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遺族の訴えで究明された医療事故に潜む組織の問題点

 1つのインシデントや医療事故の背景には、組織全体の問題が絡んでいる場合も少なくない。だが、それを究明するのは容易ではないのも確かだ。大阪府泉佐野市にある「りんくう総合医療センター市立泉佐野病院」(358床、以下、「市立泉佐野病院」)では、遺族からの訴えがきっかけとなって、組織上のさまざまな問題点が浮かび上がってきた。
 


■事故原因は医師の入力ミス!?

 2002年4月、市立泉佐野病院で抗がん剤の誤投与事故が発生した。非小細胞肺がんで入院していた女性(60歳代)に抗がん剤の「タキソール」を投与すべきところ、間違って「タキソテール」を投与。患者はこの誤投与から26日後に急激に全身状態が悪化し、死亡した。

 同院は事故後に「リスクマネジメント部会」や「医療安全管理対策委員会」を開催し、事故原因を調査。その結果、患者の死因はがんによるものだとして、誤投与との因果関係を否定した。誤って投与された「タキソテール」が標準的な使用量であったため、過量投与ではなかったというのが理由だ。事故の経過は次のとおりだ。

 投与する予定だった「タキソール」は非小細胞肺がんの適応とされており、通常は1回210/屬鯏衢燭掘3週間休薬される。だが、主治医は副作用を和らげるため、1回60/屬妨採未掘3回に分けて1週間おきに投与する方法をとった。この患者の場合は、体表面積を1.48屬隼蚕个掘1回分として88.8咫60.0×1.48=88.8咫砲鯏衢燭垢觀弉茲世辰拭

 だが、02年4月9日、第1回目の投薬指示の段階で、主治医はコンピューター上で「タキソール」をオーダーすべきところ、「タキソテール」を間違って選択。同日、「タキソテール」を患者に誤投与した。この時点ではまだ誰もミスに気づかなかった。

 それから1週間後の4月16日、主治医が第2回目の投薬準備をするにあたり、患者の血液検査結果を確認。すると骨髄抑制の徴候や下痢症状、感染徴候が認められた。異変に気づいた主治医は前回の投薬内容を確認したところ、誤投与を発見。主治医はすぐに上級医師に連絡するとともに、患者と家族に謝罪。2回目以降の抗がん剤投与は中止された。

 その後、4月30日には患者の白血球数が回復。しかし、5月3日に全身状態が急激に悪化し、5月5日に死亡した。

 市立泉佐野病院が患者の死亡と誤投与との因果関係を否定した理由は次のようである。誤投与された「タキソテール」も非小細胞肺がんの適応で、1回60/屬鯏衢燭掘3〜4週間間隔で投与する。この患者の体表面積(1.48屐砲之彁擦垢襪函1回分の量は88.8咫60.0×1.48=88.8咫法つまり、「タキソテール」の方が力価は強いが、1回分の投与量だけを見れば、適正な範囲を超えていなかった事になる。

 当時、同院は事故の原因を主治医による入力ミスだと判断。それを防ぐためにコンピューターのオーダー画面を2文字検索から3文字検索へ変更するとともに、商品名である「タキソール」を使わずに、一般名の「パクリタキセル」に変更することを決定した。ただ、どういう訳か、すぐには実施に至らなかった。


■明らかになった抗がん剤治療の問題点

 ところが、事故から1年半後に転機が訪れた。03年10月、患者の遺族から病院に面談を希望する連絡が入ったのだ。ちょうどその前月に鹿児島大学医学部附属病院(現鹿児島大学病院)で、「タキソール」と「タキソテール」の誤投与により患者が死亡するという医療事故が発生した後だった。

 遺族側は、病院との面談で「なぜ事故を公表しなかったのか」と問いただした。「市立泉佐野病院が事故を公表していれば、鹿児島大学医学部附属病院の事故は防げたはずだ」という主張だった。市立泉佐野病院が事故を公表しなかったのは、「患者に影響を及ぼさないインシデント」(同院の当時のインシデント分類による)だと判断していたため、公表の必要性を感じていなかった。

