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第18回日本高齢者虐待防止学会足立大会、教育講演 「高齢者のアルコール依存症〜治療の実践から」

高齢者のアルコール依存症は
放置せず、積極的に治療・支援を

和気浩三 精神科医師、医療法人和気会新生会病院院長

和気浩三氏

和気浩三氏

コロナ下の自粛生活で、アルコール依存症患者が急増したという。高齢者のアルコール依存症は治療困難と考えられがちで未治療者が多かったが、救急搬送されるなど地域医療にも影響が出ている。2022年9月10日、第18回日本高齢者虐待防止学会足立大会では、高齢者のアルコール依存症治療に取り組む和気浩三氏が講演を行った。

アルコール依存症の治療ギャップはなぜ生まれるのか

アルコール依存症は約100万人の患者のうち、専門機関で治療を受けている人は4~5万人と言われている。予備軍を含め、ほとんどの人が未治療、介入がないのが現状だ。

このような治療ギャップはなぜ生まれるのか。

要因の一つは、アルコール依存症について正しく理解されていないことである。アルコール依存症になるのは、だらしない人、意志の弱い人で自業自得であるという認識が社会全体に残っている。実際にはアルコール依存症はアルコールを飲んでいる限りはだれでもかかる可能性のある病気であり、アルコール依存はその人が抱えている問題、さまざまな生きづらさに対する自己治療であるという視点を持ち、患者に接する必要がある。

受診者が少ない原因としては、精神科受診へのハードルの高さがある。精神科はどんな所かわからないという不安を持つ人が多い。

当院でも、入院予定の患者が来院してから「絶対入院しない」ということがよくある。しかし、病棟を案内してから診察すると「ここなら大丈夫そう」と安心することが多い。ちなみに当院は病棟の横にグラウンドがあり散歩やラジオ体操などができる。病棟は開放病棟で、病室は基本4人部屋だがカーテンはない。アルコール依存症が進行すると、孤独で何年間も笑ったことがない方もいるため、患者同士でコミュニケーションをとってもらうためだ。楽しい入院生活が依存症からの脱却の第一歩という考え方で、去年は院内にトレーニングジムを作り、好評である。

治療ギャップの要因として、アルコール医療に携わる側のエイジズム(年齢差別)も挙げられる。私自身、20年ほど前までは「高齢者にはアルコール依存症の人は少ないだろう」「高齢で治療しても治らない」と考えていた。一般社会にも「年だから飲酒ぐらいいいじゃないか」という考えある。これはある意味で高齢者に対する「ネグレクト」である。実際には高齢のアルコール患者は多いが、高齢者は治療反応がよく、多くの方がアルコールをやめている。保健医療の関係者はエイジズムを捨て、高齢者のアルコール問題に真剣に取り組んでほしい。

高齢者のアルコール問題の特徴

国民健康・栄養調査(2021年)で「生活習慣病のリスクを高める量を飲酒している者の割合(20歳以上、性・年齢階級別、全国補正値)」を見ると、男性は40代、女性は50代の中高年に一番多くなり、60代、70代になるとだいぶ減ってくる。一般的に見ても高齢者は飲酒頻度や量が下がってくると言える。

しかし、高齢者のアルコール問題が減るわけではない。若年者と高齢者では体内の水分量が違う。高齢者は肝臓の代謝能力も落ち、中枢神経のアルコール感受性が亢進するため、少量の飲酒でもアルコール血中濃度が上昇し、酔いやすくなる。その結果、高齢者は若年者よりも失禁、転倒、暴言など酒の影響が出やすい。

アルコール依存症で入院する患者の状態は、高齢者医療の中で言われる老年症候群に非常によく似ている。

老年症候群では負のスパイラルとして、加齢、認知機能の低下、身体機能障害、移動能力の低下といった共通のリスク要因から食欲低下、転倒、失禁、うつ症状などが起こりやすい。アルコール依存症の患者も家に閉じこもり飲酒時間が長くなると食欲が落ち、足腰が弱り、杖歩行、寝たきり状態になり病院に搬送されることがよくある。

高齢のアルコール依存症患者が要介護状態となり入院・施設入所、あるいは亡くなることもあり、老年症候群の負のスパイラルを酒が加速させている事例は非常に多いと感じている。

