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救命率アップに効果あり!船橋方式のドクターカーシステム

 千葉県船橋市(人口約55万人)では医師が救急車に同乗するドクターカー(特別救急隊)が、心肺停止患者の救命率の向上に効果を上げている。ドクターカーが導入された1992年からの8年間で、46人の心肺停止患者を救命し社会復帰が実現している。このうち地域の病院前医療レベルの指標となる心原性の心室細動例の社会復帰率は23.5%。

「これは欧米並みの成績です」と、船橋市立医療センター救命救急センター長の金弘(きん ひろし)先生は語る。

 ドクターカーは救命救急センターを併設する船橋市立医療センターの敷地内に建設された消防局救急ステーションに配備されており、1台が市全域をカバーしている。昨年の同市における救急出場総件数は22,861件。そのうちドクターカーが出動したのは1,371件となっている。

 市民から119番通報が消防局指令センターに入ると、指令課員は通報内容からドクターカー出動の適否を判断。その判断基準は次のとおりとなっている。
 
  1. 心肺蘇生を必要とする傷病者およびこれに準ずる重度傷病者の場合
      ・意識がない ・脈がない ・呼吸がない ・突然に意識がなくなった
  2. 傷病者救出に相当の時間を要し、その間に救命上の治療を必要とする場合
  3. 多数の傷病者が同時に発生し、トリアージが必要な場合
  4. 重症喘息患者〜1995年から開始
  5. 胸痛患者(40歳以上、冷や汗、胸痛)〜1997年から開始

 指令課員がこれらのいずれかの状態だと判断した場合は、ドクターカーに出動を要請。同時に現場から最も近い救急隊も出動する。というのも、管轄の救急隊が現場に到着するまでの時間は平均4〜5分だが、ドクターカーは1台しかないため平均9〜10分かかるからだ。

 ドクターカーに同乗するのは、医師1人と救急救命士1人、一般救急隊員2人の合計4人。24時間365日対応で、平日の日勤帯は船橋市立医療センターの救命救急センターの医師が乗り込み、夜間、休日は船橋市医師会のドクターカー同乗医師団に所属する医師が対応する。

 救命処置は管轄の救急隊とドクターカーが共同で行うのが基本だ。先に到着した救急救命士が携帯電話でドクターカーに同乗した医師と連絡をとりながら、心肺停止患者に限り認められている特定行為(半自動式除細動器による除細動、静脈路確保のための輸液、指定器具による気道確保)について指示を受けながら処置を行う。

除細動器や止血、創処置のための縫合セットが用意されている他、
救急薬剤も積載されている。

 例えば、心室細動のある患者の場合。医師から指示を受けた救急隊員は除細動を3回まで実施。除細動により心拍が再開した場合は、後着するドクターカー同乗の医師が血圧維持のための薬剤投与や気管内挿菅などを行い、病院に搬送する。搬送先は救命救急センターをはじめ、市内の二次救急医療機関となる。

 また、救急隊による除細動が不成功に終わった場合は、ドクターカー同乗の医師が薬剤投与を含めた二次救命処置(ACLS:Advanced Cardiovascular Life Support)を行い、現場での心拍再開を目指す。

「先着した救急隊員はドクターカーが後から到着するという保証があるため、躊躇なく特定行為を行うことが出来るし、合流後はドクターカー同乗医師により、自らが行った処置内容の検証が受けられる」と、金先生は述べる。

 昨年来、医師にしか認められていない気管内挿菅などを、秋田市などの一部地域の救急救命士が行っていた問題がクローズアップされている。厚生労働省では今年度中に救急救命士の業務内容を見直す予定だ。だが、一刻を競う救急医療の現場では的確な判断と、迅速な処置が求められる。それゆえ医師が同乗するドクターカーは有効な方法だと考えられるが、なかなか全国的に普及していないのが現状だ。その辺りの事情と、救急救命士が行える処置範囲について金先生の考えを聞いてみた。

Q.ドクターカーが普及しない原因は何だと思いますか?

