第21回:「組織の失敗」



弘前大学人文学部 助教授 綿引宣道氏
 

 今回のスペシャリストは弘前大学人文学部助教授の綿引宣道氏。失敗についての研究はいろいろな分野で行われていますが、経営学の視点からの研究は比較的少ないようです。その必要性に興味を持って研究を始めたという綿引氏に、組織の失敗についてお話いただきました。(取材日:2003年11月11日)
 



I.組織の失敗

(エスカレーション・モデル)
 組織の失敗については、「エスカレーション・モデル」というものがあります(Ross & Staw 1997 他)。これは、当初から意思決定に参加している人物は、途中で当初の目標水準から大きく及ばない結果が生じても、最初に行った意思決定に固執し続ける傾向があるというものです。そして、場合によっては意思決定者が所属するシステムの崩壊につながりかねない状態に陥ることがあります。この状態を引き起こす要因として、(1)計画的要因(2)心理的要因(3)社会的要因(4)組織的特性の4つがあるとしています。
 (1)計画的要因には、活動開始から結果が出るまで時間がかかることや、初期投資が大きいことがあります。初期投資が大きくなるほど、その資金の回収が遅くなり、利益の発生が遅くなる、あるいはしばらく発生しない状態になります。計画策定時に厖大なコストがかかる、あるいは数年赤字が続いた後に黒字に転ずることが計画にある場合、顕著になります。よって、今はこの状態でも大丈夫なのだと言い訳をしてしまいます。しかしこのことが却って事態の深刻さをわからなくしてしまう可能性があるのです。
 (2)心理的要因には、リーダーのヒロイズムがあります。苦しみを乗り越えて組織目的を達成し、それを強調することで社会的賞賛を得たいとする意識がでてきます。今は悪い状態にあるだけで、自分は正しいのだ、という自己正当化がおこります。また、きちんとマネジメントが出来ていると思い込むコントロールの幻想が起こります。「フレーミング効果」という、外部から求められる行動を自らとるようなこともおこります。ジェンダーの例でいうと、女性に生まれたら女性らしく振舞う、サッチャリズムやレーガノミクス、○○主義者、△計画などと名前がつけられると、役割期待どおりに動こうとします。
 (3)社会的要因には、体外的正当化があります。「それは彼の責任で、部外者である私は関係ない」という具合です。だから、企業や医療機関の中で派閥ができてくると非常に危ない。「あいつらが勝手にやったことじゃないか、俺は知らない」となりますから。
 (4)組織的特性には、意思決定者にツッコミが入らないことがあります。アメリカのプロバスケットボール選手や野球選手の獲得がその例です。オーナーは一旦言いだしたら引っ込みがつかず、選手獲得のためにどんどん投資し、選手の年報が膨大になっています。
 また、公的規制の例で見ると、新規参入がないために市場原理が働かないということも起こります。90年代終わりの金融機関の破綻がそれに該当します。

(エスカレーション・モデル防止策)
 エスカレーション・モデル防止策の1つは、期限を区切ることです。一定期限までに目標の利益や成果が出なかったら、有無を言わさず切る。それでもズルズル続くことがありますが、その場合には2つ目の対策として責任者を変更することです。ただし、これは責任者が実際に指揮を執っているということが前提です。指揮をとっておらず、よきにはからえでは配置換えしても変わりません。この防止策はトップダウン型の組織で可能となります。


II.日本独特の問題

 しかし、日本ではこれで防止できない場合が出てきます。エスカレーション・モデルの大前提である意思決定者や責任の所在が、日本では明確でないことが多々あるからです。そこで次の3つのモデルを考えてみました。

(囚人のジレンマモデル)
 「囚人のジレンマ(※)」と呼ばれる、意思決定者が複数存在する場合があります。Aの決定がBの決定に影響を与えるために、お互いの出方を探るような状態のことです。強力なリーダーシップを持つ人、リスクを負う人がいないため、いつまでも決まらないモデルです。

(事務局:注)※囚人のジレンマ
ある罪を犯した2人の囚人(A、B)が、警察から互いの犯した罪を自白するように言われる(2人は情報を交換できない状況にある)。ここで、警察は2人の囚人に次のような取引を持ちかける。
1. 自白(裏切り)すれば釈放。ただし、もう一方の相手は5年の禁固刑に処せられる。
2. 両方とも自白(相互裏切り)した場合は、2人とも3年の刑となる。
3. 両方とも自白しなかった(相互協調)場合は、証拠不十分で1年の刑となる。
A、Bの行動による刑罰の関係は次のようになる。
B:協調する(自白しない) B:裏切る(自白する)
A:協調する(自白しない) 1年/1年 5年/釈放
A:裏切る(自白する) 釈放/5年 3年/3年

