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第11回 医療の質・安全学会学術集会 シンポジウム1

「群馬大学病院医療事故で"私"が学んだこと」

地方独立行政法人 奈良県立病院機構 奈良県総合医療センター 総長 上田裕一

上田裕一氏

上田裕一氏

医療事故に伴う現場の事例は共有されているか、事故調査の結果は共有されているか、再発防止に生かされているか――を考えるシンポジウム「事例に学ぶ」が「第11回医療の質・安全学会学術集会」(2016年11月19日、幕張メッセ)で開かれた。席上、奈良県総合医療センターの上田裕一総長は、群馬大学医学部附属病院医療事故調査委員会に委員長として携わった立場から「群馬大学病院医療事故で"私"が学んだこと」と題して講演した。上田委員長は、同委員会が同年7月27日に公表した『報告書』について「過去に18件の事故調査報告書に関与したが、これほど力を入れた報告書はない」と強調。スライドの最後には、報告書をダウンロードできるQRコードを表示し、より多くの人の目に触れるような工夫を凝らした。

調査委員会の構成と調査の方法

私が携わった群馬大学医学部附属病院医療事故調査委員会には、下記のような特殊な事情があった。群馬大学病院の『事故調査報告書』は公開済みであった。対象は長い年月が経過した多数の事例で、現行の「医療事故」の範疇ではない事例も多いこと。この件については報道が先行しており、社会の関心を引いていた。私たちの委員会とは別に群馬大学の学長の下に「改革委員会」がすでに組織されていた。

この調査の難しさは、専門医療の評価であり、特に「手術の質」を評価するということが不可欠であること、これは専門学会の協力と支援がなければ不可能であった。専門学会が主体的に関与しない限り、この医療の質を公正に評価することはできなかった。調査には長い時間と労力を要したが、委員6名の大変な努力で報告書をまとめることができた。

今回のような第三者だけの独立した調査委員会は、委員全員の使命感と熱意がなければ機能しない。調査委員会は委員の構成が極めて重要で、委員数は6~7名が適当である。それぞれが本務を持っているので、全員が委員会に揃うのは週末や夜間ということになりがちで、調査の終盤近くには、報告書を全員で読み合わせしたが、そのために、アメリカからスカイプで参加したこともあった。

私たちはまず、最初の委員会で、どのような進め方をするかを検討した。どのような病院組織であるのか、診療に携わった人数や医療安全管理体制はどのようになっているのか。手術をするにあたっては、どのようなプロセスをたどったのか。例えば、受診時と手術の適応決定、それぞれの診療科の診療録や症例検討会の記録の照査、合併症に伴う死亡事例の検討と対応などである。また、死亡数や手術成績は、医療安全管理の活動を知る手がかりとなる。

委員会構成
委員会構成
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第1回委員会
第1回委員会
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英国・ブリストル王立病院に学ぶ

今回の調査とは規模や内容は異なるが、過去の多数の死亡事例を網羅的に調査した英国の『Learning from Bristol(ブリストル病院に学ぶ)』を参考にした。この報告書が取り上げているのは「英国・ブリストル王立小児病院事件」とも呼ばれるものである。麻酔科医の内部通報を無視した状態で小児心臓手術が継続された結果、同病院で手術を受けて死亡したり、障害を受けたりした多数の子の親から、損害賠償請求が提出されたことに端を発する。組織された特別調査員会は、1984~95年までの12年間の診療内容の調査を9億円の予算をかけて行った。調査結果は、『Learning from Bristol』という報告書に198項目の勧告を含めて公表された。その勧告の一部は、私たちの報告書にも採用した。この病院では2名の心臓外科医が約40%という高い死亡率のまま大血管転位のスイッチ手術など高難度手術を続けたため、12年間に約100名の犠牲者を出した。その後、この調査報告書の提言が端緒となり、「ブリストルが英国の医療を変えた」といわれる大改革が進んだ。

