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第43回:「医療ガスの安全性確保について」

【1】医療ガスに関するヒヤリ・ハット事例

設計ミス

液体酸素はタンクに入っていて、横には安全装置として必ず大きなボンベがついています。酸素圧が非常に落ちた場合、自動的に横のボンベに接続が切り替わり、そこから酸素が流れるしくみになっています。ところが、この切り替えが手動になっているところがあったのです。これでは、酸素がなくなってから、慌てて誰かが切り替えないと流れません。これは機械設計上のミスです。通常ではありえないことですが、新築の医療機関で最近本当にあった話です。

また、いつも医療機関に酸素を供給している出入りの業者が、たまたま別の用事で来て、偶然タンクの前を通りかかり、液体酸素が異常に減っているのに気づいたということがありました。驚いて事務へ連絡し、すぐに補填されたので事なきをえました。原因を確認したところ、タンク内にあるべきはずの、圧力と液面に対するアラーム装置がついていなかったことが判明しました。

知識不足

酸素ボンベのバルブ開放時、酸素と一緒に火が流れて、患者さんが火傷をしたということがありました。これは「断熱圧縮」という現象によるものです。ボンベから出た酸素が、流量計までの間にある空気を急激に圧縮すると、圧縮された空気が高熱(通常約400度、場合によっては1000度近く)を発し、配管内にゴミがあると、そのゴミが起燃物となり火がつくことがあるのです。
酸素ボンベには「ゆっくり開けましょう」と書いてあります。これは、圧を徐々にかけていって急激な断熱圧縮を起こさないためにということです。しかし、「火がつくかもしれないから」ということまでは書いてありません。なぜ、ゆっくり開ける必要があるのか、そのしくみを理解していないと、咄嗟の場合、勢いよく開けてしまう恐れがあります。

ボンベの保管についても、倒れないようにチェーンをかけたり、囲いをしたりする理由が知られていません。重いものが倒れて転がってきたら危ない、というのはもちろんですが、もっと怖いことにこのボンベがロケットのように宙を飛ぶことがあるのです。ボンベはたった1c㎡に対して150kgの圧力がかかっています。容器(52kg)に液体酸素(46リットル)が入ったボンベ(合計約100kg)が倒れて口金が外れると、3~4kmロケットのように空を飛ぶのです。
以前、工事現場で、ボンベが倒れたときに口金が外れ、高架線を越えて先の空地まで飛んでいったということがありました。たまたま空地で誰も人がいなかったからよかったのですが。5kg位の小さなボンベで同じようなことが起こると、厚さ50cmのコンクリート壁を突き抜けて飛んでいきます。これは医療機関や大学医学部の壁の2つや3つ、軽く突き抜けてしまう程の力です。
医療現場でも、看護師が、酸素がなくなったと思い小さなボンベの口金を外したところ、実際には中身が残っていて、ボンベが横に倒れてその場でずっと5分ぐらい音を立てて回り続けたことがありました。それを見た看護師は「本当に怖かった」と言っていました。
ですから、倒れないようにしっかり囲う必要があるのですが、本当の怖さはあまり知られていません。

老朽化

私が以前いた病院で、院内の巡視を行ったときのことです。築30年位の病院でしたので、外の配管が腐食しているかもしれないということで、液体酸素ボンベの本体からずっと見ていきました。すると、ある10m位の高さのところに、通常は酸素を意味する緑色の配管が2つあるのを見つけました。よく調べたら1つは調理用のプロパンガスのものでした。
また、そうやって、全部洗い出していったところ、これは危ないのではないかという配管が1つみつかりました。早速業者に見てもらうと「穴は開いていませんが、もうすぐ開きます」との返事でした。古い施設ではこうしたチェックが必要だということです。

医療ガスには必ず配管が関係します。また、ボンベや壁のアウトレットの差込口には、いろいろな部品が使われています。こうした配管や部品の老朽化が原因の事故がかなりあります。老朽化に対する意識と管理が必要です。医療施設ができてから10年目、20年目、30年目ではチェックの仕方が異なります。20年を超えた医療施設はチェックが非常に重要になります。特にチェックが必要なのは接続部位に使われているパッキングです。これが老朽化して割れたり、ひびが入っていたりすると、そこから漏れたり、はずれたり、断熱圧縮で燃える原因になります。

