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阪神・淡路大震災から10年〜震災時に備えた医療提供体制の課題と今後のあり方


  死者6,433人、負傷者約4万人という未曾有の被害をもたらした阪神・淡路大震災。1995年1月の発生から、今年で10年になる。この間、災害時の医療提供体制のあり方など、さまざまな提唱がなされてきたが、それらはどの程度実現しているのだろうか。2005年3月に開催される第10回日本集団災害医学会総会を前に、同学会の理事で、今回の会長を務める藤井千穂さん(大阪府立千里救命救急センター所長)に、震災時の医療提供体制の課題などについて話しを聞いた。
 


Q.まずは、日本集団災害医学会の活動内容を教えてください。

 本学会の設立は96年1月、阪神・淡路大震災の翌年となります。93年7月に発生した北海道南西沖地震の被害調査に出向いたメンバーが、災害医学について話し合う場の必要性を唱えたのが下地となっています。多数の死傷者を出した阪神・淡路大震災を契機に、日本においても災害医学を確立する必要があると考え、研究会を設立し、後に学会となりました。

 主な活動としては、国内で集団災害が発生した際に会員それぞれの立場で医療援助を展開すると同時に、調査団を派遣し、被害状況や医療の提供体制などが適切であったかどうかの検証を行っています。最近では、04年に起きた台風23号の被害調査をしています。また、年1回、学術集会を開催し、災害医学に関する研究成果などを発表しています。また、会員は国際緊急援助隊(JMTDR)や日本赤十字社のメンバーとして海外の災害援助にも貢献しています。

Q.今年3月に開催される学術集会では、「過去への検証と次代への啓発」というテーマで、災害時の医療提供体制のあり方に関する検証が行われるようですね。阪神・淡路大震災で明らかになった医療面での課題をお聞かせください。

 阪神・淡路大震災では、災害時の医療提供体制の脆弱性があらわとなりました。中でも、重傷患者の搬送体制は大きな課題の1つです。大災害時には交通網が寸断されるため、負傷者を救急車で搬送する事が容易に出来ません。早期に治療を開始しないと救命出来ない恐れがある重篤な傷病者は、航空機によって被災していない地域へ搬送する事が不可欠となります。

 しかし、阪神・淡路大震災時にヘリコプター(以下、「ヘリ」)によって搬送された負傷者は、震災当日に1人、3日間でも17人。結果的に約240人が被災地外の病院に搬送されました。搬送された患者数が少なかったのは、当時、ヘリで患者を搬送する仕組みが整備されていなかったのが原因です。県や市が保有するヘリは、山火事の消火や物資の運搬など多目的に使用されるもので、傷病者の搬送だけを行う事は出来ません。そのため日本は世界でも有数のヘリ所有国であるにも関わらず、患者の搬送が思うように進みませんでした。

 それでも震災時には、自衛隊や防災ヘリ、一部の民間会社のヘリなどが患者の搬送にあたりました。これは日本の災害史上において画期的な事だったと言えます。とはいえ、被害の大きさに比べ、搬送された患者数が少なすぎます。ヘリによる負傷者の搬送体制をもっと早くから整備しておくべきでした。93年の北海道南西沖地震では、ヘリによって負傷者を搬送して多大な成果を挙げていたにも関わらず、その教訓が生かされていなかったのです。

 阪神・淡路大震災後は、各自治体が作成する地域防災計画にヘリによる患者搬送体制が盛り込まれるようになりましたが、具体策に欠けるものがまだまだ多いのです。東京都は、大規模災害時に負傷者、医療救護班、医療物資などの緊急輸送を行うために民間のヘリを活用出来る体制を整備していますが、こうした取り組みが広がっていく事を期待しています。いざという時に資源を有効利用できる仕組みを日頃から作っておくべきです。

 それには日常的に救急患者をヘリにより搬送する体制を推進しておく事も必要になります。平時から傷病者の搬送に習熟していないと、災害時に役立たないからです。

 患者を受け入れる医療機関の情報をいかに活用するかも課題です。阪神・淡路大震災では、患者の受け入れが可能な医療機関が付近にあったにも関わらず、その情報を伝達する方法がないため、一部の医療機関に患者が集中してしまうという問題が起こりました。

