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第16回:「老人診療における医療安全上の留意点」

日本医科大学附属病院 老人科教授 大庭 建三 先生

 先日発行された「高齢社会白書(平成15年版)」によると、わが国の平成14年10月1日現在の後期高齢者(75歳以上)人口が初めて1,000万人を上回った(1,004万人)とある。さらに、平成32年まで高齢者人口は急速に増加すると予測されている。
 医療の現場でも高齢者が患者になるケースはますます増えるだろう。
 そこで今回は、日本医科大学附属病院の老人科教授である大庭建三先生に、老人診療に際して、身体機能の特殊性、コミュニケーションの取り方等について医療安全の観点からポイントを聞いた。また、今後の課題についても伺った。


 


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 診療上のミスを防止する上では、お年寄りの身体機能の特殊性を頭に置いておくことが大事です。主なポイントを4つ挙げます。

(1)生理機能は加齢と共に低下する
 全ての生理機能は加齢と共に低下してきます。また、臓器によっても低下の速度に若干の差があります。
 例えば、肝臓と腎臓を比べると、腎臓機能の方が低下速度が速い。ですから、同じ薬を使うにしても、腎排泄よりも肝臓で代謝されて効果がなくなるものの方が安全性は高いです。
 さらに、同じ臓器でも機能によって差があります。腎臓で言えば、尿を希釈する力はそれほど落ちませんが、濃縮する力は加齢と共に落ちてきます。これから夏場に向かってお年寄りが脱水で倒れてしまう原因の1つは、腎臓での尿の濃縮力が落ちていることによるものです。通常、水分が足りなくなると尿の色が濃くなりますが、これは尿を濃縮してなるべく体内の水分を捨てないようにしているのです。お年寄りはこの濃縮力が落ちてくるので、ちょっと水を飲んでいない状態が続くと脱水症状で倒れてしまう。つまり、身体から出て行く水分の節約が出来ないのです。もちろんこれだけが脱水を起こす原因ではありませんが。

(2)症状が出にくい
 若い人と違って症状が出にくいということもお年寄りの特徴です。
 普通、虫垂炎は右下腹部が痛くなります。若い人だと、初め気持ちが悪くムカムカして、だんだん痛みが右側にきてそこを押すと痛い(圧痛)という症状がでて、これは虫垂炎だと診断がつきます。ところが、お年寄りは何か気分が悪い、おなかが張るという程度の症状しか出ない。おなかを診ても痛がらない。血液を調べてみてもそんなに白血球は多くない。若い人の場合、白血球が1万を超えると虫垂炎を疑い、手術適用となります。しかしお年寄りは白血球の数も増えないので、「1日様子を見ましょう」として家へおかえしする。すると、次の日に腹膜炎を併発して、かなり重症になって飛び込んでくるということがあるのです。

(3)症状が定型的でない
 症状が出たとしても定型的でないということがあります。例えば、心筋梗塞は、普通若い人の場合だと胸骨下部に激しい痛みがきて、これはおかしいと気付きます。ところがお年寄りは左の肩がちょっと痛いとか、若い人にはあまりないことですが、みぞおちが痛いという症状のことがあります。そこで胃が悪いのかと思いつつ心電図を撮ってみると心筋梗塞だったということがあるのです。
 また肺炎は、咳、痰、熱がでるのが通常の症状です。しかし、「急に昨日からボケてしまった、変なことを言い始めておかしい」と言って、家族の人が患者さんを連れてくることがある。脳でもおかしいのかと思いCTをとっても異常がない。レントゲンを撮ったら肺炎だったということもあります。

(4)一人で多くの疾患を持っている
 高齢者は病気をたくさんもっていますから、1回や2回の診察では全部の病気が見つからない場合が多い。
 例えば、風邪でいらっしゃった方に対し、あまりお話を聞かないで風邪薬を出して帰してしまう。その方が、夜になって救急車でこられる。おなかが痛いと言うので、おかしいと思ってみると尿閉(尿が出なくなる)ということがあります。感冒薬で抗ヒスタミン薬を使うと、前立腺肥大の方は尿が出なくなってしまうことがあるのです。内科に行く患者さんは内科の事だけ話せばいいと思っている。それで前立腺肥大の話をしていない。医者の方も注意して聞かない。
 また最近は、コレステロールを下げる「スタチン」という薬が多く使われていますが、これと爪白癬の内服薬に含まれている「イトラコナゾール」を併用すると副作用が出やすくなります。
 ちょっとした不注意で安易に薬を出した結果、思いがけないアクシデントが起こることがある。高齢者は病気をたくさん持っているということを頭において、薬物の相互作用に気をつけないといけないのです。
 最近は、薬剤手帳のようなものが普及してきましたので、それを見れば薬の服用状況に関する大抵のことはわかるようになりました。ただ、お持ちにならない患者さんもいるし、医者が横着して書いていないこともありますから、きちんと確認することが大切です。


