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抗がん剤の事故防止の決め手は医師に照会しやすい仕組みづくり


 昨今、医薬品の過量投与や誤投与に関する事故が相次いでいることから、厚生労働省は医療機関に注意を喚起する通知を11月27日に出した。薬剤の中でも、抗がん剤は投与を誤ると重大な事故につながる可能性が高い。東京都立豊島病院(東京都板橋区、360床)では3年前から抗がん剤の事故防止対策を実施しているが、医師と薬剤師との連携が不可欠であることがわかる。
 


 厚生労働省の通知(医政発第1127004号、薬食発第1127001号)には、間違いやすい医薬品の使用状況を確認することや、その予防策が有効に機能しているかどうかを再確認することが盛り込まれている。また、抗がん剤については、各医療機関において抗がん剤を処方する際の条件を明確化することや、薬剤部における抗がん剤の種類や投与量などのダブルチェックを行うなどの対策を講じるよう求めている。

 「薬剤師は医師の処方箋に基づいて調剤するが、一般的にはその内容が正しいのかどうかをチェックするための情報が不足しがちです」と、豊島病院薬剤科長の田中達夫さんは語る。同院では2000年夏から、抗がん剤治療の事故を防止するための取り組みを始めているが、そのきっかけの1つがこうした情報の不足によるものだった。

 田中さんによると、抗がん剤治療には次のような特徴があるという。(1)数種類の薬品を組み合わせて使用することが多い、(2)同じ薬品でも治療計画(プロトコール)によって投与量や投与日数が大きく異なる、(3)個々の投与量は患者の体表面積などで決まる、というもの。つまり、こうした特徴を考慮したチェック体制の確立が必要となる訳だ。

 そこで同院では、医師から出された処方箋を薬剤師が最低限チェックする項目として、(1)投与量、(2)投与期間、投与間隔、(3)抗がん剤の組合せ、(4)前投薬の有無などを挙げ、それらをチェックできる体制を整えた。

 まず、各診療科から、抗がん剤の全てのプロトコールをあらかじめ薬剤科に提出してもらい、登録する制度を設けた。そして、登録のないプロトコールについては、処方しないという方針を決めた。プロトコールの提出にあたっては、事前に各診療科の医師などが協議し、科学的根拠を示す資料も一緒に添付する。


「抗がん剤療法プロトコール登録票」の書式。
医師は抗がん剤の治療計画(プロトコール)を各診療科内で検討し、
この書式を用いて、根拠となる資料とともに薬剤科に提出する。
登録がされていないプロトコールの場合は、
たとえ医師が処方箋を出しても薬剤科は払い出ししない。



「抗がん剤用の処方箋」の書式。入院用と外来用の2種類がある。
薬剤科に提出する前に、各診療科で2人の医師がダブルチェックする。


 これまでに提出されたプロトコールの数は122。それらは「抗がん剤登録プロトコール早見表」にまとめられている。その中身を見ると、がんの疾患名ごとに、「プロトコールの名称」「投与期間」「薬剤名」「投与量」「投与日」などが記載されている。プロトコールの名称については、各科が仮称で提出した後、院内の抗がん剤部会において正式に決定されるという。

 このプロトコール事前登録制度を踏まえて、抗がん剤を処方する際の手順も決められた。同院では、注射や薬剤についてオーダリングシステムを採用しているが、抗がん剤についてはコンピューターで処理するのではなく、あえて手書きによるシステムを採用している。これは入力ミスによる間違いを防ぐためだという。

 抗がん剤の処方については、他の薬剤とは別に専用の処方箋を作成。医師はこれに処方内容を記入し、書式が定められた「患者情報」とともに薬剤科へ提出する。この「患者情報」には、患者の身長や体重、体表面積、各種検査値の他、これまでに抗がん剤を投与した際の情報などが盛り込まれている。


「抗がん剤用の処方箋」とともに医師が提出しなければならない「患者情報」の書式。
薬剤科では処方箋と患者情報、抗がん剤登録プロトコール早見表を突き合わせて内容を確認する。



 薬剤科は医師から処方箋を受け取ると、「抗がん剤登録プロトコール早見表」と「患者情報」の内容を突き合わせ、投与量や投与期間、投与間隔、抗がん剤の組合せなどに間違いがないかどうかを2人の薬剤師が項目ごとに確認する。誤りがあれば、医師に連絡をとって、再度提出してもらう仕組みだ。

 これまでに薬剤科において間違いに気づき、未然に事故を防げた事例もある。プロトコールでは3〜4週間に1回投与することになっているものを、週1回、4週間にわたって投与するよう書かれた処方箋があったという。当該医師が他の医師に問い合わせをした際に、聞き間違えたようだ。だが、薬剤科がプロトコールを確認した際に誤りに気づき、未然に事故が防げた。

 「もしこれが実際に投与されていれば、4倍量の投与となった。1回あたりの投与量は正しくても、投与間隔を間違うと大きな事故につながる可能性があるので注意が必要です。以前は処方箋に基づいて薬剤を払い出すしかありませんでしたが、このような事故防止策を講じることで、チェックがやりやすくなった点は大きな前進です」と、前出の田中さんは言う。

 この他に、患者に抗がん剤を投与する際の職員体制についても見直している。周知のように、抗がん剤は副作用が他の薬に比べて強い。薬剤によってその内容や程度は事なり、出方も個人差がある。特に初回の投与には注意が必要になる。そこで、同院では第1回目の投与を、月曜日から金曜日の日勤帯の職員がいる時間に行うこととした。週末や夜間は職員の人手が少ないため、副作用が生じた際の対応が十分に出来ないと判断したからだ。薬剤科から病棟に払い出された抗がん剤は各病棟の医師と看護師がダブルチェックしているが、この確認が不十分にならないようにするためでもあるという。



12月から、外来で抗がん剤を投与される患者専用の居室を設置した。
これまでは各科で対応していたが、1カ所に集約された。
2人の看護師が常駐しており、患者に異変が生じた場合には各診療科に速やかに連絡される。


 こうして見てみると、抗がん剤の事故を防止するには、何重にも張り巡らされたチェック体制と、薬剤師が医師に照会しやすい体制をつくることが不可欠であることがわかる。しかし、一般的にはプロトコールを決めるにあたっても、医師それぞれの考え方などによってまとまりにくいという話しも聞く。その点について、豊島病院院長の関口令安さんは次のように話す。

 「当院は、開設後間もなくこのような取り組みを始めたため、医師の抵抗はそれ程ありませんでした。事故対策の意思決定機関を明確化し、それを実施する体制を確立することが大切です。何より、病院のトップが『絶対にやるんだ』という姿勢を示すことが必要かもしれませんね」