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第15回:「救急救命士の業務拡大効果について」

東京消防庁 救急部 救急指導課長 横山 正巳 氏

 救急救命士法施行規則の一部を改正する省令が平成15年3月26日に公布され、平成15年4月1日から施行されている。
 改正の要点は、1)包括的指示※1 下での除細動の実施を救急救命士に認める、2)無脈性心室頻拍についても救急救命士が除細動を実施できることとする、の2点だ。
 改正から約2ヶ月、どのような変化があったのか。東京消防庁の救急部救急指導課長の横山正巳氏に、改正後の変化、救急医療の質の確保、今後の課題について聞いた。

 ※1 包括的指示
患者に関する対応をあらかじめ一定の範囲で認めておく医師の事前指示のこと。これまで除細動の実施は、その都度、医師からの個別の指示を受ける「具体的指示」下であったが、今回「包括的指示」下で可能になった。


 
 


 I 改正後の変化

−改正後、救命効果はあがっているのでしょうか。

 東京消防庁における平成15年4月1ヶ月間の除細動実施件数58件のうち、病院到着前に回復(心拍再開)したのが9件、病院到着後に回復したのが6件で合計15件回復しています。回復率にすると25.9%になります。
 また、5月の実施件数は44件で、そのうち病院到着前に回復(心拍再開)したのが12件、病院到着後に回復したのが2件で合計14件回復しています。回復率にすると31.8%になります。
 昨年度1年間のトータル実施件数は611件で、そのうち回復したのが111件、回復率は18.2%でしたから、この4月以降、回復率はかなりアップしているといえます。

除細動実施件数 回復件数 回復率
病院到着前 病院到着後
平成14年度 611件 111件 18.2%
平成15年4月 58件 9件 6件 15件 25.9%
平成15年5月 44件 12件 2件 14件 31.8%


−包括的指示下になったことで、時間はどのぐらい短縮されたのですか。

 4月1日以前の除細動は、医師が具体的な指示を救急救命士に与えるために必要な医療情報を医師に伝わっていることが必要でありました。そのため、救急救命士は心肺機能停止者に対して、まず患者に電極パッドを貼り、心電図モニターで心室細動を確認し、患者の事案発生状況やバイタルサイン、心電図モニターで確認した心室細動の医療情報を伝えるために指示要請を行いました。
 医師は、救急救命士の指示要請の内容を確認してから、除細動を行ってもよいと指示しておりましたので、救急救命士が心室細動を確認してから通電するまで平均約2分かかっていました。
 医師への指示要請の方法は、地域の消防本部によって様々です。病院に直接電話をして院内の医師に連絡することもあれば、直接医師のPHSに連絡することもあります。東京消防庁では、2箇所(多摩地区と23区)に指令室があり、そこには常時、1名の救急隊指導医がいて、そこから365日24時間いつでも、救急救命士に対して指示・助言がもらえるようになっているため、従来の通電まで約2分というのも比較的早く出来ていた方だと思います。
 4月から除細動の包括的指示下による制度の改正(救急救命士法施行令第21条第1号の改正)がなされ、救急救命士法第44条に規定する医師の具体的な指示を受けなければ行えない行為の対象から除外し、包括的指示による除細動の実施が認められるようになり、平均35秒で除細動できるようになりました。約1分半の短縮が可能になったことになります。それが回復率アップにつながっていると思われます。

−今回の改正に対する救急救命士の現場の声はどうなのでしょう。評価はどうなのでしょうか。

 今まで除細動を行うに医師の具体的指示を得るまでに少なからずタイムラグがあり、やきもきしていたことが、包括的指示により、早く除細動ができるようになり、救命に貢献するという意識が高まっていると思います。救急救命士は、除細動による救命効果は1分遅れると10%下がるということも認識していますので、救命効果があがる可能性が高いことを喜んでいます。
 心電図モニターを早く見て、心室細動を見つけたら通電ボタンを押す。「VFハンター」ですね。自分たちの救命行為がそのまま反映できるので、とまどいはなく、むしろやりがいを持っています。モチベーションが高まっているようです。