 震災後はこの教訓を踏まえ、各都道府県において「広域災害・救急医療情報システム」が整備されるようになりました。一部未導入の県もありますが、同システムには地域の災害拠点病院や2次医療機関などが参加し、各医療機関の受け入れ体制などの情報が収集出来るようになっています。

 ただ、情報が交換出来るようになったのは成果と言えますが、情報を活用して、どれだけの患者を、どこに搬送するかを指令する体制が十分に構築されていません。各医療機関の判断で、どこに搬送すべきかを決めているのが現状です。つまり、情報システムを活用する方法が確立されていないのです。

 災害時には、最大多数の命を助けなければなりません。助かる可能性のある負傷者を助けるためには正確なトリアージを行い、治療の必要性や優先順位、必要な医療機器などを判断して、各医療機関の能力に応じて患者を搬送しなければなりません。

 しかし、医療機関の多くは民間施設ですから、消防や警察組織のように明確な指揮命令系統はありません。被災地において限られた医療資源を有効活用するためにも、自治体や災害拠点病院などが中心となって、情報システムを活用した指揮命令系統を確立しておく事が望まれます。また、自治体や消防、警察、医療機関が参加して、同システムを使った訓練を実施しておくべきでしょう。
 
 3月に開催される日本集団災害医学会では、広域で患者を搬送する体制や広域災害・救急医療情報システムの課題をはじめ、災害医療に対する行政と医療機関とのコラボレーションのあり方、災害派遣医療チーム「日本版DMAT(Disaster Medical Assistance Team)」の整備などについて報告がなされる予定です。また、今後発生すると予測されている東海・東南海・南海地震などの海溝型地震による津波の影響と医療対策についても議論する予定でいます。

Q.阪神・淡路大震災の教訓が生かされた点はありますか?

 最大の成果は、震災後に災害医学に対する関心が高まった事でしょうね。一部の大学では、災害医学教室が設置されるようになっています。

 また、災害医療研修が実施されるようになった事も大きな進歩と言えます。災害医療を専門としない一般の医療従事者が、災害医療に関する研修を受けられるシステムが出来ました。災害拠点病院や国立病院を対象とした災害医療従事者研修も開始されました。

 本学会においても、医師や看護師、消防・警察関係者などから参加者を募り、毎年、災害医療セミナーを開催しています。今年は3月1日〜2日にかけて、地震災害を想定した机上訓練やトリアージの実習などを行う予定となっています。

 災害時には、特別な医療知識や対応が求められます。阪神・淡路大震災における死因の大半は、頭部や胸腹部の打撲、圧挫による内臓損傷や外傷性窒息などでしたが、中でも挫滅症候群(クラッシュ症候群)による死亡者が多数出た事が注目されています。

 これは倒壊物などにより四肢の筋肉に長時間圧迫がかかった結果、筋肉挫滅部位からミオグロビンなどの腎毒性物質が放出され、急性腎不全が生じる状態です。救出時には意識が比較的はっきりしており、バイタルサインなども安定しているため見逃されがちですが、早期に治療を開始しないと死に至ります。また、圧迫物が取り除かれた直後にカリウムが循環系に流れ、急死を呈する再灌流症候群もあります。

 こうした症状は救命救急に携わる医師は理解していますが、必ずしも一般の医師が知っているとは限りません。被災地に医療従事者が支援に駆けつけたとしても、災害時に対応出来る知識がないとその能力が発揮されない場合も起こり得ます。そのためにも、医療従事者に災害医療についての理解を深めてもらう事が重要だと考えています。

 日本列島付近には大きな4つのプレートが存在しており、歴史的に見ても、地震発生の多い国です。大規模な地震は数十年から100年間隔で発生すると言われており、その意味でも、いつ大地震が起こってもおかしくない状況です。この他、風水害、火山の爆発、さらには自然災害だけでなく、列車の転覆や東京地下鉄サリン事件のような人為的災害もあります。災害が起きる前にいざという時に備えた対策を立てておくのは、その国の文化程度の目安になります。わが国は過去の大災害の教訓を、ことに医療体制の面で必ずしも生かしていない点がありました。阪神・淡路大震災から10年目を迎えた今こそ、関係機関が協力して、災害に備えた対策をしっかり行っていくべきだと思っています。



日本集団災害医学会理事の藤井千穂さん。
3月に開かれる第10回総会の会長を務める。
大阪府立千里救命救急センターの所長としても活躍している。