この大改革で起きたことは「良くない医師の処分」から「良い医師に導くための指導と患者の保護」へとターゲットを変えたということだ。

またその後には、英国の心臓外科医Marc de Leval(マーク・デレバール)は「個人は技術、規則あるいは知識に基づくエラーを通してシステムの崩壊に寄与する」と指摘している。彼は自らの手術の失敗を公表、「大血管転位のスイッチ手術の連続52例では1人の死亡だけという好成績で有頂天であったが、次の16例中7例が死亡した。その要因分析を行ない、再教育を受けて自信を回復した」と述べている。その結果、その後の118例では死亡例が3例となったが、その累積死亡などを簡単に解析できるCUSUM法を紹介した。

さらに、de Levalは英国の小児の心臓外科に関わるすべての施設に声をかけ、多施設共同研究を行った。この分析は、数名の産業心理学の専門家(スイス・チーズ・モデルで有名なジェイムズ・リーズン先生が主導)により行われ、手術チームにおけるヒューマン・ファクターの関与が大きいことが判明、その論文は2000年に心臓外科のトップジャーナルに報告された。

ブリストル王立小児病院事件
ブリストル王立小児病院事件
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インフォームド・コンセント、診療体制、安全管理体制を重点項目に

群大病院の調査には、このCUSUM法も参考にした。対象が数例であれば、数名の委員会でもなんとか対応できると思われるが、10例以上となれば極めて困難である。その意味では、前委員会が8事例を集中的に短期間で調査されたことは驚異的といえる。なお、外部委員は初回しか出席しておらず、以後の調査は完全に内部で実施され、外部委員は出来上がった報告書をメールで確認という委員会の体制であった。

私たちの委員会の調査の重点項目を「インフォームド・コンセント」「外科の診療体制」「医療安全管理体制」の3点で考えた。このうち、特にインフォームド・コンセントを重視した。患者の立場、医療を受けた際にどのような説明を受けてきたか、病状が悪化したとき、さらには死亡に至った際、どのような説明を受けたかということである。消化器外科と肝胆膵外科の診療体制にも目を向けた。ICUや病棟では、多くの医師や看護師たちは、術後に患者の状態が悪化したり亡くなられたりしたのを見てきたにもかかわらず、6年間、何の問題も指摘がされなかったのか、という疑問である。

前回の調査委員会も検証

死亡事例の調査とは別に取り組んだのは、前回の調査委員会を検証することであった。各委員が自分の疑問点を持ち寄り、この調査の対象を決めた。死亡事例が連続していたことに本当に気づかなかったのか。「何か問題があるのではないか」という認識はなかったのか。当該診療科内、関連診療科、看護部門、病院執行部の誰もが気づかなかったのか。この点については、報告書に記載がなかった。

さらに、全国大学病院医療安全管理協議会が10年以上も継続して活動していたにもかかわらず、なぜ前の報告書に「過失がある」と記載されたのか。大学病院の中で「この追記は問題だ」という意見が、どうして出なかったのかなど、各委員の視点でさまざまな疑問点を探った。

インフォームド・コンセント

インフォームド・コンセントは、「手術承諾書」と表題のみの白紙に、医師が自由に記載する様式を採用していた。ほとんどが、病名や術式、合併症などの羅列に止まっていた。そこで、患者家族が医師の説明を受けて、どの程度理解していたのかどうか、手術の内容、リスク、保険適用外の手術であることの説明があったのか、この手術ですでに死亡事例が何例かある状況は伝えられていたかなど、遺族から聴取することにした。また、群馬大学の紹介元医師は、その術後の状況を理解していたのかどうか、どうして患者が継続して紹介されてきたのかにも疑問があった。保険適用外の医療を大学病院が承認した際は、どのような手続きが取られたのか、倫理委員会はどのような活動をしたのか、これらも大きな調査の課題であった。

