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第45回:「法曹と医療の連携」



 弁護士 須田清氏
     
 今回のスペシャリストは東京弁護士会所属の須田清弁護士。埼玉県医師会の法律顧問、大東文化大学法科大学院の教授などとしてもご活躍である。弁護士になって約25年、担当する医療過誤事件の件数は、当初は年数件であったものが、最近では毎年20件近くにも及ぶという氏に、法曹と医療の連携という視点から話を聞いた。(取材日:平成17年11月7日)






−まず、法律家や法律分野の関係者が医療界で果たす役割という視点から、最近の動向をお聞かせ下さい。

■ 法曹人口の増加に伴い担当領域が専門化

 医師が専門医という形に分化してきたのは、ある程度の人数になってからではないでしょうか。
 法曹界では、現在2万人の弁護士を将来的には5万人まで増やそうという計画で、2004年には法科大学院が設置されました。弁護士業務も、専門ごとに分化しつつあり、医療の分野で活躍したいという若者も増えてきています。
 今日の市民生活における中核的な法分野は医療と食と住です。かつては「衣食住」でしたが、今や「医食住」と言われるほど、医療が市民の経済生活に占める割合が大きくなってきました。多くの人が、健康と生命に関心を持っています。

 今、74の法科大学院があり、医事法専門の講義を持つところもたくさんあります 。これから、より細分化された領域に特化した弁護士が出てくると思われます。
 医事法は、医療過誤、医療政策、病院の経営管理、と大きく3つぐらいに分かれます。いずれに進むとしても、法曹資格を持っているということを共通の前提条件としています。そこから医療過誤に特化する人、医療政策に目を向けたい人などが出てくると思います。

   
2004年6月時点の全法科大学院(68校)へのアンケートによると、「医事法関連科目」を設けているのは68校中43校(他に2校は法医学のみ)に及ぶ、という結果が出ている。(出典:「年報医事法学20号」p.25)

■ 事故前における弁護士の関与

 現在、弁護士は専ら事故が起きてからの対応に関与していますが、これからは事故を未然に防ぐ段階での関与が不可欠だと思います。
 医療の安全対策は人づくりです。適性を欠く人(不適格者)をいかに察知して対応(配置転換、再教育、辞職勧告)するか。この分野に法曹が関与すべきと思います。

(病院にも法務部、法務室の設置を)
 これからは病院も一般企業と同じように法務部、法務室の人材が必要となるでしょう。少なくとも300〜400床以上の規模の病院には、必ず事務局スタッフの中にひとり弁護士を入れて安全管理を行うようにする。病院管理の中に弁護士を入れることです。病院全体をどう運営するか、どういう人を採用して、どういう人を排除するかが大切になってきます。
 医療の安全はどんなシステムを構築しても限界があります。なぜなら最後は人間が行うからです。私は、全ては「人」から出発して「人」に帰着すると思っています。持って生まれた性格で、事故を起こしやすい人間がいます。システムがどんなに完璧であったとしても事故は起きてしまうのです。
 しかし、法律知識のない病院長や事務長は、不適格者を配置転換して「不当な不利益処分を受けた」と裁判を起こされたらどうしよう、と心配します。一旦採用したら定年まで解雇できない、労働者の首を切るのは大変なことだ、と思われがちですが、それは労働法の誤った解釈です。適切な人事権の発動として不適格者を排除することは適法です。法曹資格があれば、裁判を恐れず、断固とした措置がとれます。不適格者の排除は大事です。
 裁判を恐れて不適格者を職場に置いたままで万が一のことがあったら、病院そのものの存続にかかわります。医療の現場で患者の人権を尊重するために不適格者を排除する、それは不当でもなんでもないと思います。不適格者には、転職や退職を促したり、処分したりするしかありません。不適格者は職場から離れてもらうことが、患者や病院の安全を守ることになるのです。

