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診療ナビゲーションシステムによる臨床現場の診断支援について


 通常、医師の診断はそれまでの知識・経験と検査等から取得できたデータに基づいて行われる。その中でシステムにおける診断のサポートがあれば有効なツールとなるはずだ。今回は、統計解析機能を備えた臨床情報管理システムによって、医師の診断をサポートする診療ナビゲーションシステムの開発を行っている東京大学医学部附属病院循環器内科教授(現病院長)の永井良三先生にお話を伺った。


-Qまず、この診療ナビゲーションシステムによってどのようなことができるようになるのでしょうか?


 まず、最初に我々のシステムは世間一般で呼ばれる“電子カルテ”ではありません。患者様の年齢・性別・家族歴・既往歴・検査データ・ゲノムなどの情報から、どの疾病の確率が高いか等を参照することを目指している臨床情報管理・解析システムとお考え頂ければわかりやすいと思います。日常診療の臨床情報の蓄積によって、多くの知見が得られる可能性があるのです。

 まだ基礎検討ですが、我々の診療ナビゲーションシステムでは、冠動脈病変のリスクファクターと呼ばれる因子が実際に疾患に対してどのように影響しているかなど、おおよそデータの収集・解析で明らかになります。患者特性、性別、年齢でどう違うかなどもわかります。それらは、われわれが診療現場で経験的に取得している直感に近い結果を実際のデータで導くことができます。

 さらに、このシステムでは、経験則から得られている医学的知見を再確認するだけでなく、全く未知の知見をも抽出することが可能になるはずです。特に、ゲノムとの関連においては、どのようなゲノムであるとどのような疾病が起こりやすいのかといった対応関係がまだまだ明らかではありません。今後、その対応関係の解析に役立つと期待しています。遺伝子の解析については日常の経験があるわけではないので、出力された知見の妥当性を経験的に照らし合わせることは困難ですが、今後の研究に大いに役立つでしょう。



-Qどのような仕組みで実現しているのでしょうか?

 年齢、性別、家族歴、既往歴、生化学データ、検査データ、一部では倫理委員会において審査を受けたゲノム情報をインフォームドコンセントを取得して得られたデータなど、定量化できる600項目からなるデータを入力します。データは自動取り込みと手動入力の組み合わせで行っており、血液検査や内服薬剤などのデータは医療情報部の協力により定期的に得られるようになっています。600項目といっても、すべての患者ですべてのデータが取得できるわけではなく、取得できる範囲内でデータを入力します(基本的には、心臓カテーテル検査を行う患者を対象にしており、その際にはインフォームドコンセントを取得しております)。
 次に、蓄積されたデータからデータマイニングを行い分析します。データマイニングとは、膨大に蓄積された非常に沢山の変数群から、相関関係やパターンなどを探し出す技術です。このデータマイングによって、条件a、条件b、条件cが揃ったときに疾病Aの確率が何パーセントといった関連性を導き出すことができるのです。しかし、この関連性が真実に近いエビデンスかどうかは、臨床試験を行って検証する必要性があります。
 こうしたシステムは、医学的な専門知識をもった我々医療従事者と、専門のSEでひざを突き合わせ、長期間にわたって開発しています。



-Q院内での電子カルテ使用時に、疾患の確率などが直ぐに見えるような状態になっているのですか?

 それは最終目標で、まだそこまでは実現していません。現在のシステムを作るだけで本当に大変です。東大病院では、今年から電子カルテへの移行を行っているところで、病院において、すべてのカルテを電子化することは非常に大変だと思います。診療ナビゲーションシステムと電子カルテを組み合わせた形での利用は、現実にはもう少し将来的な話となります。



-Qどのような点に、苦労していますか?

 これまでカルテに記載するようなデジタル化が困難な臨床情報をどう扱うかなどの問題があります。これにはどこでも共有できる標準的な基準が必要です。また、データ入力もかなりの労力が必要です。最近、血液データなどは自動で取り込めるようになりましたが、他に手動で入力しているデータもいくつかあり、臨床情報の完全な自動入力化は現状ではかなり困難ですが、今後の課題のひとつだと考えています。



-Qどのようなシステム構成ですか?

