特定医療法人財団 健和会 理事
健和会 訪問看護ステーション統括所長 宮崎和加子氏
医療従事者が活躍する場として、今後「在宅」分野がますます増えてくると思われる。しかし、そこには医療機関や施設とは異なった状況・条件があり、それらを考慮したリスクマネジメントが必要だ。
そこで、今回のスペシャリストとして、「在宅ケアにおけるリスクマネジメントマニュアル」(日本看護協会出版会)の著者である宮崎和加子氏に、在宅ケアにおけるリスクマネジメントのポイントについて最新事例も交えてお話を伺った。
Ⅰ 在宅ケアにおけるリスクマネジメント
-まず、在宅ケアで特に注意すべき点を教えて下さい。
在宅は、医療機関の中とはかなり状況が違うと、まず思わなければなりません。現場を医療機関よりも広いものだと認識すべきです。家族の方が点滴後の抜針など危険な行為を行うことに対して、どのように指導や管理を行い、安全性を守っていくか。医師や看護師といった資格を持った人だけでなく、ヘルパーさんもケアに入っていくという点から、危険なところをどう管理するか。こうした状況ごとに対応した様々な責任があるということをおさえておかなければなりません。
また、医療は生命に関わりますが、在宅ケアは生活そのものに関わります。在宅ケアの主役はそこで生活している人です。病棟の中とは異なり、医療はあくまでも生活の一部、オプションであるということもふまえて、リスクを把握し対策を講じなければなりません。
次の表は私のオリジナルのものです。事故は大きくこの15種類に分けられると考えます。
医療機関の中ですと、この表の中の「医療事故」「ケア事故」の占める割合がほとんどでしょう。在宅は医療処置をする機会がまだそれほど多くありませんが、施設の中ではなく外、つまり社会の中であるため多様な事故が起こります。
多いのは入浴介助場面での事故です。入浴介助を行っていて、シャワーチェアへ連れて行く時にひっくり返ってしまったり、骨折させてしまう。あるいは、入浴中に火傷させてしまうこともあります。例えば利用者から「ぬるいから追い炊きして」と言われて、追い炊きのスイッチを押したら、熱湯が出るところにたまたま麻痺した側の足がおいてあり、熱いのを感じなくて、お風呂から上がって見たら本人は痛がらないけれど水泡になっていたというようなケースもあります。
私のところには14箇所の訪問看護ステーションからインシデントレポートが上がってきますが、その中では交通事故が多いです。やはり外を出歩くことが多い仕事ですから。交通事故が起きた場合の鉄則は、事故が起きたらそこの管理責任者がその日のうちに相手に会うこと。これが、事が大きくならず、訴訟にならない鍵だと思います。
Ⅱ 具体例
-最近の事故の事例をいくつか教えていただけますか。
(血液一滴10万円~ある都道府県から聞いた話~)
利用者の方に熱が出て、医師が指示を出し、訪問看護師が利用者宅へ採血に行った時のことです。採血の際に血液がポタッと一滴リビングの床に落ちてしまいました。看護師は慌てて、通常病院でするように酒精綿(アルコール綿)で拭き取りました。しかし、それでフローリングの塗装がはげてしまい、そこだけ色が白く変わってしまいました。素敵なリビングの一番目立つところだったので、家族からすごい苦情が出ました。結局10万円かけて床を全部張り替えたということがあったそうです。
(窓の閉め忘れ)
訪問看護師が一人暮らしのご老人宅を訪れた際のことです。入浴介助が終わり、お風呂が湯気でカビが生えないように少し窓を開けて換気をしていました。訪問看護師は、それから他のケアを行った後、窓を閉めずに帰りました。しかし利用者は身体が不自由で、その窓を閉めるところまで手が届かなかったのです。利用者は、そこから泥棒が入ってくるのではないかと心配になりました。それが気になって気になって仕方がなく、結局その夜、昼間訪問に来た看護師に電話をかけて再度家まで来てもらいました。
(連絡不足で発生した費用)
介護保険サービスの利用者が、ケアプランの中ではデイサービスに行くはずだった日に急に入院することになり、デイサービスを受けられないということもあります。しかしサービス提供側は、利用者が来るものだと思い準備しています。この連絡がうまくいかず余計な出費が生じた場合、誰が負担するのかということが問題になります。あるいは1ヶ月間入院している間、レンタルベッドを借りたままになっている場合、誰がその費用を負担するのか、という問題が生じてくることもあります。
(家族の虐待)
老人の身体に、明らかにタバコの火を押し付けられて出来た跡をみつけることがあります。しかし、家族は「そんなことはしていない」と主張し、本人も違うと否定しています。