−もっと処置範囲を拡大してほしいと思う部分はありますか。

 救急救命士だけでなくそれ以外の救急隊員にも除細動を行えるようになればいいと思います。例えば、救急救命士以外の救急隊員や、消防隊員も救急現場で活躍していますので、救急救命士が到着する前に除細動が行えるようになれば更に救命効果があがると思います。
 アメリカでは、空港や駅など大人数が集まる公共施設に消火器が設置されているのと同様に、自動体外式除細動器(AED)が配置されています。一般市民でもそれを使用し、除細動が行えるようにしています。AEDは、心電図波形を自動解析し、除細動の要否を判定してくれるので、操作者は除細動のスイッチボタンを押すのみでよいものです。
 最近、日本の航空機内でも乗務員が除細動器を使えるようになる、と報道されておりました。どうして我々の救急現場でそれが早く出来ないのか、という気がします。時間がかかると思いますが、医師の方々のご意見を頂いて一歩ずつ実現したい。もちろん、そのためには我々の方の教育も必要ですので、出来ることは喜んでやりたいと思っています。
 平成3年に救急救命士法ができてから10年後、秋田市など一部地域において救急救命士による気管押管が行われていた件が発覚し、処置範囲の見直しが行われ、それから1年と少しかかり今回の改正に至りました。非常に言いにくい部分ですが、包括的指示下による除細動がもっと早く出来なかったのか、という思いはあります。ここまで随分遠回りしたような気がします。しかし、医師側の、医学的根拠が検証されたものでないと認められない、という主張も理解できます。


II 救急医療の質の確保

−今回の改正に伴い「MC体制」という言葉が出ていますが、どういうものなのでしょう。

 MC(メディカルコントロール)体制は、救急活動の質の確保を図るものです。私は、救急医療全体の質の確保を図るものであり、その一部が救急活動であると思っています。
 今回の処置範囲拡大は、事後検証体制やプロトコールの作成、講習カリキュラムに沿った必要な講習の実施など、事前・事後のメディカルコントロール体制の整備が包括的指示の下での除細動実施の条件とするという前提で認められました。
 当庁の事後検証体制は、全件、事後検証票により、当庁の各消防署で救急業務の管理的な観点から一次検証のチェックが行われます。続いて、当庁管内には10の消防方面本部がありますので、それらの消防方面本部で管轄する消防署から一次検証の結果があがってきますので、それを更に検証します。この消防方面本部での検証を二次検証と呼んでいます。この二次検証を終えたものについて医師検証を行うこととしています。医師検証とは、救命救急センターの医師により医学的な観点からの検証をいいます。最後に、東京都メディカルコントロール協議会の事後検証委員会で、総括的な検証を受けます。つまり、庁の内外から四重のチェックを受けるのです。東京都メディカルコントロール協議会では、各消防署にフィードバックするものと、更に、東京消防庁全体としての教育が必要なもの、救急処置のプロトコールの見直しが必要なもの、医療システムの問題など全体で解決しなければならないものを、協議され、方針が出されます。
 医師にも症例検討というのがあると聞きますが、全ケース事後検証が行われる体制というのは我々にとってかなり厳しいものです。消防機関側としては、医師検証にしばられるメディカルコントロール体制に拒否反応がないわけではありません。しかしそれは、救急活動の質を高め住民に還元するものであることを理解しなければならないと思っています。前向きな姿勢が必要です。

−事後検証票はどういうものなのですか。
 
 従来、事後検証するための様式がありませんでした。しいていうと、救急隊が救急活動終了後に記載する救急活動記録票がありましたが、これには検証するために必要な項目が不足しています。このため、医学的判断・処置に関して客観的な検証を行うために必要な項目が必要ですし、医師による検証結果が記載されるような検証票を作成する必要があります。
 この検証票は、各地域のメディカルコントロール協議会で定めることが適当であると、総務省消防庁の救急業務高度化推進委員会報告書(以下、「報告書」という。)で示されました。当庁では、東京都メディカルコントロール協議会でこの検証票が定められました。
 この報告書では、標準的な事後検証票の考え方に救命効果の評価を行うことが必要であるという考え方を下に、ウツタイン様式※2 にも配慮する必要があるとしています。このウツタイン様式は、約10数年前、アメリカやヨーロッパなどそれぞれ救急蘇生指標が国別の書式で統一されていなかったのですが、世界標準様式を目的として策定した統一的な様式です。この共通の様式により世界の統計と比較・分析することが出来ます。日本の事後検証票もこの様式に配慮して作られています。日本ではこの4月から始まったばかりでまだ充分なデータはありませんが、そのうちに東京とニューヨークの比較というのも可能になるでしょう。
 ちなみに、アメリカのシアトルでは心停止後35%が社会復帰しているというデータがあります。