 遺族との面談はその後も続けられたが、これを契機に事故の背景にある院内のさまざまな問題点が明らかになった。

 「まず、抗がん剤を投与する際に、患者の体重と身長を測定していなかった事がわかった」と、遺族との面談を一貫して担当した同院診療局長(兼脳神経センター長)の医師、伊藤守さんは言う。

 きっかけは、伊藤さんが抗がん剤の投与量の計算根拠となる体表面積を説明した時の事だ。遺族は、「母(患者)は入院してから急激に痩せていたので、量が多かったら危なかったかもしれない」と話し、計算に使われた体重は患者が自己申告したもので、かつ痩せる前の比較的元気な頃の体重だった事が判明した。これを聞いた伊藤さんは主治医の対応に疑問を感じ、あらためて事故の経過を追っていった。

 次に気づいたのが、「タキソール」と「タキソテール」の剤型の違いだった。脳神経外科が専門である伊藤さんにとって、これらを目にする機会はなかった。そこで、どのような抗がん剤であるのかを調べる事から始まった。

 「明らかに剤型は違う。いくら入力時にミスしたとしても、患者に投与する抗がん剤を把握していれば、投与前に気づくはず」と、伊藤さん。「タキソール」の剤型はバイアル。一方の「タキソテール」はバイアルに溶解するための溶解液が添付されており、一見して異なる。当時、薬剤のミキシングは医師が病棟で行っていたため、気づく機会はあるはずだと考え、伊藤さんは主治医に疑問点をぶつけてみた。

 事故当日は、同じ病棟に抗がん剤を投与する患者が計7人いた。それぞれ「タキソール」か「タキソテール」のいずれかを投与する予定だったという。だが、主治医はどの患者にどの抗がん剤を投与するかを明確に把握していなかった。薬剤部から病棟に送られてくる処方オーダーの書類と患者名を突き合わせしているだけだった。


■職種間の連携不足

 疑問点は他にもあった。「主治医が誤投与に気づくまでに、看護師や服薬指導をした薬剤師が気づいてもよいはずだ」と、伊藤さんは考えた。

 そこで医療記録を確認。すると事故当日の記録には、本来投与するはずだった「タキソール」の処方内容が医師によって書かれており、すぐその下に、患者に「タキソテール」が投与されている旨が看護師によって記入されていた。

 「もし看護師が医師の書いた記録を見ていれば、この時点で間違いに気づいたかもしれない。ただ、タキソールとタキソテールの違いを把握している事が前提になるが……」(伊藤さん)

 さらに、薬剤師による薬剤管理指導の記録を確認すると、そこにも問題点があった。「タキソテール」が誤投与されているにも関わらず、本来投与するはずだった「タキソール」が投与されている旨が記載されていたのだ。つまり、患者に実際に投与されている抗がん剤を確認せずに、記録した事になる。

 これらから言えるのは、主治医だけが患者の治療内容を把握しており、看護師や薬剤師との情報の共有がなされていなかったということだ。

 「事故調査を通じて感じたのは、抗がん剤治療に対する医療従事者の意識の低さ。手術と同じくらい高度で危険が伴う医療行為であるにも関わらず、そういう認識がない。治療環境にも問題はある。一般薬を投与する患者と抗がん剤治療を要する患者が同じ病棟に混在している。抗がん剤治療は特別室で行うくらいの体制でやらないといけないのかもしれない」と、伊藤さんは指摘する。


■事故予防策の検討

 ここまでに明らかになった事故原因をまとめてみると、大まかに以下の3つとなる。
  1. 抗がん剤治療の施行ルールが存在していない
  2. 患者ごとの抗がん剤治療のプロトコールが共有されていない
  3. 医師、看護師、薬剤師の連携不足

 同院ではこれらを踏まえ、04年6月に「化学療法検討委員会」を院内に設置して事故防止策を検討。同年8月から、以前より実施が遅れていたコンピューターのオーダー画面の3文字検索の導入と薬剤名の変更をはじめ、「化学療法施行取り決め事項」を策定。抗がん剤治療の施行ルールを統一した。

 抗がん剤治療の施行ルールでは、オーダー入力時に2人の医師によってダブルチェックを行う他、プロトコールをあらかじめ医師がコンピューターに入力し、薬剤部がそれとオーダー内容を確認しながら薬剤のミキシングを行い、病棟に搬送するようになった。

