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安全工学シンポジウム2006―安全、安心でゆとりのある社会の実現を目指して―(2)

前回ご紹介した、安全工学シンポジウム2006の続報。今回は、7月7日(金)に行われたパネルディスカッション「事故調査体制のあり方について」の一部をご紹介する。

事故調査体制のあり方について

コーディネータ・司会 松岡猛(宇都宮大学工学部 機械システム工学科 教授)

日本学術会議の人間と工学研究連絡委員会安全工学専門委員会は、平成17年6月23日に「事故調査体制の在り方に関する提言」という報告を出している。今回のパネルディスカッションは、この提言をふまえ、7人のパネリストから以下のようなタイトルで発表が行われた。

【事故調査体制のあり方について~原子力分野における市民対話経験からの考察】
北村正晴(東北大学未来科学技術共同研究センター客員教授)

現代は「市民主導の時代」である。原子力の安全問題の解決にも市民参加が欠かせないと考えている。そのため最近は、地域に出かけ住民と顔を合わせて話し合いを繰り返している。

事故調査のためには、高い能力の人材を平常時から備えておく必要がある。しかし、事故調査という不定期な業務のための人材資源を確保することに、なかなか社会的了解が得られないという問題がある。

「事故」は社会との関係性を通じ規定されるという視点が出発点である。専門家的には合理的で適切な主張をするとしても、その内容について社会からの了解・納得を高めていくことが重要である。

【医療事故調査に関連して】
津久井一平(航空医学研究センター所長)

医師、看護師共に人的資源の適切な再配分が必要である。例えば、医師の技術評価や、4年生の看護大学卒業生が現場でどのように機能しているか等、給与体系、労働条件に光を当てて、検証していただきたい。

【事故調査報告書に関する一考察】
垣本由起子(実践女子大生活科学部人間工学研究室教授)

事故調査報告書ができるまでのプロセスは以下の通りである。

事故発生→事実調査→試験研究(必要に応じ、その領域の専門機関または専門家に実験・試験等を依頼することがある)→解析→委員会審議(審議は数回~多いときは20回に及ぶこともある)→報告書作成・公表→勧告・建議・所見

事故調査報告書の内容充実のためには次の三点が課題である。

  1. (1)ヒューマンファクターに含まれる内容は多岐にわたるため、複数の専門家が調査段階から必要。
  2. (2)事故病理学の充実が必要。現在は、事例ごとの病理的研究の蓄積が行われていない。
  3. (3)事故による犠牲者のケア。
【ヒューマンファクターから見た事故調査の課題:「事故学」という視点】
小松原明哲(早稲田大学理工学部経営システム工学科教授)

被害者・ご遺族のニーズは

  • 被害者はその日はどのように生活し、どのように事故に遭遇したのか
  • 本当に責任を負うべきもの、処罰されるべきものは誰か
  • 二度と同じ事故を起こさないでもらいたい、事故を風化させてはいけない

というものである。しかし、従来の調査ではそのニーズに応え切れていない。

いつ、どのような事故に巻き込まれるかわからない現代において、事故の原因(起因者)、事故(被害者・ご遺族)、原因の解明(調査者)、これら全体の関係を整理し見ていく「事故学」が必要である(下図参照)。

図1
【事故調査に関する法制度設計上の課題】
城山英明(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

まず第一に、調査の主体をどうするかという課題がある。医療事故の調査は、行政サイドが行わないと、医療機関が自律的に調査するしかない。しかし、それを警察は尊重しない。鉄道や航空は独立の調査機関があり、医療より恵まれた状況にある。

しかし、調査機関があったとしてもその能力をいかに確保するか、調査権限(関係者への協力義務など)をいかに機能させるかという課題もある。

第二に、今までは、被害者がどのように被害に至ったか(亡くなったか)、損傷を受ける最後の部分を明らかにするという観点が欠けていたように思う。日本では、当事者や関係者を調査から切り離すことによって中立性を保つとしているが、アメリカでは関係当時者を調査の中に入れることで現場情報を明らかにしている。調査において、事故の関係当時者といかに関わるかという視点が、今後は必要になってくるのではないだろうか。

第三に、法的制度の問題では、証言を得やすくするために一律免責を導入することは難しいということがある。しかし、「証言」にある程度の使用制限を課すことは将来あり得るのではないか。

医療でのヒヤリハット事例は現状ではあまり役に立っていない。一般にヒヤリハット事例を責任追及には使わないということは浸透しつつある。

【事故調査と被害者】
佐藤健宗(佐藤健宗法律事務所弁護士)

信楽高原鉄道列車事故、明石花火大会歩道橋事故、JR福知山線事故、これらの遺族側で関与してきた立場から、被害者にとって事故調査はどのように見えるのか、また何が必要か考えてみたい。

遺族が持つのは処罰感情だけではない。どのように命を奪われたのか、事故の背景、全ての事実関係を知りたいのである。そして安全になったこと、事故が無駄でなかったことを確認し、初めて家族の死を受け入れることができるのだ。質の高い事故調査報告書は、被害者の立ち直りにつながるのである。

米国NTSB(National Transportation Safety Board 国家運輸安全委員会)の内部には、被害者の支援部門があり、事故後の諸段階においてきめ細かい被害者支援が行われている。例えば、被害者が事故直後に何者にも邪魔されず悲嘆にくれられる場を提供する、弁護士やマスコミが殺到するのを防ぐ、被害者の求めに応じてメンタルヘルスの専門家のアドバイスを提供する、などである。

今後、日本で被害者支援を進めていく上での参考になるのではないか。

犯罪被害者については法律ができた。事故被害者についても同等の基本計画を策定する必要がある。

【事故調査体制と被害者支援に着いて―遺族としての体験から】
下村誠治(明石花火大会歩道橋事故遺族)

5年前の花火大会で2歳11ヶ月の息子を亡くした。事故後、明石市が独自で事故調査委員会を立ち上げ、事故報告書には我々遺族の意見も載せられた。また報告書について遺族から質問状を出したところ、事故調査委員会から直接説明していただいたので、内容はほぼ理解することができた。

一方で、警察は捜査に協力してくれず、関係者は民事・刑事裁判の法廷でも保身のために平気で嘘をついていた。事実を明らかにするためには、もっと遺族の話を聞いていただきたい。報告書も国民がわかりやすいように、かみくだいた内容にしてほしい。

パネラー

パネラーは左から北村正晴氏、津久井一平氏、垣本由起子氏、
小松原明哲氏、城山英明氏、佐藤健宗氏、下村誠治氏。

カテゴリ: 2006年7月13日
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