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第28回:「かかりつけ医制度の現状とコミュニケーションの重要性」



東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 
医歯学教育システム研究センター 教授 奈良信雄氏
     
 医療提供体制の一つとしてかかりつけ医制度が提唱されてから時間がたつが、果たして根付いているのだろうか。そこで今回のスペシャリストには、「ホームドクターを探せ!」(宝島新書)や「地獄の沙汰も医者しだい」(集英社)などの著者である、東京医科歯科大学教授の奈良信雄氏にご登場願った。かかりつけ医制度とはどういうものか、その現状、問題点と、医療安全とも関わりの深いコミュニケーションの重要性について伺った。(取材日;平成16年5月26日)





【かかりつけ医制度とは】
−欧米にはいわゆる「家庭医」と言われる制度がありますが、日本で言うかかりつけ医とはどういうものなのでしょうか。

 日本では、患者さんには医師や医療機関を選ぶ権利があります。この地区のAさんはB医師にかかりなさいというのは、患者さんの権利を踏みにじることになります。イギリスのように伝統的に、あそこの家系はこの医者と決まっている制度があれば別ですが、日本でこれから、欧米の「家庭医」のような制度を作るのは難しいでしょう。

 理想的には、“全ての国民が、何かあった場合に相談できる医者を見つけておく”ことがかかりつけ医の制度と言えると思います。開業医であっても、総合病院や大学病院の勤務医であっても、信頼できる医師がいれば、その人がかかりつけ医で良いと私は考えています。しかし現実には、特殊な医療機関や総合病院の医師だと夜間や休日は連絡がつかないことが多いでしょう。また専門機関の医師の場合、その専門領域以外の病気になったときにどうするかという問題もあります。休日や夜間にすぐ連絡を取れる条件を満たすとなると、やはり近くにいる地域の開業医が望ましいと思います。


【現状】
−先生は教育にも関わっていらっしゃいますが、かかりつけ医のための教育の現状はどうなっているのでしょうか。

 20世紀までの医学教育は、最先端の専門教育に重点がおかれ、家庭医教育や地域医療教育などはむしろ等閑にされていました。
 しかし最近は、トータルケア(全人的医療)が重要だということで、いろいろな大学で様々な取り組みが始まっています。
 例えば、OSCE(※) (オスキー Objective Structured Clinical Examination 客観的臨床能力試験)という評価手法が取り入れられてきています。これは、模擬患者を相手にして医療面接、身体診察の実技を学生が行い、その態度・技術を評価するものです。具体的には、患者さんとの接し方、みだしなみ、言葉遣い、目線の配り方等が評価の対象になっています。評価の前には当然教育があります。全く初めて来られた患者さんを診察する、プライマリケアが出来るだけの臨床的な能力、広い知識を身に付けるための教育が始まっているのです。
 また、「地域医療」という特別なカリキュラムを組んでいる大学や、病院だけでなく介護施設へ学生を見学に行かせている所もあります。
 医学生や若い研修医の中にも、地域に根付いてやってみようという人が出てきていますので、今後は医療の現場も変わってくると思います。

(※)全国の医科大学、医学部において2005年度から臨床実習開始前の共用試験が正式に導入されますが、この共用試験ではOSCEと医学知識を問うCBT(コンピュータを利用した試験)が課せられます。

−奈良先生ご自身の、かかりつけ医としての経験をお話し下さい。

 私は血液病という非常に特殊な病気が専門で、大学病院でしか診療していません。しかし専門外の病気でも、患者さんが例えば「腰が痛い」といえば、まず来てもらって相談を受け、こういう時は整形外科がいいとか神経内科がいいとか、振り分けをしています。休日に電話が来れば応対して「近くのお医者さんへ行きなさい」と言ったり、「子供が熱を出したらどうしたらよいか」という相談にのることもあります。そういった意味では、パーフェクトとは言えませんが、私もある程度かかりつけ医の機能は果たしていると思います。

