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第46回:「災害イマジネーション能力を高める」



 東京大学教授 工学博士 目黒公郎氏 (都市震災軽減工学)
     
 わが国は地震活動度の高い時期を迎えている。近い将来に、大規模な地震の起こる可能性が非常に高くなっている。医療安全に取り組む上では、医療施設をいかに安全に管理するかも課題だ。そこで、今回のスペシャリスト東京大学教授の目黒公郎氏に、大規模震災対策として、目黒メソッド、事例紹介、今後の課題を柱に話を聞いた。(取材日:平成17年12月27日)



(1)目黒メソッド
(イメージできないことに準備はできない)
 私が、防災において災害イマジネーション能力が大切だと認識しはじめたのは、兵庫県南部地震の被災者や災害対応に当たった人たちと話をしたり、彼らの手記を読んだりしていたときのことです。彼らが口々に言っていたことは「先が見えない、不安だ、次に何をやったらいいのかわからない」というものです。これでは、マラソンを走らなければならない人に100メートルダッシュを繰り返し強いるような状況になります。先が見えないので、適切なエネルギーの配分もできません。常に全力疾走ですから、精神的にも肉体的にも疲弊してしまいます。先が見えるということは非常に重要なことです。イメージできないことに対する心構えや準備は無理なのです。

(イメージを形にする)
 災害状況を具体的にイメージする支援ツールとして「目黒メソッド」というものを考案しています。目黒メソッドとは、地震発生からの時間経過に伴って自分の周辺で起こることがらや自分のすべきことなどを具体的に表に記載することによって、自分が直面する災害状況を具体的にイメージしてもらうものです。発災の時刻や自分のいる場所、季節や天候などによって状況が大きく変化することに気づいてもらうことがポイントです。
 まず、横軸に地震発生後の時間経過を「3秒、10秒、30秒、1分、2分…、○時間…、○日…、○週間…、10年後」のように記入し、縦軸には一日の時間と時間帯別の行動パターンを書いた表を用意します(図表1参照)。行動パターンにはもっとも典型的な一日の行動を記載してもらいます。そして、各行動パターンの時間帯に震度6強や震度7などの激しい地震の揺れに襲われたと仮定し、横軸に用意した地震発生からの時間経過の中で、自分の周辺で起こると考えられる事柄を具体的に書き出していきます。これは大変な作業で、適切な状況を記載できる人はほとんどいません。政治家や行政、マスコミや一般市民、そして専門家も含めて、社会の様々な立場の人々の災害状況をイメージする能力が低く、これが適切な防災対策が進まない本質的な原因なのです。

 一定規模以上の地震では災害対応の期間は長期化します。2ヵ月後、3ヵ月後、半年後にやらなくてはいけないことは何か。この内容は、地震発生の季節によって当然変わります。さらに言えば、長期化する災害対応業務は、年中行事と合わせて行わなくてはいけないわけです。例えば行政職員であれば、議会対応、予算組みなども関係します。言われれば当たり前のことなのに、そこまで考えが及ばないのです。
 自分や家族が被災したり、死傷したりする状況もイメージできない人がほとんどです。健常者であると思っているあなたが、コンタクトレンズやメガネを紛失してしまったら、腕や足を骨折してしまったならば、その瞬間から災害弱者になってしまう状況を認識できないのです。私は防災においては、「健常者=潜在的災害弱者」と訳してものを考えるべきだと主張しています。健常者である自分が、実は今、たまたま災害弱者でないだけの存在と考えることで、見えてくる世界が変わるのです。大学院やゼミの学生たちには、目黒メソッドをやる中で自分が死んでしまう状況では、そこで作業をやめるのではなく、記載をそのまま続けさせます。自分の死を家族をはじめとする周辺の人たちがどのように受け入れてその後の生活をしていくのかを表に書かせるのです。そうすることで、彼らは自分が周りからどれほど大切にされているか、多くのサポートを受けて生きているのかを認識します。そして自分が死んではいけない存在であることに気づき、自分でできる対処を始めるのです。

