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第107回日本泌尿器科学会総会

専門医共通講習「医療安全の最新の話題」
要旨採録

千葉大学医学部附属病院医療安全管理部 教授 相馬孝博

相馬孝博氏

相馬孝博氏

「第107回日本泌尿器学会総会」が4月18~21の5日間、名古屋国際会議場と名古屋学院大学白鳥学舎で開かれた。「技術と心の調和:次世代への胎動」をテーマとする今回は初日の専門医共通講習で、千葉大学医学部附属病院医療安全管理部教授の相馬孝博氏が「医療安全の最新の話題」と題して講演。業務に直結する専門技術であるテクニカルスキルと、これを下支えするノンテクニカルスキルに照準を合わせ、豊富な経験に基づく実践的な取り組みを紹介した。

技能は専門技術だけではない

個人が業務を行う場合の技能(スキル)は業務に直結した専門的知識や技術であるテクニカルスキルと、これを下支えするノンテクニカルスキルに分けられる。手術では、うまい手術であること、すなわちテクニカルスキルに長けていることが重視されがちだ。

しかし、手術中に発生する諸問題、例えば、異物遺残は本来テクニカルスキルのエラーだが、その確認と探索プロセスはノンテクニカルスキルの問題である。つまり、状況認識の失敗やコミュニケーションの不足で発生する。

ノンテクニカルスキルに分類される個人の行動(振る舞い)は(1)状況認識(2)意思決定(3)チームワークとコミュニケーション(4)リーダーシップ(5)個人的要因――という観察可能なカテゴリーにまとめられる。中でも状況認識は本スキルの中心概念で、自分を取り巻く時空間の要素を認識して、その情報を収集し、それらの意味を理解し、その後を予見するという各段階から成る。後述するようにベテランの術者は刻々と変化する術野の状況と患者モニタリングデータだけでなく、チーム状態や手術室の環境をも同時に把握している。

なお、ノンテクニカルスキルを考える時には4つの重要な前提がある。(1)グループというより個人(2)パーソナリティー(人格)ではなく行動(振る舞い)(3)通常でない状況のみならず「通常の」状況(4)テクニカルスキルに直接関係するスキル――である。

テクニカルスキルとノンテクニカルスキルを足した職業人としてのスキル全体はコーン(円錐)に例えることができる。社会に出たばかりのころは小さいが、先輩にたくさん怒られ、勉強するにつれてテクニカルスキルの高さが増し、ノンテクニカルスキルに属する人間性や奥行きが増し、より大きな円錐形を成す。

職業人としてのスキルの概念図
職業人としてのスキルの概念図
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(公的に)人を動かすのは言葉である

患者目線で見ると、医療者一人ひとりのノンテクニカルスキルは違う。手術する先生は大きな円錐形を持っていて、手術室のメンバーのテクニカルスキルやノンテクニカルスキルを集め、患者さんに害が及ばないようにしている。すなわち、個々の技能からシステム・アプローチを重視する考え方である。

先に、ノンテクニカルスキルにおける個人の行動は5つに分類されると述べたが、実際は業務によって少しずつ違う。手術室の中では外科医だけでなく、麻酔科医や他のスタッフがいる。外科医はリーダーシップをとらねばならないので、それがノンテクニカルスキルの重要な要素となる。しかし、麻酔科医やスタッフにはリーダーシップの代わりに業務のマネジメントが大切な要素となる。

ノンテクニカルスキルは本来、一人ひとりのものだが、それを30~40年ほど前、チームに適用したのが航空業界であった。ここで重視されたのはチームの一員としてのノンテクニカルスキルの訓練である。それはCRM(Crew Resource Management)に非常に有効であることが分かった。訓練の狙いを一言で言えば「マッチョパイロットを退治すること」にある。その成果を踏まえてWHOが医療分野に導入した。日本語版(WHO患者安全カリキュラムガイド多職種版2011)は私が作成しているので東京医大の医学教育学ホームページよりダウンロードしてほしい。

同書は実務を行う医療従事者のための実用的なヒントとして「チームへの自己紹介を欠かさないようにする」「主観的な言葉ではなく、客観的な言葉を用いる」「チーム活動の前にブリーフィング、終了後にデブリーフィングを行う」ことなどを挙げている。いずれも「(公的に)人を動かすのは言葉である」ことの大切さを説いている。

ノンテクニカルスキルの各要素
ノンテクニカルスキルの各要素
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人は自分が見たいようにしか見ない

