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No.70「医師が手術の際、静脈と動脈を見誤って動脈切断。右下肢の切断を余儀なくされた患者が悲観して自殺。病院側に損害賠償責任を認める判決」No.70「医師が手術の際、静脈と動脈を見誤って動脈切断。右下肢の切断を余儀なくされた患者が悲観して自殺。病院側に損害賠償責任を認める判決」

高松地方裁判所観音寺支部 平成16年2月26日判決(判例時報1869号71頁)

(争点)

  1. 医師の過失
  2. 医師の過失と患者の死亡との因果関係
  3. 損害賠償額

(事案)

患者(昭和23年生まれの女性)Aは、平成11年6月25日、Y医師が経営するYクリニックで両足の冷えについて診察を受け、その際、Y医師は、両下肢静脈瘤及び深部静脈血栓症との診断をした上、合併症のおそれもあり、根治させるためには、手術が必要であるとAに説明し、静脈瘤が生じている両下肢の大伏在静脈を抜去する手術(ストリッピング術。以下本件手術という)を勧めた。

平成11年7月27日午前11時30分ころから午後1時30分ころにかけて、本件手術が行われた。その際、Y医師は、抜去すべき両下肢の大伏在静脈のうち、右下肢について、浅大腿動脈と見間違え、本来抜き去るべきでない浅大腿動脈を抜き去ってしまった。

Y医師は翌28日午前11時ころ、Aを県立I病院に転院させる措置をとったが、Aの右足には既に壊死が生じており、壊死の状態に照らして生命の危険があると判断したI病院の担当医師は、同日、Aの右大腿部膝上10センチメートルの位置で切断手術を施し、Aは右足を失った。Aは、平成11年7月28日以降もI病院にそのまま入院し、同年8月9日からは義足を付けて歩行訓練を行うなどした。 Y医師は、同年8月2日には、Aの夫らと面談し、I病院での治療費や当面の入院費用等もYが負担することなどを述べたが、同年9月頃からは、Aの右足切断に至ったのは、Aの疾患など身体的要因が原因だった旨の発言をするようになり、Aは損害賠償請求の提起も想定し、証拠保全などの準備をした。

Aは平成12年2月5日I病院を退院し、自宅に戻った。同年2月21日から4月21日にかけて、毎日書かれた日記には、娘の挙式準備や息子の就職活動に関することのほか義足による歩行がうまくいかず、不眠にも悩まされている旨の記載と、家族に感謝し、努めて自分を励ます言葉とが繰り返し記載されていた。

Aは、本件手術の約9ヶ月後である平成12年4月28日、自殺した。

(損害賠償請求額)

合計8927万0357円
(内訳:後遺障害逸失利益3627万0357円+患者の後遺症慰謝料500万円+遺族固有の慰謝料夫及び子供3名各1000万円(小計4000万円)+弁護士費用800万円)

(判決による請求認容額)

合計5467万9364円
(内訳:後遺障害逸失利益2547万9365円+患者の慰謝料500万円+遺族固有の慰謝料4名各600万円の80%である480万円(小計1920万円)+弁護士費用500万円。端数は計算の関係上合いません。)

(裁判所の判断)

医師の過失

裁判所は、Y医師は、医師として本件手術を行うにあたり、Aの右下肢の大伏在静脈を正しく識別せず、誤って本来抜去すべきでない右浅大腿動脈を抜去する傷害を与えた過失があると認定しました。

医師の過失と患者の死亡との因果関係

裁判所は、Aが自殺に至った経過に加えて、一般に事故で回復不能な傷害を受けた被害者は、受傷時のショックや被害に伴う喪失感が長く残りがちで、本人の性格的傾向やその他生活上の要因とも相俟って神経症的状態に陥るなどし、自殺衝動に駆られやすいと考えられることをあわせて考慮すれば、Aの自殺は、通常人においても予見することが可能な事態というべきであるから、本件手術とAの自殺による死亡との間には相当因果関係があるというべきであると判示しました。

損害賠償額

裁判所は、右足を喪失した後遺障害による、Aの逸失利益については、本件手術当時51歳であったAが67歳までの16年間、高卒51歳の女子労働者の平均賃金(3,530,900円)を下らない年収を得ることができ、これに片足をひざ関節以上で失ったことによる労働能力喪失率として92%を乗じ、中間利息を控除(係数10.8337)し、かつ、賠償分の30%分は生活費に充てられるべきであったがAは右足喪失後約9ヶ月で死亡したことによりその後の生活費の支出を免れていることから、労働能力喪失率92%の3割相当の控除を行うこととして、逸失利益の現在価値を算出しました。

(計算式) 3,530,900×0.92×(1-0.92×0.3)×10.8337=25,479,365円

また、裁判所は、「身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合においても、その損害が加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の意思や心因的要因が寄与しているときは、損害賠償額を定めるにつき、民法722条2項を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の事情を斟酌することが相当である」との前提にたち、「Aの死亡という損害が、本件手術のみによって通常発生する程度、範囲を超えている事は明らかであり、Aの心因的要因が寄与していることも認められる」と判示しました。

そのうえで、「Aが死亡したことに伴って発生した損害額の算定に当たっては、本件医療事故とそれに伴う傷害結果発生の態様、それによるAの精神的ショックの程度、Aがこのショックから立ち直ることのできた蓋然性の有無及び程度、更にはAの傷害の部位、程度及び治療経過、事故後の状況等の諸事情を総合考慮した上で、その損害の拡大に寄与したAの心因的要因に応じて、20%の限度でその損害額を減額するのが相当である」と認定し、遺族固有の慰謝料について20%減額し、前記のとおりの損害賠償を命じました。

カテゴリ: タグ:, 2006年5月24日
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