※2 ウツタイン様式
1990年6月にアメリカ心臓協会(AHA)とヨーロッパ蘇生会議(ERC)がノルウェーの小さな島にある史跡ウツタイン修道院で、蘇生に関する用語や記録をまとめる言葉の標準化について議論した。次いで第2回目の会議が、同年12月にカナダ心臓・脳卒中財団(HSFC)とオーストラリア蘇生会議(ARC)を加え、イギリスのサリーで開催された。その結果出来上がったガイドラインに、第1回会議が行われた修道院の名から「ウツスタイン様式」と名づけられた。


−教育や研修はどのように行っているのですか。

 東京消防庁では、再教育、現場での集合教育・訓練、学術研究会などを行っています。それから救急隊員に対する技能の審査会が毎年1回行われ、点数が悪いともう一度受け直さなくてはなりません。これからの5〜8月は審査会のシーズンです。そのために皆、救急活動の合間を縫って日々訓練しています。それがレベルアップにつながっています。いつまでも従前の技能ではダメだということです。常に技能の向上を目指しています。
 また、大学医学部付属病院等委託研修というものを平成2年度から始めました。当初は2年間でしたが、現在は1年間、都内の病院の救命救急センターを有する病院に、救急救命士を委託して研修を行っています。今年度も13名が研修を受けています。委託先は、日本医科大学病院、杏林大学病院、東京医科大学病院、国立病院東京災害医療センター、東京都立墨東病院、日本大学板橋病院の救命救急センターです。医師の診察及び医療処置等がどのように行われているのか、また、他の医療職種の職務内容等についても、現場を目で見て、直接触れて、感じて習得してきます。この研修は、救急業務の監督者及び指導者を養成する目的で行われています。


III 今後の課題

−現在検討中の気管挿管・薬剤投与についてはどのようにお考えですか。


 気管挿管は、平成16年7月を目途に、気管挿管に必要な専門的知識に関する講習と、専門医の指導の下に、患者さんにインフォームドコンセントを行って、全身麻酔症例を対象に30症例以上の気管挿管を実習し、都道府県メディカルコントロール協議会の意見を聞いた上で研修修了の認定を行い、救急救命士に気管挿管を認めるというものであります。
 東京消防庁としましても、この条件を踏まえて、研修を行い気管挿管ができる救急救命士を育成していきます。
 ちなみに、東南アジアの先進諸国の中で、救急救命士に気管挿管や薬剤投与が認められていないのは日本ぐらいです。韓国、台湾、フィリピンなどでは認められているようです。

 また、薬剤投与については、救急救命士に認めることの適否について議論されています。救急薬剤は、心肺蘇生時の薬剤投与(エピネフリン、アトロピン、リドカイン)ですが、その効果の有効性を示す明確な根拠が見つからないなどから、現在、幾つかのドクターカーや救命救急センターで検証しています。しかし、これについては蘇生に必要な最低限の救命薬品があれば充分だと思います。医師のように全ての薬剤の使い分けなど我々にはとてもできません。にわか仕込みではなくきちんとした技能をもった人に行ってもらわないと患者さんの方も困ります。ですから、もし認められたら、今まで以上の教育が必要になってくるでしょう。
 アメリカでは救急車に薬を60種類ぐらい備えています。麻薬まで備えているのです。それだけしっかりと教育されているのでしょう。
 そこまで求めるかどうかは医療のあり方の違いがあるので一概には言えません。我々の方も限界があるので、医師が行うこと全てをできるようにとは全く思っていません。

−今後の抱負をお聞かせ下さい。

 我々の使命は、救急要請をしてきた住民の皆さんが、適切な観察判断と救急処置を施し、患者さんの病態に見合った適正な治療が迅速に施される医療機関に搬送して、身体に障害を残さずかつ、完全な社会復帰を果たすことを目指しています。そのため、バイスタンダーによる応急手当と我々救急隊員、そして、医師の適切な連携により、実施することが重要です。社会復帰とは、外傷であれば跡が残らず機能が元に戻ること。また、除細動で心拍再開しても予後が脳死ではだめです。働き盛りの人であれば、予後、生産性・生産力を高められる状態まで回復出来てこそ、救命効果があると言えるのです。
 そして、相手を思う気持ちを大切にできる、都民が安心できる救急隊員、人間的にもモチベーションの高い人を育てることが私たちの使命だと思っています。
 


 取材中の救急指導課に、折しも、新型肺炎(SARS)ではないかという患者関係者から救急搬送を要請する電話が入ってきた。隊員はこれから完全武装して出動すると言う。しかし、連絡した医療機関からなかなか受け入れを許可してもらえず困惑している様子が見られた。
 今回のお話にあったMC体制も、医療機関と消防機関との協働によって構築されていくものだ。お互いの立場を理解しあい、良い協力関係を築いていってほしい。