【2】現状と問題点

実体のない委員会

昭和63年の厚生省通知(健政発第410号)では、「医療ガスを使用して診療を行う施設においては、医療ガス安全・管理委員会を設置し、医療ガス設備の保守点検、工事の施工管理を行うこと」となっています。しかし、実際にこの委員会を設置している病院は非常に少ないのです。病院の事務職員に電話で問い合わせてみても「規約上はあるようですが、開いたことはありません」と答えるところが多くありました。200床以上規模の病院で、実際に開かれているのは1割に満たないのではないでしょうか。
医療ガス学会や医療ガス協会が、看護師や臨床工学技士等を対象に行っている講習会で「院内に委員会がありますか」と聞いてみても、約7割が「ない」と答えます。しかし、ないと答えた病院に実際に聞いてみると、名目上はあるところもあるのです。つまり、そもそも存在しないか、存在していてもそれが知られていない、というのが現状なのです。言いかえれば、管理者側にそういう意識がないということです。医療ガスは、1つ問題を起こせば多数の人に同時に問題が起こります。そういう事故が新聞記事に何回載っても、自分のところだけは大丈夫という思いがあるのか、実際に事故を経験したところでないと、なかなか意識的な活動が行われません。しかし、医療ガスを安全に管理するためには、こうした委員会が教育を含めて活動しなければならないでしょう。

業者任せ

通常、医療機関には、業者が週に何回か医療ガスの供給に来ますが、日常茶飯事なので医療機関側の人間は、現場に立ち会いません。ボンベの開け閉めを業者に全て任せています。しかし、酸素納入というような安全にかかわる大きな作業をする際には、医療機関側の職員が必ず立会い、納入ガスが酸素であること、ボンベから漏れがないこと等を業者とダブルチェックすべきです。

事務職員も含めたヒヤリ・ハット報告を

医療事故は医師や看護師だけでなくその施設に従事する全職種がかかわる可能性があるものです。医療ガスに関しては、液体酸素ボンベの充填など事務職員が関わることもたくさんあります。しかし、事務職員の行うことは医療事故に関係しないと思われがちで、ヒヤリ・ハット報告にもなかなかでてきません。

実現可能な安全対策を

厚生省通知による定期点検は項目も頻度も多すぎます。もし、静岡医療センターで指導どおり全項目の点検を行うと、1回の点検に2ヶ月ぐらいかかることになります。たとえば、壁に取り付けのアウトレットについては、中身があっているか、正しい圧力がかかっているか、正しい流量が流れるか、と1箇所につき3回道具を差し込んでチェックしなければなりません。この作業は、どんなに速くできる人でも20~30秒、普通の人なら1分はかかります。そしてこのアウトレット(通常、酸素・笑気・圧縮空気・吸引の4種)が1つの手術場に4~5箇所あります。静岡医療センターには手術室が7室あります。1分×4種×5箇所×7場所=140分。アウトレットの点検だけで2時間以上かかる計算になります。さらに手術室だけでなく、ICUにはもっとたくさんのアウトレットがあります。10病棟すべてに関して、そのほかの点検項目もあわせると、かなりの時間を要します。
つまり、厚生省通知の指示通りに自施設で保守点検を行えば、マンパワー、時間の面で非常に困難を伴い、業者に委託すれば非常にコストが高くなるのです。現実に実施困難な通知が罰則を伴わない形で存在しても、形骸化するだけです。以前、臨床工学のある先生が、厚生省に「この通知は現実的ではない。できないことをやらなかったらどうなるのか」という内容の公開質問状を送りましたが、返事はありませんでした。
医療ガス学会では、来年あたり、安全確保と実行可能の両面から、現実的な点検項目を提案したいと思っています。