 何より、厚生労働省や日本医師会が具体的な普及策を講じないことが原因でしょう。このようなシステムを作り、維持するには時間や労力、お金がかかります。ある意味、面倒な事でもあります。だから放っておいたら進まないのです。幸い、船橋市の場合は地元医師会が主導して市民の声を聞きながら、このようなシステム作りを行ってきました。やはり地域の救急医療体制を構築するには、地元の医師会が積極的に参画することも必要だと思います。何も医師会が単独で行えば良いというのではありません。大学病院などが主導して医師会と協力して行っても良いのです。

Q.他に普及しない原因はありませんか?

 医師を雇うには金銭的な負担も大きい。すぐに出動出来るように、医師を常に確保しておくことも難しいと思います。船橋市ではドクターカーシステムを維持するのに、年間約5,500万円かかっています。これは住民1人当たりに換算すると約100円です。この金額でいざという時に医師が来てくれるのが高いか、安いかの判断もあるでしょう。

Q.昨今、一部の救急救命士が行った違法な医療行為が話題になっています。それについてはどう思われますか?

 医師の指示を受けない除細動を、救急救命士が行う事には賛成です。すぐにでもやるべきでしょう。心肺停止患者で除細動が有効であるのは心室細動がある場合です。この心室細動は半自動式除細動器が内蔵コンピュータによって自動的に心電図波形を解析してくれます。除細動を行うタイミングも指示します。ですから、救急救命士が行っても害を与えるという事はまずありません。一刻も早く実施することが大切なのです。アメリカでは一般市民も使えるようになっています。

Q.気管内挿菅や薬剤の投与についてはどうでしょう?

 これには現状では反対です。というのも、これらは判断を間違えれば、却って重篤な状態になりかねませんから。気管内挿菅にしても、食道と気道を間違えれば窒息死という事故にもつながりかねません。薬剤の投与についても医療的な判断が求められます。それらを現状の救急救命士の教育体系のまま、処置範囲を拡大していくのは危険です。

Q.では、やはりドクターカーシステムを普及させるしか、救命率を向上させる策はないのですか?

 米国のパラメデイックと日本の救急救命士を比較したうえで、救急救命士が行う特定行為を拡大するべきだ、という意見を聞くことがよくあります。ですが、先ほど述べたように、現状で指示なし除細動を実現しただけで、心肺停止患者の救命率の向上が期待出来ます。まずは全救急隊に救急救命士を配備し、心室細動例に早期に除細動が出来るようにするべきです。救命の可能性がある心肺停止患者(心室細動)に対する最も強力な治療手段(除細動)を救急救命士が持っていることをしっかりと認識し、その武器を有効に使えるような環境を整えることに努力すべきです。

 それ以上の医療行為、すなわち気管内挿管や薬剤投与については、1つひとつの医療行為や薬剤を小出しに許可するのではなく、国際的に標準化された二次救命処置(ACLS)をきちんと教育するような体制を作るべきです。それは現状の救急救命士の教育体制で出来ることではありませんし、全救急救命士を対象とするには無理があります。つまり、米国のパラメデイック並みの医療行為が行える上級の救急救命士制度を作り、救急隊を2層構造にすることが必要です。そのような明確な長期展望があってこそ初めて、ドクターカ−とパラメデイックのどちらを選択するのか、という議論が可能になるのです。
ドクターカーの内部は一般の救急車よりも広い。

(参考)
病院前医療
傷病の発生の場所から医療機関に到着するまでに行われる医療。
心室細動
心筋室が不規則に、細かい頻度で収縮を繰り返す状態。心室からの血液駆出はなくなり、数分で死に至る。
トリアージ
災害発生時などに多数の傷病者が発生した場合に、傷病の緊急度や程度に応じ、適切な搬送・治療を行うことをトリアージtriage(選別)という。
除細動
心室あるいは心房の細動を、電気ショックを与えて正常な調律に回復させること。
パラメディック
患者の健康状態の維持・改善をはかるため、現場から病院に到着するまで、医師の指示下、応急処置・救急処置を行う者。コーディネーターとして現場でリーダーシップをとり、他職種(消防・警察・看護婦・医師)との連携をとる。米国の場合、パラメディックの資格については州法で定められており、養成課程や行うことのできる処置の範囲は州によってかなり異なる。