次に、鏡視下手術の発展と課題について述べたい。この手術の歴史は直視下手術から始まる。私の専門は胸部外科だが、直視下手術に携わる時には背筋を伸ばし、自分が野球の主審のつもりで臨めと言われた。つまり、術者の目は主審、右ひじが1塁、左ひじが3塁、2塁上が術野にあたる。そして、ベルトの高さで手術しろと教わった。

胸腔鏡であれ、腹腔鏡であれ、鏡視下手術は1.0~3.0へと段階的に進化したと私は考えている。1.0は硬性鏡の時代、2.0は軟性鏡の時代、3.0は新たなロボット支援手術という見立てである。一般的に、鏡視下手術のメリットは低侵襲性とされるが、安全性の観点から言うと、低侵襲性よりも「手術参加者が術者と同じ画像を見ることができる」「その画像は記録保存できる」という2点が大きいと考える。

野球場の視野に例えると、1.0の術者の目は主審の位置にあり、そこからズームインする形になる。2.0では主審+セカンド塁審の目になるのでかなり死角が減る。これに対して一人で手術する3.0の術者の目は孤独なサッカー主審のように思える。

車を運転する人なら誰でも経験するようにゆっくり走るといろんな風景が見えるが、スピードを上げると見えにくくなる。前者は熟練者の視野、後者は初心者の視野と言えるだろう。集中しすぎると周りが見えなくなるということだ。これは、熟練者も同様で、集中しすぎると、そこしか見えなくなる。

これが直視下手術だと、前立ちになっている人が「そこじゃない」という指摘も併せて見ながらできる。しかし、鏡視下だとズームインして、みんなと同じところしか見ない。なぜなら、よく知られるように「人は自分が見たいようにしか見ない」からだ。

昔から知られていることだが、集団で合議をする場合に、意思決定を間違うことがある。集団思考(Groupthink)の罠と言われるもので、自らの集団を過大評価し、集団内で均一性圧力がかかることで起きる。この罠は弱点がないという思い込みから始まり、自己正当化⇒道徳規範としてしまう前提⇒自分に都合のよい固定観念⇒均一性への圧力⇒多数判断に従う自己検閲⇒満場一致の幻想⇒自己防御する成員――という流れをたどる。もっとはっきり言えば、体育会系の発想だ。

術野を同じ視点で共有すると「こうだよね」「うんうん」で流れてしまう。だから、術者が気づかないことに対して第一助手がどのように寄与できるかが重要な意味を持つ。直視下手術は100%手を出せるが、鏡視下手術では手や口を出す機会が減り、ロボット支援手術ではほとんどできない。従って、ロボット支援手術で特に必要なのは第三者視点で手術に参加することだ。

術者が気づかないことへの(第1)助手の寄与イメージ
術者が気づかないことへの(第1)助手の寄与イメージ
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いくつもの過去を追体験できる利点

一方、鏡視下手術では記録装置が安価になり、すべての経過を撮像し、半永久的に保存できるようになった。また、デジタル化により、手術のどの場面でも簡単に呼び出すことができる。さらに、大画面に記録することにより、術野の隅々まで撮像することが可能になった。だから、いくつもの過去を追体験できる。例えば、自分のした1年前の鏡視下手術を見直すことで「あの時こうしたけど、今はこうしている」ということが分かる。

どの場面も呼び出せるのは、その時の状況認識や意思決定を分析するのに役立つ。自分が未熟であれば、後であの時こうだったと指摘されても手術記録に書かれていても、自分がそれを認識できない。気づけなかった周辺の術野を検討できることも鏡視下手術の特性の一つだろう。手術記録はその時認識できたものだけの記録だ。

このことは、鏡視下手術がテクニカルスキルの向上はもちろん、ノンテクニカルスキルを振り返って検討できることを意味している。そうした手順で作成された手術記録は患者にとって良いものになるのではないかと思う。

こうした知見を踏まえ、私たちは鏡視下をはじめとした手術をどのようにすればよいのか。第一は認知バイアスを考えることだ。人間の振る舞いを決める決定プロセスは状況認識することから始まる。状況認識は周囲の情報を収集し、理解し、何が起こるかを予測することから始まる。そして、行動路線を選択する。これが意思決定のプロセスである。

意思決定の選択方法には(1)認識主導(2)ルールベース(3)比較選択(4)創造――などがあるが、ほとんどは認識主導である。例えば、血管を見た時、それをどう切るかは頭の中で決まっていて、一瞬のうちに判断する。認識主導は経験に基づくので最短である。

ルールベースは決められたルールに基づくので、何ミリからやると決めていたら、毎回測らねばならない。比較選択はどれを使ったらよりよいかと検討するので、もっと時間がかかる。いずれもストレスや疲労など、さまざまな影響を受ける。