暴力や虐待などは、私たち事業所の者だけでは解決できないこともあります。「外から入ってきた人に何がわかるのか」と拒絶されて、関係がこじれたり悪化する危険があります。事業所の人間だけで関わるのが不安な場合は、行政のように第三者的、公的な立場の人に相談して間に入ってもらい、一緒に考えていきます。複数で関わり、客観化する必要があるのです。
Ⅲ 演習ノート
-「在宅ケアにおけるリスクマネジメントマニュアル」の「演習ノート」の部分は、参考になると思います。先生の講演や研修会でも実際にやっていただいているそうですね。
今までいくつかの研修会の参加者にこの演習をやっていただきました。まず、事故事例を読んでいただきます。次に、自分がその職場の管理責任者になったつもりで、その事故報告を受けたとき、どうすべきかを列記してもらいます。研修会に参加している職種はさまざまです。でも、どなたもいずれ管理者になる可能性がありますから、自分が管理者になったつもりで考えてもらい、グループで討議して検討結果を出して頂きます。しかし、どのグループも100点にはなりません。どこかが欠けています。また、抽象的な答えしか出てこないことも多いです。そこは訓練が必要です。
-では、ここで皆さんも考えてみてください。
事例「ケア中に転倒事故発生」
- 利用者概要
M氏、68歳男性
脳梗塞の後遺症あるが、身辺動作はほぼ自立。
4点歩行器で室内歩行監視レベル。
妻と2人暮らし- 事故概要
-
夏場で発汗が多くなったM氏に、清拭からシャワーキャリーでのシャワー浴に変更して、2回目のシャワー浴の日の事故。
前回初回時に、浴室と脱衣所へ移動するため段差を越える時、キャリー後方から前輪を上げようとしたがなかなか上がらず、家族に手伝ってもらおうと考え、先に脱衣所に上がるが、「片方の前輪だけでも引っかかれば自分だけでも上げられる」と、力を加えた瞬間、後輪がすべり、M氏がキャリーに座ったまま後方へ転倒。腰部、頚部を打撲したように見えた。
M氏はかなりの痛みを訴えるが、首を動かすことはできたため、妻の手を借りて自室のベッドに移す。この時、[血圧210/130、脈拍72]。主治医からの連絡を待つ間に何度かバイタルを測定。20分後:[血圧160/100、脈拍72、意識クリア、頭痛・嘔気なし、手足の動き問題なし]。M氏は腰部の強い痛みを訴え続ける。
事業所の所長(上司)に電話した。
Q:さて、電話を受けた管理責任者のあなたは、次にどう行動する?
Ⅳ キーワードは「人命」「経営」「信頼」
-先生は、在宅ケアにおけるリスクマネジメントに欠かせないキーワードとして「人命」「経営」「信頼」の3つをあげています。これらを挙げた理由を教えて下さい。
「人命」
私たちは命を守る仕事をしているのに、命を奪うという逆のことをしてしまう危険性があるという点を自覚しなければなりません。また、利用者だけでなく職員そのものの命や健康も守らなければなりません。この観点がすごく大事です。とかく職員を軽視する経営者がいますが、職員の人権を守ることも重要です。
「経営」
事故にはものすごくお金が関係します。まず検査のためにレントゲン1枚とって診断した費用をどこが払うのか、保険か、事業所か、といったこと等から問題になってきます。またトラブルに対応する管理者や担当者の時間をお金に換算すると、膨大な額になります。先程の演習の解答例をみてもわかるように、非常に多くの人間が、たくさんの時間を割かれることになるのです。
さらに、事故を起こした職員のやる気がなくなり落ち込むことも考えられます。すると、お客様の前でいい笑顔が作れない、仕事にならない、チームが乱れてくる。その結果事業所の評判が落ち、利用者が減り収入も減る、という具合にも経営に跳ね返ってきます。
「信頼」
一回単純なミスを起こしたことが知れわたると、その噂が何日も何年も続き、その地域の方との信頼関係が失われていく可能性があります。すると事業の継続に大きく影響してきます。信頼関係が崩れたらこの仕事は出来ません。
もし事故が起こってしまったら、信頼関係を強める方向での対処をしなければなりません。それは可能です。事故を隠さず公開して共有していくことです。
編著者 宮崎和加子 |
在宅の場に潜む多様なリスクは、現場で働いている人にしかわからない部分が多い。今回の記事で、少しでもその多様さがお伝えできればと思っている。
また、最後の3つのキーワードは在宅ケア以外にも広く共通して言えることであろう。
会員の皆様の状況は様々であろうが、時にはそれぞれが管理者になったつもりでリスクマネジメントを考えてみるのも重要であろう。