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 食事が喉を通らないと言って来た人に、レントゲンも心電図も撮らないで、簡単に「点滴をしましょう」といって実施したら、急に苦しくなって肺水腫になってしまうことがあります。後になって、もともと心臓が悪くて心房細動がある方だったことが明らかになるのです。心房細動のある方は、点滴速度を少し早くすると、状態が悪くなってしまう可能性があります。こうしたことも、患者さんにもう少し丁寧に聞いていれば防げることです。
 そこで次に、コミュニケーションの取り方について、ポイントを3つ挙げます。

(1)できるだけ情報を得る
 大事なことはたくさんの情報を得ることです。特に、新しく来た患者さんで、他にかかりつけ医がいるような方の場合は、かかりつけ医の先生の紹介状を頂く。あるいは、こちらからそのかかりつけ医に連絡をとってみます。お年寄りの長い歴史を短い診察時間で把握するのは難しいですから。そういうことをしないで安易に診察してしまうと大失敗します。
 きめ細かい対応が大事です。お年寄りですから病気をいっぱい持っています。表に出ている病気だけではなく、隠れた病気もあります。それらを把握するためにもなるべく情報をたくさん仕入れておきたい。今は区の検診や住民検診がありますから、できるだけその資料を持ってきてもらいます。それが無理であれば、少し古くなりますが、会社にお勤めしていた時の検診結果でも構いません。できるだけ多くのことを知っておくべきです。

(2)キーパーソンを把握しておく
 ご本人の理解力が乏しい場合には、その家族の方と連絡をとることになります。しかし、家族といえども、そのご本人を良く知っている方でなくてはなりません。つまり患者さんと接していく時のキーパーソンとなる人です。誰が一番その患者さんの情報を持っているのか、頼りになるのか、重要な人なのか、こうしたことを見極めなければなりません。
 お年寄りは思わぬ病気が出てきますから、「病院にきたらかえって悪くなった」と思われることもあるのです。そういう誤解を招かないように、キーパーソンを把握して、十分説明しておかなければなりません。いろいろな方が聞きに来て、いろいろな受け取られ方をして、伝言ゲームのように話がだんだんずれていってとんでもない誤解を生むこともあるのです。ですから、必ずキーパーソンの人を含めていらしてもらってまとめて話すことです。情報を得るのも、こちらの話を伝えるのもキーパーソンを中心にすることが大事です。
 例えば、軽い痴呆の方が入院して、夜間せん妄を起こし、夜中に暴れたり、徘徊したりすることがあります。しかし4〜5日すれば大抵はおさまります。
 脳梗塞は段階的に悪化しますので、少し呂律が回らない程度で入院しても、翌日の昼間には手足が動かなくなり、その夕方には歩けなくなったりするのです。
 肺炎の場合、施設でかかった肺炎は市中肺炎よりも治りにくいことが多いのです。
 「あんなに元気で入院したのに」と言われないように、予測される可能性をある程度事前に話しておくことは必要です。

(3)世代や立場の違いを認識しておく
 老年科の若い医師と、患者さんとの世代のズレが思わぬ誤解を生むこともあります。例えば、若い医師がレントゲンを見て「ひょっとしたら結核も考えられる」という話をする。若い医師にとって結核は、薬も良くなっており、治療すれば治る病気だという感覚です。しかし、お年寄りにとって結核イコール死なのです。ですから、話を聞いた後、急に落ち込んでしまう。ところが医者は何故落ち込んでいるのかよくわからない。これは、医者が作り出した「医原病」とも言えます。
 また、お年寄りが脳卒中のことを「中風(ちゅうぶ)」とか、半身麻痺の状態のことを「ヨイヨイ」などとおっしゃることがあり、そのまま記載している若い医師がいます。「わかって書いているのか?」と聞くと、理解していない。
 こうした世代のズレから誤解が生じる可能性があります。

 笑い話のようですが、「検査前にはご飯を食べないで下さい」と注意をしておいたら、「ご飯がだめだというのでパンを食べてきた」という患者さんがいらっしゃいました。
 また、座薬を渡したら「飲もうとしたけれどどうしても飲めない。」と、薬局の薬剤師の所へ薬を持って相談に来られた方もいました。医師にとっては当たり前のことでも、患者さんにとってはそうではないこと、またその逆もあることに留意しなければなりません。


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 今後増えてくると思われる問題点や課題について、以下の4点を挙げます。

