セミナー情報:最新記事

第11回 医療の質・安全学会学術集会 パネルディスカッション2 「医療事故調査制度」1年を経て~再発防止に繋がる調査の考え方~

パネルディスカッションの様子

パネルディスカッションの様子

一般社団法人日本外科学会は2016年11月19、20の両日、幕張メッセで開いた「第11回 医療の質・安全学会学術集会」で、2015年10月1日に施行された新たな医療事故調査制度をめぐるパネルディスカッションを催した。この制度に関わりの深い医師が「医療事故調査制度1年を経て~再発防止に繋がる調査の考え方~」というテーマで、それぞれの立場から施行後の経過を報告した。

関係者や遺族はあら探しを願わない

「医療事故調査制度と当該医療機関」

上野道雄(独立行政法人国立病院機構 福岡東医療センター 院長)

上野道雄氏

上野道雄氏

医療事故調査制度の目的は、予期しない死亡事例に遭遇した医療機関の管理者が積極的に支援センターに届け出て支援団体の協力を得て病態(死因)を解明することにある。その上で病態を分かりやすく遺族に伝え、医療への不信感を解く。また病態を解明して関係者の疑問に答える。医療機関は忌憚のない審議で病態を解明する過程を学び、院内の医療安全体制の強化に生かす。この部分が最大の再発防止策である。

相談・報告の現状はどうか。当該医療機関の管理者は医療事故か否かを判断し、速やかに院内協議に入るのが本来である。ところが、私は支援団体の一員として何度も同じことを聞いた。すなわち「予期しない死亡事例と思ったが、遺族が何も言わなかった。だから登録はやめる」。1年を経ても質問の大半は登録基準に偏っている気がする。つまり、医療事故調査制度への登録を躊躇する姿勢が見え隠れする。今回の制度は当該医療機関と関係者が自由に発言できる画期的なものだと思う。しかし、それが十分に活用されていない気がする。

報告する管理者はつらく、孤独である。医師や看護師を守り、病院の名誉を守り、遺族にも納得してもらいたい。これはほとんどの管理者が抱く本音である。しかし、外部委員が参加する院内事故調査委員会で病院の名誉を保ち、遺族が納得する結論が出るのか。これもまたほとんどの院長の懸念である。院内を他人(院外専門員)に掻き回されたくないということもあるだろう。実際、些細な過誤や記載漏れのない診療録はない。病態に直結しない診療のあら探しはつらい。

調査制度への不信感と信頼感は表裏一体

支援団体研修会での経験をお話したい。当院の事例である。患者は70代の男性で、心カテ治療中に血圧と意識が低下。どうにか蘇生すると、冠動脈の穿孔が判明した。主治医は心タンポナーデによる急性循環不全と直観。直ちに心臓外科のある病院に搬送し手術した。その時の所見はヘマトクリット50、心嚢内に淡血性の液体150ミリリットル、右胸腔内に2リットルの血液を認めた。それを聞いて私は大動脈解離に違いないと思ったが、誰も信じなかった。病理解剖の依頼に怒った遺族を1時間以上かけて説得した。病理解剖の所見は予想通り、胸部下行大動脈瘤の破綻によるものであった。模擬院内事故調査委員会の審議はささいな過誤の指摘ばかりで「予期しない病態の解明を願って参加したのに、あら探しをされては心を開けない」という病院側委員の発言もあった。遺族は院内事故調査委員会の結論に納得し、日本医師会の委員会最終答申などへの掲載と医療安全活動での活用を快諾された。

医療事故調査制度の登録についてはやはり、調査制度への不信が抑制因子となっているのではないか。調査委員会制度のありようも問題だ。一番の懸念材料は報告書の用途である。刑事訴追や民事で使われるのではないかという不安だ。加速因子は遺族の苦情への対応だ。登録の一番のきっかけだろう。しかし、本当の目的は病態を解明することで遺族や関係者の疑問を解消することにある。そのためには調査制度への信頼感を高めるしかない。長い時間がかかるかもしれないし、人材育成もしなければならない。調査制度への不信感と信頼感は表裏一体だ。

