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院内での携帯電話使用について

最近の新聞記事に、病院の半数が携帯電話の使用解禁に前向きであるという、調査結果が掲載されていました。
また、日本ME学会専門別研究会・医療電磁環境研究会では、昨年「臨床から見た医療電磁環境の動向」「医療機関における携帯電話使用の現状とその電磁界制御」が開催されています。そこで今回は、その研究会の座長を務められた石原謙氏に、院内での携帯電話使用に関するご意見を伺いました(取材日:2004年7月21日)。
【石原 謙:日医総研研究部長、愛媛大学医学部附属病院教授、日本ME学会理事など】

(研究会の内容)

不要電波の対策を協議しているところとしては、総務省を初めとする関係省庁や業界団体等によって構成されている「電波環境協議会(旧不要電波問題対策協議会)」があります。
またME学会という医療機器や医用生体工学を研究する学会の中に医療電磁環境研究会があります。これらの協議会や研究会で議論される内容は、携帯電話や電波を発する機器を院内でどういう使い方をしたら危険か、どういう時に異常が発生したか、というエビデンスに基づいた再現性のある状況の確認、統計的なデータの把握をすることが出発点になっています。研究会全体の動きとしては、新規格の携帯電話などへの対応も含め、より安全に、より厳密にという研究が進んでいます。

(これまでの動き)

電波環境協議会が出している「携帯電話等の使用に関する指針(平成9年3月)」では、携帯電話をペースメーカー装着部位から22センチ以上離して使用すること、としています。
その指針の出された時期と前後して、ペースメーカーや医療機器の側が大きく進歩し、外からの電磁波に対する耐性つまりイミュニティ(immunity)が随分強くなっています。一方で、携帯電話やPHSも出来る限り少ない電力で通信する効率の良い電波の発し方が可能となるなど改善されてきています。電波を出す方も受けとる方も性能が良くなってきているのです。これらをEMC(Electro Magnetic Compatibility)が改善していると表現することもあります。ちなみに、機器が電波に対して弱い程度を表す表現が感受性(susceptibility)で、イミュニティとは逆の表現です。
現在、日本中で何千万台の携帯電話やPHSが動いていますが、実は国内では重大事故、ことに死亡事故は起こっていません。ですから、電波が目に見えないからといって、やみくもに怖がって使うな、ダメだと言うばかりではなく、院内での携帯電話使用については、メリットとデメリットのバランスを冷静に考える時期に来ていると思います。また、2002年7月には、厚生労働省から医薬品・医療用具等安全性情報179号で「医用機器への電波の影響を防止するための携帯電話端末等の使用に関する指針について」という文書http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/07/h0725-1.htmlがでています。総務省からは、「電波の医用機器等への影響に関する調査研究報告書」H15年3月http://www.soumu.go.jp/s-news/2003/030620_1_05.htmlなどが出ていますので参考にしてください。

(電波に対する正しい知識を持つ)

これは私個人の意見ですが、多くの公共の乗り物の中で、ヒステリックなまでに携帯電話やPHSの使用を制限していることが果たして本当に適切なことなのか、非常に疑問に思っています。医療機器自体にも実際に重篤なトラブルは起こっていないという現実を、冷静に見つめるべきだと思います。
もちろん、携帯電話を輸液ポンプや人工呼吸器に接触させるほどに近づけたら、誤動作や停止ということがありえます。しかし、このように極端な例を持ってきて、それでも安全にしなさいというのは、自動車を無免許の人が運転しても安全なようにしなさいといっているのと同じことで、ナンセンスです。

塩分は必要量を超えると癌や高血圧になったりしますが、ある程度は人間に必須のものです。電波も、電波だから怖いと言うのではなく、こういう使い方をしたら電波としてメリットが最大です、というように正しい知識をもっていただきたい。同時に、むやみに心配することはないということも理解していただきたいと思います。