 医療機関の防災を考える上では、自分の医療機関のある場所が、地域の中でどのように評価されているかを知っておくことが重要です。想定されている被害量、避難所までの距離、火災の可能性、自分の医療機関にどれくらいの患者さんが来る可能性があるか、そして自分たちが被災する可能性、すなわち自分の住宅と職場の耐震性と現在の防災対策の状況、これらの内容を事前にわかっていないと対策を立てることは無理です。
 このような作業を、個人で、家族で、そしてグループでやって欲しいのです。

(地震発生までにやるべきことを洗い出す)
 地震の発生から始まる図表1を埋められるようになったら、今度は逆に、図表2を使って地震発生までの時間の利用法を考えてみてください。地震によって引き起こされる様々な障害を最小限に食い止めるために、地震前に与えられた時間をどう使うべきなのか。それぞれの時間帯に何をしておくことが重要なのかがわかります。今までの防災は、「地震が起こった。さあどうしますか?」「Aをやってください、Bをやってください、Cはしてはいけません」的なことばかり言ってきましたが、それでは効果的な防災対策は実現しませんし、被害を減らすこともできません。当然ですが、地震直後に対応できる時間よりも、地震が起こるまでの時間の方がはるかに余裕があるのです。「グラッと来たら何をやれ」ではなく、「グラッと来た時になるべく何もしなくてすむ」ための事前対策を実施しておくことが重要なのです。
 災害イマジネーション能力があると、事前にその能力に基づいて現在の自分の課題が認識できるので、具体的な事前対策を考え実施することが可能となります。また発災時には、時間経過に伴って自分の周辺で起こる状況を時間先取りで認識できるので、それぞれの時点で何をすればその後に自分が直面する災害状況を改善できるかがわかり、適切な対応が可能となるのです。


(2)事例紹介
(先が見えないために無駄な努力をしている)
 災害発生時に良くみられる炊き出しの風景。おにぎりだ、豚汁だ、さあ食べなさいと。しかし、首都圏ではそんな広場もないし、大勢が一箇所に集まってきても困るわけです。お米のご飯は温度管理が難しい食べ物の代表であり、大量輸送にも不向きです。しかも足が速い。さらに言えば、人手がないときに一生懸命作ってふるまった炊き出しがトイレの問題を深刻にするのです。地震の後はライフラインが止まります。水が流せないのでトイレは使えません。仮設トイレが整備される前に、皆で努力してトイレの問題をより深刻にするような状況を作っているのです。現在は栄養価やエネルギー効率が高く、しかも排泄物の少ない食料がたくさんあります。多くの被災者には直後はこの種の食料で凌いでもらい、トイレの準備が出来てから、普通の食べ物にシフトしていく、というようにすべきです。先が見えないがために、厳しい状況下で努力した結果として次の問題を生む、ということを平気でやっているのです。

(死亡順位)
 災害で人が亡くなることは非常につらいことですが、さらに様々な問題を生むこともあります。家族の中で複数の死者が出てしまった場合、普段は気にしないことですが、どの順番で亡くなったかがものすごく重要になってきます。死亡の順番次第で遺族の間に遺産相続問題が起こるからです。「倒壊家屋の下から父親の声が最期まで聞こえていた」という生存者の話から法的に判断することもありますが、医師は出来る限りの科学的知見で、医学的根拠に基づいてそれぞれの死亡した時間を判断するしかありません。

(劇薬の管理)
 金庫は家の中にあってこそのものです。この話は泥棒にヒントを与えるようなものなので、一般的には報道されていませんが、建物が崩壊したり、延焼したりすると、耐火金庫もむき出しで放置された状態になります。医療機関内にある劇薬類も同様です。通常は厳重な管理下に置かれて持ち出せないわけですが、建物が甚大な被害を受けた状況では、話はまったく違います。こういうものの管理をどうすべきか、これは建物の耐震性や防火性を高くしない限り難しい問題です。

