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No.318 「県立病院で、胆石の精査・手術を目的として入院し、ERCP検査をした患者が急性膵炎を発症し死亡。急性膵炎の診断及びその重症化に対する対応について医師の注意義務が欠けていたとして、県立病院側の責任が認められた地裁判決」

名古屋地方裁判所平成16年9月30日判決 判例時報1889号92頁

(争点)

急性膵炎に対する治療に関する注意義務違反の有無

(事案)

平成8年7月末ころ、患者A(死亡当時66歳の男性・A株式会社の代表取締役)に上腹部から下胸部にかけての疼痛が現れたので、同年8月6日、B病院を受診したところ、超音波検査(US検査)により胆石と胆のう壁の肥厚とが確認され、胆石症と診断された。

その後、Aは、Cクリニックに通院して治療を受けていたが、同年9月9日、上腹部痛が再発したため、同クリニックから紹介を受け、Y県の設置運営する病院(以下、Y病院という。)内科を受診し、胆石症と診断された。

9月10日、Y病院で、Aに対し、US検査が実施され、胆石と胆のう壁の肥厚が確認された。この際確認された胆のう結石の大きさは14.1mmであった。

9月11日、Aは胆石の精査、手術を目的としてY病院に入院した。Aの主治医は消化器内科を専門とする内科のH医師となった。

9月13日、Aに対し、再度US検査が実施され、直径18.5mmの大きさの胆のう結石が確認され、総胆管径の拡張も認められた。H医師は、総胆管造影を目的として内視鏡的逆行性胆道膵管造影検査(以下、「ERCP検査」という)を実施することにした。

9月20日、Y病院は、Aに対してERCP検査(以下、「本件ERCP検査」という。)を実施した。

本件ERCP検査の開始直前に、膵炎予防のため、抗酵素剤FOY(100mg)1バイアルをソリタT3(点滴維持液)500mlで希釈した溶液を2本、持続点滴した。

H医師は、内視鏡下にカニューレを十二指腸乳頭開口部から挿入し、造影剤を注入して膵管の造影をした後、胆管の造影を試みたが、結局、胆管像を得ることはできず、膵管のみの造影で検査を終了した。

本件ERCP検査終了後、Aは軽度の胃部不快感を訴え、同日19時から腹痛と嘔気を訴え、少量の嘔吐も見られた。そこで、H医師は、鎮痛剤を投与した。

同日22時の診察時点で、Aには腹痛と腹部膨満感があり、嘔気が強かったことから、H医師は、急性膵炎の発症を疑った。22時20分、胃管を挿入して胃内容物を吸引し、22時30分からFOY(100mg)2バイアルをソリタT3・500mlで希釈した溶液で持続点滴を開始した。

9月21日、当直のT医師の回診時、Aの上腹部痛は続いており、同日実施された血液検査の結果、血清アミラーゼ値が3311IU/リットル(正常値は80ないし200)との高値を示した。

同日には、6時30分からFOY(100mg)2バイアルをソリタT3・500mlで希釈した溶液で持続点滴し、さらに、13時20分に抗酸素剤ミラクリッド(5万単位)1バイアルをソリタT3・500mlで希釈した溶液を持続点滴した後、19時にFOY(100mg)2バイアルをソリタT3・500mlで希釈した溶液で点滴した。

9月22日、Aは朝から腹痛が続いていたが、発熱はなく、血圧は正常であった。同日17時25分頃から発汗があり、血圧が低下傾向となったため、当直のI医師が診察にあたった。同医師は腹部CT検査を指示し、H医師への連絡を指示した。

同日20時ころ、Aは血圧が58mmHGと低下し、ショック状態となった20時40分、CT検査が実施された結果、腹水の貯留が見られた。その直後、H医師が到着した。H医師は、Aの症状から重症膵炎と診断した。同医師は、中心静脈ルートを確保し、21時50分、同ルートから昇圧剤の投与を開始し、さらに、胃内減圧の目的で経鼻胃管を挿入し、22時49分、Aを集中治療室(以下ICUという)に移した。