(不適格者を見分ける技術と、見分ける人の能力の開発を)
 しかし、不適格者をいかに排除するかの前に不適格者であるという評価をどうするかという問題があります。不適格者を見分けるには、結局、日ごろの仕事ぶりをよく見て、ミスを頻発する職員なのかどうか判断するしかありません。これは上にたつ人の能力(ガバナンス)です。常に職員1人ひとりに目配り気配りして、安全度、適性度を専門に評価する人を養成する必要があります。ペーパーテストではいくらでもいい答案が書けますから、適性は見抜けないと思います。今の選抜試験のシステムでは無理です。本当の試験は仕事です。免許の更新制を導入するといわれていますが、所詮はペーパーテストですから、おそらく1週間ぐらい勉強すればパスするような問題しか出ないと思います。
 医療現場は本質的に危険なものです。だから安全、安全と強調されるのです。もともと安全なら「安全」とは言いません。メスで人の体を切っても刑事訴追を受けないのは、正当業務行為という医者の特権があるからです。危険な職業に従事することが国家資格という特権によって許されているのです。しかし、医師や看護師に対して、安全を確保できる人かという適格性の側面からのテストはないと思います。仕事の中で見抜いていくしかありません。
 不適格者を見分ける技術開発と、見分ける人の能力の開発。その技術開発が今一番大事だと思います。
 
(コンプライアンスが安全を保障する)
 コンプライアンスとは診療報酬や人員配置基準なども含めて、さまざまな法令をきちんと守ることです。医療機関内で法令について完璧にクリアしているという体制ができれば、従事者1人ひとりの行動に自信がつくのではないでしょうか。逆に、人手不足で労働基準法を守っていない等という弱みがあると、不適格者がいても排除できません。
 しかし、安全を確保するには、安全性が危惧される人を排除しなければなりません。排除する側からすると「強権発動」になりますが、それだけの行動を取るためには、法令を順守しているということが大切なのです。法律を守っている、うしろめたいところがない、ということが行動に自信を持たせます。コンプライアンスが安全保障につながる、というのはそういう意味です。


−弁護士業務が今後医療分野にどのように関与していくのかがわかってきました。逆に、医師が法分野に関与するものとしては医療裁判における鑑定があると思います。鑑定制度の現状を教えて下さい。

■ 引き受けやすい、書きやすい、後を引かない鑑定

 鑑定を入れることによって裁判が長引くのには理由があります。まず、鑑定人を探すのに1年以上かかる。引き受けてもらえても、鑑定書が半年、1年たっても出てこない。やっと鑑定書が出ても、不利な鑑定を受けた側は、納得できないといって再鑑定を求める。あるいは鑑定人尋問で、鑑定した人が二度と法廷に出たくなくなるような人格攻撃をする。本来、鑑定は審理を早めるためのものにもかかわらず、そういう弊害があるのが現状でした。
 そこで私は、本来の鑑定制度に戻したいと考え、引き受けやすい鑑定、書きやすい鑑定、後を引かない鑑定をテーマにした趣意書を作り、4年位前に、さいたま地裁の所長に提案しました。提案してから4年かかりましたが、埼玉県医師会とさいたま地方裁判所と医療側弁護団と患者側弁護団の4者による「さいたま地裁医療訴訟連絡協議会」が出来ました。そして「鑑定人推薦委員会制度」がこのたび発足しました。私はその委員になっています。
 
 まず、気軽に引き受けてもらえるような鑑定人候補者をリストアップすることとしました。埼玉県の医療機関から、鑑定人として手を上げてくれる人を募り、それを約30の診療科別に分類しました。鑑定が必要なときは、被告病院の医師は対象外とし、推薦委員会で決めた人に引き受けてもらいます。

 次に書きやすい鑑定としては、今まで裁判所が鑑定人に整理も何もせずにダンボールごと資料を送っていたところを、まず裁判所サイドで何が論点になっているかを明確にし、それに必要な資料だけを整理して送るようにしました。裁判所の作業は大変になりますが、これによって論点が一目瞭然となり、短時間で的確な鑑定が書きやすくなります。

 さらに、不利な鑑定を受けた人も、鑑定人を法廷に呼び出すようなことはせず、なるべく書面で質問書を出すようにし、仮に呼び出したとしても失礼のないようにする、最低限度のマナーを守ってやりましょう、ということにしました。

 鑑定人を探すのに1〜2ヶ月。鑑定書を書いてもらうのに2ヶ月。これで3〜4ヶ月で鑑定書が出るようになります。さいたま地方裁判所では、この体制がほとんど出来上がりました。近々実行される予定です。
 
