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学会による鑑定書の作成で医療事故の原因解明へ

泌尿器科学会関連の日本Endourology & ESWL学会(以下、日本EE学会)は、2004年2月、昭和大学藤が丘病院で起きた腹腔鏡による医療事故の鑑定書を作成し、医療側のミスを明らかにした。医師個人ではなく、学会が鑑定書を作成するのは国内でも初めての試み。今後の鑑定書のあり方に一石を投じた取り組みとして話題となっている。日本EE学会の前理事長である大島伸一さん(国立長寿医療センター総長)にその真意と、腹腔鏡下手術に対する学会の対応について話しを聞いた。
 


Q.日本EE学会が鑑定書を作成するに至った経緯を教えてください。

 02年に昭和大学藤が丘病院で腹腔鏡による副腎の腫瘍摘出手術によって患者が死亡するという事故があり、警察からある学会員に対して、手術ビデオについての鑑定依頼があったのが始まりでした。当初、この学会員は鑑定書の作成を引き受ける事に躊躇していました。事前に事故の内容をある程度知っていた事もあり、自分が書けば、医療側に不利になるのではないかという思いもあったからです。

 病院側はすでに記者会見を開き、手術ミスを否定していました。それを知っていた学会員は、このまま鑑定書を書かずにいる是非について悩み、理事長である私に相談があったのです。医師として良心の呵責を感じている、と理解しました。そこで医師個人ではなく、学会名で鑑定書を作成するという決断を下しました。その方が個人のプライバシーが保たれる上、公正な鑑定が出来ると考えたからです。

 結局、ビデオの鑑定は2人の学会員によって行われましたが、その内容は明らかに医療機関側にミスがあるものでした。膵臓の一部を副腎と間違えて切除するという初歩的な間違いや、止血操作が不十分で大量出血となるなど、執刀医としての技術の未熟さも疑われる内容でした。

 聞くところによれば、この鑑定結果によって、当時、警察は執刀医ら病院関係者から事情聴取を行い、執刀医を業務上過失致死容疑で書類送検する方針だったようです。病院側も鑑定書を受け取った後に手術ミスを認め、記者会見を開いて、遺族に謝罪するという結果に至りました。

Q.この報道は衝撃的でしたが、学会が鑑定書を書くという事について、周囲の反応はいかがでしたか?

 中には苦々しく感じた人もいたかもしれませんが、理事長の決断であり、当学会の歴史が比較的浅いという事もあって、学会の理事であるリーダー達の理解を得るのは難しくなかったように感じています。

 医師が鑑定書を作成する場合、医療側のミスを認めるような事を書きたくないという思いは少なからずあります。仲間を裏切る事になりはしないかと考えるからです。ただ、そうは言っても、明らかにおかしい事はおかしいと言わなければならない。それは患者側に立つという意味ではなく、医師として客観的に見てどうなのか意見を述べる必要があるという事です。その意味で、信頼性の高い発言をする機関として、学会が鑑定書の作成に踏み出した意義は大きかったと思います。

 その後、この方針は日本泌尿器科学会の理事長にも問題なく受け入れられて、賛同が得られ、現在は同学会を通じて、裁判所や警察などの公的機関からの鑑定書の作成依頼に応じる体制が整えられています。

Q.内視鏡(腹腔鏡)による泌尿器科領域の医療事故では、東京慈恵会医科大学付属青戸病院(以下、慈恵医大青戸病院)で起きた医療事故を忘れる事は出来ません。この件について日本EE学会では、どのような対応をとられていますか。

 03年秋にこの医療事故が報道された際、私どもは多くの報道機関から取材を受けました。学会としてこの事故をどう受け止めているのか、今後どう対応していくのかなどの質問責めに遭いました。

 実は、それまで一般的に学会は学術の向上を図る事が重要な役割であると考えられており、医療安全の責任についての意識は希薄でした。ただ、この医療事故の場合、執刀医が腹腔鏡下手術をする資格があったかどうかという問題が社会から指摘されており、学会として対応策を検討せざるを得ない立場に立たされました。

 そこで急遽、理事会を開催し、次のような事項を決定しました。
  1. 事件に関して理事会の見解を発表
  2. 腹腔鏡下前立腺全摘除術を実施するにあたっての指針の公表
  3. 医療事故が起きた場合に対応する委員会の立ち上げ
  4. 慈恵医大病院側から医学的検証の依頼があれば、全面的に協力する
  5. 執刀した医師3人の日本EE学会会員資格の一時停止

 その直後に日本泌尿器科学会と合同で緊急理事会も開催し、今後の対応策を検討しました。その結果、以下の3つが決定されています。
  1. 執刀した医師3人の泌尿器科学会会員資格および専門医資格、日本EE学会会員資格の一時停止
  2. 慈恵医大青戸病院の泌尿器科学会教育指定施設の資格について、再検討する
  3. 今回の事故について学会として調査し、さらに、学会の本質的あり方、新しい技術の導入方法、泌尿器腹腔鏡手術に関する調査や、学会員の技術の評価などについて検討する特別委員会を設置する

Q.理事会の見解や腹腔鏡下前立腺全摘除術についての指針などは、すでにホームページで公表されていますね。学会として、事故の調査は行われたのでしょうか。

 慈恵医大病院の当時の病院長から手術時のビデオを手渡されたので、日本泌尿器科学会と日本EE学会は特別委員会を立ち上げ、検証を行いました。メンバーは、日本泌尿器科学会会員3人、日本EE学会会員2人、外科医1人、麻酔科医1人、弁護士1人、マスコミ1人、患者代表1人の合計10人です。

 検証の結果はまだ公表していませんが、患者の直接的な死因は大量の出血によるもので、輸血のタイミングが非常に遅れているのは明らかでした。医師の技術的な問題もありました。いずれこの内容は何らかの形で正式に公表すべきだと考えています。

Q.執刀医の会員資格を剥奪ではなく、一時停止にした理由は何ですか?