 東大病院全体のシステム(電子カルテ+オーダリングシステムのネットワーク)と診療ナビゲーションシステムのネットワークは全く別物で、当然分離されて稼動しています。これは、ネットワークを同一にするとセキュリティに問題が出る場合もありますし、それぞれのデータも各々厳重に管理可能だからです。このため、先ほど説明しましたように血液データなどは、堅固なセキュリティをかけた媒介を経て定期的に診療ナビゲーションシステムに移行しています。ただ、簡単な患者説明用システムは、院内イントラで閲覧可能なホームページにリンクされており、診察の際に医療従事者がデータを参照できるようになっています。



-Q将来的にはどのような展開が考えられますか?

 一つの病院のみで行っている場合、条件を絞り込んで解析を行うと症例数が減り、有効なデータの母数が集まらない可能性があります。このため、現在東大病院循環器内科だけで行っているものを複数施設で行い、データを集計して分析することも考えております。データ集計は、協力先病院のシステムのフォーマットに合わせなければならないため若干のシステム的な工事が必要ですが、基本的にはHL7というフォーマットで連携していけばよいと思っています。(参考:日本HL7協会)
 さらに将来的には、インターネットを使った全国の統合的なデータベースを整備することで、予測の精度を高めると共に、症例数の少ない小規模病院や診療所でも統一的なデータベースを利用して、診療に役立てることも考えられます。
 また、EBMを作るための大規模臨床試験は長期間にわたる多大な労力及び費用がかかります。しかしながら、日々の診療録のデータをコツコツと積み上げることで、その中から様々な因子分析ができ、多くの医療行為の評価ができるようになれば、臨床試験で検証すべき項目や切り口の抽出が可能となり、薬の効果や治療法などの医療技術のおおよその評価をすることが可能になると考えています。また、安全という観点ではネットワークが整備されれば副作用などの情報が迅速に伝達できるようになります。新しい薬で副作用がどれくらい出ているかなどに役立つでしょう。さらに、マクロ的には医療費・医療資源を効率的に使用することができるでしょう。こういった将来的な成果は医療安全という大きなテーマに十分寄与していくのではないでしょうか。
 ただ、全国的に普及した場合、診療所でもこれらの検査データ等をどのように入力するのか、データの精度はどう担保するのか、などといった運用上の課題は、今後検討の余地があります。



-Qこのような研究をバックアップする政策とは?

 診療情報をどうやってシェアするかが、非常に大事です。いかに医療情報を集約して、日本人の疾病・健康管理をどうするかをIT技術を駆使したシステムで国民への健康に貢献することが大切ではないかと考えています。既存の電子カルテやオーダリングシステムでも一人の患者様の時系列データをある程度把握できますが、二人以上の患者様になった場合はそこからなにも生まれないため、横断的にデータを解析することが現場では望まれているのです。すなわち、現存のシステムでは診療情報を統計的に集計した診療現場への活用、貢献することに欠ける面があります。最近、やっとレセプトの集計をオンラインでやろうということになっていますが、これは医事会計の話であって、診療情報ではありません。このような中で、我々は、診療情報の全国的な有効活用を視野に入れ、先んじてパイロット研究として行っています。
 ただ当然かもしれませんが、医療は規制が多く、また、こういう活動をしても診療報酬上の加算がつく等のメリットが与えられるわけでもありません。このため、国の基盤技術としてこういう活動をバックアップしていただきたいと思っています。今後このようなシステムは絶対必要になると思います。研究費は国から出ますが、事業費はありません。国や医師会として、全国的なデータベースを整備する政策的リーダーシップが欲しいところです。とくにこれからの診療ナビゲーションシステムは研究費というより事業費が必要です。研究としては大体終わりに近づいておりますので、あとはいかに実装するかという段階です。事業費には、大規模な予算が必要なので、やはり国としてのサポートが必要です。
 しかし、現状のままではいずれ、アメリカあたりからプロトタイプが入ってきて、日本人は、それを使わざるを得ないような状況になるのではないでしょうか。米国のデータベースの某大企業社長も同様な意見を仰っていたので、このままではいずれアメリカ先行のシステムが導入されてくると思います。日本の医療データもアメリカ製のシステムに集約されることになるのかもしれません。本来であれば、日本人の健康管理は、日本人が作ったシステムによって動かしたいところです。


<取材を終えて>

 診療ナビゲーションシステムの精度が向上してくれば、医療の質自体の向上につながるだろう。また、診療情報を全国的・全世界的に共有した場合の人類が被る恩恵は、想像を遥かに超えたものになるだろう。乗り越えるべき課題は沢山あるが、ビジョンの実現へ向けて、プロジェクトの今後の発展に期待したい。


インタビューにご協力頂いた先生方。左から
興梠貴英先生、永井良三先生、林同文先生、今井靖先生