くれぐれも誘導尋問をしないこと

聞き取り調査は医療機関と関係者が納得する結論を得る機会である。その際には医師と看護師の記録の問題点や空白の時間、不十分な記載、記載の矛盾などを聞く。鑑別診断が入って初めて必要な検査や必要な症状が記載されていないことに気づくことが多い。聞き取りの際にはこの点に留意して欲しい。加えて関係者の思いや不安、潔白の可能性を事前に聴取して欲しい。若い医師や看護師などの弱者は院内事故調査委員会での発言が非常につらいからだ。そうした気遣いが病態解明の端緒になることもある。

聞き取り調査はある意味、病院にとって医療事故対応の危険なステップでもある。関係者の精神的負担が大きい時に病院が信頼を獲得するか、あるいは失う魔の瞬間である。事故直後の聞き取りでは関係者の多くは精神的に動揺している。自責の念で何も言えず、怖さが先立って言い訳に終始する。発言のブレも大きい。こういう時こそあまり詳しい話は聞かず、事実関係の確認や関係者自身の疑問などの聴取に留めるべきだろう。そうして、信頼関係の醸成を図っていただきたい。そして何より、くれぐれも誘導尋問をしないこと。

聞き取り調査をする際は必ず事前に聞き取り事項を決めておくのも大切だ。予期しない事例の可能性を幅広く調べて事例の概略を把握しておく。関係者の立場で事象の推移を見直して頑張った点、つらかった点を共感しておく。聞き始めは関係者の心情に配慮してねぎらいの言葉をかけ、事例を一緒に振り返る。精一杯の努力やつらい点に共感し、危うい点や過誤が疑われる点は後半に聞く。そして、疑問や納得がいかないことを自然に語ってもらうのがよい聞き取りだと思う。

誰でも同様の結果になるべき調査を

「医療事故調査と調査報告書作成手法の標準化に向けて」

長尾能雅(名古屋大学医学部附属病院 医療の質・安全管理部 部長)

長尾能雅氏

長尾能雅氏

新制度が始まってから、さまざまな調査報告書を見る機会があった。その過程でいくつかの課題が見つかった。まず、定型がないことから報告書の形態や記述量がまちまちである。ボリュームの多いものがあれば少ないものもある。ボリュームと内容は必ずしも比例しない。始末書や顛末書のようなものもある。また、調査が系統的でなく、調査側が重要視したポイントのみ記載されたものがある。調査漏れなのかもしれないが、本当のところは分からない。

調査結果のみにとどまるものも多かった。その結果を導いた背景や根拠が示されていないということだ。解剖が行われていない場合、または解剖を行っても死因が不明だった場合、それ以上調査が掘り下げられていない。つまり「死因が不明なのでこれ以上の検討には値しない」という形で報告書が結ばれているケースもある。そうすると、結局、この報告書は何を検証し、何を遺族側と共有しようとしているのかよく分からないことになる。

院内調査における一番の課題は、調査手法が標準化されていないことだろう。院内調査の課題を挙げるとすれば、

  1. 運営、審議、分析方法などが標準化されていない
  2. 調査員がシステムアプローチに慣れていない
  3. 専門委員の見解の妥当性が分からない
  4. 事実認定が不十分になりがち
  5. 原稿作成に外部委員が協力的でない
  6. 報告書の編集、推敲に一定のスキルがいる
  7. 提言が普遍的で、具体性に欠ける
  8. 日程調整、資料準備など、事務的所掌が膨大
  9. 患者の疑問が解消されないことがある
  10. 紛争回避の期待からバイアスがかかる

