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第3回:「失敗に学び、常なる改善をする」

武蔵野赤十字病院 院長 三宅祥三先生

 この4月から武蔵野赤十字病院の院長になられた三宅祥三先生。副院長時代から、医療の安全に対する改善活動を続け、その取組みは他院からも注目されてきました。今回は、「今までの失敗から学んだこと」から「新たな取組み」まで語っていただきました。


今まで失敗から学んで改善につなげた事例をいくつか教えて下さい。

聞き違えやすい薬剤名


婦人科でメテナリン(子宮収縮剤)とウテメリン(子宮収縮抑制剤)を間違えて処方するという誤薬事例が起きました。音の響きが似ているため聞き違いがおきたのです。しかし、名前は似ていても作用は正反対であり、大変危険です。そこで婦人科と薬剤部で協議してメテナリンを「パルタンM」という後発薬品に変更することにしました。

―どうして間違いに気づいたのですか?


たまたま患者が風邪を引いていて、もらった薬をすぐに飲まず、数日後処方をした医師とは別の医師に「これを飲んでも大丈夫ですか?」と問い合わせにきました。そこで初めて誤薬に気づいたのです。
 この他にも聞き違えがおこりやすい薬剤名が何例も報告されています。常々、厚生労働省に「名前を変えて欲しい」と言っているのですが、特許の問題があり、既に存在する名称を変更するのは難しいということで、結局改善されないままです。これから出まわる薬には、間違いが起こらないような仕組みが作られているといいますが、それは当然のことでしょう。しかし、実際に事故が起こっているようなケースについては早急に対応して欲しいと思っています。「このままでは、薬害エイズと同じように責任の一端を問われかねませんよ」と言っているのですが、なかなか進まないのです。

使用期限

 人工呼吸器を使うときは、ある程度空気に湿度を与えるために加湿器を使います。ICUで、人工呼吸器のフィルターが加湿器の水で目詰まりして、気管内圧が上昇し、患者が呼吸不全になりそうになった事例がありました。そこで、加湿器を使うときはフィルターを24〜48時間で定期的に交換することにしました。

―説明書に使用期限は明記されているのですか?

 フィルターの説明書には24時間で取り替えるようにと記載があります。しかし、実際にはそれ以上使用できるので、経済的なこともあり、長時間使用していました。

救急ワゴンの薬品の整理

 救急外来に運ばれた心室頻脈の患者に対し、当直の医師が「キシロカイン50mg」と、看護婦にオーダーしました。しかし看護婦から渡された注射器で患者に静脈注射したところ、患者は突然意識を失い、全身に痙攣発作を起こしました。幸い、色々な救命処置をして、一命は取り留めることができました。

―なぜこのような事故が起きたのですか?

 実はキシロカインには1000mgと100mgの2種類のアンプルがあるのです。この事故は100mgの半分と思って、間違えて1000mgの半分を投与したために起きてしまいました。つまり必要量の10倍を投与してしまったのです。
 そこで、キシロカインには2種類のアンプルがあることを医師・看護師とも認識を新たにすることを徹底しました。
 さらに人間の注意力に頼るだけでなく、間違いが起こらない仕掛けを作ることが大切だと考えました。1000mgのアンプルは、大部分は点滴用であり、救急外来で使用することはほとんどありません。事故が起きた原因は、ほとんど使うことのないキシロカイン1000mgのアンプルが救急ワゴンに入っていたからです。そこで、救急ワゴンの中には置かず、別の棚に置くことにしました。

インシュリン治療でのスライディングスケールの統一

 糖尿病治療のために投与するインシュリンのスライディングスケールが、診療科や病棟や医師ごとに異なり、看護婦が混乱している状況がありました。そこで院内で4種類に統一することにしました。

―1種類にすることは無理なのですか?
 
