなのか。その理由を探ってみた。
      


 7月中旬。第53回目の患者塾が開催された。テーマは、がんと言われてからすべきことできること。関心が高いテーマだけに、350人定員の会場は中高年の男女で埋め尽くされ、立ち見も出るほどの盛況ぶりだ。

 司会進行役は、小野村医師と仲野祐輔医師(八屋第一診療所)。あらかじめ一般市民から受け付けた質問内容に、当日参加した7人の医師がそれぞれの立場で答える。

 医師の顔ぶれは次のとおりだ。鳥巣要道医師(中間市立病院)、伊藤重彦医師(北九州市立八幡病院)、夏目高明医師(北九州市立医療センター)、有吉俊一医師(有吉クリニック)、津田文史朗医師(津田小児科アレルギー科)。専門は多岐にわたっている。

 最初の質問は、乳がんを患う妻の治療方針について悩む男性からのものだ。

《52歳男性から:48歳の妻が乳がんで手術をすることになりました。昔と違って今はインフォームド・コンセントの時代だそうで、色々と詳しい説明を受けました。ドクターの親切な思いやりのある説明には大変感謝しているのですが、妻は、治療法を自分で選択なんて出来ないと言って、私に決めてくれと言います。しかし、私にもそんな判断なんて出来ません。腫瘍の大きさは3センチ弱。特に転移とかはないそうです。最近のデータでは、この位の大きさなら乳房を残しても残さなくても治療成績に差はないと言うことですが、温存療法を選択して、もし後で再発とか転移とかになったら本人が悔やむような気もします。迷っている妻のために、「俺は構わないから一番安全な方法をしたらいい」と言おうと思いながら、まだいい情報があるかもしれないと迷っているところです。ドクターに判断を委ねようか、とも思うのですが、先生方はどう思われますか?》

【小野村】仲野先生の奥様は数年前に乳がんの手術をされたそうですが、その場合はどのように選択されましたか?

【仲野】私の妻の場合は、乳房温存療法の適用外でしたから、このケースとは少し異なります。しかし、奥様はご主人に乳房がなくなってしまった後のことも含めて、見守ってもらいたいという気持ちがあるのではないでしょうか。知人である医師の妻が数ヶ月前に乳がんと診断されましたが、知人は不安を感じて手術前に私に電話をかけてきました。医師でさえこれだけ悩むのですから、ご本人が悩むのはもっともな事。ご主人が妻を優しく包み込んであげるのが大事だと思います。

【小野村】伊藤先生は外科が専門ですが、この方のような場合、どのように対応されますか?

【伊藤】キーワードは、「48歳(閉経前)」「3センチ弱」「安全な方法を望んでいる」の3点です。この場合は、乳房切除術あるいは乳房温存療法のどちらでも予後は変わらないでしょう。ただ、乳房温存療法のメリットは乳房がある程度残るので、外観的には満足感があります。とはいえ、乳房を残すことで、局所再発は起こるかもしれない。その発見が遅れると遠隔転移する可能性もあります。この方のケースがもし私の妻で、乳房を残すことにこだわらないのであれば、私は乳房を切除してしまった方が良いと考えます。2センチならば、「残して頑張ろう」ということになるでしょうか。

【仲野】最も経験の長い、鳥巣先生はどうされますか。

【鳥巣】この医師は無責任やなあと思います。患者に判断を委ねるのではなくて、医師がきちんと治療方針を決めて、「私はこうしたい」と言うのが筋です。乳房温存療法は再発の可能性もあり、放射線治療も受けなくてはならない。手術したらそれで終わりではなく、術後の管理も大事な要素となりますね。

【仲野】精神科で日頃から患者の心を扱う医師である、夏目先生はどう思われますか。

【夏目】がんと宣告されて気持ちが動揺しているにも関わらず、大切な事を決めなくてはならない状況です。これから時間をかけて、2人でがんという衝撃を少しずつ受け止めていく作業をしていくことになるのでしょう。もし眠れないようならば、睡眠薬を服用するという手もあります。そうすれば、考えるゆとりが生まれるかもしれません。つらい事があっても過去に乗り越えてきた経験があるはずですから、それも生かされる可能性があります。

【仲野】麻酔科の有吉先生はいかがですか。

【有吉】最終的には、その医師の考え方に従うことになるでしょうね。

【津田】最近は30歳代の乳がん患者も増えています。治療方法だけでなく、子供やご主人との関係に悩む人もいます。とはいえ、若年者の場合は進行が早く、治療方法を選択する時間がないケースも想定されますが、どの程度なら話し合う時間があるのですか?それと男性にも乳がんは起こり得るのですか?