――などであろう。

ばらつきを生まない調査のために

ばらつきを生まない調査の条件として、事実経緯が丁寧に書き起こされていることが重要だ。具体的手順の第一は、重要な診療場面ごとに、診療行為を点検することだ。重要な診療場面は、例えば「救急来院時」→「手術中」→「術後管理中」→「急変時」などのように分けられる。さらにそれぞれの場面の中で、6つの医療行為が行われているはずだ。それは1.診断→2.治療選択・適応・リスク評価→3.IC→4.治療・検査・処置→5.患者管理→6.記載――の各業務である。それを踏まえ、診療録や遺族を含むヒアリングなどから全体像を把握し、分析の必要な重要ポイントを定める。

第二に必要になるのは重要ポイントを分析し、その行動に至った理由や根拠なども含めた、真の事実経過を把握する作業である。第三はそれらを文章化し、関係者による確認を得ることである。例えば「胸痛に対し、担当医は胸部CTをオーダーすることを失念し、患者を入院させたまま、それ以上の処置を行わなかった」という事実経緯を書いたとする。これを書いた人はすでに頭の中でこの担当医が見落としたという思いがある。だから、そういう文章になる。仮にそうであったとしても、この場合は事実を丁寧に紡ぐ作業が必要になる。すると次のような文章が導かれるはずだ。

「胸痛に対し、担当医は問診と患者の全身所見、採血データ、胸部レントゲン写真から、その時点で緊急を要する状態とは判断せず、まずは入院下にて様子を観察することとした。当該病院では、夜間外来における上級医による指導体制を有していなかった

事前的評価視点と事後的評価視点

手順の第四は事前的評価視点を用いた評価である。医療は標準的医療の連続でなければならない。標準的医療には幅がある。標準とはガイドラインや教科書に書かれていることだ。その連続であっても患者が亡くなったのであれば、その時々の判断は適切であったが、残念ながら亡くなったという評価になる。

しかし、途中で標準から大きく逸脱したのであれば標準を逸脱したということになる。しかし、逸脱にはなんらかの理由がある。それも解明して評価する必要がある。これが事前的評価視点だ。

第五は事後的評価視点を用いた再発防止策の立案である。救命するにはどうすればよかったのか、あえて事後的に検証を試みる、この時点でこうしておけば救命できた可能性がある。それならば、もし将来、同じ場面を迎えた時、自動的に判断が良いほうに流れるような仕組みを導入してはどうかというのが再発防止策の提言となる。

従来の事故調査は、その場その場で最大の努力が払われてきたものと推察する。しかし、これから法制度に則って進むとすれば、端的に言えば「誰がやっても同じ結果になる」調査が望ましい。いわば標準化だ。今後はばらつきを生みにくい調査手法の開発と周知、啓発が求められる。そのためには、支援団体や学会などで調査手法を教育したり、センター調査で模範を示したりすることが重要だろう。その取り組みは、すでに進められている。

自信と誇りを持って医療を提供する

「医療事故調査報告書の考え方と書き方」

宮田哲郎(山王病院・山王メディカルセンター 血管病センター センター長)

宮田哲郎氏

宮田哲郎氏

医療事故調査制度が目指すのは、死因の究明と再発防止の2点である。医療事故は患者・遺族に深刻な影響を与えるが、医療者にも深刻な影響を与えている。事故に関わった医療者をサポートする制度も今後考えなければならない。死因を究明することは、遺族の救済のみならず、それに関わった医療者が救われる場合もあるからだ。個人の責任を追及すると医療は委縮し、解決にならない。医療者であれば同じ思いだと思う。

医療に100%の安全性と確実性はない。患者にとって不幸な事態が生じた場合、次世代の医療安全につなげることこそが、現場の医療者が果たすべき責任である。この制度は基本理念を目指すことで運営発展させるものであり、これが個人の責任追及に曲がっていくようであれば、この制度自体をわれわれは捨て去らなければならないと思うし、そうしてはいけない。