しかし、9月23日、Aは、多臓器不全となり、翌24日から人工呼吸が開始され、9月26日からは人工透析がされた。

11月5日、Aは、膵炎の影響によって、呼吸不全に陥り、昏睡状態となり、同年11月10日死亡した。

そこで、Aの相続人であるXらは、Y県に対して、Aとの間で締結した診療契約に基づき、その履行補助者であるY病院医師の不完全履行による債務不履行責任、又は、上記医師の使用者として民法715条による不法行為責任を負うと主張し、Y県に対して、Aの死亡によって生じた損害の賠償を求めた。

(損害賠償請求)

患者遺族らの請求額:遺族合計7434万9998円
(内訳:逸失利益4835万円+慰謝料2000万+葬儀費用100万円+弁護士費用500万円:相続人複数のため端数不一致)

(裁判所の認容額)

裁判所の認容額:遺族合計5488万3695円
(内訳:逸失利益2888万3654円+慰謝料2000万円+葬儀費用100万円+弁護士費用500万円:相続人複数のため端数不一致)

(裁判所の判断)

急性膵炎に対する治療に関する注意義務違反の有無

この点について、裁判所は、H医師は、Aに対してERCP検査後に膵炎等が重症化することがある旨を説明しており、本件ERCP検査の実施前には、膵炎予防のために抗酵素剤であるFOY(100mg)を2本持続点滴していること等によると、同医師は、自らは直接経験していなかったものの、ERCP検査後に膵炎の発症をすることがあり、時には重症化することがあることを十分認識していたものと認定しました。

そうすると、同医師としては、9月20日22時の時点でAにつき急性膵炎の疑いを持った以上、これが重症化した場合には早期にICUに移して十分な管理態勢の下で治療に当たることができるように、9月20日22時以降、緊張感をもってAの診療に当たるべき義務を有していたものというべきであると判示しました。

ところが、同医師は、CT検査をすることもなく、また、膵炎の重症度判定に用いられる項目に係る血液生化学検査を十分にはしていないと指摘しました。

こうしてみると、9月20日および9月21日において、同医師には、Aの急性膵炎の診断及びその重症化に対する対応において注意義務に欠けていたものというべきであると判断しました。

この点に関し、鑑定人は、9月22日のCT検査がされた時点でのグレードはⅤの段階であり(このグレードにつき、Ⅳ、Ⅴの所見があれば重症とされる。)、膵臓の腫大と腹水貯留が認められている旨指摘し、さらに、「本件では、9月22日にショックに陥っているところ、検査項目については、重症度判定に必要なチェック項目は不十分と見受けられる。9月21日の時点で重症かどうか、集中治療を開始するかどうか、緊張感を持って診断に当たれば、一日早く集中治療を開始することが出来たと考えられる。9月21日の治療については、腹痛が強かったにもかかわらず、重症度判定が行われなかったことは残念なことである。アミラーゼの測定にとらわれず、ほかの検査項目をチェックする習慣があればよかったのかもしれない。一日早ければ、救命できた可能性を否定することができない。集中治療の開始は、早期であればあるほど救命率は高い。本件においては、本格的な集中治療が開始されたのは発症後70時間近く経ており、この集中治療開始の遅れが予後を大きく作用したと考えられる。」旨指摘しているところであり、本件において上記の指摘を覆すに足りる証拠は存しないと判示しました。

以上によれば、Y病院医師が、Aが急性膵炎を発症したと疑った時点以降、急性膵炎の診断及び重症度の判定を的確にすることができるよう適切な血液生化学検査及びCTを実施していれば、9月21日の時点で急性膵炎の重症化の判断ができたものと推認されると判示しました。

そして、その時点で直ちにICUに移し、的確な全身管理及び集中治療を実施していれば、Aが死亡することは避けられた高度の蓋然性があったとして、Y県は、上記注意義務に違反したY病院医師の使用者として、Aの死亡によって生じた損害につき、Xらに対し、賠償する義務を負うと判断しました。

裁判所は、上記認容額の限度でXらの請求を認め、その後、判決は確定しました。

カテゴリ: タグ:, 2016年9月 5日
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