当院の65歳以上の患者を対象にした調査でも、老年症候群の傾向が顕著だった。インテーク(初回面接)で症状を聞くと転倒が47%。失禁23%、物忘れ51%などとなり、幻覚・妄想、暴言、粗暴行為などがあった。激しい暴力の背景に嫉妬妄想が隠れていることもあり、意外かもしれないが、高齢の患者に妻に対する嫉妬妄想が多いという印象がある。

生活習慣病のリスクを高める量を飲酒している者の割合
生活習慣病のリスクを高める量を飲酒している者の割合
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高齢者のアルコール問題 㲈 老年症候群
高齢者のアルコール問題 㲈 老年症候群
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アルコールが要因となる「アルコール関連認知症」

アルコール関連認知症の要因
アルコール関連認知症の要因
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高齢者は若い人と同じように酒を飲んでいても、脳へのダメージが大きく、認知症を発症する患者が多くなる。これは「アルコール関連認知症」と診断されるもので、多量飲酒による様々な病態から、二次的に認知症を発症する。

その代表的なものが、多量飲酒で食事をとらなくなり栄養障害を起こすというもの。特にビタミンB₁(チアミン)の欠乏によるウェルニッケ脳症とその後遺症としてのコルサコフ症候群が知られている。

ウェルニッケ脳症はビタミンB1不足により、脳幹部に微小な出血が起こり、眼球運動障害、意識障害などの精神状態の変化、失調性歩行などの症状が急激に出現する。発症直後にチアミンを大量に点滴すれば回復するが、見逃すと死亡することもある。さらに記憶障害や失見当識、物忘れを取り繕うための作り話などを特徴とするコルサコフ症候群へ移行し、回復困難になる。

アルコール依存症で認知症を疑うような症状が出ている場合、診断では3つの可能性を考える。

  • 酔っているために認知症に似た症状が出ている例。この場合の記憶障害は、ブラックアウト(アルコール依存症患者によく見られる酩酊時の記憶の欠落)によるもので、お酒が抜けるとしっかりする。このような患者の中には認知症の専門外来でアルツハイマーの診断を受け、認知症の薬を飲んでいる例も珍しくない。
  • 様々な原因から起こる「アルコール関連認知症」である例。この場合は飲酒をやめ続けることである程度、症状の改善が見込め、広い意味で治療可能な認知症ということができる。したがってより一層、早期発見・早期治療の意味がある。
  • アルツハイマー型認知症など本物の認知症を併存している例。この場合、飲酒により認知症の進行が早まる。

いずれにしても、酒をやめるということが認知症の診断、状態像の評価、治療において大事なポイントになる。

認知症におけるアルコール関連認知症の割合

認知症患者の中のアルコール関連認知症の割合を調べた調査は日本にはないが、数年前にフランスで出た論文(注)によると、フランス全土の病院で認知症の診断がついた患者のうち、男性では16%がアルコール関連認知症だとわかった。

また、65歳以下で発症した認知症では6割から7割がアルコール関連という結果だった。アルコール依存症があると、認知症のリスクが3倍に増え、若年性認知症の場合は半数以上がアルコールに起因する認知症であることがわかった。

65歳以上発症の認知症
65歳以上発症の認知症
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臨床現場の実感としても、アルコール関連認知症患者は多いと感じる。認知症は70代以降に増えるが、60代から認知症の診断がつくような方がたくさんいる。

(注)Contribution of alcohol use disorders to the burden of dementia in France 2008-13: a nationwide retrospective cohort study.
Schwarzinger M, et al. Lancet Public Health. 2018. PMID: 29475810

高齢者に見られるアルコールの悪影響

高齢者の不適切な飲酒は、老年症候群、認知症以外にも高齢者の健康に様々な影響を与える。過度な飲酒が続くことで、肝障害、糖尿病、心疾患、高血圧、胃腸障害、がんなど身体に影響を及ぼすだけでなく、睡眠障害やうつ病なども誘発する。