 それは無理です。心臓の手術など大手術の後や、感染症の場合は多めに必要であったり、病態ごとに必要なインシュリンの量が異なるからです。しかし4種類のうちの1つで7割近くをカバーできるようになりました。
 大事なことは、産業界でも行われていることですが、「標準化」ということです。ベースとして使うものを標準化しておけば、大きな間違いは起こらないでしょう。個別性が高いものほど間違いがおきやすいものです。何を標準化すればよいのか、どの部分を標準化できるのか、考えていくことです。

4ヶ国語表示

 中国人の女性で妊娠中の方が足の骨折の疑いで来院し、妊娠していることがわからずにレントゲン撮影を受けたことがありました。そこで放射線撮影室に表示している「妊娠の可能性のある方への注意」の文字を4ヶ国語表示に変更しました。日本語と英語と中国語と韓国語です。


―よく、「インシデント報告は集まったけど、どうしていいかわからない」という声を聞きますが、何かアドバイスをいただけますか?

 全部のインシデントを分析しようとせずに、月に1つでも2つでも改善につながるものがでてくればいい、ぐらいに考えてやっていけばいいと思います。
 また、こういうと語弊があるかもしれませんが、事例を検討するには一種の「センス」が必要だと思います。

―センスを身に付けるには、どうしたらよいでしょうか?

 私は「SHELモデル」が好きで、よく例に使っています。SはSoftware(マニュアルや手順、規則等)、HはHardware(機械、器具、道具等)、EはEnvironment(気温、湿度、労働条件等)、LはLiveware(直接コミュニケーションをとる人々、ハードウェア・ソフトウェアを作った人々等)。1つの事例を考えるときに、この4つのファクターを考える習慣が身についていると、たいしたことがないような事例からもいろいろなポイントが見えてくることがあります。事故が起きたら、アクシデントにとらわれすぎず、1歩離れて、周辺の問題を考えてみるとよいでしょう。


―このような失敗を報告しやすい環境を整備するにはどうしたらよいでしょうか?最近「インシデント報告」の「免責」についても、話題になっていますが。

 戦後の日本経済を支えたのは造船、製鉄、重機など重厚長大産業でした。そして労災のおかげでその産業に関わる従業員も安心して働くことができました。現在でも労災病院と名のつくところはたくさんありますが、そこに本当に「労災」で罹っている患者は7〜8%だと聞きました。労災病院という名前の病院は、もう存在価値はないのではないでしょうか。どうも無駄なところにお金が流れていて、必要なところへ資金がシフトされていないような気がします。
 経済構造は変わりました。少子高齢化時代の経済を支えるのは「医療」という産業です。その産業に従事する人が安心して働ける「労災保険」のようなものが必要だと思うのです。医療事故には避けられるものと避けられないものがあります。避けることの出来ない不可抗力の事故については、患者さんと共に医療従事者をも救済する措置が必要だと思います。そうでないと萎縮医療になりかねません。私たち医療人は不確実性の中で仕事をしているのです。これは決して医者の身勝手で言っているのではありません。

―具体的にどのようなものをお考えですか?

 たとえば「おぎゃー献金」のようなものです。「おぎゃー献金」とは、無事にお産をされた方が、数百人に1人生まれてくるといわれているハンディキャップを持った子供の育成などに献金するものです。医療でも、恩恵を受けた人が、マイナスの影響を受ける人を救済するために、わずかずつでもお金を出し合って、医療の持つ負の部分を皆で分かち合うことが必要ではないでしょうか。患者も含めて、国民全体で医療を支えていかないと、「医療」という産業は育たないと思うのです。そのような基盤があれば、医療従事者はインシデントやアクシデントを正直に報告するようになり、より正確な情報が集まるようになると思われます。医療者がもっと正直にフランクに話ができるようにbasicな所を整備すれば、結果的に、例えばお互いに屁理屈をつけあってただ訴訟を長引かせる、といった不幸な状況も防げると思います。解決すべきものは早く解決し、お互いが気持ちよく生きられるようにした方が良いと思います。