実は、ペースメーカーの患者にとっては、携帯電話よりも電子商品監視(EAS:Electronic Article Surveillance)機器の方がずっと影響が大きいのです。電子商品監視機器とは、感知ラベルやタグを貼り付けた商品を、レジカウンターで清算せずにゲート型センサーを通過したときに、警報音を発して商品の不正持ち出しを防止する機器のことです。近年、わが国でも小売・サービス業店頭に急速に導入されています。日本では、2001年に、図書館出入り口に設置されていたEASにより心臓ペースメーカーに影響がでた事例がありました。米国ではペースメーカーが影響を受け、患者が失神した事例も報告されています。携帯電話やPHSではこうした重篤な事例は報告されていません。
まずは、電波に対する正しい知識をもつことが大切です。

(使用解禁に向けて)

愛媛大学医学部附属病院でも、将来的には携帯電話の使用を解禁することになるでしょう。九州大学や島根大学ではすでに病院内での携帯電話利用を解禁しました。2割程度の病院では、何らかの制約やルールの下で、携帯電話の利用を許可しているとの調査結果もあります。既にPHSは愛媛大学の病院内のスタッフの間で数百台が使われています。
PHSは携帯電話に比べて出力が10分の1です。つまり他の医療機器への電波障害のリスクも10分の1と理解していただいて結構です。安全なばかりでなく、消費電力が少ないから長持ちもします。ですから、選択の余地があるのであれば、医療機関内では携帯電話を全面解禁する前の段階として、PHSを活用することも賢明な安全策だと思います。
PHSの特徴はインターネットとの接続性が良いとか院内内線端末や端末同士の直接交信もできるなど、いろいろとありますが、会話音質が良いことも特筆されます。この特徴を活かして、入院しているおじいちゃんやおばあちゃんにPHSで孫の声を聞かせてあげると元気が出てくるなど、使用を一律に禁止するよりずっと医療効果が大きいような気がします。

もし、PHSでなく携帯電話を早く使用解禁したいのであれば、院内の職員に医療機器への携帯電話やPHSや無線LANの影響と対策の教育を実施した上で、

  1. 「携帯電話はこういう使い方をして下さい」「医療機器があるところでは○センチ以上近づけないで下さい」ということを院内のガイドラインとしてはっきり院内各所に明示しておく。
  2. 何か問題が起きた時には、専門家(EMC;Electro Magnetic Compatibilityの一定な教育を受けたCE;Clinical Engineerの方や、ME;Medical Engineeringの第1種、第2種技術実力検定試験の合格者など)に相談できる窓口を作っておく。

この2通りの対策をとっておくと安心でしょう。

(懸念されること)

これは国民のモラルやメンタリティにも関わる話ですが、医療機関が携帯電話の使用を解禁した途端、その携帯電話が原因かもしれないことを否定できないような事故が起こった際に、「病院が許可したから病院が悪い」という訴えを起こす人が全くいないとは言えません。
医療機関を経営する側としては、禁止していた方が確かに楽でしょう。「許可します、自己責任でお使い下さい」と言い切ってしまうには、かなり思い切った決断が必要だと思います。そのためには、何かあったときに「電波が原因ではないですよ」と言える専門スタッフがいることが望ましいでしょう。

(使用機器の状況にあわせて前向きに検討を)

新規開業の診療所など、新しい医療機器がほとんどのところであれば、それらは外部からの電波に対するイミュニティが強くなっていますので、安心してよいと思います。しかし、今から10年以上前に製造された機器には、外部からの電波について考慮が不足しているものも多いので一定の注意が必要です。
医療機関ごとに、その使用機器の状況にあわせて、(最初から禁止しようと言うのではなく)前向きに検討する場、携帯電話の便利さを生かす方向の認識があり、それを安全に使用するためにどうしたらよいかを検討する会議・ワーキンググループなどが出来てくると良いと思います。
極端な例を出して、「それでも絶対に大丈夫だと言い切るのですか?」というヒステリックな反応だけは避けた方がよいと思います。

現在は、電波に対する正しい知識を持って、そのメリット・デメリットのバランスを考える時期にきているようです。電波のメリットを最大限に生かせるよう、前向きに検討することが要求されていることがわかりました。会員の皆様の職場でも一度話し合いの場を持ってみてはいかがでしょうか。

カテゴリ: 2004年7月28日
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