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人工呼吸器管理チャート表を医師と看護師で二重チェック


 人工呼吸器をめぐる事故が相次いでいる。背景にあるのは、患者数の増大や機器の多様化、そして在宅療養と入院を行ったり来たりする患者の増加による管理の複雑化だ。入院・在宅あわせて常時80台あまりの人工呼吸器を管理する都立神経病院http://tmnh.jp/(東京都府中市、304床)では、院内に「呼吸器・呼吸療養委員会」を組織。人工呼吸器の管理チャート表などで事故防止をはかるほか、地域医療機関への講習などを通じて在宅療養患者のための安全対策網整備も進めている。



【「能力超えない範囲で」最大限の点検】

 同院は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などで知られる神経・筋難病疾患に多く対応する入院専門病院だ。疾患の特徴から、人工呼吸器装着患者は一般の医療機関に比べ格段に多い。入院で常時25人、在宅管理をする療養患者約100人のうち55人(2005年10月現在)が人工呼吸器を装着している。

 これだけ管理対象が多い状況では、どんなに注意を払っていても不測の事態が起こりうる。実際、在宅療養が普及し始めた1980〜90年頃は「回路接続部のずれ」や「停電後の電力供給不具合」といったアクシデントが続発していた。

 人工呼吸器の安全管理基準を作って日頃から訓練をしておかねば、トラブルが起こったときに最善の対応がとれない―。この危機意識から1992年、「人工呼吸器問題検討委員会」(現「呼吸器・呼吸療養委員会」)を職種横断で組織した。まず検討したのは、同院で備えるべき機器台数や運用方法、責任所在の明確化など。安全に管理できる台数は1病棟あたり上限5台とした。

 日常点検には「呼吸管理チャート表」(表)を機種ごとに作成した。1回換気量や換気回数、気道内圧などの設定条件、モニター、アラーム、回路接続や患者の状態把握などを網羅する内容だ。

 点検は、各勤務帯交代時の1日3回のほか設定変更や調整、アラーム作動時の毎回行う。まず医師が赤ボールペンでチェックしていき、さらにペアを組んだ看護師が別の色で再確認していく。点検1回にかかる時間は3分程度とはいえ、看護師が3人体制になる夜間はかなりの負担だ。患者家族からは、もっと頻回の点検を望む声があるが、「能力を超えない範囲で」(同委員会委員長の鏡原康裕・脳神経内科部長)最大限の安全管理策を講じている。


【機種統一の難しさ】

 人工呼吸器の多様化と管理の複雑化という問題には、使用機種の統一による対策を進めている。機種が少なければ少ないほど、スタッフは機器の扱いに精通でき、トラブル対応にも応用が利きやすい。

 同院では、入院患者は1機種で統一(現在は新旧移行期のため3機種)、在宅療養患者には病院指定の5機種ほどから選んで装着してもらっている。だが、在宅療養患者では、介護家族の負担軽減のため「風邪が治るまで2週間短期入院」ということも少なくない。家では病院指定外の機種を使いたいという患者の“こだわり”もあるため、どうしても院内に複数機種が併用される状況になる。

 また、他院の患者を緊急受けいれする場合などは「初めて見るタイプの人工呼吸器」ということもある。そのたびにスタッフがメーカーに問い合わせて、操作方法を確認することになる。

「人工呼吸器の安全対策マニュアルがあっても、機種が違えば仕様も操作方法も異なる。多機種を同時に看る現場でのリスクを考えると常に不安を抱えている状態」と同院専任リスクマネジャーの戸田佳美氏は管理の難しさを語る。


【緊急時受け皿確保へ、地域ネットワーク構築】

「気管内チューブと人工呼吸器の接続が外れていたが、アラームを切っていて救急処置が遅れ患者は死亡した」「アラームで看護師が駆けつけると人工呼吸器の蛇管が外れていたが、ベッドサイドに救急蘇生の準備がなく処置が遅れて患者は脳障害を起こした」―(日本看護協会、医療・看護安全管理情報No.4より)。最近よく報道される、人工呼吸器をめぐる医療事故例だ。

 同院では幸い、こうした重大な医療事故は起こっていない。だが「アラームで駆けつけたら、気道内圧を一定に保つPEEP(呼気終末陽圧)弁が破損していた」などヒヤリとした経験はある。このときは常時稼動可能にしてあるバックアップ器で事なきを得た。

 気管カニューレと回路の接続部のずれには、患者の状態に応じ、防止策として接続部分をひもで結わえる工夫をしている(写真)。痰吸引や調整の際は少し邪魔になるが、万一接続部がずれても管そのものは外れずに済む。

 スタッフの教育にも力を入れる。新人看護師には人工呼吸器操作だけでなく、機器の原理や仕組みから解説。在宅療養の場合は、介護家族やヘルパーに操作や保守点検のポイント、緊急時連絡先の確保をみっちり指導する。

 ただ、人工呼吸器装着患者では、在宅で緊急事態が発生したとき、機器操作に慣れていない医療機関から受け入れを断られることも多い。同院のような「機器の扱いに慣れた」中核医療機関に患者が集中する背景にもなっている。この打開策として同院が打ち出したのが、「地域医療連携事業」だ。

 具体的には、地域医師会などで人工呼吸器の管理講習会を開き、地域の診療所や保健所、訪問看護ステーションの看護師らに参加してもらう。在宅療養患者のいる地域に緊急時の受け皿となれる医療機関を増やし、ネットワーク化する。事業は2000年末にスタートしており、04年には多摩地区の医療機関4、5か所との連携体制が整った。

 鏡原部長は、「人工呼吸器装着患者が少なかった時代は、専門病院が慎重に管理すれば事故は防げた。しかし、在宅療養の増えるこれからはそうはいかない。介護保険でヘルパーによる痰吸引も広がっており、今後も必ず事故は起きてくる」と、地域での安全対策網の整備を進める必要性を強調する。

 人工呼吸器では、万一の不具合が生命の維持に直結する。トラブルが起きたとき、患者の生命に危険が及ぶ前に対処するためには、安全管理体制の裾野を広げることが不可欠だ。人工呼吸器管理のさきがけとして、そのための取り組みを始めている。

人工呼吸器管理チャート表。ダウンロード。
機種ごとに項目は異なる。
チェックを始めた当初は20項目程度だったが、現在は39項目に増えた



気管カニューレと回路のずれ防止。
接続部分を綿紐で結わえている(都立神経病院提供)



鏡原部長と戸田リスクマネジャー