18事例中16事例の遺族にヒアリング

6年前の最初の死亡事例から、遡ってのヒアリングには、多くの限界があった。私たちは委員会で聴取を承諾された死亡18事例中16事例の遺族にヒアリングした。ほとんどの遺族は、家族の死亡であり鮮明に覚えておられた。恐らく8割近い遺族は、手術同意承諾書を持参されていた。中には、棺の中に入れたという遺族もおられたが、皆さん、詳細に答えていただいた。ただし、報道が先行しているので、ややもすると記憶が変わっている懸念が残った。それは、「群大病院で手を尽くして手術してもらって亡くなった」と思っている方に対して、「なんらかの事故があるかもしれない」という情報のもとに、年余を経てヒアリングしているので、答えられる内容には記憶の間違いがあるかもしれないということである。

医療関係者のヒアリング

遺族のほか医療関係者12名からも聴取した。特に、当該医師には2回、長時間の聴取の機会を持った。

委員会の中では外科医は委員長一人であるが、外科医の視点で疑問点を探った。手術適応、術式決定のプロセスはどうだったのか。手術のメンバーの手術技量、チーム体制はどうだったのか。外科医の週間の勤務のスケジュールや支援体制はどうだったのか。診療科内における年度ごとの手術成績の検討はされたのか。年間の死亡は何例か、死亡例や合併症の症例検討会は開催されたのか、さらに統計的解析はしていたのか。院内には自由参加のオープンな形の、いわゆる死亡・合併症検討会(M&Mカンファレンス)が開催されていたのか。外科専門医制度の申請は、どのように管理されていたのか、などが委員長である私個人の疑問であった。

外科医の視点で疑問点を探る
外科医の視点で疑問点を探る
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群馬大学と協定を結んだ日本外科学会調査

委員会では、経年的な手術の変遷と手術実績を概観する必要があると考え、病院にお願いし、この期間の手術全例の実態を把握した。死亡18事例は氷山の一角である可能性があり、その他の患者はどうだったのかを知るためである。ただ、これを6名の委員で行うのは到底無理なことは言うまでもない。

旧第二外科では、2009年度から14年度までの6年で開腹の肝切除で10例、腹腔鏡(補助)下の手術で8例が術後に死亡していた。前者は109例中10例で約10%。後者は103例中8例で約9%の死亡率となる。したがって、飛び抜けて高い死亡率とは感じられなかったのかもしれない。ただし、2009年度には、その直前3月に手術した人を含め、9例の術後死亡があった。この実態を診療科内で、どうして何も言わず、支援が必要だという動きにつながらなかったのか。その後に手術を休止した時期もあったが、腹腔鏡下の手術を導入し始めたところ、再度、3例の術後死亡が続発した。いずれも重症患者を複数受け持ちながら、少ない人数の外科医で手術を続けていた。重症患者が1例なら管理できると思われるが、4、5例の重症例を抱えると、術後死亡例が続いた状況が見て取れた。

患者がどの程度の重症度で、全身状態は悪いか、手術の侵襲度はどうか、など、それぞれ事例を把握するには、ブリストルの調査のように大掛かりで網羅的な調査をしない限り、とても委員会では判断できない。すなわち専門領域の学会に調査を依頼しなければできないので、12月に群馬大学が日本外科学会と調査についての協定を結んだ。しかし、外科学会としてもブリストルのような全例調査は無理なので、この期間に死亡した群大病院の消化器外科の死亡事例のうちから、50例を抽出し調査することに決定した。

旧第二外科 肝臓切除術経過表
旧第二外科 肝臓切除術経過表
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極めて難しい、専門特化した医療の質の評価

日本外科学会では約50名の委員で、合同委員会のもとに領域別に、9~10グループで調査することを決定された。1事例を外科医3名で調査して、各グループ内で検討してまとめた報告書を、合同委員会が全体の報告書として集約して作成され、最終的に理事会が承認した報告書が、4月6日に群馬大学学長に提出された。

