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高齢者施設や在宅医療で必要な感染症の知識とその予防策


 インフルエンザやMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)などの感染症の予防は、介護老人保健施設など高齢者施設にとって共通の課題となっている。だが、感染症への誤解などから、施設の利用を拒否したり、隔離処遇を行うなど人権上の問題も生じている。高齢者施設や在宅医療の現場で必要な感染症対策とは何なのか、「実践マニュアル高齢者施設内感染対策」(日総研出版)の著者である東京女子医科大学感染症科講師の菊池賢さんに話しを聞いた。
 


Q.高齢者施設でMRSAの保菌者が入所制限されるという問題が起こっていますが、そうした対応は必要なのでしょうか。

 感染症は、病原微生物や寄生虫などの生物がヒトの生体内に侵入し、増殖して、発熱や痛みなどの症状を引き起こすものです。しかし、一口に感染症対策と言っても、医療機関と高齢者施設では、問題となる感染症が異なります。例えば、大学病院などでは、患者に免疫を抑制する治療が行われたり、中心静脈カテーテルを用いた点滴が行われるなどの結果、MRSAなどの薬剤耐性菌の感染症が起こる場合があります。  

 一方、介護老人福祉施設や介護老人保健施設などの高齢者施設は比較的症状が安定した人が入所しており、医療的処置が行われる機会は少ないのです。免疫抑制剤が使われることもほとんどありません。つまり、対象となる患者(入所者)の状態が違うため、頻度の高い感染症や問題となる感染症も異なるのです。

 ところが、1998年に「高齢者の療養施設における院内感染防止対策のあり方に関する研究事業」(老人保健事業推進費等国庫補助事業)の研究班員としてさまざまな施設を調査した結果、MRSAやセラチア菌、緑膿菌に対して、高齢者施設が過剰な対応をしている事が明らかになりました。MRSAの保菌者に対して入所を制限している施設も少なくありませんでした。その反面、インフルエンザの予防接種をしていなかったり、結核への対応が何もなされていないなどの例が目立ちました。

 こうした混同は、報道による影響が大きいと思います。近年、MRSA院内感染事例がマスコミで報道され、訴訟に発展する例もあることから、経営者や医療従事者が非常に神経質になっています。手術後など免疫機能の低下した患者が感染症を起こすと、致死的な状態に至ることも少なくないからです。しかし、先端医療を行う医療機関でそのような例があっても、高齢者施設で集団感染を起こしたという報告を聞いた事はほとんどありません。

 そもそも黄色ブドウ球菌は鼻腔や脇の下などの皮膚に常在する菌で、健康な人でも3分の1程度は保菌していると言われています。MRSAは単に耐性を持った黄色ブドウ球菌なのです。術後や医療的処置が行われる場合はともかく、健康な人や、症状の安定している高齢者施設の入所者などがMRSAの感染症を引き起こす確率は極めて低いのです。だから、MRSAを保菌しているからと言って、隔離したり、入所制限をするなど特別な対応をとる必要は一切ないわけです。

 ただ、混同される理由は他にもあります。高齢者施設に従事する介護職員の皆さんは、感染症の教育をほとんど受けていません。手探りで情報を収集したり、個々の施設の慣習的な対応で良しとしている例が多いのです。それらが職員に誤解を招き、必要のない入所制限をする結果につながっているのです。高齢者施設の感染症対策で大切なのは、正しい知識を介護職員だけでなく、事務方も含めた全ての職員が共有し、同じ対応を心がける事と言えます。

Q.では、具体的にどんな対応をすればよいのでしょうか。

 大切なのは、スタンダードプリコーション(標準予防策)を徹底する事です。これはアメリカのCDC(国立疾病予防センター)が作成したガイドラインで、患者が持っている病原体の種類に関わらず対応できる標準的感染症対策です。

