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第47回:「医療の安全と質の向上のために」



 京都大学大学院医学研究科 教授 今中雄一氏
     
 今回のスペシャリストは今中雄一氏。医療の安全に関する様々な分野でご活躍の氏であるが、現在取り組んでおられる「医療の安全・質に要するコストの調査」と「医療の質指標プロジェクト」について、また、各地に設置されている「医療安全支援センター」の役割の展開の可能性について、語っていただいた。(取材日:平成18年1月13日)






(1)医療の安全・質に要するコストの調査

(原資がない)
 1999年頃から医療界では安全と質の確保への取り組みが急速に強化されています。インシデントレポートを集めたり、安全管理担当者を配置したり、感染管理対策を行ったり、しなければならないことが増え、忙しくなる一方です。しかし、今までと同じ人的資源の中で行うため、一人当たりの負担が増えるばかりです。医師や看護師が疲弊している医療機関も多数あります。
 薬を使うと薬代、手術をしたら手術代として診療報酬の対象になります。安全確保は医療として最優先事項です。しかし、安全管理室に人を置いても、医療安全の会議・委員会、安全管理に係る院内・院外研修、マニュアル・手順書の作成なども、診療報酬には直結せず、直接には収入が生じないことばかりです。一時的には無理は出来るかもしれませんが、“もとで”がなくては継続できません。
 そこで、こうした安全確保の取り組みにかかる費用が、この5〜6年間にどれだけ増えたのかを明らかにする調査を進めています。調査結果は、中医協の基本問題小委にも報告される予定です。頑張っている医療機関が経済的に報われるような仕組みづくりに貢献できればと思っています。

(“安全”原価の重要性と課題)
 ところで、財団法人日本医療機能評価機構における病院機能の評価体系は2005年7月にV4.0からV5.0に改定しています。大きな変化は、今まで3領域「診療の質の確保」「看護の適切な提供」「患者の権利と安全の確保」に分かれていたそれぞれの「ケアプロセス」部分について、一体的に審査することとした点です(図表1参照)。医療の内容を全体の流れで捉えることを重視しています。例えば「説明と同意」を「ケアプロセス」でみると、入院、検査、投薬、輸血、栄養指導、手術・麻酔、退院など、治療のさまざまなプロセスに関わっています。実際、常勤の医師は「説明と同意」にかなり時間を割いていることが多いのです。
 大雑把な計算ですが、仮に、一人の患者さんにかかる時間が「説明と同意」のために2時間ずつ増えたとすると、年間100億円規模の収支の病院では1%、すなわち約1億円が人件費として余計にかかるという試算があります。年間給与1,000万円の医師なら10人分に相当します。それだけ負担が大きくなっているということです。
 診療所では、安全確保のための活動が日常業務と一体化されてしまうため、安全強化の取り組みに関してかかる時間、人数、費用などを抽出しにくくなっています。よって、コストの調査は病院より診療所の方が困難です。例えば、病院における「安全管理会議・委員会」のようなものも、診療所で数人が話し合った場合、会議や委員会という名目となっていない場合が多く、日常の努力の増加分を数字としてつかみにくいという調査上の課題があります。
 また、病院であっても、データが整っていることが必要です。様々なデータをきちんと管理している病院、安全管理に自信を持っている病院でなければ協力していただけません。病院内の全てのデータをひとりの人が把握しているわけではないので、多くの方々に関わっていただくことになります。
 この調査では、今まで8病院に聞き取りを行いました。調査を行う側も受ける側も、大変な労力を要する調査なのですが、今回、どの病院も調査にとても協力的であったことに驚いています。それだけ、今の医療制度の大変な状況を何とかしてほしいと感じられているのだと思います。


(2)医療の質指標プロジェクト
(改善のために多施設と比較)
 診療の内容や成績等の情報を広く開示してほしいという国民のニーズがあります。
 また、医療従事者は、他の医療機関がどれくらい頑張っているのか、自分のところがどれだけ優れているのか、あるいは足りないのか、そこを知りたいという気持ちがあります。しかし、安全に関する活動の情報交換はまだ不十分です。

 京都大学医療経済学分野は、医療の質指標のプロジェクト(QIP;Quality Indicator Project)の事務局を担当しています。このプロジェクトは、参加施設の診療関連データを収集・解析し、その結果を定期的に(年4回)フィードバックしていくというものです。参加施設や医師は自分の施設の指標を他施設と比較することにより、診療を見直すきっかけとすることが出来ます。これにより参加施設における医療の質の向上に寄与することができると考えています。
 興味のある方はホームページ( http://med-econ.umin.ac.jp/QIP/ )にて詳しい内容や提出に必要なデータ等をご覧下さい。フィードバックされる結果のイメージ(サンプル)も掲載しています。
 例えば、急性心筋梗塞の入院死亡率の観測値と予測値のグラフでは、自分の病院の死亡率が予測の範囲内なのか、上回っているのか下回っているのかを、他院と比較してみることが出来ます。病院によって、高齢者が多い、重症患者が多い、などリスクプロフィールが異なりますから、予測範囲にも差があるわけです(図表2参照)。
 もちろん、この数字がズバリ医療の質そのものを表しているわけではなく、多面的な質の一側面の間接的な指標にすぎません。病院名を入れて結果を公開することが効果的だとも思いません。しかし、院内や病院間で検討できるような仕組みはますます重要になってきていると思います。

