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第49回:「医療の質に関する指標開発と国際比較」


 OECD東京事務所 所長 川村泰久氏
     
 医療の質は何を持って計るのか。本コーナーでも度々話題になってきたが、何を指標とするかによって対策も変わってくる。OECDの専門委員会はこのほど医療の質に関する指標の主要5領域を決定した。そこで、今回のスペシャリストのOECD東京事務所所長の川村泰久氏に、医療の質に関する指標プロジェクト、図表で見る医療、OECDの今後の課題について話を聞いた。(取材日;平成18年3月30日)





【1】医療の質に関する指標プロジェクト
(主要領域の決定)
 OECD(注1)の活動において、保健医療は、現在トップ5に入る優先分野になっています。
 また、医療過誤や医療ミスは、裁判や新聞報道を通じて一般世論が強く反応し、問題視する傾向は、OECD加盟国に共通しています。
 これを背景に、2004年に「医療の質に関する指標プロジェクト(HCQI)」がスタートしました。これは、世界保健機構(WHO)、欧州連合(EC)、世界銀行、ならびに医療の質に関する国際学会(ISQua)といった国際団体とOECDによる共同プロジェクトです。OECD加盟国としては、全30カ国のうち、21カ国が参加しています。このプロジェクトで、医療の質に関する5つの主要領域を決定し、指標開発を行うことになりました。
 指標をめぐっては、いろいろな問題点や考え方がありますが、今回の選択にあたっては、この領域で先行していたアメリカのモデルを参考にし、
  1. 重要なパフォーマンスのチェックが可能か
  2. 科学的に妥当か
  3. そもそもデータが取れるか
 の3点をポイントに決定されました。
 そして、指標の意義として
  1. 健康に与える影響
  2. 政策的な重要性
  3. 指標活用の可能性
 の3点が挙げられています。こうして選択されたのが、心臓病、糖尿病、メンタルヘルス、予防/健康増進、患者安全の5領域です。

(患者安全の指標)
 さらに細かく見ていくと、患者安全の指標は、次の5本柱からなっています。
1)院内感染
人工呼吸器に起因する肺炎/傷感染/治療に起因する感染/入院患者の潰瘍感染
2)術中または術後に起こる合併症
麻酔から来る合併症/組織の損壊/肺塞栓症(PE)/肺血栓症(DVT)/術後の敗血症/術中の技術的な問題
3)治療自体とは別の事由から生じるもの
輸血反応/血液型の誤認/手術部位の間違い/ 異物(ガーゼ、メス等)の患者の体内残存/医療機器に起因する副作用/投薬ミス
4)出産に関するもの
新生児の外傷/出産時の妊婦の外傷/帝王切開時の外傷/その他の出産時の問題)
5)その他の問題
患者の転倒など

 OECDとしては、できれば2007年中にこれらに関するデータの全体像を示したいと思っています。出産後の障害頻度の統計データは、アメリカでは既に明らかにされていますが、日本ではこれからというところのようです。
 OECDの中でも話し合われていますが、とにかく患者さんのデータを集めるのが大変な作業です。その国のデータになるわけですから、一部の病院だけでなく、全国的にできるだけ幅広く調べなくてはなりません。他方で、データを集積・分析しようにも、集めた経験もなければ蓄積もなく、どこから手をつけたらよいのかもわからないという場合が多いのです。通常は、先行実績がある国をモデルにします。今回の場合、多くはアメリカ合衆国や英語圏の国の手法を参考にしています。

 データを集めるための技術的な問題もあります。それには、患者のプライバシーの保護に気をつけながらも電子カルテ化を進めることが、信頼できるデータを集める上で有用だと考えられています。

(指標に関する留意点)
 OECDとして現在は指標になる領域を決定した段階です。各領域に関して具体的な数値を出すまでには、かなり時間がかかります。国によりシステムが異なる(例;年度による集計か、暦年による集計か)、肥満率は大半の国では自己申告データに基づいて推計されているため実は過小統計の可能性がある、政策的な配慮から明確にできないデータがある、集計期間前の経済景気を反映して意識的に費用の伸びを抑えている場合がある、といった問題もあり、単純に比較できない部分もあります。統計自体を出すことに躊躇する国もあり、そのような場合、OECDとして強制することはできません。