―武蔵野赤十字病院の最近の取組みを教えて下さい。

チェッカーチーム

 さまざまな改善策を決定しても、それを定着させるまでが大変です。当院では、3年程前に、手術部位の間違い防止策として、手術する部位を全てマーキングすることを決めました。しかし、どうもきちんと行われていないような気がして、昨年(2001年)の春、手術部の婦長に実態を調べさせたところ、3割ぐらいしか実行されていないことがわかりました。そこで定期的にチェックしていく必要があると考えたのです。
 そして、昨年9月、医療安全推進会のメンバーと管理会議のメンバー、病棟婦長で12のチェッカーチームを編成し、自分とは直接関係のない病棟のチェックを行う、という試みを実施しました。それぞれ2〜3人でチームを組み、都合のいい時間帯に回ってもらいました。各診療科について全カルテ(少なくても8割)をチェックするために、各チームが担当科を平均3回ぐらいずつ回りました。チェックしたのは主にカルテの記載内容です。例えば「毎日記載しているか」「記載者のサインがあるか」「単位の記入方法(mgとmlの明確な書き分けが行われているか)」「投与時間を医師が記入しているか」「インフォームドコンセントが記載されているか」など。結果は各診療科別に出され、フィードバックされました。ただ、人が人を評価するだけに、正確な評価として使えるか、むずかしいところだと思っています。

―このチェックは抜き打ちで行ったのですか?

 今回は、まずルールの定着と教育を目的としたので、チェック実施の1ヶ月前の8月に、職員に通知しました。でもある程度定着したら、今後は予告無しで「チェック」していくつもりです。

―最後に、院長先生になっての新たな抱負をお聞かせください。

 事故をいろいろと検討していると、システムの問題の他に、個人の素質や素養、マナーに関係する部分も結構多いことに気づきます。これからお話することは実は1年半ぐらい前から用意してきたことなのですが、人を育てるための「人事考課」です。
 今まで人事考課のコンサルティングの方々にいろいろ話を聞いてきましたが、やはり産業界のように、売上が多かったら給料を上げるといった「成果主義」の方法が多くとられていました。確かに理屈ではそうなのかもしれません。しかし医療の世界では、そのような「成果主義」を取り入れにくい状況にあります。また、医師は評価されることをなかなか受け入れないこともあります。そしてもう1つの問題は、現在の大学の医学部や看護学校では、医療人としての基本的な教育がなされていないことです。しかし、そこを卒業してくる医師や看護師を、病院は受け入れざるを得ない状況にあるのです。そこで「我々の病院としてはこういう人間像を求めている」というものを具体的に明示して、それに基づいて評価する人事考課を取り入れたらどうだろうかと思いつきました。先日、人事考課では一番進んでいると言われている「富士ゼロックス」に行き、人事担当の方に話を聞かせてもらいました。そこで用いられていたのは、competencyの測定材料となるものがひとつひとつ書き出されている、とてもわかりやすいものでした。例えば、「挨拶をする」「人に説明するときにはこういうふうに説明する」など、細かく具体的に書いてあり、それができたかどうかチェックしていくのです。そこで、この中から医療人に求められる要素を書き出してみました。この程完成しましたので、6月下旬ぐらいから全職員に渡して、実践を始める予定です。まず1年間やってみて、自己評価をしてもらい、さらに自分の上司と一緒に評価をし直して提出してもらおうと考えています。実際、これでよいのか、又職員がどのように反応して動いてくれるかわかりません。やってみて、適宜修正していかなくてはならないところもでてくるでしょう。しかし、我々の求めている人間像を示し、働きながら身に付けてもらうことは、社会人としても成長することであり、それは結果として昇給・昇格として評価されるでしょうし、本人のためにもなることだと思っています。
 システムで防止できるところは防止しますが、それだけではやはり足りない。システムと人とが両方うまく回ってくれるような仕組みを作っていきたいと思っています。