【3】今後の課題

在宅酸素療法

在宅酸素療法は患者さんの生活を改善しましたが、逆に、患者さんが家で酸素を吸いながら煙草を吸う、台所に立つという危険が増えました。よく聞きますと、この分野のヒヤリ・ハット事例はかなりあるようで、問題になっています。医師や看護師は、在宅酸素療法時には火を近づけてはいけない、火のそばに寄ってはいけないというのは、くどいくらい言っているはずです。しかし、患者さんにとっては日常生活であり、しかも、たいてい煙草を吸いたい人がそういう病気になりますから、人の目の届かない在宅では無理もないのかもしれません。また、お年寄りご夫婦世帯で、在宅酸素療法を行っている場合も結構あるのですが、これが原因で火事になると、逃げ遅れる可能性があります。これは、患者さんご自身の意識を改革していただくしかありません。
ただ、注意書きに「火がついたら酸素ボンベを止めましょう」と書いてあるのですが、これで本当に止められるのか気になっています。慌てたら人間どちらに回すかわかりません。止めるつもりで開いてしまったら、とても危ないと思います。医療ガス学会で、色や矢印などでわかりやすくしたものを作るように提案をしたことがあるのですが、メーカには受け入れてもらえませんでした。残念ながら、大きな事故が起こってからでないとなかなか動いてもらえないようです。

増改築

医療施設も老朽化すると建て替えの必要がでてきます。完全に第三地点で建て替えればよいのですが、同じ場所で、今あるものを壊して作る、つぎ足して増改築、という時が危険です。例えば増改築で、天井にドリルで穴を開けて新しいものを固定しようとしたら、ドリルの先が酸素の配管を破ったという事故が起きています。この原因には、増改築の工事をする人と、酸素の配管をした人は同じではないということが挙げられます。また、新築の際にも、設計する人と工事をする人が異なるので問題が起こる可能性があります。今後は、こうしたリスクが結構出てくると思われます。

震災

私が以前いた病院で、大地震で酸素が遮断されたという想定で、防災訓練を行いました。事前にこういう訓練をしますと連絡していたので、本当の訓練とは言えないかもしれませんが、アンビューバックに切り替える、ボンベを持ってきてつける、などができました。こうした訓練は行っておくとよいでしょう。

地震の際には、情報、人、医療機器、食品、汚物、ごみ等、全て「搬送」がポイントになります。その搬送手段としてヘリコプターが有用なのは周知の事実ですが、阪神・淡路大震災のときに、ある時間帯にマスコミ報道などいろいろなヘリコプターが集中して、依頼を受けた民間のヘリコプターが怖くなって引き返したということがありました。
また、薬や水と異なり、酸素ボンベは重いためヘリコプターでは運べません。どうしても船で運ぶことになります。離島では、船が着けない状態が長く続くと困った事態になります。そうした地域では、酸素ボンベの備蓄について、考えておかなければならないでしょう。

教育

今後の課題はなんといっても教育です。教育は机上のものではなく、ロールプレイが一番です。さすがに断熱圧縮で火が出るところの再現実験は難しく、10回に1回ぐらいしか成功しないようですが、圧力がどれ位変わるかは見せられます。これだけ圧が上がれば火がつくということがわかり、怖さを実感させることができます。死亡事故はこうして発生したという事例を挙げたり、スライドで事故現場を見せたりするのも有効です(下図1,2参照)。また、怖い思いをしたことのある看護師に実体験を話してもらうと説得力があります。
医療ガスについては、毎日取り扱っているわりには何も知らないという人がたくさんいるので、非常に怖いと思います。壁の向こうにパイプが通っているという意識がありません。壁に差し込めば酸素が出てくると思っています。他の分野では、知っていても確認不足で起こす事故が多いのですが、医療ガスに関しては確認不足の前に「知らない」という知識不足の段階があります。ですからやはり、まず教育です。各医療機関から1人で構いませんから、きちんと医療ガスの講習会を受けていただきたい。1人が受講すればあとは伝達できます。そして、院内に委員会を立ち上げて、教育をしっかりしていただく。これにつきると思います。

図1.腐食が進行したため破裂した酸素容器の全景

図1.腐食が進行したため破裂した酸素容器の全景

図2.破裂しなかった容器の腐食状況

図2.破裂しなかった容器の腐食状況

資料提供:「高圧ガス保安協会」
ホームページURL: http://www.khk.or.jp/ 
「高圧ガス事故概要報告」コーナーより

(取材を終えて)

野見山氏が今まで歴任してきた医療機関でも「医療ガス安全・管理委員会」があったところは少なかったそうだ。氏が着任するごとに新たに設置してきたようである。会員の皆様方の医療機関には「医療ガス安全・管理委員会」はあるだろうか。ないと思っていても、規約上はあるかもしれない。医療ガスはひとたび問題が起こると大きな事故に結びつく。事故防止のために、まずその確認から始めてみよう。

カテゴリ: 2005年10月 3日
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