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第18回医療の質・安全学会学術集会

大会長講演「医療チームの立体構造を考える」要旨採録

近畿大学病院 安全管理センター
医療安全対策部 辰巳陽一

辰巳陽一氏

辰巳陽一氏

医療の質・安全学会は、2023年11月25、26の両日「世界はチームでできているー多様性の森へようこそー」をテーマに、神戸国際展示場1、2号館と神戸国際会議場で「第18回医療の質・安全学会学術集会」を開催した。大会長の辰巳陽一氏は26日に「医療チームの立体構造を考える」と題して、医療分野でのチームワークおよび患者の安全性向上を目的としたトレーニングプログラム「TeamSTEPPS」の考え方を踏まえ、チーム医療の背景と、関連する概念との多様性についての強い思いを自らの体験を交えて訴えた。

患者参加が医療安全のブロックバスターに

近畿大学病院では10年前からTeamSTEPPSの院内研修を始めた。

TeamSTEPPSと心理的安全性の関係は「鶏が先か卵が先か」の例えに似ている。心理的安全性がチーム医療を生み、チーム医療が心理的安全性を育むと考えられるからだ。

TeamSTEPPSは、その中核をなす「チーム体制」の概念と「リーダーシップ」「状況モニター」「相互支援」「コミュニケーション」という4つのスキルから成る。TeamSTEPPSの「チーム体制」の中心的な概念は「患者・家族が参加した医療チーム」であり、その上で多職種が互いに補いながら問題解決に向き合うことを指す。

チーム医療が目指すのは「階層意識を持たない」「相手を知る」「意見が言える」「全員がリーダーシップを持つ」ことだが、これらが後述する心理的安全性に他ならない。

そして、医療活動への「患者参加」は医療安全のブロックバスターにもなり得ると言われている。ブロックバスターとは、従来の治療体系を覆す超大型新薬と同様、治療方針の決定などに効果をもたらすことを指す。患者満足度向上、患者・家族のセルフマネジメント改善、QOLや治療成績向上、不要な入院や救急外来受診減少、入院期間短縮・医療費減少など、患者が参加することによる利点は多い。このため、当院の医療対策部では一貫して「患者・家族の医療/医療安全への参加」に取り組んでいる。

患者・家族の気持ちをすくい取り、医療従事者で共有すれば、彼らはその情報を闘病生活に役立つ内容に変えることができるし、医師が患者・家族に伝えた後の反応を共有することで医療従事者との一体感も生まれる。診察時に患者の質問やコメントへの対応をとったメモは患者の人生に寄り添うためのツールになる。

医療安全対策室の主たる活動テーマ
医療安全対策室の主たる活動テーマ
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また、一患者を担当する複数の専門診療科が短い時間でそれぞれの専門的な病態を理解し、治療方針を共有し、優れたテンポラリー(一過性)チームを構成する仕組みとして「チーム医療依頼状」というシステムを採用している。全身管理を生業としていない診療科の患者対応について、関係診療科の医療者が短時間集まり、治療の全体像を共有する目的で、実践的に運用している。

この際に重要なのは、短時間で現場チームに判断を移譲することだが、その際の作戦実行の考え方は、よく知られるPDCA(計画⇒実行⇒評価⇒改善⇒)サイクルでなく、OODA(観察⇒判断⇒決定⇒行動⇒)ループではないかと考えている。前者は進捗管理や品質確保など組織活動には有効だが、時間がかかり、結果対応が遅れるきらいがある。

後者は臨床現場など時間的余裕がない場合に効果的である半面、個人差を広げ、失敗を生む可能性がある。このため、標準手順の共有と共に、未然防止策としてブリーフィング(打ち合わせ)やデブリーフィング(振り返り)、ハドル(途中協議、相談)が重要となる。

「権限移譲」で育まれるオーナーシップ

TeamSTEPPSのスキルの中で「リーダーシップ」では、医療安全業務におけるオーナーシップ(自分ごと化)が鍵となる。オーナーシップは個人が仕事に向き合う時の姿勢や関係性を表す言葉であり、自分の担当する仕事を「命じられたからやる」という消極的な向き合い方ではなく、自分自身の課題として主体的にモチベーションを持ちつつ取り組む姿勢をいう。

