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第4回:「危機管理 実戦論」

株式会社 リスクヘッジ 代表取締役  田中辰巳氏
 
 今回のスペシャリストは、危機管理のコンサルタント会社「リスクヘッジ」の代表取締役田中辰巳さん。危機管理のスペシャリストに、医者や医療機関は何に気がつくべきか、危機管理に強くなる方法、記者会見における注意点について具体的に教えていただきました。

―今、医者や医療機関は何に気がつくべきでしょうか。

現場保存の重要性
 どんなに予防をしていても、起きてしまう事故はある。しかし、事故が起こった時の対応に目を覆いたくなるようなものが多い。大事なのは現場保存・証拠保全です。責任者が現場をフリーズさせる、つまり凍らせてさわらせないこと。担当者はミスを隠すために必ず現場をさわってしまいます。そうすると因果関係がわからなくなってしまう。その結果、情報開示が遅れる。
 もちろん、被害の拡大防止、再発防止に必要な最低限の部分、命に関わるような部分については、早急に対応すべきです。ただ、さわりすぎてはいけない。あとで調べることが不可能になります。すると、あらゆることが全部あやしいということになってしまう。例えば、ある病院の小児科で何か問題が起こったとします。早く因果関係を明らかにしないと、産婦人科も、内科も、外科も、それこそ病院全科が危ないと思われてしまうのです。
 情報開示の遅れは、その医療機関の評判を落とします。責任者が現場をフリーズさせることを徹底し、「さわりすぎるな」ときっぱりと言わなければなりません。

時代の変化
 時代が変わったということ、一言で言えば「弱者が口をつぐむ時代ではなくなった」ということに気づくべきです。PL法や消費者契約法など、消費者を守る法律もできてきました。医療の世界で言えばまず、患者という弱者。次に看護師やレントゲン技師などのスタッフ。そして出入りの業者です。医師が情報開示したものを看護師などが否定することにより医療事故が発覚するケースはめずらしくなくなってきました。これまで看護師は医師に絶対服従のような関係でした。今は誰もそんな意識はもっていません。マスコミや監督官庁と国民の距離が近くなり、インターネットという新しいメディアも登場している中では、内部告発される可能性が高い、と頭を切り替えないといけないでしょう。

見えにくい3つの罪
 見えにくい罪というものの存在にも気づかなくてはいけません。
 まず「変化する罪」。これまでは罪に問われなかったことが、突然有罪となる場合があるのです。セクハラや公務員の収賄などが典型的な例です。例えば、医者が女性の看護師を慰労しよう、悩みを聞いてあげようと思って、ポケットマネーで食事に誘ったとします。20年前ならおそらく「立派な先生だ」といわれたでしょう。でも、今は1回断られた後、もう1度誘えば「セクハラ」となってしまいます。公務員倫理規定により、接待の基準も随分変わりました。以前は現金や金券をもらわなければよかったのですが、今はワリカンでも、ゴルフ・麻雀は禁止されています。
 それから犯罪意識が無い「悪意不在の罪」。よそがやっているから大丈夫だと思った、という言い訳はもう通用しません。また、まだ結果は出ていませんが、安楽死の問題もそうです。本人は、何か恨みをもって殺そうとしたわけではありません。
 さらに、今後は「不作為という罪」に注意を払わなくてはならないでしょう。つまり、なすべきことをしなかった、やらなかったことが罪になるのです。薬害エイズの判決では、行政の不作為に対して、裁判所が初めて違法性を認めました。
これらの見えにくい罪に気が付かないとどうなるでしょう?反省が遅れるのです。これは非常に怖いことです。

―危機管理に強くなるにはどうしたらよいでしょうか。

危機管理の主治医を持つ
 危機管理の責任者・担当者を置くこと。専任でなく兼任でも構いません。その人に危機管理を勉強させ、育成するのです。それが無理であれば、外部にブレーンをもつことです。ブレーンは、警察やマスコミ出身者、他の病院で危機を実体験した人でもよいでしょう。何かあったらすぐに相談できる、危機管理に詳しい「主治医」のような存在を持つということです。企業ではどこでもやっていることです。もう医療機関も、そういう人を持たなければいけない時代だと思います。

