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リピーター医師の実態解明に向けて走り出した日本産婦人科医会


 医療事故を繰り返す「リピーター医師」への対策が課題になっている。日本産婦人科医会(会員数1万2,621人、2003年3月末現在)では、この4月から会員による医療事故の報告を義務づけ、その実態を明らかにしようとしている。日本産婦人科医会常務理事の川端正清さんに、医療事故報告制度導入の狙いを聞いた。
 


Q.産婦人科医による医療事故の報告制度を導入した背景を教えてください。


 わが国の産科医療はめざましい進歩を遂げてきました。新生児の死亡率の低さは世界最高水準です。また、母体死亡発生頻度を10万出生に対する死亡数でみると、1950年に176.1人だったものが、1970年に52.1人、1990年に8.6人、2002年に7.3人と明らかに減少しています。

 しかしながら、2001年頃からマスコミによる医療事故報道が増える中、産婦人科における医事紛争も増加しています。産婦人科の医師数は医師全体の約5%ですが、最高裁判所の調べによると、2003年度の医事関係訴訟事件数1,019件のうち、産婦人科に関するものは137件、13.4%を占めます。これらは訴訟に至った件数のみですが、示談や和解も含めるともっと多いでしょう。

 さらに、産婦人科の医療事故の賠償額は高額化する傾向にあります。特に新生児に対する医療事故の場合は、長期にわたる介護が必要となるため、1億円を超える損害賠償を命じる判決が出されることも稀ではありません。

 このような状況を放置しておけば、医師賠償責任保険料の高騰を招きかねません。実際に米国においても同様の事情によって、産婦人科医の年間保険料が600万〜2,000万円と高額になっており、地域によっては産婦人科医の確保が難しくなっているところもあると聞いています。

 わが国でも医療事故を避けるために、医師が分娩を取り扱わなくなったり、産婦人科医の新入局者の減少が起きています。そうなると、ますます産婦人科医の負担が増えますから、医療事故を起こしやすい環境に陥ってしまいます。また、最近は、医療事故を繰り返す「リピーター医師」の問題も浮上しています。

 こうした状況下、産婦人科医に対する信頼を取り戻すためにも、日本産婦人科医会としても何らかの対策を講じる必要がありました。

Q.産婦人科における医療事故には、どのようなものが多いのでしょうか。

 日本産婦人科医会では、2000年5月から2002年4月にかけて産婦人科医事紛争の調査を行いました。収集した225例の内訳をみると、医療事故の約70%が分娩に関する事故でした。新生児管理事故や妊娠中の管理事故も含めると、産科事故(妊娠、出産、産褥に関する事故)は約80%を占めます。それに人工妊娠中絶事故が続くといった状況です。

 こうした産科における事故が多い理由に、母体と胎児が抱えるリスクが関係していることは間違いないでしょう。

 母体は、妊娠、分娩、産褥を通じて体内環境がダイナミックに変化します。加えて、胎児の脆弱性やストレス、先天異常などによるリスクもあります。最近は、妊婦の高齢化も進んでおり、出産によるリスクが高まっているのは確かです。

 これら母体や胎児に生じるリスクを管理しながら、産婦人科医が正常分娩へと誘導する過程では医療事故が避けられない面もあります。また、一度事故が起きると、母体死亡、胎児・新生児死亡、脳性麻痺など、重篤な状態に陥ってしまうことが多いのも産科における事故の特徴です。

Q.4月から導入された医療事故報告制度はどのようなものなのでしょうか。

 これは日本産婦人科医会の会員が、医療事故を起こした場合に、各都道府県支部に設置された「医療事故安全対策委員会」に書面で報告してもらう制度です。

 報告の対象となる医療事故は、「妊産婦死亡」「満期新生児死亡」「新生児脳性麻痺」「産婦人科異状死」「医事紛争事例」などです。

 また、報告されたもののうち、重大な医療事故を起こした医師や医療機関、医療事故を繰り返す医師には、さらに詳細な事故の報告を求めることになっています。

 医療事故安全対策委員会は、これら報告された医療事故の内容を調査して、原因を究明するとともに、再発防止策も検討します。

 さらに、医師への指導や研修も行う予定です。医療事故を起こした医師に改善策を提示してもらい、それを実行してもらうというのも一例です。改善策を立案するにあたっては、日本産婦人科医会の講師がアドバイスを行います。

Q.医療事故報告制度によって、どのような効果が期待できますか。

 まず、これまで明らかでなかった産婦人科における医療事故の実態と原因が究明できるようになるでしょう。課題となっている「リピーター医師」の実態もわかると思います。

 日本産婦人科医会では、2003年5月から「リピーター医師」の対策を検討してきましたが、それには壁がありました。「医療事故のリピーター」が、必ずしも「医療過誤のリピーター」とは限らないということです。

 医療事故が過誤によるものなのか、そうでないのかを判断するためにも、日本産婦人科医会が第三者的な立場で医療事故情報を収集し、検証する必要性が生じたのです。

 このことは、医師の質を向上させることにもつながります。医師が自らの起こした医療事故を報告し、検証するという作業は自浄作用になります。つまり、報告そのものが医師への研修にもなるわけです。

Q.しかし、医療事故を起こした医師が必ず報告するとは限りません。何か方策はありますか。

 医療事故報告制度が実効性のあるものになるには、公平性が担保されなければなりません。そのため、報告しなかった医師にはペナルティを考えています。例えば、戒告や指導をしても報告してもらえない場合は、日本産婦人科医会の会員資格を停止したり、退会を勧告します。また、都道府県医師会や日本産科婦人科学会とも連携をとって、母体保護法指定医師の資格停止や専門医資格の停止に向けた進言を行うことも検討しています。

 それには、日本医師会など他の団体と連携を深め、情報交換できるような体制を整備する必要性もあると思います。

 ただ、誤解してほしくないのは、この制度は「リピーター医師」などを排除することを目的としたものではないということです。繰り返しになりますが、この制度の目的は、医療事故を繰り返したり、重大な過誤を起こした医師が、報告によって医療の質を向上させることにあります。

 厚生労働省の医道審議会医道分科会では、2002年12月から刑事事件とならなかった医療過誤についても明白な注意義務違反が認められるものは、行政処分の対象とすることになっています。

 しかし、マスコミなどで騒がれた医師だけが処分されるのはおかしいと思います。「リピーター医師」とはいえ、その実態も明らかになっていません。

 最近は医療事故が起きると、全て医療職側に責任があるかのように受け取られる傾向がありますが、事故原因は必ずしも、医療に従事する「ヒト」だけに起因するものではありません。モノや組織、地域における医療体制など、さまざまな要因が絡み合っています。場合によっては患者側の事情によるものもあるでしょう。現在の医療水準では、避けられない事故もあります。

 そうした医療事故の原因を解明するには、個々の医療事故を検証し、その実態を明らかにすることが何よりです。専門分野によって異なる事情や原因を把握するためにも、わが国の産婦人科医のほとんどをカバーする日本産婦人科医会が責任を持って取り組んでいくことが大切だと考えています。

 来年には、各都道府県支部に報告された医療事故の実態が明らかになります。産婦人科医療の名誉と次世代の明るい未来を築くためにも、改善策を示していけるよう努力を続けていくつもりです。


日本産婦人科医会常務理事の川端正清さん。
同愛記念病院(東京都墨田区)の産婦人科部長でもある