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医療の質・安全学会第4回学術集会 パネルディスカッション 「チーム・トレーニング どう学びどう育む ~米国Team STEPPSを参考に」

2009年11月22日(日)シンポジウム「チーム・トレーニング どう学びどう育む ~米国Team STEPPSを参考に」が行われました。座長・中原るり子氏(東邦大学医学部看護学科)、村上紀美子氏(医療ジャーナリスト)の進行で、Karyn Baum氏(ミネソタ大学)、種田憲一郎氏(国立保健医療科学院政策科学部安全科学室長)、山内桂子氏(東京海上日動メディカルサービス株式会社)の講演があり、その後コミュニケーションに関するロールプレイが行われました。

医療事故の根本原因の多くは、コミュニケーションなどチームの課題だといわれています。アメリカでは国防省(DoD)やAHRQ(The Agency for Healthcare Research and Quality)が資金を投じ、医療安全を推進する活動の一環としてチーム・トレーニング「Team STEPPS」を本格的に展開しました。このシンポジウムではアメリカでのTeam STEPPSの取り組みを中心に紹介されました。

Team STEPPSについてはこちらもご覧下さい。

米国で医療安全に効果を上げたコミュニケーションツールと戦略
~ミネソタ大学Team STEPPS指導者養成センターにおける経験を中心に~
Karyn Baum(通訳および補助解説:種田憲一郎氏)

アメリカの病院では医療過誤により入院患者が毎年44,000~98,000人が亡くなっており、その経済的損失は年間376億円にのぼります。このうち45~70%が予防可能だといわれています。アメリカの医療の大部分は外来で行われており、外来のデータがあればさらに膨大な医療過誤による死亡者数となるでしょう。

またアメリカでは、患者は、推奨される治療の51%しか受けられていないという統計もでています。例えば喘息とCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者はそれぞれ推奨される治療の53.5%, 58%しか受けられていません。(RA Mularsaki et al, 2006, Chest)

これらの要因はなんでしょうか。誰が関係しているのでしょうか。医療過誤を故意に起こす人はいません。これまでは医療過誤は人的ミス(ヒューマンエラー)が原因とされてきました。しかし最近ではシステムやチームワークの不十分さ、教育不足による知識の欠如などが病院組織に原因があることが明らかになってきました。

医療の質と安全性を高めるためには、治療の透明性を上げることが重要です。2005年、連邦法において「医師の質報告法」(physician quality reporting act) が制定されました。院内感染、人工呼吸関係など153項目に関して国や州に報告することが義務付けられました。報告によって国や州から報酬金が支払われます。

ミネソタ、インディアナ、マサチューセッツの3州がこの州法を制定し、他にカリフォルニア、コロラド、イリノイ、テキサスの4州が検討中です(※アメリカでは医療法は連邦法より州で定めた法律に効力がある)。州レベルでも医療安全に関する法が整備されつつあり、テネシー州では「読みにくいので手書きの処方箋は誰もが読めるように書かなければならない」と定められました。

高齢者などの保険(メディケア)を運営するCMSは、評価基準を設けて、例えば手術中に患者の体内に残置された異物がある、ベッドからの転落などがあるなど指標を満たしてない場合は、保険金を全額支払わないことにしています。逆に治療のパフォーマンスがよければ診療報酬は加算されます。

この仕組みは一見合理的で医療過誤の防止になるように見えますが、病院の格差を拡大してしまわないか懸念されています。資金のある病院は医療安全対策に予算を使ってよりよい改善ができる。逆に診療報酬が払われない病院は経営が苦しくなり、医療安全どころではなくなり、格差が拡大し、根本的解決となりません。

医療過誤を防ぐ最も重要な要素の一つは「チームワーク」です。チームワークを改善させるための研修などツールはたくさんあります。どのツールを導入するにしても、チーム・トレーニングが現場になぜ必要か、今何が問題なのか現状をよく評価・分析して、それからツールを取り入れてください。

Team STEPPSも患者の医療安全を推進するためのツールの一つです。Team STEPPSは、軍部、航空業界、原子力発電などで25年以上にわたるエビデンスを用いたチームの能力開発に最適な手法です。直訳すると「チームとしてのよりよい実践と患者安全を高めるためのツールと戦略」という意味です。医療安全の向上のための、エビデンスに基づいているメソッドです。

Team STEPPSはよい結果に到達するために、情報、人、資源を最大限利用する効率のよいコミュニケーションがとれたチームを作りだすことができます。コミュニケーションがとれているチームはヒューマンエラーが減少します。コミュニケーションは訓練して後天的に得られる技術なので、Team STEPPSが有効なのです。

トレーニングをして組織の安全文化を変えることは易しいものではありません。何より時間がかかります。メイヨークリニック(ミネソタ州に本部がある。全米で評価の高い総合病院)でも、Team STEPPSの仕組みの一つであるブリーフィング(事前打ち合わせ)を導入するのに1年かかりました。阻害要因や障壁にぶつかってうまく進まないこともあるでしょう。