疑似体験を積む
 具体的な勉強方法としては、常に疑似体験すること。テレビや新聞などの記者会見を見ながら「自分だったらどう行動するか」「自分だったらどのようにコメントするか」と、常日頃からイメージトレーニングすることです。よその事例を「対岸の火事」と思わずに「他山の石」として疑似体験のレベルまでもっていくのです。

展開の予測をする
 疑似体験を積んだら、次に「展開の予測」ができるようになることです。問題が起きたときに、それがどういう風に展開していくか、大きな問題になるのかどうか、と。これには、人間及び人間社会に対する洞察力も問われてきます。平素から、物事を客観的・俯瞰的にとらえる習慣づけが必要でしょう。
 展開の予測の例として「記者会見を開かないとどうなるか」を考えてみてください。まず、マスコミが院長や担当医を夜討ち朝駆けで取材攻勢にきます。しかし雲隠れしようとする。と、マスコミは今度はその周辺の医者や患者などあらゆる所へ取材を開始します。見かねた院長が、1社に対して回答したとします。すると我も我もと別のマスコミの取材がおしかけて来る。そして1日中その対応に追われる。そのうえ、憶測記事も書かれてしまう・・・。
 これは時間的にも精神的にもとても無駄なことになるわけです。それを避けるために、あらかじめ記者会見を開かないとどうなるか、を予測するわけです。

―記者会見の重要性がわかりました。ではいよいよ実戦編です。記者会見における注意点を教えて下さい。

メッセージは視聴者・読者へ
 目の前にいる記者に向けて言葉を発するのではなく、読者・視聴者に向けてメッセージを送るという意識で語ることです。マスコミは面白いコメントを引き出すプロです。上手く誘導し挑発してきます。すると、ついつい彼らに対して喋ってしまう。雪印の食中毒事件における謝罪会見で、社長が記者に放った「私は寝てないんだ」発言は、典型的な失敗例です。マスコミにしゃべったことは紙面・画面を通じて被害者・消費者・国民に届くのです。話す相手を間違えてはいけません。
 情報開示の下手な順に言えば1に医療機関、2に警察です。まず、情報開示が遅い。遅い上に内容も少なく不十分である。その結果「何か隠しているんじゃないか」「隠蔽体質だ」という目で見られ、疑惑がついて回ります。遅れれば遅れるほど疑いが深まり、患者や国民の恐怖心がつのるからです。しかも、両者とも記者会見での高圧的な言動が目に付きます。なぜでしょうか?それは記者会見を「言い訳の場」と勘違いしているからです。言い訳の場だと思うと、隠そうとする。するとかえって怪しいという印象をうえつけてしまう。記者会見とは「風当たりを弱めて信用を維持・回復する場」なのです。もし、原因究明が遅れたら、記者会見を何度も開けばいい。1回だけですまそうとするから逃げているように見られるのです。「今現在わかっていることはこうです」「来週また記者会見を開きます、その時迄にわかったことをまたお伝えします」と言えばよいのです。