(1)本人以外の周囲が決めてしまうことの問題
 最近は、本人が決めないで、周りが勝手に決めてしまうことにジレンマを感じることが多いです。例えば、白内障があってちょっとボケている患者さんがいる。私どもがご家族に「白内障がひどいですから手術したらどうですか」と言うと、家族の方は「冗談じゃない、これで目が見えるようになったら大変ですよ」と。面倒だし、お金もかかるし、この年になったらもういいではないか、と勝手に決めてしまうのです。しかしご本人は「目が見えない」とおっしゃる。
 白内障が治癒すればテレビも見られるようになるし、もう少しいろいろな社会とのコンタクトも取れて、痴呆の進行度も遅くなるのに、と思います。しかし、ご家族から「今更白内障の手術なんて…」と言われると、医者として良い治療をしようと思っても、そこから先へ進めなくなる。これはある意味、老人差別、目に見えない虐待です。しかし家族の了解なしに手術や入院をさせることはできませんから、難しい問題です。

(2)患者さんへの情報提供
 利用できる社会的資源について、患者さんに情報を与えていくことも大切なことです。
 患者さんに「訪問ヘルパーさんをもう少し利用したらどうですか?」と言うと、「先生、そんなことをしたら準備が大変ですよ。」という返答がきました。ヘルパーさんの来る前の日から一生懸命掃除をするのだそうです。こうしたサービスを利用するのを、恥だと思っている方もまだまだいらっしゃる。自分のことは自分でやる。他人には面倒をかけたくないと。しかし、それが結果的に大騒ぎになって入院ということにもなる。そういう方にサービス利用の必要性を話していくのも仕事の1つになっていくと思います。

 何十万円もするような健康器具、健康食品、サプリメントや民間療法。お年寄りは、こうしたものにつけ込まれることも多いのです。「座っているだけで血液がサラサラになる椅子、何十万もするんだけど先生はどう思いますか?」等という話もあります。相談してもらえるケースばかりではありませんから、なかなか介入できませんが、守ってやらなければならないという気がしています。

(3)成年後見制度との関わりの困難さ
 お年寄りを診ていると、相当立ち入った話になり、家庭内のトラブルに巻き込まれることもあります。例えば、お年寄りが経済的なものを握っていてボケてきた場合、どうしても子供たちは「危ないから、自分たちで財産を管理しよう」となる。そこで、成年後見の申立てに必要な、精神状態についての診断書を要求される。しかし、ここで問題なのは、好き嫌いの判断能力と、お金の計算が出来たり細かいことを覚えている能力とは違うということです。「私の財産をあの子には渡したくない」という言葉がボケからきているものじゃないとしたら…。そういう方の判断能力をどうみるか、これは難しいです。相続権のある子供たちが兄弟げんかしている場合などは、いろいろな所から異なる意見を言われます。可愛がってもらっている方は「ボケていない」、どうも財産分与が少なくなりそうな方は「ボケている」という証明を欲しがるものです。

 成年後見制度が出来たことは良いことですが、まだ浸透していません。一人住まいで全く身寄りのないお年寄りがボケてしまった場合、区としてどうすべきか、対応に困るケースが増えているようです。当院も文京区から相談をうけることがあります。しかし、お互いに経験が少ないですし、雛型もない。雛型といってもケースが千差万別ですから、そう簡単にできるものではありません。試行錯誤の状態です。将来的にはこういうことも整備されていかなければならない課題です。
(注)成年後見制度
精神上の障害により判断能力が不十分な者について、契約の締結等を代わって行う代理人など本人を援助する者を選任したり、本人が誤った判断に基づいて契約を締結した場合にそれを取り消すことができるようにすることなどにより、これらの者を保護する制度。(出典:「新しい成年後見制度における診断書作成の手引」最高裁判所事務総局家庭局)

(4)お年寄りを総合的に診る
 現在、医療のほとんどは臓器別となっていますが、たくさんの病気を持ったお年寄りの場合、トータル的に診察できる医師が必要だと思います。なぜなら、臓器別にそれぞれを専門の最高の医療で診ようとすると、弊害がでてくることもあるからです。“船頭多くして、船、山に登る”状態になりかねません。どこにウェイトを置いて、どこを専門医に診てもらうか。そうしたコーディネートをするのが老人科です。
 「お年寄りを総合的に診ていく」のが老人科のアイデンティティであることを、多くの方に理解していただきたいと思います。
 


老人科の看護師さんと一緒に(中央が大庭健三先生)



 老人診療には非常に多くの時間が要求される。そのため「お年寄りを診ていく医者にとって何より大切なのは、医者が疲れていないことかもしれません。」とおっしゃった大庭先生の言葉が印象的であった。また、「本当の理解はその年になってみないとわからないものです。ただ、理解しようという努力は大切だと思います。」ともおっしゃっていた。
 今回のポイントとして、高齢の患者は青壮年層と様々な点で異なる身体機能の特殊性を持っており、そのコミュニケーションの取り方には十分留意するとともに、特有の問題・課題を認識して対応することが重要であるということが理解された。