 その内容を簡単に言うと、全ての患者の血液や体液、分泌物、排泄物(汗を除く)、傷害のある皮膚、粘膜に接触した場合は、必ず手を洗う事です。また、これらに接触が予想される場合は、手袋を着用し、使用後に手洗いする。顔面に飛散、または接触が予想される場合は、マスクや眼鏡、ゴーグルを着用。身体に飛散、または接触が予想される場合は、ガウンやビニールエプロンを着用する。さらに、針刺し事故防止のために、注射針のリキャップ禁止や感染性廃棄物の専用容器へ廃棄するなどの対応が必要となります。

 高齢者施設の調査では、職員が手袋を着用せずにオムツ交換をしていたり、手洗いが十分に行われていない実態が多く見受けられました。これこそが問題です。感染症対策の基本は、職員が自分の身を守る事であるとも言えます。つまり、自分が患者にならない、感染源にならないようにする事です。たとえ、入所時に高齢者が何らかの感染症に結びつく起因菌を持っていなくても、入所後もそうだとは限りません。どんな場合にも対応できるよう、スタンダードプリコーションを徹底する事が不可欠と言えます。

Q.高齢者施設で特に注意すべき感染症とその対策を教えてください。
 
 伝染力が強く、施設内で蔓延する危険性の高いもの。具体的には、インフルエンザや疥癬、結核などです。

 疥癬はヒゼンダニによる皮膚感染症で、潜伏期間が最長で約1カ月と長い点が特徴と言えます。感染経路は接触によるもので、直接患部に触れたり、周辺の物品など間接的な接触により伝播します。とはいえ、非常に感染力の高いノルウェー疥癬以外は、隔離は不要です。入所者間で接触しないよう、本人に話しておけば済みます。

 ところが、痴呆症の高齢者が疥癬になった場合は、対応が難しくなります。職員がいくら丁寧に説明してもその内容を理解できない場合があり、勝手に他人の布団にもぐり込んでしまう事だってあるのです。痴呆症の高齢者が多いという点では、高齢者施設における感染対策の特徴であると言えます。

 対策としては、痴呆症の高齢者の理解力を考慮する必要があります。痴呆の程度によっては、集団隔離や個室隔離を考慮しなければならない場合も出てくるかもしれません。ただ、安易に隔離してしまうと、環境変化によって痴呆の症状が悪化しかねないので、各人の行動パターンなどを把握しながら、職員がアイデアを出し合って、対応策を考える必要があります。

 新規に入所する高齢者がいる場合は、全身の皮膚状態をよく観察し、疥癬の有無を確認しておきます。知らずに入所してしまうと、急速に施設内に広まる可能性があるので、注意してください。

 疥癬の治療には、γ-BHC軟膏や安息香酸ベンジル軟膏が用いられますが、γ-BHCは有機塩素系殺虫剤で神経毒性があり、日本では外用薬として入手できません。試薬として購入し、軟膏やローションを自家調整します。安息香酸ベンジル軟膏も自家調整が必要になります。そのため、入所者や家族には十分なインフォームドコンセントを得る必要があります。

 また、近年、増加傾向にある結核への対応も考慮すべきです。特に高齢者の場合は、過去に結核にかかった人が、再び結核を発症する例が目立っています。胸部レントゲン写真で胸膜肥厚像や石灰化像などの陳旧性肺結核所見が認められる場合がありますが、これらをすでに治癒した名残りと安易に考えない事です。今後、体力や免疫力の低下とともに、結核が再燃する可能性もあります。入所時に胸部レントゲン写真を撮影(入手)するだけでなく、入所後も年1回程度は撮影し、状態を把握しておくべきでしょう。

 最近は、結核患者を受け入れる医療機関が減っています。普段から、結核病床を有する医療機関のリストを用意しておくことも必要です。

 さらに、高齢者施設では入所者が持っている菌(常在菌)により内因性感染を起こす場合があります。常在菌は普段は悪さをしませんが、誤嚥や排尿障害、褥瘡によって感染症を引き起こす場合があります。特に高齢者の場合は、誤嚥の関与が高いのです。