 以前「食べた後、ちょっと喉がつっかえるんですが、大丈夫でしょうか。しばらく放っておくと何でもなくなるのですが」という患者さんがいました。つっかえ感は放っておくと忘れることも結構ありますが、実は食道がんの心配もあります。それで「食道をきちんと調べたほうがいいですよ」と言って、食道外科の専門医に相談するように勧めました。そうしたら早期の食道がんで、すぐに手術してもらって助かりました。
 私がその患者さんを普段診ていたのは全く別の病気です。聞き流せば聞き逃したかも知れません。そんな話を、きちんととりあげて対応するのがかかりつけ医だと思います。


【問題点】
−実際にかかりつけ医を持っている人はどのくらいいるのでしょうか。

 厚労省の統計資料を見るかぎり、「かかりつけ医を持っている」と回答している人のパーセンテージはかなり高いです。しかし、ただ単に高血圧でかかっているとか、慢性の胃炎で受診しているとか、そういった先生をかかりつけ医と考えている人の多くが「かかりつけ医を持っている」と回答しているようです。それでもいいのでしょうが、本来は、現在病院にかかっているいないに関わらず、いざ何かあったときに相談できるのがかかりつけ医なのです。その意味でのかかりつけ医を持っている人は少ないのではないでしょうか。
 以前、医師に「ある患者さんはあなたのことをかかりつけ医と言っていますが、あなたはそう思っていますか」と質問したところ、「自分は高血圧症の診療をしているだけで、かかりつけ医だとは思っていない」と回答しているアンケートを見たことがあります。
 「かかりつけ医」について、国民と医療機関との間には認識のズレ、意識の乖離があると思います。そこを統一すべきでしょう。

−かかりつけ医を持つ人が増えない原因は何でしょうか。

 ある程度高齢になると、何らかの病気を抱えていますから、病院にかかっていることが多いと思います。しかし、若い人は普段病院に行くことがほとんどありません。どこの医療機関にどんな医者がいるか、どんな施設や設備があるか、全然知らないのです。かかりつけ医を持とうという気持ちがないのではないでしょうか。

−かかりつけ医制度を根付かせるためにはどうしたらよいでしょうか。

 若い人も普段から、例えば、地域で行われる健康まつり、市民検診や市民講座などに参加して、医師に質問したりして知り合いになっておくとよいでしょう。行事はたいてい休みの日に行われますし、参加費用もそれほどかかりません。いいチャンスです。自分の健康を自分で守るためには、このような機会を積極的に利用することが大事です。
 ただ、私も時々市町村の行事に呼ばれていくことがありますが、時間的に余裕があるせいか、やはりお年寄りの参加者がほとんどです。若い人は来ていません。それだけ関心が少ないのでしょう。しかし、若い人も、是非何らかの機会を利用してほしいと思います。話しやすいかどうかということも含めて、医師の顔を知っているだけでも大分違いますから。

 いざというとき、重症の病気になって初めてあわてて病院にかけこんでも、医師も患者さんもお互いのことを全然知らない。そういうことが原因で医療事故が起こることもありうると思います。

 病院に限らず、事情がわからないところにいきなり飛び込んでいくのは大変でしょう。買い物一つをとっても、全く知らないデパートに行って買い物しようと思っても、何がどこにあるのかわかりません。でも行きつけのデパートや、1回でも行ったことのあるデパートだったら、あそこには何があるとか、ここではどんな商品を扱っているとかがわかります。
 医療は買い物に比べるとはるかに複雑ですが、1回でも行ったことのある病院と、そうでないのではまるで違います。医者の顔を知っているのと知らないのとでは全然違うと思います。普段から心がけてかかりつけ医の先生と思しき人をみつけておく。これは万人に必要な努力だと思います。