 医学的検証が十分になされていない段階で、資格を剥奪するのは早計です。それに、判断基準もない。また、たとえ医師に刑事罰が下ろうとも、再生出来るチャンスは与えられるべきだと考えています。除名にすれば、再生のチャンスを失いかねません。

 そもそも最初から患者に害になるとわかっていながら、医療行為を提供する医師はいません。もしいたら、その医師に再生の道はない。ただ、たとえ未熟であっても、患者を病気から救おうという気持ちがあるならば、再生する道を作るべきです。

Q.学会員に対する教育制度はどうなっていますか。また、今後の方針をお聞かせください。

 内視鏡手術は患者への侵襲が低いなどの利点から、多数の泌尿器科手術にも応用されています。しかし、外科手術と比較すれば、その歴史はまだまだ浅く、最近の技術である事も確かです。

 基本的な手技は外科手術と同じですが、ビデオモニターに映し出される手術部分を見ながら手術を行うという特殊な技術を要します。今までの外科手術とは異なる技術が求められます。また、関連の医療機器も常に改良されています。

 学会ではこうした特殊な技術を習得していけるよう、さまざまな取り組みを実施しています。例えば、泌尿器腹腔鏡手術ライブ講習会を開催したり、新しい医療技術を導入する際に必要な知識が得られるような冊子やDVDも会員に配布しています。

 患者にとって、小さな傷で済み、痛みも少なく、短時間で、簡単に出来る手術は、これからも求められていくと思います。そのためにも新しい技術が導入される際に、医師が萎縮する事がない体制を整える必要があります。

 また、医療事故が起きた場合の対応策や補償の仕組みを、学会だけでなく、医療界全体で考えておく事も大切です。1例ですが、自動車の自賠責保険のように、全ての医療行為に保険をかけ、事故が起きた際に必ず補償されるような制度があるべきだと思います。その費用は患者が負担する事になるかもしれませんが、納得して医師の手に委ねたのであれば、患者側もある程度のリスクを覚悟してもらわなければならないと思います。

 繰り返すようですが、事故を起こそうと思って医療を提供している医師はいません。それなのに、ひと度事故が起きれば、あってはならない事だと、ただ医師だけを糾弾する姿勢はおかしい。このままでは、誰も医師になりたいと思わなくなります。それは国民にとって、本当に幸せな事なのでしょうか。そうではないと思います。もっと大局的にこれからの医師と患者のあり方を考えないと、医療が停滞し、技術の進歩も望めなくなる。その結果、国民が不利益を被る事だってあるのです。今こそ医療界全体が一枚岩になって、今後の方策を考えていく必要があると思っています。


日本EE学会前理事長の大島伸一さん。
現在は、国立長寿医療センターの総長としてもご活躍である。





日本泌尿器科学会の鑑定書作成の仕組み

 日本EE学会による鑑定書の作成がきっかけとなり、日本泌尿器科学会は関連する学会と連携し、裁判所や警察などの公的機関からの鑑定書の作成依頼に応じる体制を整えた。この仕組みの導入にあたった日本EE学会理事長の平尾佳彦さん(奈良県立医科大学泌尿器科教授)に、鑑定書作成の仕組みや手順を紹介してもらった。

 泌尿器科に関連する鑑定書を学会で作成して欲しい場合は、日本泌尿器科学会が受付窓口となります。引き受ける対象は、裁判所や警察などの公的機関に限られます。医療機関も含まれます。患者や家族、弁護士など個人の依頼には応じません。

 ただし、医療機関側を通して依頼があった場合に限り、関係する患者や家族からの依頼も引き受ける事になっています。

 もちろん、これまでどおり公的機関などから学会員である医師個人に対して鑑定書の作成依頼があった場合には、学会は関与しません。学会員に依頼があったものでも、その学会員が日本泌尿器科学会に委嘱したいと望んだ場合は、学会として鑑定書を作成します。

 鑑定書の作成依頼を受けた学会は、内部の「医療安全評価委員会」を通じて、鑑定のための「小委員会」を設置します。このメンバーには、日本EE学会など泌尿器科に関連する学会の中から、鑑定に適切だと思われる会員が選ばれます。人数は4〜5人程度になります。他に、小委員会のチーフとして、医療安全評価委員会の常任委員が加わります。

 鑑定を委嘱された会員は小委員会で各人の意見を述べ合い、最終的に合議の上、鑑定書が作成されます。鑑定をした医師の名前は一切公表されません。

 鑑定書の公正さを保証するには、医師にとってリスクのない仕組みを作る事が不可欠です。医師のプライバシーを守れる体制がなければ、これまでのように鑑定書の作成を引き受ける医師はなかなか現れないのではないでしょうか。