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第31回:「医療現場にナラティブという視点を導入する意義」



富山大学保健管理センター長・教授 斎藤清二氏
     
 医師と患者のコミュニケーションに関するテーマは、今までもいくつか取り上げてきたが、今回はナラティブ・ベイスト・メディスンに注目して、医療の安全を考えてみたい。スペシャリストとして富山大学保健管理センター教授の斎藤清二氏を迎え、なぜ今NBMなのか、実践のポイント、医療の現場にナラティブという視点を導入する意義、について伺った。(取材日;平成16年9月15日)





■なぜ今NBMか〜医師も患者もある意味で報われない時代〜

 現代の医学は、いくら良い医療を行なっても、患者さんの満足度がなかなか上がらないというある意味報われない状況にあります。科学的に正しい医療をしたからといって必ずしも患者さんが満足するとは限りません。患者満足度は科学的な正しさとは別のレベル、関係性にも大きな影響を受けるのです。

 治療は成功したけれど患者さんは不満である、これでは患者さんも不幸ですが、医療従事者も不幸です。努力が報われていません。せっかく頑張って、科学的に正しいと思われていることを一生懸命に行なっても、患者さんの満足が得られず、医療従事者が自信を失っているというのが現状です。

 そこで、こうした点を汲み取って医療を考えていこうというのがナラティブ・ベイスト・メディスン(Narrative Based Medicine:物語りと対話に基づく医療。以下NBM)です。対話を通じて良い関係性を作っていくために、物語りに注目すると、非常に役に立つという考え方です。患者さんと良い関係ができていれば問題は起こりにくい、これは当然のことです。しかし現代は、敢えてこのことを言わなければならない状況にあるのです。では、対話を通じて良い関係性を作るとは、具体的にどういうことでしょうか。次に実践のポイントについて考えてみましょう。


■NBM実践のポイント

(患者の語りを引き出す)

 NBMを実践する上でのポイントは、患者さんの語りを引き出すことです。出会いの時に患者さんが語るのを援助する。語り出したら、遮らずにまるごと受け止める。いちいち「それは違う」と言わない。「なるほど、〜ということですね。それで?」と聞いていきます。
 例えば「頭が痛いし、腰も痛いのです。最近、姑がむちゃくちゃ言うものだからヒドイ目にあって…」と言われたときに、「いや、姑さんは関係ないでしょう。で、いつごろから痛むのですか?めまいはしますか?」と遮れば、患者さんはそれ以上語れなくなってしまいます。
多くの患者さんは苦しいわけですから、大体において語りたがります。病院に来て黙っている人というのは、前に話した時にヒドイ目にあったとか、余程の理由があるからで、通常はどういう風に苦しいのか話したいものです。そうでなければ病院には来ません。だから医師はその話を引き出してあげるのがよいのです。

(無知の質問)
 もちろん、ただ聞いているだけではなく、上手に質問していくことも大事です。質問には二種類あります。
 ひとつは「学校の先生のような質問」です。つまり、答えが予め先生の頭の中に用意されていて、正解を答えるかどうか試している質問です。答える方は、試されているわけですから、正しいことを言わなければいけない、と警戒します。ですから自由に語れません。
 もうひとつは自分が知らないから聞くという「無知の質問」です。例えば患者さんが「頭が痛い」と言った時に、「最初に頭が痛くなった時はどんな感じだったのですか」と聞きます。患者さんの体験は患者さんにしかわからないことなのです。すると患者さんは、教えてあげなければ、という気になって話します。「何でもいいですから、頭が痛くなるきっかけになった、思い当たることはありますか」という質問も、患者さんにしかわからないから聞くという「無知の質問」です。医師が「きっと〜に違いない」と先入観を持って試して聞くのは、無知の質問ではありません。

 相手の話を聞きだすコツのひとつは「こちらが知らないから聞く」という形で聞くことです。どんな風に具合が悪いか、何を望んでいるか、何を心配しているかわからない、だから聞く。初期の段階で、医師の知らないことを患者さんにできるだけ語ってもらう。そのために無知の質問を使う。語り出したら医師から途中で変なコメントはしない。話題を変えない。「頭が死ぬほど痛いんです」という訴えに、「頭痛では死にませんよ」などと答えたら、そこで会話が遮られてしまいます。否定しないでそのまま聞く。これがNBMの重要なポイントです。 