−かかりつけ医制度が根付いたとして、例えば、専門医に直接かかりにくくなるという問題はありませんか。

 患者さんにとっては、体調を崩した場合、それが専門的医療を必要とするかどうかはなかなか判断できません。たとえば、くも膜下出血で考えてみましょう。最初は頭が痛いということで病院に行きますが、それがすぐ手術をしなければいけない病気なのか、しばらく2〜3日安静にしていれば治る病気なのか、というのは医師が判断することです。最初から専門医が全員を診ることができればよいのですが、専門医の数は限られています。頭が痛いといった場合でも、ほとんどは心配ない頭痛で、くも膜下出血はごく一部にすぎません。そこで、その一部のために、全部を専門医で診るわけにはいかないので、最初のスクリーニングはかかりつけ医が行うということです。医師が診れば、この方はくも膜下出血の可能性が高い、とすぐにわかりますので、すぐに手術が出来る施設へ送ることができます。
 しかし、そのときにかかりつけ医と専門医療機関の連携がうまくいかないと、例えば、すぐに脳外科に行って手術をすれば助かるところを、かかりつけ医を経由したために手遅れになってしまい命を失ってしまった、ということになりかねません。これが質問の問題でしょう。
 ですから、かかりつけ医は日頃からアンテナを高くしておいて、どこの病院にどういう専門医がいるのか、広く知っておくべきです。そして、医師同士のコミュニケーションを良くしておくことで、この問題点は解消されると思います。これには医師側の努力が必要です。
 
 また、最近は大分変わってきているようですが、学閥の問題もあります。地域によってはいまだに、学閥外の医師をなかなか紹介しにくいということがあるようです。ですが、今、そんなことを言っていたら間に合いません。とにかく患者さんを中心に考えて、各地域で、学閥にとらわれずすぐに紹介できるシステムを作ることが望まれます。

−せっかく顔見知りになっても、引越しなどでかかりつけ医と居住地が遠くなってしまうこともあると思います。その場合、今後はメールで相談という時代になるのでしょうか。

 かかりつけ医から離れた場所に行く際には「ここへ引っ越すのですが、そこでいい先生を紹介してくれませんか」と言って、紹介状を書いてもらうのが良いと思います。医師同士にはある程度ネットワークがありますから、どこへ行ってもたいていは、直接は知らなくても、間接的に知っている医師がいるものです。
 いくらITが発達しても、患者さんの顔を見ないで判断するのは難しいです。私にもメールで相談が結構来ますが、それだけで判断するのは怖い面があります。科学が発達しても、顔を見ながら、表情や動作を見ながらコミュニケーションをとる必要があります。メールには限界があります。

−かかりつけ医を頼りにしていったのに、他の医療機関や専門医に振り分けられた場合、不安感や不快感を持つ患者もいるのではないでしょうか。

 他の医師へ振り分ける際には、「あなたの病気はこういう理由で、専門医療機関に行かなければいけない」という理由をきちんと説明することです。そして「その病気が解決すれば戻ってくるんですよ」として納得してもらえばいいと思います。

−かかりつけ医にはいつでも診る、ということが求められると思いますが、休日の対応はどうすべきでしょうか。

 医師も人間ですし、当然休むことがあるでしょう。その場合には、誰か他の医師に頼む。そういったかかりつけ医同士の連携も必要です。全くの孤島で一人しか医師がいないというところは別として、必ずその地域にはかかりつけ医同士の仲間がいます。その中でネットワークを作っておき、休むときには誰かに連絡がつくようにしておけばいいと思います。

 日本と違ってアメリカは1ヶ月単位で休暇をとります。アメリカの家庭医に「1ヶ月も休んで大丈夫ですか」と聞いたら、その時は自分の患者さん全部をとにかく誰か他の医師に預け、逆に向こうが休むときは自分が全部引き受けるから大丈夫、とのことでした。アメリカは契約社会ですから、そういう了解を取ってやっています。日本もこれからはそうしていかないと、医師自身が倒れてしまいます。実際、医者の寿命は短いですよね。


【医療安全の視点から】
−かかりつけ医制度がうまくいくために求められるものは何でしょうか。

 本当はゆとりある医療が望ましいのですが、こればかりは医師個人の努力では無理です。
 アメリカの医療機関はほとんどが予約制です。日本でも予約制のところが増えてきていますが、必ずしも予約どおりにはいきません。
 アメリカやカナダでは一人に30分ぐらい予約を取っているところがあります。つまり、開業医の先生が一日に見る患者はほんの数人、それでも十分にやっていけるのです。
 30分あれば医者もきちんと診断が出来て、患者さんも安心して医療を受けられるでしょう。しかし、日本はそれではとても採算が合いません。
 また、よく話を聞いてくれる医師のところは、どうしても混んでしまいます。そうすると時間がない患者さんは、「あそこにいってもだめだ」と言って他に移らざるを得ません。
 ゆとりある医療を行うために、例えば30分かけて診療ができるような報酬体系にするようなことが、考慮されるようになればいいと思います。しかし、これには経済が絡みますから解決は難しいでしょう。

