HOME >> コンテンツ一覧 >> 医療安全をとりまく動向ここに注目! >> 「医薬品の表示ラベルの実態と取り違え事故防止に向けた方策」

医薬品の表示ラベルの実態と取り違え事故防止に向けた方策



医薬品の取り違えによるインシデントや事故が後を絶たない。昭和大学病院薬剤部長の村山純一郎さんらは、注射薬アンプル剤(以下、「アンプル剤」)の表示やデザインについて調査し、医薬品の外観と事故発生の因果関係を突き止めようとしている。製造業者間で異なる表示内容を統一すれば、医薬品の取り違えによる事故を減らせる可能性がある。



統一されていない医薬品の外観表示

調査は、厚生労働科学研究班「医薬品の外観に着目した類似性を回避するための情報提供のあり方に関する研究」(主任研究者:村山純一郎さん)によるもので、2004年11月、アンプル剤を取り扱う製造業者や、薬剤師、看護師を対象に行われた。医薬品表示の実態を把握するとともに、薬剤師や看護師がそれらをどう識別しているかを調べ、医療現場で求められる医薬品の表示内容を明らかにするのが目的だ。

製造業者への調査では、計284本(薬効20品目)のアンプル剤を対象に、表示ラベルに使われている色や文字の向き、表示内容などを確かめた。

まず、表示ラベルの色を調べた結果、計15の色が使われていることがわかった。そのうち赤が71本(30.5%)と最も多く使われ、黒が63本(27.0%)と続いた。薬事法では、劇薬の表示は白地に赤枠、赤字と決められているが、73本の劇薬のうち、7本(9.6%)が赤以外の色で商品名が表示されていた。

文字の向きは「横書き」と「縦書き」の2通りあるが、「縦書き」の方が多かった。また、複数の規格(濃度が異なるもの)が存在するアンプル剤の表示について、どのように工夫しているかをたずねたところ、規格文字や帯などの色を変えて、識別出来るように工夫している製造業者が多いことが判明した。この他、規格によってアンプル剤の大きさを変えている工夫例もあったが、全く何の工夫もしていない製造業者も存在した。

薬剤師と看護師に対する調査では、アンプル剤の取り違えや誤使用の経験があるかどうかを質問した。その結果、111人の薬剤師のうち96人(86.5%)、109人の看護師のうち63人(57.8%)が「経験あり」と答えた。また、アンプル剤を認識する際、「デザイン」や「表示に使用されている色」を手がかりにしている薬剤師や看護師が多い一方、表示ラベルについて、「間違えやすい表示である」、「識別しにくい」と考えていることもわかった。

さらに表示ラベルに必要な情報を聞いたところ、薬剤師と看護師それぞれの9割が薬効表示を挙げた。反面、不要な表示として「製造業者の住所」を挙げる人が多かった。さらに、「表示内容や表示位置、色などの規定を作り、統一した方が良い」と回答した薬剤師と看護師は、両者ともに6割に上った。

「今回の調査で、アンプル剤の表示が製造業者によって異なっており、それらが医薬品の取り違えの原因の1つになっていることが示唆された」と、村山さんは説明する。


表示内容の規格化がもたらす効果

中でも村山さんが注目するのは、アンプル剤のワンポイント・カットマークと表示ラベルの位置関係の調査だ。ワンポイント・カットマークは、アンプル剤をカットする際の目印となる丸い印。このマークの中心と表示ラベルの中心の角度を測定した結果、ほとんどのアンプル剤でズレが生じており、マークと表示ラベルの位置関係に特徴的な傾向は見られなかったという。中には約180度ずれているアンプル剤もあった。

「180度と言えば、マークの真後ろに表示があるということ。これでは、いちいちひっくり返してラベル表示を確認しなければならない。もしこの間に他者から声をかけられ、作業を中断すれば、再び確認が必要となってしまう。場合によっては、確認したと思い込んで、アンプル剤をカットしてしまうことだってあり得る。視認とカット動作が同時に行える方が取り違えは少なくなるので、マークと表示ラベルのズレをなくすよう統一してもらいたい」(村山さん)

村山さんがマークと表示ラベルの位置にこだわるのは、理由がある。かつて医療機関から厚労省に提出されるインシデント事例の対策を指導していた際、確認作業が疎かにされている医療現場の実態を目の当たりにしたからだ。