しかしTeam STEPPSを実際に導入した現場では、医療過誤が明らかに減っています。ミネソタのある病院では術中、体内に異物が残ることが劇的に減りました。ICUの滞在時間も短くなっています。

安全文化が変わっていく、向上していくために

医療の質を向上させるのには、次世代の若者に安全文化の醸成について教育することが大事だと思います。私が教えているミネソタ大学では、医学部生をはじめ看護職やコメディカルにも安全文化について教育をしています。しかし実際はアメリカでは多くの学生がTeam STEPPSの概念を勉強することなく現場に巣立っていきます。医療の課題は多々ありますが、Team STEPPSは最も重要な安全文化の醸成を促進するツールの一つです。

最後になりますが、デミングの言葉に「手順を説明できなければ解決にならないだろう」というものがあります。この手順がTeam STEPPSです。Team STEPPSの手順は論理的に説明できるので、医療安全の向上にさらに一歩近づけるでしょう。

日本におけるチーム・トレーニングの実際
~東京海上日動メディカルサービス株式会社 山内桂子氏

医療にとって、チームのコミュニケーション、チームワークは非常に重要です。チームワークを最大限よくするには「状況をモニタリングできているか」がカギとなります。状況モニタリングはTeam STEPPSにおいてもチームのパフォーマンスを最大限に発揮するために必要な構成要素の一つです。

状況モニタリングとは、自分のチームだけでなく他のチームの状況など(患者の状況、チームメンバー、環境、ゴールは何かを含む)についても把握することです。

さらにリーダーがメンバーの状況を把握するだけでなく、メンバー自身が自分自身の状態もモニタリングしなければなりません。なかなか自分のことは気付きにくいものですが、自分は病気ではないか、ストレスはたまってないか、二日酔いでないか、疲れてないか、食事はとれているか、など確認することが重要なのです。

またTeam STEPPSのコミュニケーションルールに「ツーチャレンジルール」というものがあります。主張が無視されても少なくとも2回は伝える努力をしましょう、というものです。そしてチャレンジされている人はそれに応じなければなりません。

例えば医師からサクシン(筋弛緩剤)の処方の指示がでたとき、看護師は少しでも不安があれば「私は不安に感じている、安全の問題だから言葉にしなくてはならない」と不安を医師に伝えなければなりません。「先生、サクシンを処方されていますが、間違いではないですか」と医師に話しても返事がないこともあるでしょう。聞こえていないのかもしれないし、機嫌が悪くて無視したのかもしれない。ここで引き下がらずもう一度「サクシン処方は不安です」ときっぱり伝えようというのが「ツーチャレンジルール」です。

もう一つ、コミュニケーションルールに「SBAR」があります。アメリカ軍の潜水隊が情報をいかに短い時間で正確に伝えるか、ということで開発されたツールです。患者の状態変化など緊急な情報を伝達するときに大変有効なテクニックです。

Situation(状況)、Background(背景)、Assessment(評価)、Recommendation(提案)の4つの要素を必ず伝えましょうというものです。SBARに従って報告や伝達ができるように、実際に紙に記入してから医師に話すつもりで練習してみるといいでしょう。知識として知っているだけでなく、セリフを作って実際言ってみると、多くの気付きがあります。日ごろからの練習がいざ、というときに役に立ちます。

電話の横に「SBAR」と書かれた紙を貼り、常にSBARを意識して話すようにしている病院もあるそうです。

質疑応答~会場からの質問とKaryn Baum氏の回答

Q
「まず評価してからツールを取り入れて」とのことだが、評価する視点を教えてください。
A
まず導入前の事前評価リストがあるのでそれにそって評価するとよいでしょう。例えば、何が問題か明確に把握しているか、リーダーは存在しているか、などの設問があります。リーダーシップがないと新しい取り組みが困難です。そのような事柄を確認してから取り掛かってください。
Q
多くの医療現場では、やらなければいけないことで飽和状態で、Team STEPPSを取り入れる余裕がありません。アメリカではいかがでしょうか。
A
アメリカでも同様ですが、例えば初めに小人数で導入し、短期的に成果を出すことができれば全体に普及します。ある病棟の看護師が始めて、うまくいくと別の病棟の看護師も取り入れるようになりました。また警鐘事例がきっかけとなって導入されることもあります。
Q
チームのスキルがあがったことを評価するポイントや方法はなんでしょうか。
A
Team STEPPSには評価方法が紹介されていますが、導入に至ったもともとの目的によって評価できるでしょう。ICUの滞在時間の減少、看護師の満足度を上げる、看護師の離職率を下げる、など導入当初の改善したいポイントがどこまで達成できたかが評価となります。

記事:阿部純子

カテゴリ: 2010年3月16日
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