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スライドで患者の疑問に即応、インフォームド・コンセントの質高める


 患者への十分な説明が医療安全にも資することは論を待たないが、限られた診療時間の中で、患者の理解と納得の得られる説明をどう行うかは医療者が頭を悩ますところだ。虎の門病院(東京都港区、894床)http://www.toranomon.gr.jp/ 乳腺・甲状腺科の鈴木規之医長は、乳がん診療のための説明スライドをパワーポイントで作成。必要情報を漏らさず効率良く、患者1人ひとりに合わせて提供できる工夫を行っている。



■疫学、検査、治療…診察室で漏れなくすぐ表示

 鈴木医長は民間の医療機関ランキングで乳腺・外科部門2位になった日本乳癌学会認定医だ。高評価の理由の1つは、十分で分かりやすい患者説明だった。

 患者説明に使うのは、検査データ等を表示するために置かれた診察台横のパソコンだ。スライドのファイルは「乳がんの疫学」から「検査」「手術」「化学療法」など6つあまり。

「疫学」スライドでは日本の乳がん罹患率、死亡率の推移と世界各国との比較のグラフ、「検査」スライドではマンモグラフィーで見られる石灰化像や超音波像、細胞診、病理標本の画像など、さまざまな資料が展開される。1つひとつは文献や乳癌診療ガイドラインを引けば載っているものだが、必要に応じて提示できる利便性が良い。

「出産していないと乳がんが発症しやすいのか」「肥満は乳がんの発症と関係するか」「婦人科のホルモン補充療法の影響は」「乳がんは遺伝するのか」といった、患者が興味を抱く疑問への回答も豊富に盛り込んだ。説明書きも平易な言葉で書かれ、患者ならずとも引き込まれる。必要な資料はその場で印刷して患者に渡し、家での参考用にしてもらう。

 多くの診療現場では、説明に使われるのは医師の手書き図か文献の写真、パンフレットなどだ。鈴木医長も以前はパンフレットを使っていたが、講演などのように説明スライドを作った方が患者の受けが良い。何より、説明すべき事項を漏れなく、ストーリーにして説明しやすい。

 患者から受けた質問を、次のスライドに追加し活用していけるのも利点だ。「実際、患者さんの疑問に応えていっていたら疫学のファイルができた。日々更新です」と鈴木医長。


■乳がんバブル?外来患者激増の乳腺科

 鈴木医長がスライドを患者説明に応用し始めたのは約3年前。

 それまで外科治療中心だった日本の乳がん診療が、術後補充療法として抗がん剤やホルモン剤、放射線を重視する療法へとシフトし始めた時期だ。センチネルリンパ節生検など新しい概念も導入され、治療の選択肢が急速に拡がった。患者への説明も多様化してきたため、最新の情報をわかりやすく、しかもテーラーメードにして行う必要に迫られた。

 治療法の多様化を追うように外来患者数も急増した。乳がん患者の早期発見・早期治療を進める厚生労働省は2005年春、各自治体の乳がん検診に関して、40歳以上の女性には視触診だけでなくマンモグラフィーを併用するよう推奨。

 定期検診と早期発見への意識が高まった一方、乳がんが発生した乳腺の中にとどまっている極めて早期(病期0期)の非浸潤がんや乳がんでない乳腺症の人も検診で引っかかるようになり、乳腺外来のある医療機関に要精密検査の患者が殺到するようになった。

「10年前に比べて手術件数も多少増加してはいるが、(患者数の増加で)1日あたりの外来時間は倍近くなった。乳がんバブルと言われる状態」と鈴木医長。

 乳腺症や良性のしこりではあっても、がんの不安を抱いた患者には十分な説明が不可欠だ。一度の説明ですべて理解はできなくても、納得できるだけの材料を提供する必要はある。だがその時間の確保が同時に難しくなっている。


■何を説明するかではなくどう説明するか

 鈴木医長の説明スライドは、時間の制約と患者の満足度を満たす方策のひとつだ。ただ、医師が十分な説明を行うことと、患者への対教育効果はまた別の話。

 一般に、医師が行った説明で患者が一度に理解できるのは説明された内容の2、3割とされる。
 時間をかければ良いわけでもない。「1時間かけてじっくり説明するより15分の説明を2回行ったほうがより理解度が高いとする報告もある」(鈴木医長)という。

 だが実際、外来患者に説明のために2度来てくれと言うわけにはいかない。また、すべての患者が綿密な説明を必要としているわけでもない。

「説明のやり方にはまだ改善の余地がある」と鈴木医長。入院や手術前の患者には十分に時間と回数をかけて説明し、納得してもらって同意書へのサインを得る。一方の外来では、患者の背景も考慮しながら必要な情報を要領よく提供していく切り替えが必要だ。

 十分な説明と同意―インフォームド・コンセントは検査や手術、入院などどの医療行為にも欠かせないステップだ。

 本当に患者の納得と理解が得られての医療行為ならば、たとえミスや事故が起こっても医療紛争は理論上回避されるはずである。さらには患者自身が医療事故防止のチェック機関として機能するなど(本コーナーの「患者による薬剤のチェックで取り違えミスを防ぐ」参照)、医療安全の向上にもつながる。

 だが、医療機関としては紛争を恐れるあまり、お仕着せの分厚い資料と“裁判に勝てる”同意書を用意してしまいがちだ。完全無欠の同意書雛形をCD−ROMにした便利本も売れている。

 鈴木医長は、「そうした医療安全対策の進化は正しい方向に進んでいるのか。患者のためという視点が抜け落ちていないか」と危惧し、問題提起する。

「用意された完全な同意書ならば患者に訴えられる頻度は低くなるかもしれない。だが、膨大な紙の資料を患者に与えて『家で読んでください』というのでは、患者の納得は十分に得られない。患者はその資料に対する説明を求めている。医療者は、何を説明するかではなく、どう説明するかを考えるべきではないか」



「乳がんの疫学」ファイル。
欧米、日本での乳癌罹患率などを図表で解説。


診察室のパソコンで検査方法などについて説明。
マンモグラフィーでみられる石灰化像を示す。



虎ノ門病院乳腺・甲状腺科の鈴木規之医長。