「報告されたインシデント事例を見ると、『確認を怠った』という理由が散見された。その対策として、複数の看護師で医薬品名を確認したり、指さし確認などの方法を挙げる例も多く見受けられた。だが、確認とはいえ、医薬品の何を、どう確認するかという大事なポイントが抜け落ちていた。とはいえ、医薬品の外観にばらつきがある現状では、その確認手順さえ明らかに出来ない。まずは表示の実態を把握し、必要な表示内容が規格化されることが不可欠。そうなれば、医薬品のどこを見て確認すればよいかなど、手順が標準化出来る」と、村山さんは今回の研究に期待を込める。

この3月末には、医薬品の取り違え事故によって、「点滴用キシロカイン10%」が販売中止になるという異例とも言える事態が発生した。同製剤は製薬会社のアストラゼネカ(本社:大阪府大阪市)が販売する不整脈治療薬。濃度の異なる「静脈用キシロカイン2%」と間違えて使用し、死亡事故に至るなど、重篤な医療事故が続いだのが販売中止の原因だ。

アストラゼネカは2001年から4回に渡り、ラベル表示を変更したり、添付文書を改定するなど注意喚起してきたが、その後も事故が続いたため、厚労省や関係学会と協議の上、販売中止を決定したという。この間、医療機関の中には、病棟や外来から「点滴用キシロカイン10%」を撤廃するなど、事故対策を講じてきたところも多い。だが、今回の措置について、村山さんは次のように述べる。

「そもそも点滴用キシロカイン10%は、医療現場でニーズがあるから販売されていたはず。それを事故が頻発するから撤廃、販売中止というのでは、将来的に医療の質の低下にもつながりかねない。医療従事者が識別しやすい医薬品の表示方法を明らかにし、必要な表示は規格化していくことも必要だ」

研究班では、今年度も製造業者や医療従事者向けにアンケート調査を実施するとともに、アイカメラを使って、医療従事者が医薬品を扱う場合の視点を追跡調査する予定だ。これら研究を踏まえ、外観が類似した医薬品を正しく識別するための表示方法などを明らかにし、事故防止につなげていきたいと考えている。

○調査で明らかになった医薬品の表示に求められる対策
薬事法で決められた劇薬(白地に赤枠、赤文字)と、毒薬(黒地に白枠、白文字)の表示方法の統一
ワンポイント・カットマークと表示ラベルの位置を揃える
表示ラベルの記載事項の再検討(薬効、製造業者の住所→製造業者の電話番号など)


○参考資料:「注射薬アンプル剤使用時の誤認防止に向けた表示ラベルの現状調査と改善方策の探索的研究」(昭和大学大学院薬学研究科臨床薬学教室 岩崎久枝著、2004)





製造業者によって、アンプル剤の表示ラベルの色や文字の方向、
ワンポイント・カットマークの位置などにばらつきがある。
(写真提供:昭和大学病院薬剤部)


研究では、ワンポイント・カットマークの位置と表示ラベルのズレの角度を計測した。
マークとラベルの位置にズレがないと、視認とカット動作がほぼ同時に行え、
医薬品の取り違えが起こりにくくなる。(写真提供:昭和大学病院薬剤部)


ワンポイント・カットマークと医薬品名称の記載位置の調査結果
(資料提供:昭和大学病院薬剤部)


「点滴用キシロカイン10%」と「静注用キシロカイン2%」のパッケージ変更の経過。
左から、01年4月にラベル表示が変更された「点滴用キシロカイン10%」、
01年4月以前の「点滴用キシロカイン10%」、
01年4月以前の「静注用キシロカイン2%」、
01年4月にラベル表示が変更された「静注用キシロカイン2%」、
01年8月にラベル表示が変更された「静注用キシロカイン2%」。
(写真提供:アストラゼネカ)


相次ぐ取り違え事故を受けて、
04年1月にラベル表示が変更された「点滴用キシロカイン10%」。
ラベル上部とアンプル剤本体のラベルに注意喚起の文言を追加。
ラベル上部を切り離す際に、注意喚起の文言を確認出来るようにした。
だが、その後も「静注用キシロカイン2%」と取り違える事故が発生したことから、
アストラゼネカは05年3月末で「点滴用キシロカイン10%」の
販売を原則中止した。(写真提供:アストラゼネカ)



昭和大学病院薬剤部長の村山純一郎さん。
昭和大学薬学部の教授でもある。