また、アルコール相互作用薬(AI薬)を服用している高齢者の半数以上が飲酒しているとの報告もある。睡眠薬との併用によるふらつき、転倒など注意を要する。

転倒して救急車で運ばれると地域の救急医療を含めたプライマリーケア、医療システムに一定の負荷をかけることになる。

大阪府保健所のアルコール相談の年齢性別調査では、60代以降が約半数を占めていた。20年ほど前は40代〜50代の中年男性の方が多かったが、日本社会の高齢化の中で、地域のアルコール問題も高齢者層にシフトしていることがわかる。2005年の大阪の在宅介護に関わるケアマネ、ヘルパーらを対象にアンケート調査をしたところ、半分以上の方が訪問先で朝昼からお酒を飲んでいる利用者の方を知っているという回答だった。また、経験3年以上の介護職は約85%がアルコール問題を経験し、約3割はアルコールが原因で介護サービスの提供が困難になった経験を持っていた。

高齢者によくみられるアルコールの悪影響
高齢者によくみられるアルコールの悪影響
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高齢アルコール依存症患者は治療反応がよい

全国的に見てもアルコール治療の専門病院は患者の高齢化が進んでおり、当院でも65歳以上の患者が全体の約3割前後を推移している。

最初にエイジズムの問題を挙げたが、実際の臨床現場では高齢のアルコール依存症患者の治療成績は良いと言える。

国内で行われた予後調査の結果を見ると、1999年の神奈川県の久里浜医療センターの調査では、アルコール依存症と認知症を併存された方83名の入院後の断酒率は64%だった。別の調査、2009年の大阪の小杉記念病院の調査でも、認知症のない60歳以上の高齢者で、入院後に72%が断酒している。

当院でも2021年、高齢者の予後調査をしたところ、過去3年に入院した65歳以上の患者255名中、退院後の断酒率は62%という結果だった。一般的には退院1年後の断酒率は3割前後と言われており、それに比べるとかなりよいことがわかる。当院は2年前まで男性患者専用だったため、女性回答者は5名と少ないが、平均年齢73歳、最高齢89歳で、退院後に郵送でアンケート調査を行った結果である。勤務履歴を見ると8割5分強が60歳以上まで仕事をしていた患者で、多くの方が定年まで勤め上げ、定年退職後に酒の問題がひどくなった高齢発症型の患者だった。退院後は3/4が自宅に帰り、1/4の方は施設等で長期療養になった。断酒した方が62%、残りの2割の方は飲酒量が1/3に減り、退院後も同じように飲んでいる方や、飲酒量が増えた方は約1割いる。年齢別で見ると75歳以上の後期高齢者の方においても約7割という高い断酒率を示した。

専門病院での入院治療は、まず解毒治療(離脱症状の治療)を行い、酒が抜けた後の状態評価を行う。その結果、酒が抜けると認知症もなくなる人には中高年男性と同じ治療プログラムを受けてもらい退院後は通院治療になる。70代以降に断酒会や自助グループにつながり、活発に活動されている方もおられる。

認知症を併存している高齢アルコール依存症患者の治療は、入院の同意を得ることが難しいことも多く、その場合は精神保健指定の判断と家族の同意による「医療保護入院」の適応を検討する必要がある。アルコール依存症の入院治療は自分の意思で行う「任意入院」が原則だが、酒を飲み続けることで体が衰弱し、認知機能低下のリスクも高くなるため、高齢者の場合は入院の判断を早めにすることが大事なポイントである。

入院治療には、一旦酒から離れ健康な生活習慣をとり戻す、言わば「お試し断酒期間」といった側面がある。当院では病棟横のグラウンドで、朝はラジオ体操、日中はグラウンドを自由に歩けるようにしているため、入院時に杖や車いすでも、入院中に歩けるようになる人が多い。認知機能が低下した患者にとっても、酒のない生活の方が元気ということが断酒のモチベーションになるようだ。ほかに、現実見当識訓練、記憶障害の補助ツールとしてメモリーノートを書く習慣づけなどを行う。

退院後は酒が飲みたくなるきっかけを減らす「環境調整」に重点を置き、治療支援計画を作る。通院よりもアウトリーチで、訪問看護や介護保険サービスの活用で健康管理、生活管理を行い、本人の話をよく聞き、孤立させない取り組みを続ける。家族、地域の役割も重要だ。アルコール依存になった背景に目を向け、患者の心に寄り添った支援を行っている。

認知症併存例の治療のポイント
認知症併存例の治療のポイント
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取材:山崎ひろみ

カテゴリ: 2022年11月 1日
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