 ただ、口で言うのは易しいですが、これが結構難しいのです。なぜでしょうか。

(医療者の考え方を柔軟にする)
 それは医師の側に、これはきっと〜に違いない、という物語りがあるからです。医師は、患者さんが間違っていると思えることを言い出したら、聞き続けることができなくなります。こちらの考えと違うことが出てきた時に、私は専門家だから正しい、と黙っていられなくなるからです。しかし、一度その思いをストップして、医師の方も柔軟になって患者さんの訴えていること、考えていることをもう少し聞いてみようという姿勢をとるといいのです。

 例えば、糖尿病の患者さんから「薬の代わりに健康食品を飲んでいる」と言われたら、カーッとなってそれ以上聞けなくなります。医療者側には、糖尿病には正しい治療法があって、健康食品などとんでもないという信念があるからです。もちろん正しい知識がなければ困るのですが。しかし、「どんな健康食品を飲んでいるのですか」「どんな感じですか」「それで何か困っていることはありませんか」というように聞いていくこともできるはずです。
 患者さんは健康食品の物語りを話したい。一方で、医師はインスリンの物語りで話したい。こういう時に、どちらが正しいかではなく、今どんな物語りを語っているかに注目して話を進めていく、これがNBMを実践するということです。

 医師が狭いものの見方しかできず、「私の言うことを聞けないなら、もう来なくていいですよ」と言ってしまうと、患者さんとの関係が最悪になってしまいます。
 仮に正しいことを言っていても裏目に出ることはいくらでもあります。ましてや、どちらが正しいかわからないときに、医師があまりにも断定的なことを言って裏目に出たら「先生が間違ったことを言ったから悪くなった」と逆に追及されかねません。そういった形で関係を悪くすると、いいことがありません。

(物語りの多様性)
 医療者の考え方を柔軟にするということは、物語りの多様性につながっていきます。ひとつのことを説明するのに1通りの説明しかないわけではありません。
 よく例に挙げられるのが風邪を引いた理由の説明物語です。ある患者さんは「昨晩冷えて寒かったから」という気温で説明し、医師は「風邪はウィルスが原因」と言うウィルス物語で説明する。一方で「いや、根性が足りないから引いた」という根性物語で説明する人や、「試験が終わって気が抜けたから」と説明する人もいます。
 科学的には、風邪は外からのウィルス感染が原因とされていますが、インフルエンザではない一般の風邪はもともと人間の中にあったウィルスが暴れだすという考え方もあり、むしろ今はそちらの方が正しいのではないかとさえ言われています。すると体内の免疫の変化が関係してくるわけです。免疫は、一般的にはストレスや人生の節目のようなときに変わると言われています。こう考えると、根性物語や、気が抜けたから風邪を引いたという説明の方が正しい可能性もあるということになります。

 風邪のような場合は複数の説明物語があってよいとしても、癌で治療をするか否かという深刻な話では、ひとつに決めなくてはいけないような気がします。例えば、抗がん剤を使うのがいいのか、放射線治療がいいのか、あるいは手術を行うのがいいのか、という問題が常にあります。極端なことを言うと、何もしないで痛み止めの薬を飲んでいるだけの方が幸せで満足度が高くなる可能性だってあるのです。そこに、患者さんの価値観、主観が入ってくるからです。癌の治療という非常に重要な問題であっても説明は1つではないということです。ですから、「あなたは手術するしかない、それがいやなら帰りなさい」というような対応はそもそも間違いです。「それぞれの方法に意味がありますが、どうしましょう、あなたはどう思いますか」という形で対話をしていくことです。もちろん医師が十分に情報を提供するということが必要です。しかし最終的には、どちらかというと患者さんが選ぶことになります。といっても「あなたの命だからあなたが決めなさい」では突き放しているような感じがします。あくまでも患者さんと一緒に考えていくという関係性が大事です。「どれを選んでも一長一短。それぞれに意味があるのですから、あなたが選んだものに私は最後までお付き合いしますよ」という姿勢が大切です。