お詫びを分析する
 医学は人間の体やウィルスなどを分析的に捉えて進歩してきました。お詫びという行為も分析的に捉えてみると、違って見えてきます。まず、人に許してもらうには「反省・後悔・懺悔・謝罪・贖罪」という5つのステップが必要です。その一部分を表現できるのが記者会見という場なのです。そして、お詫びには「論理的アプローチ」と「心理的アプローチ」という2つのアプローチが必要なのです。
 「論理的アプローチ」とは、謝意の表明・調査報告・原因分析・改善案の提示・処分の順に行うことです。記者会見をする頃には社長も参っている頃でしょう。これらの頭文字を取って「シャチョウ、ゲンカイデショ」と覚えてください。この5つを順番にきちんと伝えなければなりません。被害者にお詫びに行った時や会見の場で、いきなり「原因は何なんだ!」と聞かれ、原因から話してしまい、謝罪を忘れてしまうケースがあります。すると「被害者に謝罪なし」と報道されてしまいます。ミドリ十字の記者会見がそうでした。マスコミの質問にひっぱられず、まずは謝意を表明することです。
 「心理的アプローチ」とは「汗と涙」を流すことです。一生懸命、誠意を伝えることです。ですから、被害者のところへ行かないなんていうのは論外です。入院しているところや、お葬式に行きにくいのはわかりますが、そんなことをしていてはダメです。
この「論理的アプローチ」と「心理的アプローチ」がそろって初めて、お詫びとなります。どちらか一方だけでは、納得を得られません。
 例えば待ち合わせに相手がすごく遅れてきたとします。この時「心理的アプローチ」で、とにかくごめんなさい、すみません、と謝られるだけでは納得がいかないでしょう。理由をきちんと説明してくれないと、次から安心して待ち合わせできません。逆に「論理的アプローチ」で言い訳理由だけ言われても気分のいいものではありません。論理と心理と両方からアプローチされて、初めて納得できるのです。自分がどういう時に許せるか、身近な例に置き換えて考えてみると良いでしょう。

守るべきものを間違えない
 医療事故を起こし、加害者になってしまった場合、一番大事なのは「いかに改めるか」これにつきます。論語の中で孔子は「過(あやま)ちて改めざる、是れを過ちと謂う(過而不改、是謂過矣)」と言っています。人は過ちを起こしたことで責められるのではない、改めないことで厳しく責められるのです。
 企業で言えばまず会社の信用があり、その上に商品の信用があり、その上に売上や利益がある。いつまでも売上や利益を守ろうとすると、商品の信用を失い、会社の信用を失う。医療で言えばまず医療機関の信用があり、その上に医療行為の信用、その上に売上や利益がある。売上や利益を守ろうとして、隠そうとすると、医療行為の信用を失い、医療機関の信用も失う。本来一番守らなければならないのは医療機関の信用なのです。
 ミドリ十字は目先の利益を優先して、エイズ菌が混入した非加熱の血液製剤の販売を継続し、会社の信用を失い、会社消滅という結果になりました。一方、米国の製薬会社「ジョンソン・アンド・ジョンソン」は1982年に鎮痛剤に青酸化合物を混入された時、目先の利益を捨て、1億ドルをかけて商品を回収し、「買わないで下さい」とPRしました。一時は売上ゼロになりましたが、2年後にはもとに戻りました。会社の信用を守ったおかげで同社は現在でも繁栄を続けています。

 1回の医療ミスは取り戻せます。なぜなら人間は忘れる動物だからです。ただ、ミスをした後の対応が悪いと信用をなくし、医療機関はつぶれます。医者個人も再起不能になります。
 キーワードは、5つのステップ、2方向からのアプローチ、そして「シャチョウ、ゲンカイデショ」。「何を守るか」ということを早く決断し、大きなものを失わないようにすることです。守るべきものを間違えてはいけません。

田中辰巳(たなか たつみ)

1953年愛知県生まれ
1977年慶應大学法学部卒業。同年アイシン精機(株)入社。
83年(株)リクルート入社、秘書課長、広報課長、総務部次長、業務部長を経て、94年退社。95年(株)ノエビア入社、宣伝部長、社長室長。97年同社を退社後、(株)リスクヘッジ設立。
危機管理の専門家として広く講演活動を行っている。
「企業危機管理 実戦論」
田中辰巳 著
(文芸春秋)

定価 本体680円+税
ISBN4-16-660043-5 C-0234


 このお話を伺った直後に、東京女子医大が医療ミス事件で記者会見を行いました。「幹部が頭を下げる場面は最後までみられず、謝罪の言葉が空虚に響いた」「約1時間に及ぶ会見の間、頭を下げる場面はなかった」という新聞記事もありました。もちろん、このような事故は起きてはならないことです。まさか自分の身に降りかかろうとは誰も考えないでしょう。しかし、対岸の火事ではありません。他山の石として、今回の会見も疑似体験してみる必要があると思います。
 危機管理の極意として「疑似体験を積むこと」「守るべきものを間違えないこと」を心がけたいものです。