(情報開示に備えて)
 病院で急速に進んでいる医療の中身の情報公開が、これからは診療所にも要求されていく可能性は高いと思います。また、最近は患者とカルテを共有するという動きがあります。これからはそれが当たり前の時代になるかもしれません。個々の診療所も、どういう患者を診ているのか、どういう領域が強いのか、公開していかなければならない状況が将来想定されます。今すぐには公開しないとしても、様々な情報を開示できるように、準備を進めることが重要なのではないでしょうか。

 政策の上では、公表されたデータの一側面の数字だけがひとり歩きしないように注意が必要です。患者さんが、せっかく良い医療機関でベストな治療を受けているのに、数字のある面だけを見て不安になる可能性があるからです。死亡率1つをとっても、退院時の死亡率が中ぐらいであっても、退院後長期間で見たら成績が良いところがあるかもしれません。あるいは長期間で見るとどこの医療機関もほとんど差がないということもあります。社会的には、国民と患者さんにとって本当に役立つ情報を早急に整備していくことが求められています。


(3)医療安全支援センターの役割
(各地域の支援センターの活動)
 国として医療安全体制作りをどう進めていくかという医療計画の中で、「医療安全支援センター」の機能を強化していこうという動きがあります。昨年6月に医療安全対策検討会議から厚生労働省に提出された「今後の医療安全対策について」の中でも「医療安全支援センターの充実」ということが挙げられています。
 「医療安全支援センター」(以下、センター)とは、医療に関する相談や苦情に迅速に対応するために、政府が都道府県や保健所設置市区などへ協力をよびかけ、平成15年度から全国的に設置を進めているものです。センターに寄せられる相談件数は少しずつ増えています。内訳を見ると、医療行為・医療内容に関する苦情や、健康や病気に関する相談の割合が高くなっています(図表3参照)。

 現在、各地域のセンターで情報発信をしています。地域によっては、相談内容のQ&Aや、相談件数の内訳、満足度等詳細をホームページ上で公表しています。

(総合支援事業によるサポート)
 厚労省は、各地の医療安全支援センターを総合的に支援する事業(総合支援事業)を財団法人日本医療機能評価機構に委託していて、その担当理事として係っている立場からお話させていただきます。この総合支援事業は、各地のセンターを支援するべく、相談員の研修、協議会運営やセンターの運営向上に関する情報交換、相談困難事例に関する分析・情報共有、相談の件数やニーズの調査、その他の関連情報の収集や提供などを行っています。総合支援事業の他の活動としては、患者側と医療側双方の弁護士に、一連の判例について様々な角度からを検討してただいてディスカッションを行い、その成果が冊子の形でまとめられるというのもあります。また、センターの活動の認知度を高めるために、東京と大阪で、医療機関を対象とした報告会を実施し、どちらにも300名以上の参加がありました。
 正しい医療行為を行っていても、コミュニケーションの行き違いから紛争になる場合があります。裁判所の医療集中部の裁判官のお話から、普通のコミュニケーションが成立していれば紛争にならなかったのに、と思われるケースが結構多い印象があることをきいています。最近、ADR(裁判外紛争解決)やメディエーションが重視されだしましたが、話し合いの仲介機能のニーズがかなり大きいと認識しています。今後の制度の展開の中で、センターがこの領域に教育研修などをもって関与したり、直接に貢献するようなこともあるかもしれません。医療側と患者側のコミュニケーション促進のための訓練、そのようなコミュニケーションに優れた人材の育成等が重要です。総合支援事業では、現時点では、各地のセンター職員のトレーニングとして、コミュニケーション促進や相談の技術の研修、カウンセリング技法の実習を行っています。
 各地の「医療安全支援センター」の活動は、一般的には認知度がまだ低い状況ですが、今後、その機能も拡充される可能性も高く、医療関係者も患者さんもこれから積極的に活用していけるのではないかと思っています。

図表1 病院機能評価項目の概要 
(出典:日本医療機能評価機構ホームページ)





図表2 医療の質指標プロジェクト アウトプットのサンプル
(出典:京都大学大学院医学研究科 医療経済学分野ホームページ)




図表3 医療安全支援センター相談受付件数と割合の推移
(日本医療機能評価機構のデータより事務局にて作成)





(取材を終えて)
 各種のデータを自分のところで分析するのは大変な作業だと思う。紹介のあったQIPなどのプロジェクトに参加して、他施設との比較をフィードバックしてもらうのも一案ではないだろうか。自らの施設が医療界全体の中でどのくらいのレベルにあるのか、知っておくことは必要だ。また、情報公開の時代に備えて組織の体質を強化していくことも重要だ。どんな医療機関にも強みと弱みがある。弱い部分を把握した上で、医療の質の向上につなげていかなければならない。