このシンポジウムに参加されている皆さんの病院では、医療の質や外科医の技量をどのように評価されているだろうか。実際問題として、病院長や医療安全担当の副院長がすべての診療科の医療の質や医療水準を把握するのは無理である。現行の医療法で定められた予期せぬ死亡事故を把握できたとしても、専門特化した医療の質の評価は極めて難しい。対応する診療科、例えば、心臓外科に対し循環器内科があれば、循環器内科の人たちが、「この程度の重症例で亡くなられるのは困る」という見解があれば評価できるかもしれない。

ただし、報告が執行部に上がってきたとしても、それがどの程度の発生率なのか。例えば、標準より逸脱しているかどうかは、その基準値が変わらない限り対応できないことになる。また、手術室の中で起こったことを、麻酔科医がすべて把握することも不可能である。

改革委員会は、「病院のガバナンスに足りないところがあった」という評価をしているが、しかし、果たして執行部のガバナンスの問題なのかという点では疑問が残る。

診療科の専門性が細分化すればするほど、病院長や副病院長が自らの専門性以外のことは評価ができない。また、他領域や他科の医師にしてみれば、「コメントなんかできない。自分のコメントにも責任を持てない」と、結局は他の診療科の治療には口出ししない立場を取りがちである。つまりは「安全地帯に自らを置いている」ということである。

それでは、医療安全管理部門がどこまで介入できるのか、も問題である。ところが、事はそう簡単ではなく、評価は相当難しい。部位を間違った手術とは違うからだ。したがって、少なくとも重大な合併症が生じた場合は、病院全体として症例検討会を開催し、一事例の結果を評価するだけではなく、その診療上のプロセスの問題点をすべての診療科のこととして捉える必要がある。また、病院全体のシステムの上に各診療科のシステムが乗っているわけだから、そこで起きた合併症や死亡は単独の診療科だけの問題ではないということである。これらは『ブリストルに学ぶ』の提言に記載されたクリニカル・ガバナンスに相当する。

医療水準の分布
医療水準の分布
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クリニカル・ガバナンス

クリニカル・ガバナンスは提供される専門的医療サービスの質のチェックやモニターと、関係者への説明責任に対する体系的なプロセスと定義される。クリニカル・ガバナンスはより良い診療を促進し、悪しき診療を防ぎ、容認できない診療を発見することで医療組織を医療の質と安全で規律づけるための仕組みともいえる。したがって、臨床的な行動規範について臨床行為の一部として基準を選定する「臨床サービスの質」の責任体制であるとも言える。このクリニカル・ガバナンスに関与する執行部の構成と役割を明確にする必要がある。

真の実績評価ができるのは学会だけ

ハーバード大学・ビジネススクールのマイケル・ポーター教授の『医療戦略の本質』によると、医師の価値を最大化できるのはフリーエージェントとして行動する個人ではなく統合形のチームである。統合形のチームにより医療の質が担保される。したがって医師は自分がどのチームに属するか、あるいは関わるかを理解し、それがチームとして機能するようにしなければならない。特に外科においては、医療の価値は外科医だけではなく、麻酔科医、放射線科医、看護師、熟練した技師などにも左右される。

すべての医師は診療実績に対する説明責任を持たねばならない。直感や個人的な経験に頼るだけでは不十分である。EBMの他にも診療実績、診療方法、患者属性の評価をもとにした体系的な方法で、自分自身のあるいはその診療科の医療提供プロセスを向上させる責任を持つべきだとポーター教授は記載している。

「医療に競争はなじまない。収益的な競争はなじまない」と言われているが、医療の質レベルの競争はどんどんやるべきだとも主張されている。その中で真の実績評価を可能にする唯一の存在は、専門学会である。患者にとって医療の評価を改善するプロセスを学会が指導しない限り、学会は自らの役割を果たしていないことになる。その点において、日本外科学会は今回、大変に優れた内容の評価書を公開されたことには、敬服している。

学会は、情報が匿名化されているか否かを問わず、普遍的な情報収集と報告のための潤滑油として、あるいは活動の中心として役割を果たすことができる。これが学会の存在意義であろう。

