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第27回:「混ざる」ことが大事」



日本学術会議会長 黒川清氏
     
 本年度から、医師の卒後臨床研修が義務化された。1968年にインターン制度が廃止されて以来、医学教育に関しては36年ぶりの大改革といわれている。
 今回のスペシャリストは、現在、日本学術会議の会長である黒川清氏。14年間の滞米中には、4つの病院での教育、臨床現場も経験されている。かねてから卒業生を混ぜる「メディカルスクール」構想を提唱されていた氏に、今回の改革について伺った。(取材日;平成16年5月7日)





■「混ざる」
−黒川先生は以前から「メディカルスクール構想」を提唱されていました。今年度から卒後臨床研修が義務化されたことについて、今のお気持ちをお聞かせ下さい。

 私は臨床研修の「義務化」を勧めていたわけではありません。卒業したらよそに行って「混ざる」ということを勧めていたのです。米国の医学部メディカルスクールは、学部卒業者を対象とする大学院と位置づけてあり、自分の大学学部出身者は常にマイノリティにしています。常に混ぜていくことで、大学間の相互評価が定着し、学生および教員の充実などの健全な競争と評価が可能になり、大学医学部の質の向上につながっています。

 今回の改革では、2年間の研修を義務化したのが大事なのではなく、「混ざる」ことにしたのが大事。学生の皆がよそを見始めたのが良かったのです。そうすると、よその大学がどんな教育をしているのかよくわかってきます。だんだんと相互評価が出来てきます。これが「ピアレビュー」の基本です。混ざらなければ公平で正確な評価などできるはずありません。よそを知らない人が、何を基準に評価するというのでしょうか。疑問と言わざるを得ません。

 研修医自身も、情報交換をすることが大事です。この大学はろくな教育をしていないとか、あの診療所は独りよがりの先生だとか、情報や意見をどんどん発信していくべきです。そうすると研修内容も研修も、医学教育も必ず良い方向に行きます。
情報交換はメーリングリストなどを使って出来ます。それも自発的にやればいいこと。そういう場は今いくつも出来ています。何も厚生労働省がやる必要はありません。

 例えば、1999年に当時の東海大学医学部の学生(市村公一氏:現在、日医総研主任研究員)が立ち上げた「より良い医療を目指す医学生と医師のメーリングリスト(通称college-med)」というものがあります。会員はすでに2,500名を超えています。ここでは国内外の参加者が大学や学年を超えて、自由に議論に参加し、広く意見を交換しています。いわゆる「バーチャルキャンパス」の1つの形態です。これが情報化の時代というものです。

−研修医が「混ざる」ことの大切さがわかりました。では、すでに現場で活躍している医師が「混ざる」にはどうしたらよいのでしょうか。

 診療所の医師は、今さら「混ざる」といっても、そこが暮らしの基盤になっている人も多いのですから仕方ありません。ただ、先輩として、これからの人を育てる責任があることは認識すべきです。

 そして、現場に来たいろいろな人の評価を受けることで、自分がどの程度なのかを認識すればいいのです。悪い評判がたってしまうかもしれません。それによって、研修医が来なくなるかもしれません。しかし、フィードバックしない限り良くはならないのです。あの先生はどうだとかこうだとか、いろいろなことを言ってフィードバックしてもらえば、独りよがりが少なくなって必ず良くなります。お互いに頑張ればいいのです。

 医師もネット上で研修医が発信した情報を見ればよいのです。自分のところにはどうして研修医が来なくなったのか、自分はこれで良いと思っていたけどそうではなかったのだ、うちはこう思われていたのか、とかいろいろなことがわかってきます。初めは「そんな批判をする方がおかしいよ」と思っていても、毎回来る学生が同じことを言い出したらどうしますか。改めるでしょう。そうしたら良くなる。そういうことです。
 現場の医師は周囲からの評価を謙虚に受ける形で「混ざる」ことが可能になるわけです。
 