 また、看護部と薬剤部が共同で「化学療法学習会」を開催し、抗がん剤治療についての知識を深められる機会を設けた。これまでに3回実施されたという。

 さらに、抗がん剤投与にあたり、医師と看護師、薬剤師が事前にミーティングを開催し、プロトコールを共有する事になった。

 一方、遺族との面談では、事故が起きた後の患者や家族への対応が適切でなかった点も指摘された。主治医は誤投与が判明してから、いち早く伝える必要があると考え、患者本人に事故の内容を伝えた。その結果、患者はパニック状態に陥ってしまった。遺族側は、「患者本人に伝える前に、あらかじめ相談して欲しかった」と、訴えた。

 「事故後の患者さんや家族に対する精神面のケアは十分ではありませんでした。患者さんはがんを患いながらも、懸命に闘っておられた。医師や看護師はその気持ちを汲み取り、対応するべきだったと思います」と、同院ゼネラルリスクマネジャー兼副看護部長の藤野正子さんは語る。

 藤野さんは遺族にお詫びの手紙を送るとともに、婦長会において同内容を報告。事故の当事者に対する対応策が検討されるようになったという。

 遺族は04年2月に記者会見を開き、事故内容をマスコミに報告。続けて同院も記者会見を開催し、事故の概要と原因、事故防止策を発表した。さらに、遺族の要請を受けて、04年11月にはこれまでの検討経過も併せてホームページ上で事故内容を公開した。

 これをきっかけに同院では、広く世間に知らしめるべき内容を含んでいると判断した場合には、あらかじめ患者や遺族の了解を得た上で、ホームページ上で事故内容を公表する事を決定。04年6月に同院で発生した異型輸血事故の内容もホームページ上で公表されている。

 「今後は事故原因の究明にあたり、いかに第三者的な視点を入れられるかどうかが課題」と、前出の藤野さんは話す。

 当初は医師によるコンピューターの入力ミスが事故原因だとされていたが、遺族の訴えをきっかけに事故の経過を追っていった結果、組織上のさまざまな問題点が浮かび上がってきた。事故が起こる原因や背景は、必ずしも単純ではない事がよくわかる。これを機に、過去のインシデントや事故の原因をもう一度調べ直してみてはどうだろうか。新たな発見があるかもしれない。



りんくう総合医療センター市立泉佐野病院の誤投薬事故の経過

年月日 内     容
2002年3月11日 患者(60歳代、女性)入院。
同日より症状緩和の目的で放射線治療を開始。
2002年3月26日 放射線治療終了。
2004年4月9日 化学療法として、タキソールとカルボプラチンを併用した治療計画が立てられ、患者へ投与開始。
第1回目の投薬指示の段階で、主治医はコンピュータによるオーダー画面上で「タキソール」を選択すべきところ、誤って「タキソテール」を選択。患者に「タキソテール」を誤投与。
2002年4月16日 主治医が2回目の投薬準備を行うにあたり、患者の血液検査結果を確認したところ、骨髄抑制の徴候や下痢症状、感染徴候を認め、異常に気づく。誤投与が判明。
主治医は上級医師に連絡するとともに、患者と家族に謝罪。
2回目以降の抗がん剤投与を中止。
2002年4月30日 患者の白血球数が回復。
2002年5月3日 患者の全身状態が急激に悪化。
2002年5月5日 患者死亡。
2002年5月10日 「リスクマネジメント部会」を開催。
2002年5月27日 「医療安全管理対策委員会」を開催。事故の事実関係を確認し、患者の死因はがんであると判断。
2002年10月21日 「抗がん剤取り扱いに関する事故防止対策委員会」を設置。オーダリングの際、2文字検索から3文字検索へ変更するとともに、商品名でなく一般名で入力する方法に変更を決定。
2003年9月 鹿児島大学医学部附属病院で、タキソールとタキソテールの誤投与事故が発生し、患者死亡。
2003年10月 患者遺族から面談希望の連絡が病院に入る。
2004年2月 遺族による記者会見の開催。
病院による記者会見の開催。
2004年6月 「化学療法検討委員会」を設置。
2004年11月 事故内容をホームページ上で公開



りんくう総合医療センター市立泉佐野病院の外観。
関西国際空港にほど近い。