 個人の努力で実現可能なものは、やはりコミュニケーションを良くすることだと思います。

−では、良好なコミュニケーションのためのアドバイスをお願いします。

 医師と患者のコミュニケーションで言えば、医師は、市民講座などを頼まれたら積極的に引き受けて地域密着を図るべきです。健康まつり、学校医などの活動を通じて一般の方と積極的に知り合いになる、という心がけが大事だと思います。そして、かかりつけ医と患者は、普段町で会ったら気軽に挨拶できる、方言で話せる、そういう間柄がいいと思います。
 
 次に医師と医療スタッフのコミュニケーションについてですが、例えば「おなかが痛むのですが、どの科にかかったらいいでしょうか」というように、問い合わせを受けるのは、受付の事務職の人が一番多いと思います。そこで、全然関係ない診療科を紹介してしまうと、トラブルになる場合があります。私は血液病が専門なのですが、間違えて血管の病気の患者さんが受付から回されてくることがあります。血液と血管の病気は異なります。相談を受けてどの科を紹介するかは、病院が大きくなればなるほど難しいと思いますが、間違って案内すると、患者さんは二度足を運ぶことになります。事務職の方も、しっかりした医学的知識を持つことが必要です。
 また、患者さんにとっては、人によって言うことが違うのが一番困ります。ある症状を言ったときに、医師はこう言う、看護師はこう言う、薬剤師はこう言う、と全部違うことを言われたら困ります。医療スタッフは、患者さんの話をよく聞いて医師に伝え、話し合い、ひとつの回答を出す。そうしないと、トラブルの元になりかねません。
 患者さんを中心にして周りのスタッフが共同して治すわけですから、医療側のコミュニケーションがとれていないといけません。

 医療過誤から訴訟になるケースを見てみると、医師、患者間のコミュニケーション不足が大きな要因を占めていると思います。本来、医療事故、医療過誤はあってはいけません。ただ、これだけ医学が発展して細分化されていると、いろいろな意味で十分な医療が出来ないことがありえます。そのことを患者さんが納得しているというのが大事です。そして、患者さんが納得した医療を受けるためには、信頼できるかかりつけ医がいるのが一番良いと思います。
 最近はニュースでも何かと医療機関が悪者にされていますが、こういう状況は医療が萎縮してしまう結果にならないかと心配です。そうならないためには、やはりコミュニケーションが大事です。行き着くところは全てコミュニケーションだと思います。



 事務局でかかりつけ医に関するデータを探してみた。少し前の資料になるが、平成11年の「受療行動調査」(厚生労働省大臣官房統計情報部編)に、下記のような結果が載っていた。

「推計患者数−かかりつけ医師の有無」
平成11年10月
総数 いる いない わからない 不詳
入院
患者数(人) 1,145,967 731,195 288,787 52,461 73,524
割合(%) 100.0 63.8 25.2 4.6 6.4
外来
患者数(人) 2,067,429 1,324,512 617,076 70,607 55,234
割合(%) 100.0 64.1 29.8 3.4 2.7

 また、「平成14年度 第1回医療に関する国民意識調査」(日医総研)には、次のような結果が出ていた。

「かかりつけ医師の有無」
平成14年(9月20日〜11月11日)
総数 いる いない 不明
国民
人数(人) 2,084 1,182 902 0
割合(%) 100.0 56.7 43.3 0
患者(注)
人数(人) 968 778 185 5
割合(%) 100.0 80.4 19.1 0.5
(注)調査対象は全国の医療機関を訪れた満20歳以上の男女個人。
調査方法は調査員による聞き取り。



「かかりつけ医の有無による満足度」


 残念ながら、医師に対する、自分がかかりつけ医と認識しているかどうかというアンケート結果は見当たらなかったが、国民と医療機関の認識のズレという話は気になるところだ。
 ちなみに、奈良先生に「先生をかかりつけ医とする患者さんは何人ぐらいいるのですか」と聞いたところ、「数十人くらいではないでしょうか」とのお答えだった。しかし、もっと多くの人が先生をかかりつけ医と思っているかもしれない。
 かかりつけ医制度を定着させるためには、まずその統一概念を浸透させることが必要であろう。