(地元医師と支援医師)
 被災地の開業医や医療機関と外から医療支援で入ってくる医療機関との関係も難しいものです。この関係は、無償で配布される救援物資と地元商店との関係に似ています。無償の救援物資は被災者にとってはありがたいわけですが、長期にわたる支援は地元商店にとっては商売の妨げです。同様に、外から支援に来た医療組織が被災地からどの時点で引き上げるかは、重要な問題なのです。適切な引き上げ時期を判断する能力が問われます。


(3)今後の課題
(リアルタイム地震情報の利用)
 地震による地面のゆれを地震動と呼びますが、地震動には伝わる速度の異なる3種類の波(揺れ)があります。通常上下動として感じるP波と、地震被害の主原因となる水平の成分を持つS波、高層ビルや大きな備蓄タンク、長いつり橋などに影響を及ぼす表面波の3つです。現在、わが国には多数の地震計が高密度に設置されているので、地震が起こるとすぐに最寄の地震計がP波を観測します。現在の技術では、P波を観測してから、約4秒後には、そのP波がどこに発生したどの程度の大きさの地震によるものかが評価できます。その時点では、まだ激しい地震動(主にS波)が到達していない地域も多いので、それらの地域の人たちには「あなたの地域は、○○秒後に、震度△で揺れます」という情報を流すことができるのです。この情報を「緊急地震速報」とか「リアルタイム地震情報」と呼び、地震被害を軽減する強力な武器になるものと期待されています。ただし、一方で誤った利用により被害が増大する恐れもあることから、その活用法は慎重に協議されています。
 REIC(リアルタイム地震情報利用協議会 http://www.real-time.jp/)という法人があります。REICは気象庁と協力して、事前の契約(不特定多数に情報を配信しない、自己責任で利用する、利用目的を明らかにする)に基づいて、特定の人たちに情報を提供する試みを始めています。医療機関にとってこの情報は、非常に貴重な情報といえます。様々な工夫によって、災害時の病院内での医療事故の防止や、各種の被害を大幅に軽減できる可能性が高いのです。私もREICで技術評価委員会のまとめ役をしていますので、ご興味があれば、ぜひ一緒に研究をしましょう。

(防災マニュアルのあり方)
 マニュアルは何が書いてあるかを学ぶ以上に、何故そこにそれが書かれなければならないのかの背景を学ぶことが重要です。背景を学ぶためには、お上指導型のマニュアルをそのまま利用するのではなく、当事者たちが自分の組織や地域の問題を把握しながら、それらを解決する手段としてマニュアルを自分たちで整備し、それを繰り返し見直していくことが重要なのです。よく「災害時に使えるマニュアルを」と言われます。しかし、マニュアルの究極の目標は、そのマニュアルが必要となる時間までに、そのマニュアルを必要としない人間をどれだけ作れるかにあります。現在は、マニュアルにさえ従っていれば後で責任が問われなくてすむ、というものになりがちです。それでは後手後手になってしまうのは当たり前です。上でも述べたように自分たちでマニュアルを作成する中で、時間帯別の目標を共有し、事前にトレーニングを受けている人たちを対象として、その目標を達成するために行ったことは、その行動の責任をマニュアルが保障する。つまり後で、とやかく攻め立てるようなことはしない、という状況になっていなくてはいけないのです。有事には想定外の様々なことが起こり、予定通りの行動ばかりでは対応できないわけですから。しかし有事だからといっても「これだけはやってはいけない」ということを決めておくことを忘れてはいけません。
 災害対応業務は、被害の量や質が変われば当然変わるので、マニュアルには災害状況をシミュレーションする機能を持たせることが重要です。自分たちの医療機関の周辺の被害の状況が変わったときに、自分たちのやらなくてはいけない内容がどう変化するか、いろいろな視点で事前にシミュレーションしておくことで、想定外の状況下での対応力も改善されます。異なった地域や発災状況の過去の災害経験や教訓の有効活用もはかられるのです。
 防災マニュアルを取り巻く以上のような課題を解決する目的で、私は次世代型の危機管理/防災マニュアルを開発しました。このマニュアルは、現在のマニュアルがいかに不備かを自己評価できる「マニュアルの自己評価機能」、ユーザが自分の立場、時間、空間、目的などに応じて、自由自在に自分のマニュアルをその場で編集できる「目的別・ユーザ編集機能」、当事者たちが自分たちでマニュアルを作成し、気づけばそのマニュアルがどんどん進化していく「当事者によるマニュアル作成・更新機能」、災害状況によって変化する対応業務や事前対策の効果を評価できる「災害シミュレーション機能」などを有しています。