【伊藤】1つの目安として、乳がんが3センチ以上だと迷っている時間は余りありません。
それと男性にもわずかながら、乳がん患者はいます。決して女性だけのものではありません。

【小野村】乳房温存療法は患部を摘出したら終わりだと思っている人が多いのですが、その後に放射線治療が必要となります。その治療過程で皮膚に炎症が起きる人もおり、「こんな事ならば、全部取ってしまった方が良かった」という患者もいます。マスコミは患者にいくつかの選択肢を示して、その中から患者が選ぶようにするのが良いと考えているケースが多いのですが、私は鳥巣先生がおっしゃったように、「自分はこういう治療方針でいきたい」と提示する医師の方が良いと思っています。

【鳥巣】そうです。こんなに患者を悩ませる事はないんです。きちんと方針を示してくれる医師の所に行けば良いのです。



 その後、前立腺がんの痛みをコントロールする方法や、健康食品の効用、抗がん剤「イレッサ」などの質問について、各医師が意見を述べ合い、予定していた3時間はあっという間に終了した。医師がそれぞれの専門性や経験を踏まえながら、時には患者の立場に立って、ざっくばらんに話しているのが印象的だった。終了後には、参加者が医師のもとに駆け寄り、個別に相談している様子も見受けられた。

 この日初めて参加したという男性(65歳)は、「がんと診断されても単純に切ってしまえば良いと考える人もいれば、不安があって、まだ切りたくないという人もいる。それは患者の考え方や置かれている状況によって異なる。だから、医師にはぜひ患者の気持ちになって考えて欲しい」と、感想をもらした。

 また、看護師の女性(50歳代)は、「患者塾には毎回参加しているが、患者さんがどんな事を考えているのかがわかり、参考になる」と、語った。

 参加した医師からは、「医師と患者が近づく事が出来る取り組み」(伊藤医師)、「患者から寄せられる1つの質問に対して、さまざまな角度から話せるのが良い。自分1人では気づかないような発想にも出会え、勉強になる」(仲野医師)、「一般の人や患者から質問を受ける事で、『ああ、患者はこういう事が聞きたいんだな』とわかるようになった」(夏目医師)などの声が聞かれた。

 これまでに患者塾に参加した医師はのべ100人以上。診療の場ではなかなか十分に聞く事の出来ない患者の生の声を聞けるということで、医師の関心も高いようだ。

 患者塾は毎月1回開催されており、希望があれば、出張で塾の開催も可能だという。

「患者塾は医師と患者の距離を縮める役割を果たしている。医師の間では、『医者塾』だと言われているくらいです(笑)。患者さんにはここで聞いた意見や基礎知識を持って、それぞれのかかりつけ医と話し合ってもらえれば良い」と、小野村医師は話している。


第53回目を迎えた患者塾。この日のテーマは、
がんと言われてからすべきことできること。
参加した7人の医師は経験談も踏まえながら、
がんに対する率直な思いを話し合った。



患者塾に参加した皆さん。通常は、会場とのやりとりも行われる。


 【小野村健太郎医師へのインタビュー】

Q.毎回のテーマはどのように決められるのですか。

 患者塾の内容は、毎回、毎日新聞の北九州地域面で掲載されます。それを見た患者さんから質問が多数寄せられますから、その中から皆の関心の高いテーマを選んだり、その時の社会情勢に応じて決めています。

Q.患者塾は今回で53回目を迎えた訳ですが、ここまで続けられた秘訣はあるのでしょうか。

 とにかく、患者さんに役立ち、わかりやすいのをモットーにしています。自分がいざ病気になった時に、何か医師に聞きたい事があれば、こんな風に聞けば良いとわかってもらえればと思っています。そのために、参加してもらう医師にはホンネで話してもらうようお願いしています。

 また、1つの病気を深く掘り下げるのではなく、押さえるべきポイントだけを説明することが大事なんです。つまり、「こういう病気の場合は、こういう治療法があって、こういう選択肢があるんですよ」という概略をわかってもらう。テレビの視聴率も専門に特化しすぎると、視聴率が途端に落ちる。細かすぎると、関係のない人は興味を示さなくなるんです。また、その日の会場の様子も見ながら、話しを組み立てたりしています。

Q.患者にとって医師はまだまだ敷居の高い存在です。ですから、聞きたいと思うことでもどうも聞きにくい。セカンドオピニオンにしても、なかなか言い出しにくいのが現状です。しかし、本日の患者塾の様子を見ていると、医師も治療について悩む場合があるのだとわかりました。少し敷居が低くなったような気がします。

 医師も患者さんも互いに構えすぎなんですよ。患者さんは医師に質問すれば、怒られると考えている。一方で医師は、「患者はわかってくれない」と嘆く。結局、建前でしか話していない。だから、医療事故が起きるのです。インフォームド・コンセントとはいえ、患者さんが望んでいるような答えを伝え切れていないのが実情なんです。

Q.それは、具体的にどういう事ですか。

 例えば、医師が患者さんにがんを告知したとする。その場合、医師は病気の内容を詳しく説明しようとします。ですが、患者さんは病気の内容もさることながら、今後の仕事の段取りや家庭生活をどうしようかと必死に考えている。それが医師にはわからないので、話しは先に進まないし、誤解が生じてしまう。そのようなコミュニケーションの行き違いの中で、医療事故は起きているのです。医師はただ病気を治せばいいのではない。患者さんが求めていることをわかって治療しなければならないのです。

Q.そういう意味でも、患者塾を通じて互いの考えている事を理解する事が大切なんですね。

 はい。でも、それだけではないのです。患者塾は地元の医師に呼びかけて参加してもらっていますが、それによって地域の医療機関のネットワークも生まれます。私の場合は主に内科を専門としていますが、患者塾を通じて精神科や心療内科の医師とネットワークが出来たのは強みです。

Q.患者と医師の距離を縮めるだけでなく、医師同士の距離も近づける役割を果たしているのですね。本日は有難うございました。


患者塾を主宰するおのむら医院の小野村健太郎医師。