 指標は他国と比較されるので、異論が出てくる可能性があります。指数が高いから安全である、あるいは安全でない、ということは必ずしも言えません。一つの指数の背景にはいろいろな要素が絡んでいます。指標を使いながら、不備があれば直していくというのが正しい対応になると思います。それがOECDの考え方です。OECDは他の分野でも多くの指標を開発していますが、実際に試行した結果不備があれば改正してよりよいものを作る作業を継続しています。
 指標が導入され、使われていく過程で、日本としての意見も出てくると思います。もし、日本の関係者の立場から付け加えることや不都合があれば、OECDの場で議論して、それを今後に反映していけると思います。


【2】図表で見る医療
 OECDの保健医療分野に関する最近の活動としては、「OECD図表で見る医療(2005年版)」(注2)の発行があります。この中から、日本が注目すべきポイントを紹介します。

(医師の不足)
 2003年のデータでは、日本の人口千人当たりの医師数は2.0人で、OECDの中では下位グループに属しています(OECD平均2.9人)。これは韓国、メキシコ、トルコと同じぐらいのレベルです。OECDの報告では、日本の医師不足を、伝統的に大学医学部の入学者数が制限をされていることに関連づけています。
 また、一部の国では外国で訓練された医師がその国の医師全体の相当数を占めています。2000年のデータでは、ニュージーランドで34.5%、英国で30.0%となっています。日本ではまだ1.0%と低いですが、低所得国から高所得国への医療スタッフの流出が続くと、IT技術者に関して問題になっているような「頭脳流出」につながります。今後さらに高齢化が進む中で、医師を送り出す側の国の医師の不足が懸念されています。

(診断技術の普及率)
 MRI やCTスキャナの人口当たり台数は日本が極めて多いという結果がでています。人口100万人当たりの台数でみると、日本では、MRIは35.3台(OECD平均7.3台)、CTスキャナは92.6台(OECD平均17.6台)となっています。OECDは、国が豊かであれば最先端技術を導入できる、日本が多いのは当然だ、とみています(図表1、図表2参照)。

(予防接種率)
 今回のOECDレポートの提言として、特に強調しているのは「予防」に関する部分です。現在の保健医療関連支出のうち、予防と公的保険医療制度に充てられている割合は、OECD諸国平均で、2.9%となっています。日本では、OECD平均よりもさらに少ない2.4%(2002年データ)となっています。したがって、今回の報告では日本を含めてOECD諸国は「病気治療」に偏りすぎているのではないか、もう少し予防に重点をおけば、今後の医療費の増大は軽減できるのではないか、としています。

 児童の予防接種をみると、GTP(ジフテリア・破傷風・百日咳)ワクチン接種率は、日本では100%となっており万全です(OECD平均はいずれも9割強)。
 問題は高齢者の方です。OECD諸国では、高齢者へのインフルエンザ予防接種がこの10年間でかなり普及してきました。しかし、日本の65歳以上の高齢者のインフルエンザ・ワクチン接種率を見ると43%と下位グループで、上位のオランダ(79%)、豪州(77%)の半分程度となっています。平均寿命、肥満率など大多数のデータでは模範的な日本ですが、これは注意すべき点として、報告書の中でも特記されています(図表3参照)。


【3】OECDの今後の課題
(OECDフレンズ)
 過去にOECDに勤務した経験のある方や、OECDに関心のある方々のグループを“OECDフレンズ”と呼んで、パリ本部と日本の双方通行による、コミュニケーションの新しいチャネルになっていただきたいと考えています。フレンズは現在約千人。その中を見ると、実はご担当の専門分野に分かれています。私達はこの分化している専門家集団間を結び、一体感を持てるように、催し物やレセプションを行って一同に集まる機会を設けたり、講演会やセミナーで共に考え、共に議論できるようにしたりしています。
 現在、パリの本部には百以上の委員会があり、毎日のように報告書を出しています。しかし、OECDの情報は専門的で難解なので、出された各種報告書が、今の日本にどういう意味があるか、今このタイミングで出たことにどういう意義があるかという付加価値がなかなかついていません。今後は、これらを、フレンズの方とともに、わかりやすい情報として共有し、活用していきたいと思っています。情報の洪水の中から、意義あるものを選択して、より早く日本国内に紹介するというのがOECD東京事務所の課題です。