医療事故調査報告書は死因の究明が重要であり、事実究明作業の総まとめの場である。当然ながら医療者の疑問が反映されているか、遺族の疑問や意見が十分に反映されているか、という視点が大切。死因究明の場で先入観による恣意的調査ではないか、これも非常に重要だ。固定観念に捉われた議論になると、本来の死因究明はできない。調査委員会は自由な立場で十分議論を繰り返すということが重要になる。それを適切な表現で表現する。それがあって初めて再発防止につながる。

個人責任を追及するものでないことを明記

医療事故報告書の基本は

  1. 担当者の違いによらず、調査体制が中立性、公正性、専門性が担保されていること
  2. 臨床経過が明瞭であること
  3. 事故の背景について分析されていること
  4. 経過から分析・再発防止までの記載において論理的に整合性がとれていること
  5. 医学的検証は前方視的視点、再発防止策は後方視的視点で行い、記載表現にも注意すること

――などを満たしていることが必要。本来は基本となる報告書の作成マニュアルがあり、それに従って調査し、所定の様式で報告書を記載することが望ましい。この制度が始まって1年、確実にそこに向かって進んでいる実感はある。

報告書の構成(案)で最初にくるのは、医療事故調査報告書の位置づけ・目的である。「この事故調査委員会は、○○の事例について公正な立場で臨床経過の把握と死因の究明、再発防止策の検討を行うために設置された」ということを明確にする。そして「個人の責任を追及するものではない」ことを明記する。どういう立場で書かれたものかを冒頭に明示することは報告書にとって極めて重要である。そして、臨床経過がその後の分析の基本であり、調査報告書の根幹を成す要素の一つである。

情報の種類は、診療記録、聞き取り調査の情報、背景情報の3つで構成される。聞き取りの際、当事者は精神的に傷ついているので、気を遣う。同じ医療者として共感をもち、支援する立場でないと充分な情報を聞き取ることはできないと思う。ただ、記憶に頼るため、事実と異なる場合もある。そのあたりに関しては十分に注意しながら、そこに重要な情報が隠れている場合もあることを念頭に行う。

社会からの信頼回復に向けた医療界の努力

医療事故は表面的には個人の間違いと認識されやすいが、多くは、さまざまな原因が複雑に重なり合って発生する。単純なミスはその背後にある脆弱なシステムに起因する。これを明らかにするのが医療事故調査の大きな目的だと考える。評価は事前的視点と事後的視点のどちらも大切である。医療行為を評価するのは事前的視点、再発防止策は事後的視点でみるのが重要。2つの視点を目的に合わせて使い分けるようにする。

再発防止策を書くこと自体が法律上の過失立証と受け取られるのではないかとの危惧もあるが、再発防止策はあくまでも事後的視点なので、視点の違いを明確に報告書に記載することで、その危惧は回避できると思う。再発防止策は2種類ある。一つは院内事故調査委員会で検証し、翌日から実施できるもの。もう一つはただちにその医療機関では実施が難しいが、センターで集積して検討し、医療界へ発信されることが期待されるものだ。

報告書に委員氏名を掲載するかは、その病院の設置規定で最初から決めておく。執筆は多くの人の共同作業になるが、納得するまで意見交換を繰り返すことや、それをどう表現するのかが重要。医学用語はただでさえ難しい。それを脚注などして分かりやすく表現する。「べき」という言葉は、他の治療方法は標準的治療法の範囲外という意味に制限して使用する。法律用語は当然避けたほうがよい。例えば「ただちに抗がん剤治療を中止すべきだった」というのは、中止しない方法は、標準的医療の外になることを表している。

医療事故調査制度は、社会からの信頼回復に向けた医療界の努力である。それはプロフェッショナリズムの名のもとに医療界の自律(professional autonomy)と自浄(self-regulation)の姿勢を明確に打ち出すことに他ならない。われわれが目指すのは、患者が納得して医療を受け、医療者が専門家として自信と誇りを持って萎縮することなく医療を提供する環境を形成することだと思う。

取材:伊藤公一
カテゴリ: タグ:, 2017年2月 9日
ページの先頭へ