 ほかにも、千葉地方裁判所ではいくつかの大学病院による複数鑑定方式、東京地方裁判所ではグループでディスカッションするカンファレンス方式というように、各地方裁判所が独自性を出しています。


−最後に、弁護士の立場から医療従事者への提案、メッセージをお願いします。

■ 提案
(さまざまな法律の知識を)
 今私は、友人の弁護士や弁理士らとともに、「医療と知財」というテーマで執筆することを考えています。例えば医療と不正競争。現段階では、医療には不正競争を誘発する様々な競争原理が取り込まれていませんが、今後、取り込まれてくることが予想されます。これは株式会社参入問題とは全く関係ありません。今後、病院経営には独占禁止法や不正競争防止法、その他の知的財産に関する基本法令などの知識が必要となります。また、医療と経済法令なども関係ないと思われるかもしれませんが、そうではありません。労働基準法、労働組合法など、こういう法律についての知識もないと、これからの医療機関は生き残れないでしょう。

(裁判員制度に向けて)
 今後予定されている裁判員制度で裁判員に選ばれたときに、医師であるという理由だけでは辞退はできません。休診してもらうしかありません。休診できないところは他の医師がバックアップするというように、医師同士の連携ができるように今から準備しておく必要があります。

(さいごに)
 医療過誤で被告になった医師は、責任の有無に関わらず、なぜ訴えられたのかということを謙虚に考えてほしいと思います。そして、訴えられないためにはどうすればよかったのか、これからどうやって乗り切るか、裁判の対応だけで本当に問題が解決するのか、裁判以外にどういう方法を行使したらよいか、ということを考えていただきたいです。



大東文化大学法科大学院の法廷教室の風景

大東文化大学法科大学院における医事法の講義内容
授業 テーマ 授業の内容等
第1回 医療関係者法
医療の担い手たる医師・歯科医師・看護師等の職責、養成等
医師法、歯科医師法 等
第2回 医療施設管理法
診療所・病院・総合病院・特定機能病院等の施設法と医業関連法制
医療法総論 等
第3回 医療過誤法 医事紛争の概念 
医療事故の実態と原因、統計 
医療事故報告(制度)
第4回 医療過誤法 医療過誤訴訟の特質、専門家訴訟としての民訴法上の特色
カルテ開示(制度)、民訴法改正の動向
第5回 医療過誤法 医療過誤事件の取り組み
第6回 医療過誤法−原告代理人の視点から− 原告としての訴訟追行のあり方
第7回 医療過誤法−被告代理人の視点から− 被告としての訴訟追行のあり方
第8回 医療過誤法−裁判官の視点から− 訴訟の進行
第9回 医療過誤事例研究 産婦の出産時の大量出血による死亡につき、担当医及び転送先病院の責任
第10回 医療過誤事例研究 気管支喘息の持病を持つ虫垂炎患者の手術につき、担当医師の麻酔についての責任
第11回 医療過誤と刑事 横浜市立大病院・都立広尾病院・杏林大学病院・東京女子大学病院事件等を参考事例として、捜査、起訴における諸問題
第12回 医療過誤と刑事 医師、病院設置者、看護師等の刑事責任のあり方、量刑
安楽死、尊厳死と医師の刑事責任
第13回 人工生殖 第三者提供精子による分娩父子関係 等
第14回 先端医療 遺伝子治療、移植医療、実験的医療
第15回 解剖、手術等の見学
医師との交流
大学付属病院あるいは総合病院の協力を得て、医療現場を見学し、臨床医と話し合う機会を持つ
(出典:「年報医事法学20号」p.34-35)



(取材を終えて)
 須田氏は、仮説ですがとしながら、医療事故を起こした人について高校時代ぐらいまで遡って志望動機を調べてみたら面白いのではないかという話もしてくれた。本当に医師になりたかったのか、偏差値だけで医学部進学を決めたのではないか、1人ひとりにヒアリングしていくと、もしかしたら何かわかるかもしれない、と。
 果たして会員の皆さんは、今の職業の志望動機、初心を思い出せるだろうか。