(NBMの基本プロセス)
 NBMの実践は基本的に次のようなプロセスになります。
  1. まず患者さんからの話に耳を傾けて聞きます。患者さんに出来るだけ語ってもらい、まるごと尊重するような聞き方をします。
  2. 無知の質問をしながら、患者さんの物語を確認していきます。
  3. 医師の考え方を柔軟にして、物語りの多様性を認めます。
  4. 医師の物語りを伝えます。一般的に「鑑別診断」「臨床判断」と呼ばれる過程に近いものです。
  5. 最後に、患者と医師の物語りをすり合わせ、とりあえず今日のところはどうしましょうかという話をします。もちろん、その時に判断を下すこともありますし、今回は決められないので1週間後にしましょうということもあり得ます。
 大体このようなプロセスが基本で、必ずしもこの通りにしなければいけないというわけではありませんが、これと甚だしくずれているとうまくいきません。


■医療の現場にナラティブという視点を導入する意義

 NBMは最近注目されていますが、なかなか定着しません。理論や実践的な方法が整理されていないため、心情としてはわかるけれど実際には出来ないというのが現状です。
 NBMは古くて新しいものだと思っています。ある程度理解していただければ、医師の方は大抵「それはそうですよ。前からわかっていますよ。自分もその通りやってきました」と言ってくれます。決して、今までと全く別のことをやっているわけではないからです。
 元来、医師は患者さんから話を聞く職業です。患者さんに聞かなければ患者さんのことはわからないのですから。それが途中でどこかおかしくなってきた。医学教育の問題もあるでしょう。医師は科学的に何でも知っていなければいけないというプレッシャーが強すぎます。だから、本当は患者さんに聞かなければ何もわからない、ということを自覚しにくいのです。大多数の患者さんの症状は、そんなにはっきりしたものではありません。それなのに、即座にしかも科学的な解答を出さなければいけないようなプレッシャーにいつも晒されているのです。わからないから患者さんに聞いてみようとか、どうしたらよいか自信がないから患者さんと相談してみようというように、なかなか頭を切り替えられないのです。でも実際やってみると、そっちの方がずっと楽なことが多いのです。

 NBMはこれを使えばすぐに効果があるという特殊なテクニックではありません。かなり地味な作業です。わからないところは患者さんに聞いて、お互いに対話しながらとりあえずどうしますか、というところに焦点をあててやっていくのが一番現実的です。正しいかもしれない物語りはたくさんありますし、そのどれもが正しいということもあります。その時に一番使いやすいものを、医師だけではなく、患者さんと一緒に選ぶ、と考えると楽になりますし、実際に医療の効果も上がるのです。

 NBMは、患者さんとの良い関係を継続的に作っていくのに役立つものです。常に対話できる良い関係であれば、情報もたくさん入ってきますから、診断ミスをする可能性も減ります。情報交換が上手くいけば、「この薬を飲んだらかえって調子が悪くなった」「では変えましょうか」ということもスムーズにできます。安全面に関してトータルで言えば、危険が発生する確率を明らかに下げると思います。ここに、医療の現場にナラティブという視点を導入する意義があります。


 真実はひとつ、白黒はっきりさせたいというのは、人間の本性として少なからず誰にでもあるものだ。医師という専門家となると、その思いはますます強くなるのであろう。しかし、考え方を柔軟にして、患者さんの語る物語りの多様性を認め、わからないから患者さんに聞くという「無知の質問」をして、プレッシャーから解放されてみてはどうだろうか。NBMの実践で、医師も患者も報われる時代をめざしたい。

【参考データ】
事務局にて、公表されている患者満足度のデータを調べてみた。参考までに下記に掲載する。

病院に対する全体的な満足度
出典:「受療行動調査」厚生労働大臣官房統計情報部編 厚生統計協会

(外来患者)
満足 不満
平成8年 48.1 5.5
平成11年 52.5 5.9
平成14年 48.4 7.5

(入院患者)
満足 不満
平成8年 53.7 5.7
平成11年 56.0 6.2
平成14年 54.3 7.1