 一見、常に自白した方が得だというように思われる。よって論理的には相互の裏切り(自白)をもたらす。しかし実は2人とも協調して自白しないのが一番刑期が短い。つまり、相互が理性的に行動(自白)すると、逆に悪い結果をもたらしてしまう。ここにジレンマが存在するというもの。


(意思決定のマルコフプロパティ)
 統計学では、過去に引きずられて将来が決定されることを「マルコフプロパティ」と言います。ランダムに進みながらも必ず直前までの決定に影響される。その範囲でしか動けない。これを意思決定に当てはめると、前回の責任者の意思決定をそのまま引き継いでしまうということになります。よく「前例がありますか」と聞きますが、このことです。また、特に公務員に多く見られる問題ですが、彼らは長くて2年半、短いと1年ということさえあります。結果が出る前に人事異動があるため、プロが育たないのです。例えば工業団地計画が進められて、途中で必要なくなっても「それは前任者がきめたことですので分かりません」となってしまうのです。

(他力本願モデル)
 特に日本の場合は、大きな組織になるほど新卒採用・終身雇用慣行・中途採用なしの傾向にあります。つまり、その組織から出るということは、排除されたとして見られてしまう。そうなると、多少の問題があっても直接自分が攻撃されない限り我慢してしまうでしょう。さらに、職務記述がなく評価基準も曖昧(まさに日本的)となれば、責任を分散することになります。そうなると、実際に命令する人は誰なのか分からなくなります。社内での責任者は、社長なのか?会長なのか?のように。そして足して2で割るような場あたり的な決定をし、当然のように失敗します。
 責任者は、たとえ自分の責任であっても失敗の原因を他者のせいにし、何の手出しもできないと感じ、水戸黄門のような強権発動を期待するのです。

 以上のように見てきますと、日本の組織の問題として、なんとなくとりあえずという行動パターンが多い、場当たり的な対症療法しかとらない、悪者になりたくない、黙っていた方が得だ、同じ行為の繰り返し、といったことが考えられます。そこで、意思決定者がはっきりしているエスカレーション・モデルとは別の視点でとらえなければならないということになります。
 比較をまとめると次の表のようになります。

日本独特のケース エスカレーション・モデル
課業管理が曖昧、職務規律がほとんどない 責任者が明確
合意により物事が決まる リーダーシップ
過去の経緯に引きずられる 方針が切り替え可能
誰も責任をとらない 担当者の暴走


 こうした日本型組織の失敗を防ぐためには、何をするのがその組織の仕事か、責任者は誰か、どこまで権限があるのか、評価基準は何か、ということを明確にする必要があると考えます。
 管理職の方は、部下に対して以下のことを行っているかチェックしてみてください。以心伝心ではいけません。また「その位自分で理解しろ」というのは管理者の驕りです。

具体的な指示を出しているか?
期限を明確にしたか?
誰が実行するのか?(代名詞は使わない)
評価基準を明確にしているか?
何のためにそれをするかを説明しているか?


III.医療機関への提言
−今までの組織の話を、医療機関に当てはめて具体的な対策を教えて下さい。

(責任範囲を明確にする)
 医療の現場の特殊性としては、密室性があります。これに対しては手術の様子をビデオで撮っておくというようなアカウンタビリティ、報告責任が重要だと思います。
 では、責任とはどういう意味でしょうか。実行する責任、説明する責任…。日本では「責任を取る」というと「辞める」ことを意味することもあります。まず、その概念を洗い直す必要があるでしょう。辞めることは責任をとることにはなりません。自分が責任者として失敗してしまったら、最後まで、何故そういう思考パターン・決定に至ったのか、説明する責任があると思います。読みが間違ったのならそれで仕方がないですが、次に起こさないようにするにはどうしたらよいか、次の人に助言するなり報告する必要があります。

 責任範囲を明確にするには、やはり職務記述を作ることが大事です。裁判になった時も、それが業務命令だったのか、私的に勝手にやったことなのか、規律があれば判断基準になります。
 そして、医療機関は患者と対等な関係で契約あるいは約束を交わすべきです。この範囲でしかうちの病院としては責任をとれませんよ、この範囲で最大限やります、というのを明確にすべきです。契約にないことまで求められるのは酷な話です。サービスでしたことも、それが当然のように受けとられると勘弁してほしいというのがあると思います。医療事故で訴えられている例の一部は、こうしたことをきちんとしていないからではないでしょうか。

