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手術室における誤薬・誤注対策-リスクマネジメントの視点から-

2010年5月27日、株式会社岩田レーベル主催の技術講習会が開催されました。その中で行われた東海大学医学部付属病院麻酔科・鈴木利保氏の標題の講演について、読者よりレポートが届きましたので掲載いたします。

手術の現状と麻酔科医の役割

  • 近年、急性期医療の集約化、病院経営の業績改善のため、各地域の基幹病院では、麻酔科医や看護師の不足にもかかわらず、手術症例が急激に増えている
  • 麻酔科医や看護師の過重労働が問題視され、各施設で手術室の効率的運用が緊急の課題となっている
  • 麻酔科医は、手術室において、鎮痛・鎮静・不動化を実現し、患者の安全を確保している
  • 麻酔科医は、投与薬剤の調整を自ら行っている
  • 投与薬剤は、即効性の劇薬・毒薬が多く、その投与経路は、静脈内投与が主である

手術室における誤薬・誤投与の発生傾向

  • 全インシデントの内、薬剤の取り違えは、約4%である。以下の事例がよく知られている
    誤処方による事故・ヒヤリハット報告があった医薬品の組み合わせ ・アマリール、アルマール
    ・サクシン、サクシゾン
    ・タキソール、タキソテール
    ・ノルバスク、ノルバテックス
    名称類似による調剤エラーや誤投与のヒヤリハット報告の複数あったもの ・ウテメリン、メテナリン
    ・テオドール、テグレトール
    ・プレドニン、プルゼニド
    投与量のチェックを厳しく行うべきもの タキソール、タキソテール、インスリン製剤、小児におけるアミノフィリン
    投与方法についての注意喚起を行うべきもの(麻酔科で使われる薬剤) ・カリウム製剤
    ・リドカイン製剤(特に、キシロカイン10%)
  • 麻酔科関連薬物の投与に関する2005から2007までのインシデント調査では、施設あたりの発生数は、1.51から1.56と大きな変化はない
      2005 2006 2007 合計
    対象施設数 1060 1076 1092 3228
    回答施設数 248 252 332 832
    回答率(%) 23.4 23.4 30.4 25.8
    誤薬・誤投与インシデント数 382 381 518 1281
    施設あたりの発生数 1.54 1.51 1.56 1.54
    麻酔科管理症例数 1051245 1079402 1126455 3257102
    誤薬・誤投与インシデント発生率(%) 0.0363 0.0353 0.0460 0.0393
    津崎晃一:麻酔中の誤薬・誤投与.臨床麻酔.12.1903-1909
  • インシデントは、インシデント当事者の属性、患者属性(患者年齢・手術部位・麻酔法・術前状態)との相関は見られず、「いつでも」「どこでも」発生している
  • 手術室でのインシデントは、35%が、誤薬である
  • 主な誤薬の事例は、以下の通り。アンプル・シリンジの選択段階で取り違えが起きており、全体の67%を占めている
    投与すべき薬剤(%) 実際に投与した薬剤(%)
    筋弛緩剤 18.5 強心薬・昇圧剤 33.4
    オピオイド 15.7 筋弛緩剤 17.6
    強心薬・昇圧剤 13.6 局所麻酔薬 11.1
    局所麻酔薬 12.0 その他 10.0
    静脈麻酔薬 9.7 各種拮抗薬 5.6
  • アンプル選択段階での誤薬の主な原因としては、▼薬剤カートの中で、デザイン・ラベルなどの外観類似のシリンジが並んでいるなどの「配置の不具合」▼薬剤名の類似▼複数規格の存在――がある

誤薬防止対策

  • アンプルやシリンジのラベルを注意深く確認する。ダブルチェックや組織的な対応が重要
  • アンプルの配置を薬理作用に基づくなど、わかりやすくする
  • 外観類似の薬剤を同じ薬剤カートの中でそばに置かない
  • 類似の薬剤を変更する。東海大学病院では、ペルジピン2mgとラシックス、セルシンは外観が似ているため、ペルジピンは10mgのみとし、ペルジピン2mg、セルシンは採用を止め、ドルミカムを導入、ホスミン・エフェドリンの外観が似ているため、ホスミンをエピクイック(プレフィルドシリンジ)に変更などの取り組みを行っている
  • アンプルやシリンジの「切り取りラベル」の普及を進める
  • 東海大学病院手術室で使用しているアンプル、シリンジで「切り取りラベル」があるのは、約30%であり、希釈後などに手書きしているのが現状である
  • カラーコードの導入を検討する
  • プレフィルドシリンジの導入を進める

プレフィルドシリンジ(PFS)の有用性と運用

  • PFSとはアンプルやバイアルからの調整を省いて、あらかじめシリンジ内に無菌的に薬液が充填された製剤である。日本のPFS化率は7~8%と低い
  • 医療安全対策上のメリット
    • 調整操作時間が短い。迅速性を要するエピネフリン、リドカイン、アトロピ、ドパミンなどは、PFSに適している。東海大学病院では、希釈操作を必要とするドパミンの薬剤調整時間がPFS化で96.3秒から39.2秒に短縮された
    • 細菌感染の可能性が少ない。コアリング(※1)が発生しない
    • 針刺し事故の防止が図れる(※2)。東海大学病院における2000-2003年の針刺し事故総数は、50~70件である
    • 誤薬・誤注入の防止が図れる
    • 希釈濃度の正確性が確保できる
    • 廃棄物が減り、分別廃棄が容易となる
  • シリンジポンプを使用するPFSの導入に当たっては、シリンジポンプの統一化を進めていく
  • すべてPFS化すると、外観が類似してしまうため、PFS化の条件に合致した製剤の選択が重要
(※1)
コアリング:注射針をバイアルや輸液用ゴム栓に穿刺するとき、金属針によりゴム片が削り取られることがある。このゴム片を「コア」、その現象を「コアリング」といい、感染を起こすおそれがある。ゴム栓の指定の位置に正確にまっすぐ、回転しないで穿刺することで防げる。また、ショートベベル(注射針先端部の斜面が小さいもの)の針はコアリングは少ない
(※2)
血液・体液が明らかに付着している場合の1回の針刺し事故で感染する危険性は、HIVが0.2~0.5%、HCVが3~10%、HBVが2~40%であり、1994年4月の大阪市旭区の針刺しによるC型肝炎感染事例では、「未熟な准看護師に単独で血液検査をさせており、病院は看護師に対する安全配慮義務を怠った」として約2750万円の支払いを命じる判決が出ている。
針刺し事故防止については、 https://www.medsafe.net/seminar/141yoshikawa.htmlもご覧下さい
カテゴリ: 2010年6月29日
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