意思決定のほとんどを占める認識主導は迅速(直観的)な無意識の認知プロセスである。ごくわずかな作業記憶しか必要とせず、しばしば刺激によって誘発されたり、過剰学習された連関や暗黙のうちに習得された活動に起因して生じたりする。

手術に響くさまざまな認知バイアス

手術時に大きく影響するバイアスには(1)フレーミング効果(2)曖昧性効果(3)自信過剰効果(4)アンカリング(投錨)(5)早期閉鎖(6)確証バイアス――などがある。

フレーミング効果は、同じ情報を異なる言語表現で伝達すると異なる意思決定をすることを指す。例えば「ちょっと危険な手術ですが成功率20%です」と「非常に危険な手術なので8割が死にます」の受け止め方の問題だ。

曖昧性効果は、情報が不足している選択肢は避ける傾向にあることだ。

自信過剰効果は、判断の主観的な自信が客観的な実際の評価よりも高くなる傾向を示す。この道何年というプロフェッショナルほど陥りやすい。「大丈夫だと思ったら、実は大丈夫じゃなかった」という例だ。

アンカリング(投錨)は、診断早期に、初期に得られた情報に重きを置いてしまうことである。よく研修に言うことだが、例えばおなかを触っていて有名な痛点に当たると「これはアッペだ」と思い込み、その情報に重きを置いて正確な診断を誤るようなことだ。

早期閉鎖は、文字通り、早々に考えることをやめてしまうことである。多くの場合、アンカリングによって生じる。

確証バイアスは、反証的な根拠よりも仮説を支持するような確証的な根拠を探すことだ。要するに、人間は自分の考えが正しいと言いたいのだと思う。

このように、さまざまなバイアスは自分の都合のいいように作用する。科学的根拠はないが、自分が合理的に判断していると思い込んでいる。しかし、人間は常に合理的に思考しているとは限らない。では、なぜ、こういうバイアスから逃れられないかというと、実は分からない。認知のバイアスは人間の進化の過程で情報処理を簡略化する方向で発達してきた。いわば「判断の省エネルギー」と言われているものである。現状が悪くなければ、それで満足ということだ。生きるか死ぬかという判断も何万年も前から繰り返され、少しずつ体に染みつき、遺伝的に生まれてきたのが認知バイアスといえるだろう。

私たちは認知バイアスに埋もれて生きている
私たちは認知バイアスに埋もれて生きている
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ノンテクニカルスキルを磨く鍵言葉

これまで述べてきたように、ノンテクニカルスキルは有効で、人を動かすのは言葉である。チームワークのために重要なことは、チームメンバーが自由に発言できることだ。上から下への一方的なチームコントロールではなく、場合によってはフラットな関係で、みんなで検討する。それが現代の手術室の考え方なので、外科を率いている先生方には、ぜひ、そのような環境の必要性を考えていただきたい。

最後に、ノンテクニカルスキルを磨くキーワードを2つ紹介したい。1つ目は「マインドフルネス(mindfulness)」だ。「マインド」と「フル」を切るのではなく、一続きの語として捉えることが大切だ。マインドフルネスとは周囲の状況に配慮できる状態を指す。つまり、心が平穏で新しい状況に能動的に気づくことができるように自分自身の認知をコントロールすることである。敢えて言えば「積極的配慮」といった構え方だ。

2つ目は「アンイーズ(unease)」である。この言葉はまだ広く知られていないが、私は「気がかり」と訳している。例えば、ある種のリスクが発生したとする。それに対して経験や警戒心のおかげでリスクを認知できると単なる心配性や悲観論ではなく、柔軟な思考を導くことができる。この際、リスク認知から柔軟思考に至る過程に位置づけられるのがアンイーズだ。

手術に関連するテクノロジーは日進月歩だが、人間である外科医が主役である限り、手術室の安全は個人のノンテクニカルスキルとともに、集団としてのチームワークスキルの向上を同時進行で進めていかなければならない。ノンテクニカルスキルは自分で意識することで向上する。半面、バイアスの影響を受けるので自分でコントロールする必要がある。バイアスの影響を減らすには、マインドフルネスが有効だ。正しい意思決定をするためには第三者の視点を導入し、集団浅慮を避けることが大切だ。そのために何より重要なのは「ものが言える組織」である。

習慣的な「気がかり」のモデル
習慣的な「気がかり」のモデル
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取材:伊藤公一
カテゴリ: タグ:, 2019年5月14日
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