(情報提供者が利益を得るような構造を)
 企業も医療機関も同じなのですが、成功した例も失敗した例も、インタビューに行くと「新聞報道に出ているでしょう」と言って、それ以上教えてくれないことが多い。「お互いのために良いのでは」と言っても教えてくれません。情報を管理する感覚が日本人には欠けています。
 事故の情報が集まらないのは、情報を提供することによって提供者に利益がないからでしょう。情報を見る方は確かに利益があります。自分のところで失敗しないようにできるから。積極的に情報を出すことによって、提供者が利益を得るような構造にしなければいけないと思います。1件あたりの情報提供料いくら、とか。医療功労賞のようなものを表彰するというのも一案でしょう。それができるのは医師会でしょう。調査が手におえないのであれば、社会学者や経営学者の協力を仰ぐのもひとつの方法です。

−その他に、医療の安全についてお感じになっていることなどがありましたらお聞かせ下さい。
(在庫を管理する)
 意外にも、薬の在庫管理をきちんとしていないということを聞きました。期限が切れて返品していたり、鎮痛剤を盗む人がいたりすると。何故、そこに在庫を管理するシステムが機能しないのでしょう。いつ、誰の責任で、誰がこの薬を出したということを記録しないのでしょうか。あの病院から盗まれた薬品で死亡者が出た、ということがこれから増えると思います。薬の在庫管理にそんなに難しい技術は必要ないはずです。ある程度の規模の医療機関になると相当量の薬が紛失しているようです。某病院では、年間数千万円の単位で損失がでているという話です。きちんと管理すれば、医師2人ぐらい雇えます。これは大きな問題だと思います。

(医師の特権意識をなくす)
 医療従事者同士がお互いをプロとして尊敬しあえる環境を作り上げる必要があります。
しかし、医師と看護師が話す場は、実際にはどれぐらいあるのでしょうか。午前中の診療が終わった段階で「あの患者はどうだった」という具合に、ちょっと話す場を積極的に作ったらどうでしょうか。
 意思決定する上でも、何故そうするのか、常に言葉に出して考えてみて下さい。自動的に反応するのはよくありません。常識といわれているものも疑ってみる必要があります。いろいろ検討した結果やはりこれが一番いい、と常に説明できるようにすべきだと思います。疑問が残っていると周囲はうすうす感じるものです。
 給料や資格にこれだけ差があると、医師の特権意識をなくすことを個人に求めることは無理。ならば制度として、医師は意思決定について常に説明できるようにする、看護師から説明を求められたら常に受ける、等としておくことが必要です。
 心理学で「アイヒマン実験(※※)」というのがありますが、権威のある人に命令されると何でもやってしまうことがあります。そして責任を上に転嫁する。これと同じようなことが手術室でも起きる可能性があります。この構造が解決されれば医療現場の事故はぐっと減ると思います。

(事務局:注)※※アイヒマン実験
この実験の被験者は報酬をもらえることになっている。被験者は実験者(権力のある命令者)の命令で生徒に電圧を加えることを行う。被験者は命令に従い徐々に強い電圧をかけていく。それに伴って生徒は悲痛な叫び声をあげていく(生徒役の人は演技をしているだけで、実際に電圧はかけられていない)。被験者がやめようとすると、実験者が続けるように強く命令する。すると、ほとんどの被験者が明らかに死ぬという量まで電流を流してしまう。権力に対する人間の行動を証明した実験。

(他者からの知識を身につける)
 今、日本に欠けているのは「他者からの知識」です。他の病院の成功・失敗は、自分の病院でどのように活かせるか常に考えているでしょうか?病院と自宅を往復するだけの忙しい先生方にそれを問うのは少々酷かもしれません。できそうにもないなら、社会学や経営学の先生に何故こういうことが起こったのか、守秘義務契約を結んで分析してもらうなり、ケーススタディを作ってもらうべきです。そうしないと、次に育つ人たちを教育出来ませんし、失敗の構造が理解できないまま同じ事を繰り返します。意思決定のプロセスを説明するという形で、社会科学は医療機関の役にも立てるはずです。




 様々な職種の従事者が働く医療機関を組織としてとらえた場合、失敗を防ぐにはどうしたらよいか。日本独特の失敗要因や、他者からの知識の必要性など、今回のお話が会員の皆様にとってお役に立てれば幸いです。