 ですから、発熱、悪寒、咳、喀痰、下痢、残尿、頻尿、腹痛、褥瘡、皮膚の発疹、紅班など感染症を疑わせる所見が見られたら、医師にすぐ報告してください。職員は日頃から早期発見、早期治療に努め、感染症を見逃さない、広げない目を養う事が大切になります。

 また、口腔ケアは誤嚥性肺炎の予防策として効果がありますので、日頃のケアで積極的に取り入れると良いでしょう。

Q.最近は、在宅医療を受ける患者も増えてきました。感染症対策としてどんな点に注意すればよいでしょうか。

 在宅医療の現場で発生頻度の高い感染症は、肺炎(特に誤嚥性肺炎)や結核、インフルエンザなどの呼吸器感染症、褥瘡や疥癬などの皮膚・軟部組織感染症、尿路感染症などです。

 感染症対策としては、高齢者施設と同様に、スタンダードプリコーションを導入して、職員自身が身を守り、患者に感染症を広げないようにする事が何よりです。他にも職員は日頃から健康管理に気をつける必要があります。労働基準法に基づいた定期的な健康診断を受けるだけでなく、インフルエンザやB型肝炎などのワクチン接種もしておきたいものです。

 職員が情報を共有するために、感染対策マニュアルも作成しておくべきでしょう。その際、在宅医療に関わる全ての関係者が理解でき、実施可能なものにします。慣習的なものや科学的根拠のない感染症対策は採用しない注意が必要です。

 また、在宅医療開始時とその後のサーベイランスも必要です。患者の病歴や既往歴を把握し、リスク評価を行います。前述したように、胸部レントゲン写真で定期的に状態を把握するとともに、疥癬や褥瘡などがないか皮膚の状態もチェックします。ただし、MRSAやセラチア菌、緑膿菌などの耐性菌の保菌検査は不要です。

 在宅医療における感染症対策には、以下のような特徴があります。
  1. 高齢者が中心だが、幅広い年齢層が対象
  2. さまざまな基礎疾患と社会背景
  3. 痴呆、精神疾患から末期がんまで
  4. さまざまな職種が関与する
  5. コミュニケーションの重要性
  6. 在宅医療での感染症統計の欠落

 中でも、在宅医療での感染症の統計がない事は問題です。厚生労働省は在宅医療や在宅介護にシフトさせていこうとしていますが、在宅でどんな感染症が問題になっているのか明らかにする必要があると思います。そうしなければ、高齢者施設の例のように不安だけが先行し、不適切な対応がとられる状況に陥りかねません。

 在宅医療の現場は対象となる患者や疾患が多様なだけに、高齢者施設よりも重篤な状態に至る可能性が高い。早急に疫学的データをとるシステムを整備すべきです。

 高齢者施設で問題となっているMRSAにしても、過剰な対応は不要ですが、果たして年間どのくらい発生しているのかは明らかになっていません。近年は、入院歴のない一般患者の感染症からMRSAが検出される頻度が増えており、市中感染が否定できない状況となっています。日本は世界に冠たるMRSA大国であるとも言われ、もはやどこで感染したのか調べる事も難しい状況となっています。

 日本でMRSAなどの耐性菌が蔓延した最大の原因は、抗菌薬の使い過ぎや不適切な使用によるものです。もはや国家的な戦略として抗菌薬の使用規制をかける事が求められており、それが最も効果的なMRSA対策と言えるのかもしれません。



東京女子医科大学感染症科講師の菊池賢さん。

2枚とも、東京女子医科大学感染症科講師の菊池賢さん提供


【参考文献】
「実践マニュアル高齢者施設内感染対策 改訂版」
執筆・監修:菊池賢
出版:日総研、2004
販売価:\2,625(税込) (本体価:\2,500)
「高齢者の療養施設における施設内感染防止対策マニュアル」
全国老人保健施設協会発行、1999