オーナーシップを育むには、適切な「権限移譲」が重要であるが、リーダーは一人で仕事ができない。フォロワーの能力を適切に判断した上で「あなたを見込んでお願いします」「あなたの、この能力を使ってほしい」など、フォロワーのモチベーションを奮い立たせ「自分ごと化」させるべく業務移譲する必要がある。そして、リーダーがリーダーシップを発揮するには、フォロワーがリーダーに意見を言える「フォロワーのリーダーシップ」が機能することが大切だ。

権限移譲を阻むもの
権限移譲を阻むもの
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その意味で、リーダーには「私はなんでも知っているわけではありません。間違っていたら言ってください」と言える「知的謙遜」が不可欠であり、こういう気持ちでフォロワーと接することができるかが問われる。航空業界や原子力産業では重要なこの概念が、医療安全の世界でなぜ当たり前と考えられていないのか、考える必要がある。

職種、立場、背景、状況、知識の差を認める

続くスキルである「状況モニター」には「状況認識」「相互監視」「STEP(ステップ)」「I'M SAFEチェックリスト」などの項目があるが、総括すると「変化していく価値観をチームで共有する」ことといえる。

ヒトは一度分かると、分からなかった時のことが分からなくなる動物である。だから「そんなこと、医師(看護師)ならできて当たり前」「そんなことも知らなかったのか?」「そんなこともできないなら、辞めてしまえ!」といった暴言がまかり通る。状況モニターの本質を知ると、そうは言いにくくなるだろう。

一般に、画一的な集団は、当人も気づかないところで失敗する傾向にある。それはなぜなのか。マシュー・サイド『多様性の科学』によると、賢い個人は必ずしも一人ですべてのものごとの側面を理解しているわけではない。同じような考えや能力を持った集団は、同じような思考の穴も共有する。このような集団を「無知な集団」と呼ぶが、ヒトは同じような思考・行動をする仲間に囲まれると安心する。これは、ミラーニューロンの成せる技と言われており、このことをプラトンも『国家』のなかで「類は友を呼ぶ」と綴っている。

つまり、単一職種や部門でのひっそりとした対応は個人のレベルに類似する。

これらを踏まえると、賢い集団="反逆者の集団"には「職種や部署を越えて言いたいことが言える関係」が保たれている。こうした関係性の下では優れたファシリテーションやリーダーシップの重要性が集合知として認められる。

つまり、多様性(他者性)の認識とは、職種や立場、背景・状況、知識内容が違うということを認めることに他ならない。例えば、まったく同じものでも、人によって、立場によって異なって見えることがある。だから、それぞれの見方を確かめ合うにはブリーフィングやハドルなどで話し合う。これを習慣化することが大切だと思う。

事実は異なって見える
事実は異なって見える
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心理的安全性は、組織文化を育む栄養素

状況モニターし、課題を明確にすると、互いに助け合う方法を知る必要性が生まれる。「相互支援」において、メンバーは情報支援として、互いにフィードバック(評価)し合うと共に、業務負荷が過剰な時には互いに助け合うことが重要で、さらに、チームでは支援を積極的に求めることができる環境を育む必要がある。これらはいずれも心理的安全性を産み出す重要な要素である。

フォロワーの行動の結果に対する評価を効果的に言語化して伝える方法には、賞賛やコーチングなど「ポジティブなフィードバック」と、ダメ出しやティーチングなどの「ネガティブなフィードバック」があるが、ポジティブな結果に対してもネガティブな結果に対しても対応するために、これらを手足のように組み合わせて自在に使えるのが望ましい。

適切なフィードバックは「心理的安全性」を産むが、一方で適切なフィードバックには、心理的安全性が重要である。「破滅的な共感とは、本心とは異なる表面上の共感や礼儀正しさを指し、短期的にはスタッフの気分を良くできるものの、彼らの成長や改善の助けにはならず、破滅的だが、心理的安全性の重要さを教えてくれる。

TeamSTEPPSでは、これをMitigated Speech(奥歯にものの挟まった会話)と呼ぶ。「言われていることの意味を軽視したり、うわべだけの対応をしようとしたりする」や「礼儀正しすぎたり、恥じたり、照れたりしているとき、あるいは権威に畏敬の念を表しているとき、私たちは曖昧になる」といったことになる。