日本肝胆膵学会から寄せられた回答

後先となるが、今回の私たちの調査委員会報告書では、専門学会にも改善を提言した。その要約は次の通りである。

「指導医や専門医の申請の手術実績基準において、手術記録に名前があれば、仮に参加していない手術に関しても登録可能であることが判明した。これを防止するための対策を講ずるべきである」

これに対し、今年の10月1日に、日本肝胆膵外科学会がウェブに改善策という形で回答を公開した。それによると、同学会の高度技能専門医制度は2008年から高度技能指導医(指導医)、2011年から高度技能専門医(専門医)を認定した(まずは制度を作るため、暫定的に指導医を先に認定された)。指導医の資格としては、消化器外科専門医または指導医の資格を持ち、高難度肝胆膵外科手術の経験100例以上、施設長から推薦を条件として認定された(大学教授には肩書として指導医が要るという事情があったのかもしれない)。

その後、学会が認定する修練施設・指導医の下で3~7年トレーニングを受けて専門医が生まれるというシステムに充実していった。術者、指導的助手と、手術記録にどの役割で入ったのか明記するように求めている。2011年以降は、National Clinical Database(NCD)に登録を義務付けており、登録されていない症例は手術実績として認めていない。

2008年から2011年に(暫定的な形で)認定された指導医は586名がいたが、更新の5年後には129名が指導医資格を失効していた。今後は、さらにこの点を学会会員に周知徹底し、学会として医療安全管理体制をより強化していきたいと考えているという。同学会の回答は「国民の福祉に貢献したい」という言葉で結ばれている。

ちなみに、この群大病院の医療事故調査委員会報告書の公表の後、去年の10月から6月までに登録された前向き全例登録制度の手術実績が報告されている。それによると、登録症例は891例で、登録施設は196、開腹術での30日死亡率は0.14%、90日死亡率は0.27%と、非常に素晴らしい成績である。適応拡大された術式の死亡率はそれぞれ、0.92%と1.83%。手術の成績の改善は、手術適応を厳格にしたが寄与していることが分かる。

登録症例数、登録施設数の月別推移
登録症例数、登録施設数の月別推移
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死亡率
死亡率
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体制不備のまま進められてきた高度医療

群馬大学の調査で、診療体制の評価をしてみると、安全性が確認されていない診療、要するに保険適用外診療を行う際の倫理審査や手続きが、徹底されていなかったことが判明した。保険適用外診療のインフォームド・コンセントを管理する体制も整っていなかった。さらに、重大事例の報告システムの重要性も周知徹底されていなかった。また、先進的な医療を実施する上で基盤となる仕組みや機能が不十分であったにもかかわらず、手術件数の拡大を「院是」とし、高度医療を推進していたという背景が浮かび上がってきた。その結果、旧第二外科肝胆膵担当というマイクロシステム(院内の最小診療単位)に発生していた、重大かつ深刻な問題を長期にわたって病院執行部は把握することができず、手術死亡の続発にも対処することができなかった。

このマイクロシステムというのは、ポール・バラシュという元小児麻酔科医の論文で紹介された概念で、システムの中にあるマイクロシステムを機能させて安全に導くポイントを報告している。そこで指摘されているのは、(1)組織的な学習を常に行っている (2)エラーを論じる透明性がある (3)ニアミスの価値と反響に関心がある (4)チームメンバー間の支援のためにコミュニケーションする (5)メンバーがチームの一部の役割を果たす (6)リーダーあるいは、よりシニアのチームメンバーに質問することをサポートする文化 (7)要求された仕事に優先順位を付けている――といった内容だ。

ところが、メンバーがチームの一部の役割を果たすといいながら、群大病院ではこのチームは外科医2名しかいなかった。手術に参加したもう1名は消化器外科のローテーションの医師であった。つまり、とてもチームといえるものではなく、おそらく、ローテーションしている消化器外科医から、リーダーに質問できるような組織文化ではなかったろう。また、仕事に対する優先順位では、要求された仕事がかさみ、患者が重症で増えていくほど仕事も増えていき、手術に集中することができない状況に至ったであろうことも、容易に想像できることである。