■日本社会の問題
−今回の改革で医療の質が高まり、安全性も高まることが期待できますか。

 医療の安全とは何でしょうか。では銀行は安全ですか。銀行に2兆円も公的資金を投入してどうするというのでしょう。来年(2005年)4月からはペイオフが解禁となります。皆さんの銀行は大丈夫ですか。
 自動車は安全ですか。三菱自動車は4年前にリコール隠し事件を起こし、また、ハブ欠陥を報告しないということを繰り返しました。それなのに潰れないのはなぜでしょう。
 東京電力や雪印はどうですか。警察はどうですか。県警でも上部は悪いことが結構あるではないですか。
医療の安全以前に、これは日本の社会構造そのものの問題です。

 お金の使い方がおかしいのは公共事業もそうです。何でダムを380箇所も作るのですか。何で高速道路をあと9,000kmも作るのですか。誰も何も言わないのはなぜですか。国民はそれらをサポートする人ばかり選挙に当選させているのではないでしょうか。土建国家日本、サラリーマンと役人ばかりで肩書きでしか存在していない多くの日本人を、どうやって変えるかが先決ではないでしょうか。

 確かに医療事故は増えています。医療も複雑になり、医者が足りないのだから事故が起こりやすいにきまっています。私自身もテレビの前で頭を下げたことがあります。しかし、何でマスコミの前で頭を下げなければいけないのでしょうか。頭を下げる相手は患者さんのはずです。そういう日本のマスコミもおかしいのでは、と思います。

 医師会についてもひとこと。医者は医師会に智恵と力を結集しなければいけないと思います。そのためには医師が皆医師会に入りたくなるようにしなくてはなりません。これが医師会の責務の一つです。例えば、医師会の生涯教育を受けた認定証を、待合室など患者に見えるところに必ず掲げることにするのはどうでしょうか。すると、認定証のない医者がいることに気づいた患者から「先生はなぜないのですか」と聞かれるようになる。医師会に入らないと医師として社会に受け入れられにくいような形になるわけです。でも、今のままでは医師にとって医師会に入るメリットが見えません。

 今の日本に欠けているもの、それぞれの分野にすぐれたリーダーがいないことです。リーダーは育てるものではありません。自然に育つものです。志の熱い人もいません。もし、いたとしても周りが潰しているのではないでしょうか。


■皆で混ざって社会を良くする
−では、先生からリーダーとして熱いメッセージをお願いします。

 若いうちにたくさん外を見なさい。そうしたら自分が何をしたいかわかってきます。それが大事です。

 日本で一番の山は何ですか。世界を知らない人は大体富士山が一番高いし、目指す目標と思っています。でも、若いうちに混ざってよそにでていたらどうなるでしょう。山にはアコンカグアやマッキンレーやエベレストなどいろいろあるわけです。あれもいいけれど、あれは高すぎていやだな、とかいろいろ選べるようになるでしょう。そういうのを見た上で、日本を見わたすと、富士山だけじゃないと気づくわけです。谷川岳だってすごく大事な山だと分かります。一人ひとりの選択肢や価値観の違いがあることに気づくことが大事なのです。

 若い内にたくさんの人に出会うのがいいといわれるのも、そういうことです。だんだん人を見る目が養われるでしょう。あの人はいい人だよとか、あの人はいい人に見えるけど実は意地が悪いとか。そういう中で、広い視野を身に付け、的確な判断力を養うことになるのです。自分の目標が見えてきます。

 マッチングにより「混ざる」ことを繰り返していけば、必ず皆良くなってきます。そして、皆が良くなれば社会が良くなります。だから「混ざる」ことが大事なのです。
 
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 最新の情報も次々と発信されていますので是非ごらん下さい。



  黒川先生は最後に「Medsafe?医療の安全?これもいろいろと混ざることによって良くなるでしょう」とおっしゃって下さった。
 お話を伺っているうちに、「安全」という言葉がとても空虚に思えてきた。警察、銀行、自動車、食品…安全であってほしいものが、実は何一つ安全ではない。
 「安心」の対極にある言葉は「安全」ではなくて「信頼」なのだ。
 本ネットワークにも「安全」という文字が入っているが、「安心」なのだろう。これからいろいろな方に混ざっていただき、多くの評価を受けて、改善していかなければならないと思った。切磋琢磨してより良い内容にしていくために、会員の皆様も意見や情報をどんどん発信してほしい。