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医療事故被害者から医療安全担当者へ


 医療事故で息子を亡くした豊田郁子さん。事故から様々な出会いを経て、現在は医療安全担当者として活動している。今回の「スペシャリストに聞く!」のコーナーは、事故から豊田さんが医療安全担当者となるまでの経緯や、医療安全に対する思いを聞いた。

■事故、そして医療安全担当者へ


 2003年3月、5歳の息子を総合病院で亡くした。外科処置が必要な重い腸閉塞であったが、当直医はそのように診断しなかった。また、日勤医師への引継ぎも口頭によるものだけであった。日勤の医師は病室に現れず、息子は心停止した。誤診と引継ぎにおけるミスである。
 「一番嫌だったことは、病院側が事実を隠そうとしたこと」と豊田さん。事故後、病院側から詳細な説明がないため、豊田さんからカルテ開示を求めることを考えていた。その矢先、新聞報道によって事実が明るみに出ることになる。これは、事故が発生した病院の職員が内部告発という形で、新聞社に事実を報告したもの。その後、豊田さんはカルテ開示によってカルテやレントゲン写真を取得することができたものの、病院側の対応は、冷たいものであった。また、対応の遅れ等を指摘したが、真摯な態度は見られず、訴えるならどうぞといった感じであった。
 「情報がきちんと開示され、ただ真摯に謝ってくれればそれでよかった。本来、最初の段階で相手の話を聞いて、話し合いの機会を設けてくれれば、こんなことにはならなかったはず」と豊田さん。
 そして、紆余曲折の中で事故から二年半を過ぎたころ、病院側から和解の申し出があり、豊田さんがこれに応じ和解。一応の決着がついた。
 事故後の豊田さんは一ヶ月近く放心状態が続き、仕事を休んだ。その後、勤務先からのサポートもありなんとか復帰。少しずつ時間と共に気持ちが落ち着き始めた。
 そんな中、新葛飾病院の清水陽一院長から、医療事故被害者としての体験談を院内で話して欲しいということで、同院の院内研修会に招かれる。清水院長とはPMネット(患者のための医療ネット)で知り合い、同じ葛飾区内で近いこともあり、「一緒に地域のための活動をしませんか」と持ちかけられたのが始まり。新葛飾病院は「うそをつかない医療を実践していく」など、様々な活動に積極的な病院の一つ。同院ではカルテも見たい場合は、すぐ見ることができる。豊田さんは、清水院長に「医療安全担当者のポストが空いているので是非来て欲しい」と頼まれ引き受けることに。現在、同院の医療安全担当者として働いている。

■医療安全担当者としての仕事

 具体的な仕事の内容としては、「ヒヤリ・ハット」事例を集めて、院内の医療安全対策委員会で対策を検討している。また、同院でトラブルが発生した場合は、積極的に仲介に入り問題解決を促す活動を行う。「仲介者」と言っても米国の場合の「医療メディエイター(仲介者)」とは趣向を異にする。米国は訴訟社会。医療過誤訴訟も日本の100倍といわれる中、病院側と患者の間に立って、中立な立場から対話を促進する。法的知識等も要求される「紛争処理のプロ」である。
 豊田さんの場合、具体的には、患者との対話を重視し、治療法等に不満があれば、医師らを混ぜた対話を行うことで問題解決を行っている。自分が遭遇した体験と多くの被害者の人たちの話を聞き、その中で現場に入って、被害者の想い・医療提供者の想いを相互に橋渡しする役割を務める。また、トラブルが発生した場合には、直ぐに院長に報告。院長から報告を受ける場合もある。その中で、院長が説明の場を設ける等の対応を決定する等、常に院長に相談しながら対応する。
 「基本的に、こうすれば患者さんは傷つかないといった決まったケースはないので、その都度状況に合わせて考えていきます」と豊田さん。もともと近くの病院で医療事務スタッフとして働いてきた豊田さんは、「医療提供側の気持ちや状況も被害者側の気持ちもわかる」という。
 豊田さん自身は息子の医療事故で裁判を起していない。しかし、豊田さんは他の多数の裁判を傍聴していく中で、双方が傷つけあっているような気がしてならなかった。「裁判にならないと明らかにならなかった事実などもあるので、裁判も必要なのかもしれません。しかし、今起きている裁判のかなりの部分は紛争化すべきではないと感じています」裁判でない形で、患者さんの心の傷を深くせず、納得できる形がないか模索している中で豊田さんは医療ADR(裁判外紛争解決)というものを知った。医療ADRは、裁判以外の方法で医療事故加害者・被害者間の問題を解決するもの。今年4月から医療ADRに造詣の深い元判事の稲葉一人さんを交えた形で、定期的に院内研修会を行っている。
 研修会では、毎回「謝罪」や「責任」などのテーマを決め、概念的なものを相互に話し合い、医療者は何を学ぶべきかを各自が考えている。今後は、「傾聴」トレーニングなどを行うことも検討している。
 ただ、被害者の方からみると、現在の社会にある様々なADRのトレーニングや養成講座等は病院側の言い訳のような形に写る場合もある。たとえば、それ以上責められないようにするための、テクニックや技法となっているところもある。「これらのトレーニングは、患者さんに真摯に向き合うという基本的な部分を自覚した人達が行う分には問題ないと思いますが、その基本的な姿勢がない場合は問題ではないでしょうか」と豊田さんは指摘している。


■大切なこと


 患者との対話の中で一番大事なことは、古臭い言葉かもしれないが、「誠意」や「真摯な態度」であろう。誰だって人の子。病院側に事故に対する真摯な態度がなければ、深く傷つき、人によっては裁判に訴えることにもなるだろう。
 豊田さんは、自らの医療事故の体験、そしてこれまで関わってきたトラブルの中から、向き合うことの大切さとして次の三つの点を強調する。
 

  1. 患者さんの声に耳を傾ける(聴く)
  2. 相手の身になって考える(想像する)
  3. 対話をもつよう努力する(コミュニケーション)


 いずれも基本的なことだが、だからこそ重要であり、医療提供者のみならず、すべての人が自分自身に対して再確認する必要があるのだろう。「自分の病院だけ良くなればよいという問題でもないので、自らの体験を積極的に多くの人に伝えて行きたい」と豊田さん。もちろん、これらの講演活動は、院長の厚い信頼の元で、業務の中の一つとして位置づけられている。また、これまで豊田さんが行った講演でのアンケートでは、話が聞けてよかったとする声が大多数。「やっぱりこういう活動は必要なんだなって思います」と活動の重要性を再認識している。
 豊田さんの今後の活動に期待したい。
 

<取材を終えて>

 豊田さんによると、医療事故被害者で自らの体験を語る人は少ないという。もっと、オープンな場で、被害者側と医療提供者側が語り合うべき場が必要であろう。いや、被害者側、医療提供者側という対立の考え方自体がよくないのかもしれない。両者が一体となった問題解決が期待される。この医療安全推進者ネットワークもその一助となれば幸いである。

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#豊田さんの息子が医療事故に遭遇した病院は、現在豊田さんが医療安全推進者として、働いている病院とは異なりますので、ご留意ください。