〇〇科の患者でなく〇〇病院の患者

今回の報告書には、数多くの図やグラフなどを入れて、理解をしてもらえるように配慮した。外科学会の報告書も大変、素晴らしい内容である。添付されている解剖の図や、さまざまな用語の説明や添付文書が見事である。

一般に、手術の結果というと、ある患者のことや外科医個人のことと捉えがちだが、これはチームの結果であり、病院の手術の結果であると考えなければならない。

忘れてならないのは、○○科の患者ではなく、私たち○○病院の患者と捉えることだ。手術の結果に関与するマイナス要因は、エラーが起きた時にそれを回復するだけの力がチームに備わっていないことにある。手術ではテクニカル・スキルを失敗した際に、どうリカバーするかが問われることになる。日本人には、もともと粘り強さがあり、苦しい時に戻る復元力にはものすごいと評される。もともと農耕民族で、一生懸命協力して、他には迷惑をかけないようにという連綿と続く日本人の歴史的資質があると思うが、医療現場では難しいようである。

 一般の方々は、外科医の技量が良ければ、結果は良いと思われるかもしれないが、テクニカル・スキルを補うチームのノンテクニカル・スキルも必要なのだ。『ブリストルに学ぶ』の中でも、さまざまな点でノンテクニカル・スキルの重要性が強調されてきた。

委員全員が署名し、責任を持った報告書

今回の委員会では、報告書の完成段階の手続きや公表のあり方が非常に重要であることを学んだ。その具体例の一つが、完成した報告書には、「これは私たち各委員が責任をもっています」と、原本には委員全員が署名捺印している。私たち委員全員が、担当部分だけではなく、この報告書の記述内容全てに責任を持つという表明である。

私はこれまで18の事故調査報告書に関与したが、この報告書ほど力を入れた報告書はない。標準的に「はじめに」があり、2章には委員会の調査の結果、判明した「事実経緯」、3章で事実経過に沿って評価をした「検証結果」、そして、「外科学会報告書の評価の抜粋」を入れて、「再発防止に向けた提言」を添えた。これらを委員全員が一緒に読み合わせをすることで、章立てに従って記載内容の整合性を確認した。つまり、2章の記述と3章の記述の整合性はどうか。そこから導かれた内容に筋は通っているかということまで、徹底的に読み合わせた。

医療事故調査は個人の法的責任の追及を目的とはしていない

この報告書の冒頭に、「注目された腹腔鏡下肝切除術死亡8事例と開腹肝切除術死亡10事例、合わせて死亡18事例の原因究明、6年間に相次いで死亡事例が発生した要因、群大病院で対策が講じられなかった原因を探り、再発防止のための改善策を提言することを目的とする」と明記した。18事例は6人で調査をする限界であるという表明であるが、この文章に続けて、「本委員会は、個人の法的責任の追及を目的とはしていないことをここに明記する」という一文をしっかり刻んだ。しかしながら、報告書が公表された数日後、群馬大学では数名の懲戒処分が発表された。

懲戒処分が出た施設で、これからどれだけタイムリーに報告が行われるか、報告が公正に評価されるか、注目される。これまでのカルチャーが変わらない限り、「報告しない方が安全だ」という考えがはびこり、結果として医療従事者の安全が優先される恐れがあるからだ。最優先すべきは患者安全なのである。

終わりに、Harvard School of Public HealthのLucian Leape教授の言葉を紹介して結びとしたい。

"エラーを防止する上で、唯一で最大の障害は「私たちはミスをしたという理由で人々を罰する」ということである"

日本外科学会の医学的評価報告書
日本外科学会の医学的評価報告書
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群馬大学医学部附属病院医療事故調査委員会報告書
群馬大学医学部附属病院医療事故調査委員会報告書
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取材:伊藤公一
カテゴリ: タグ:,,, 2017年2月24日
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