(あなたの家や施設は大丈夫か?)
 現在、世間を騒がせているマンション耐震強度偽装事件。これは非常に残念な出来事ですが、地震発生時に激しい揺れが襲うのは、問題となったグループが関わったマンションだけではありません。数の上では、その1万5千倍以上の150万棟もの集合住宅の耐震性が不十分なのです。より問題の深刻な戸建住家までを含めると、その数はさらに1000万棟増えます。これらの建物は、建設当時は基準を満たしていたが、基準の改正に伴って基準を満たさなくなったり、経年劣化によって、基準を満たさなくなったりした、いわゆる既存不適格建物と呼ばれるものです。耐震性偽造マンションを購入してしまった人々を気の毒だと思っているあなたの建物の耐震性の方が実はもっと低く、地震の際に倒壊する危険性が高い可能性も十分あるのです。その意味では、残念ではありますが、この事件で高まった市民の耐震性に関しての意識を、既存不適格建物の建て替えと耐震補強の推進に向けていきたいものです。マスコミも、耐震性に問題のある建物が、今盛んに議論されている耐震強度偽装マンションの10万倍以上存在することにもっとフォーカスをあてるべきです。

(さいごに)
 将来の災害を減らすためには、過去の災害からの教訓を一般化、総合化、普遍化することが必要です。条件が変わったときにどうなるか、兵庫県南部地震の発生時刻が早朝の5時46分ではなくて昼の時間帯や朝夕のラッシュアワーであれば、季節が真冬の1月17日ではなくて真夏であったらどうだったか、など見えなかった事実をどれだけ見ることができるか、その能力が問われています。
 災害の様相は自然環境特性と社会環境特性から決まる対象地域の地域特性によって大きく変化しますし、起こる季節や曜日、発生時刻によっても大きく変化します。まったく同じ災害はないわけです。しかし過去に災害の経験がある人と、全く経験のない人とでは、災害に直面した場合の対応力が異なります。災害大国日本とは言っても、時間と地域を限定すれば、多くの人々が災害を直接体験することはできません。だとすれば、他の地域で起こった災害や他の人が体験した災害を、自分の地域や自分の問題として疑似体験できる環境を整備することが重要です。そのためには、過去の災害のデータベースの整備と、異なった条件下での災害状況を再現するユニバーサル災害環境シミュレータの整備が不可欠です。私の研究グループでは、こういった研究もしていますので、ご興味があればぜひHP等をご覧ください。上で説明したような環境を整えることで、インタビューの冒頭でも述べた災害状況イマジネーション能力が向上するのです。医療機関でもそのような努力をしていくことが重要だと思います。

【参考資料】
○「東京直下大地震 生き残り地図―あなたは震度6強を生き抜くことができるか?!23区の倒壊・火災・避難危険度がひと目でわかる 」
ISBN:4845109387  123p 30cm(A4) 
旬報社 (2005-09-01出版)
[A4 判] NDC分類:369.31
販売価:\1,260(税込) (本体価:\1,200)

○目黒研ホームページ Meguro Lab( http://risk-mg.iis.u-tokyo.ac.jp/index2.htm )
 ―目黒メソッドの説明や記入用紙はこちらのサイト内からダウンロードできます。


図表1「地震の発生時刻によって、周辺で起こる事柄が変わる」





図表2「直前に何をすることができるか?」





(取材を終えて)
 何事もイメージできなくては対策がたてられない。まずは、目黒メソッドで表を作成してみよう。すぐには書けないかもしれない。しかし、「書けないということがわかることが最初の重要なポイントです」と目黒先生は語ってくださった。2006年は、災害イマジネーションのトレーニングからスタートしてみてはいかがだろうか。