米国のIT業界で活躍したキム・スコットは著書『RADICAL CANDOR』で「人間味のある強面のボスであれ!」と断言する。その心は、古いタイプの上司ではなく、本当の思いやりという人間性を携え、皆から憧れられるパワフルで素敵なボスであれということだ。これは、耳の痛いことでも率直に、ただフォロワーのことを真に考え口にすべきであるということを指し、彼女の師匠であるエミー・エドモンドソンが説いた「心理的安全性がある状態とは、誰もがいつも親切であるという意味ではない。互いにチームや仲間を支え合っていることを理解した上で、対立を受け入れ、声に出すことを意味する」の本質に通じるものである。

そして、最悪なのは、奥歯にものの挟まったようなことしか言わない医療者や管理者、医療安全管理者であり、その意味で、心理的安全性こそ組織文化を育む栄養素であるといえる。

心理的安全性のために望ましいリーダーの資質
心理的安全性のために望ましいリーダーの資質
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ピクサーに学ぶ心理的安全性の環境作り

TeamSTEPPSの最後のスキルである「コミュニケーション」は決して接遇の類ではなく、医療安全上重要な情報をできるだけ漏らさず伝えるための技術を指す。SBAR(エスバー)、コールアウト(声出し確認)、チェックバック(再確認)、ハンドオフ(引き継ぎ)など、一定の伝達フレームをチームメンバーで共有することで情報を伝える際の安心感を生み、躊躇を取り除くツールとなり得る。

米国のアニメーション制作会社、ピクサーは「ブレイントラストミーティング」という集まりを定期的に開いている。ここでは自社作品に対する率直なフィードバックを細かく正直に話すことが奨励されている。

そこでは「ストーリーラインが分かりにくい」「ジョークが伝わらない」「キャラクターに感情が欠けている」といった指摘が歓迎される。このプロセスは映画を改善に導くと共に、耳の痛いことを言い合える雰囲気の醸成に役立つ。まさに、心理的に安全な環境を整える作業に似ている。

前出のエミー・エドモンドソンは「心理的安全性を高めるためにあなた自身ができること」として「仕事を実行の機会ではなく学習の機会と捉える」「自分が間違うということを認める」「自分以外の存在(多様性)を認める」「好奇心を形にし、積極的に質問する(相手を知る」ことを提唱している。

心理的安全性に関する心理的要素の関連性
心理的安全性に関する心理的要素の関連性
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患者家族には15~30分おきに状況を伝える

聞き語りを通じて同志を探す技法である「パブリックナラティブ」の効用について触れたい。ハーバード大学のマーシャル・ガンツ博士が提唱した概念で、自分の目指す世界に共感してくれる同志を探し出し、彼らが活躍する問題解決のデザインを作っていくことを指す。最も有名な例は、ガンツ博士が選挙参謀としてこの手法を用いてバラク・オバマを大統領の座につけたことだ。

医療安全の世界にはさまざまな教えがある。「患者急変対応の時には、患者家族に15~30分おきにお伝えする!」もその一つである。最後に、私自身のナラティブをお話したい。

今から20年以上前のこと。血液内科の医師として42歳の女性の骨髄移植を担当したが、骨髄輸注は夜の9時から明け方の3時までかかり、いったん帰宅したものの、気になり6時半に帰院すると、看護師から「すぐに来てくれ」と呼び出された。敗血症性ショックで心肺停止となり、心臓マッサージを3時間半、必死で行った。

しかし、結局患者は帰らぬ人となった。そのことを告げると、前夜から付き添っていた旦那さんとお嬢さんは号泣しながらも「よくしてもらって、ありがとうございました」と礼を言われた。

それから4年後。血小板の講義をしに行った大阪府下の看護大学で学生から「講義後に相談がある」と告げられた。講義を終えて向き合うと学生は「私のこと、覚えてはりますか」。4年前の患者の娘だった。

「私、学校で習ったんですけど、救急蘇生は30分以上しないんでしょ。でも先生は3時間以上出てきませんでした。何をごまかしてたんですか」と言われた。

その言葉を耳にすると胸が詰まり、涙が止まらなくなり「お母さんに死んでほしくなかったから」と言うのが精いっぱいだった。患者を助けたい一心で蘇生処置をしていたことに間違いはない。しかし、家族にとってはその時間は、医療者が感じる何十倍もの長さであることは想像に難くない。心配で心配でたまらない家族のことを思ったら「実況中継」してあげるのが当たり前。私にとって、一生守っていかねばならない大きな大きな学びとなった。

取材:伊藤公一

カテゴリ: 2024年2月 2日
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