(成功事例の共有を)
 OECDの基本活動は、国際的ルールやガイドラインの策定ですが、それは保健大臣会合で出された合意文書、報告書の中に出てくる提言などに、違反したらペナルティを科すと言う強制システムではありません。各国がOECDに指摘ないしは提示された国際的なデータ比較などを見て、自ら改善するという、自主性に期待しているのです。
 医療関係者の方々も、医療の改善、患者さんとの信頼関係の構築、という世界的な課題について、OECDの発表結果や提言、勧告を真摯に受け止めて、現場で実践していただければと思います。そして、現場でご経験されたことや理論化できること、OECDの指標を使うとこういう問題点がある、ということを、OECDにフィードバックしていただきたいと思います。共通した政策課題を抱えた国々が、情報を共有することで、同じようなサクセスストーリーの道を歩んでいく、これがOECDのカルチャーです。
 日本の経験をOECDにフィードバックをする方法としては、厚生労働省の担当者に話していただくのが一番早いと思いますが、関係財団が主催する会議にOECDの専門家が来て議論するような各種セミナーもありますので、そういう機会にお話しいただくのも一案だと思います。OECDでは政府の代表だけでなく、NPOや労働組合の方なども入ってガイドラインを作っています。

(医療関係者へのメッセージ)
 OECDの活動は、常にホームページ(http://www.oecd.org/home/)などで見ることができます。
 独占禁止法の執行の強化、外国公務員贈賄防止条約など、何故今OECDはこんなにわけのわからないことやっているのか、という御指摘を受けることがあります。経済の分野では「OECDは10〜20年先を見て作業している」とよく言われます。例えば、昨年大変問題になったライブドアの件ですが、企業の乗っ取りや敵対的買収は、株主と経営陣の対立軸の中で1980年代のアメリカで起こっていたことです。そこからOECDは、コーポレートガバナンスのルール作りを進めてきました。コーポレートガバナンスは、今や何年ものギャップを経て、日本に津波のように到達したところです。
 今回の医療の質に関する指標の話も、おそらく何年か経つと「あの時非常に良いことをやっていたのだ」ということがわかってくると思います。この手のものはニュース性がないと社会的に注目されないことも多いのですが、先進諸国の中には先行している国がありますので日本でも関心をもってOECDの作業を見ていただきたいと思います。
 確かに、結果が出るまでのスピードが速くない、OECDのガイドラインに従わなくてもペナルティが科されないために緊張感がない、という面があります。しかし、強制されない代わりに、自主的にOECDの中のデータと先例を取り込めば、いち早く問題に対応することも可能となるわけです。国際機関とハサミは使い様です。どんどん問題提起を行っていただきたいし、注目されている日本の経験をOECD側にフィードバックすれば、他の国からも大変感謝されると思います。



図表1:MRI units , nember per million population , 2002


図表2: CT scanners , nember per million population , 2002


図表3:Influenza vaccinetion coverage among people aged 65 years and over , 2003



(注1)経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development)は、1961年、20カ国によりパリで発足された政府間組織。その後、日本(1964年)など10カ国が追加加盟し、現在は先進30カ国で構成。世界経済の発展や途上国支援に貢献することを目的としている。また、OECD東京事務所は、アジア・太平洋地域に向けて政策対話を通じてOECDに対する理解を深めてもらうための活動を行っている。

(注2)
Health at a Glance - OECD Indicators 2005

ISBN 9264012621
172 pages, 64 tables, 117 graphs
\3,400



(取材を終えて)

 「自主的に」というのは難しい。しかし、必要なデータを先取りし、意見をフィードバックできる機会は有効に活用したい。この取材中にも、データを調べに東京事務所を訪れている人がいた。資料の検索にも協力してもらえるそうだ。
 ライブドアの件然り。日本ではまだ大きな問題になっていない医師の海外「頭脳流出」も10〜20年後には切実な問題となってくるかもしれない。今後のOECDの作業内容に常に注目していきたい。